第3話 契約完了
エルフの女王は祈るように呟く。
その言葉を聞いた私は朗々と応えた。
「――契約成立だ。復讐の悪魔が汝の願いを叶えよう」
宣言と同時に肉体が変容する。
充足感に合わせて死んだエルフの魂が流れ込んできた。
契約の効力が発揮された証拠だ。
これから流れた犠牲の血は、すべて私に還元される。
エルフの女王は呆然としていた。
自らの結んだ契約を後悔しているのかもしれないが、もう遅い。
どこか憑き物が落ちたような様子なのは、責任から解放されたからだろう。
ある種の安堵があるのかもしれない。
私はそんなエルフの女王に尋ねる。
「何か言い残すことはあるか。良い契約をさせてくれた礼だ。後世に語り継いでもいいが」
「……エルフは誇り高き種族であったと、伝えてほしいです」
「承った。それも契約の一部として解釈させてもらおう」
私が頷くと、エルフの女王は短剣を取り出した。
それを片手で持って自らの首筋へと運ぶ。
あまりにも自然な動作だった。
首に刃を添えるエルフの女王は、苦楽を超越した顔で私を見る。
「復讐の悪魔」
「何だ」
「世話をかけますが、頼みます」
エルフの女王は短剣で首を掻き切る。
血飛沫が床を濡らした。
彼女の着る服も赤くなる。
間もなくエルフの女王は倒れた。
霧散した魂が私の中に取り込まれていく。
封入された感情が体内で発散した。
神経を貫くようにして駆け巡る。
極大の甘美な苦痛を受けて、私は深呼吸をした。
心身を落ち着かせて、ゆっくりと髪を掻き上げる。
「これで私は代行者だ」
外の喧騒が城内に飛び込んできた。
ほどなくして扉を開いて私のいる部屋にやってくる。
現れたのは数人の兵士だ。
彼らはエルフの女王の遺体を目にしてぎょっとする。
続いて私の姿を前に凍り付いた。
きっと正体に察しが付いたのだろう。
たとえ姿形が人間と同一でも、根本的な存在の差異は隠せない。
「蹂躙の感想は? さぞ気持ち良かったのではないか」
私が半笑いで訊くも、兵士達は答えない。
言葉を失って身構えるばかりだった。
小さく嘆息した私は両手を合わせる。
ゆっくりと離すと、間を赤黒い粘液が幾重にもなって伝った。
粘液はねっとりと垂れ落ちる。
床に触れて広がる前に硬質化し、乾いた音を立てて変形した。
そうして出来上がったのは、一本の赤い鉈だ。
私は鉈を回す。
艶のない刃を兵士達に向けてかざして、ゆらりと振りかぶる。
「――契約は完了した。さあ、復讐を始めよう」
床を蹴って跳ぶ。
ほんの一瞬で兵士達の背後まで到達した。
私は鉈を下ろした姿勢から構えを解く。
一拍を置いて振り返ると、兵士達の首がずれて落ちるところだった。
ばたばたと身体が崩れ落ちるのを見て、私はあるか無いかの微笑を浮かべる。
そして、静かにその場を立ち去るのであった。