第28話 遺言
私は献身の悪魔の死体のそばを横切り、彼が命を賭して守ろうとした街を眺めた。
外壁に控える兵士達はこちらの戦いを察知しているようだった。
そして一瞬で勝敗が決したことに慌てている。
私は知覚範囲を広げる。
付近に悪魔はいなく、こちらに向かってくる兆しもない。
帝国が他にも雇っているはずだが、駆け付けたのは献身の悪魔だけであった。
(この街は見捨てられたのだろうか)
別におかしな話ではない。
戦力を逐次投入するのは愚の骨頂である。
それに帝国側の悪魔は私の力量を知っていた。
小出しにして様子見などはせず、どこかで一気に反撃してくるだろう。
決戦の舞台がどこになるか不明だが、少なくとも皇帝が被害を受ける場所でないのは確かだ。
(献身の悪魔は、独断で動いたのかもしれないな)
彼は正義漢だった。
独善的で自己陶酔が混ざっていたが、人々を救うために奔走する精神は本物だろう。
交わした契約の範疇で行動し、なんとか被害を減らそうとした可能性はある。
「…………」
私は無言で鉈を構えると、それを横一線に振るう。
遠心力に従って細く長く伸びた刃が街の外壁を切断した。
そこを中心に倒壊が始まる。
私は同じ要領で何度も外壁を破壊していった。
そのまま街の内部へと刃を延長させて倒壊の連続を引き起こす。
濛々と舞い上がる土煙が街を包み込んで何も見えなくさせた。
私は鉈を液状化させて体内に吸収する。
その間に吹き抜ける風が土煙を飛ばした。
街のあった場所には、瓦礫の海が出来上がっていた。
そこからは大勢の命を感じる。
住民と兵士は生きていた。
倒壊で死なないように粘液で保護したのである。
横たわる献身の悪魔の死体を見て私は呟く。
「これで十分だろう。お前の犠牲の結果だ」
私は街だけを破壊した。
人々を殺さなかったのは、献身の悪魔の尽力を無駄にしないためだ。
勝利した以上、敗者の尊厳を踏み躙ろうと文句は言われない。
しかし、そんなことをするために復讐しているわけではなかった。
これでも街は滅んだと言える。
住民も被害を受けているのだから、命まで取らなくていいと考える。
徹底した破壊と虐殺は、献身の悪魔に対する侮辱だ。
私は彼の未来を信じて消滅させなかった。
まだ見込みがあると感じた以上、その努力を台無しにするのは違う。
「ふむ……」
体内のエルフの魂は、この終わり方に不満らしい。
非難轟々といった有様であった。
もっとも、私の知ったことではない。
彼らの意見もなるべく尊重するが、これは契約違反ではないのだ。
最終的な決定権は、悪魔である私に一任されている。




