第20話 憐憫
快楽の悪魔は、朝日を受けて眩しそうな顔をした。
彼女は日差しを手で隠しながら私に尋ねる。
「これからどこへ向かうの?」
「三つの国を巡って王を殺す。順番はまだ考えていない」
「いつも通りの流れね」
「それが最適だからだ」
私は過去に数え切れないほどの復讐を代行してきた。
国が相手だってことも珍しくない。
そして最終的には頂点に君臨する王を抹殺する。
首謀者を生かすわけにはいかないからだ。
今回の契約において、エルフの女王は三国を滅亡を望んだ。
つまり歴史上から対象の国々を抹消する必要がある。
王を殺すことは大前提として、他にも処理しなければいけないことがあった。
ただ命を奪うだけでは達成できない目的だ。
今後の情勢に合わせて、契約の落としどころを考えねばなるまい。
「だいたいどれくらいの時間をかけるつもりかしら」
「最低でも一年。長ければ五年程度だ。この国はそれだけの期間を防衛に費やしてきた。」
「しっかりとやるのね。そんなにエルフ達の怨念は強いの?」
「当分は満足しないだろう。さらなる惨劇を求めている」
私は己の胸に手を当てる。
内を巡るエルフ達の魂は治まる気配がない。
兵士の死を感じるたびに歓喜し、嗜虐の悪魔を消滅させた時などはむせび泣いていた。
エルフ達は復讐に憑りつかれてしまったのだ。
意味深に私を一瞥した快楽の悪魔は、地平線を眺めながら呟く。
「虐げられた人々は弱者だけど、武器を手にすればどこまでも残酷になり、やがて加害者と遜色ない状態になる。愚かだと思わない?」
「それでも私はやり遂げる。この身は復讐の刃であり、未来への抑止力だ」
「頑固者ね。名を克服した悪魔の中でもあなたは別格だわ。いつか精神が破綻して消滅するわよ」
「私が潰れるのは、世界から争いがなくなった時だ」
「つまり世界滅亡の瞬間ね」
「…………」
私は沈黙する。
快楽の悪魔は皮肉を言ったわけではない。
彼女は世界から争いがなくなることなどないと知っている。
もし実現しようとするなら、人類を根絶するしかなかった。
叶わぬ理想を述べる私に、ある種の憐憫を抱いているのかもしれない。
それでも私が意志を曲げることはなかった。
よりよき世界を目指して、暴力を行使するのみである。
復讐は誰かを救うことはできないが、恨みを晴らすことはできる。
死の連鎖の中で、何かが好転するのを待つ望むばかりであった。




