第14話 悪魔の名
嗜虐の悪魔は、繋がらない手を乱暴に捨てる。
再生を諦めたらしい。
私を殺すことで粘液の作用を止めるつもりなのだろう。
ぎらついた殺気は、本能に秘めた恐怖を抑圧している。
私は両手から鉈を生成した。
それらで地面を擦りながら前に進んでいく。
「嗜虐の弱点を認めながら、それを治そうとしない。だから同格以上の悪魔を超えられない。その精神性が最たる欠点と言えるだろう」
「知ったような口を利くなよ、この変人野郎が。自分が復讐心に囚われないことをそんなに偉ぶりたいのかッ!」
嗜虐の悪魔が罵倒するも、心なしか勢いが弱い。
私の指摘は図星だったからだろう。
悪魔は紐づけられた名に縛られる。
さらなる力を得るには、その名の支配か克服を遂げねばならなかった。
私の場合は後者だ。
復讐心を抱かずに復讐の契約をこなしている。
この道を選ぶ者は少ない。
対する嗜虐の悪魔は、等級としては中堅といったところだった。。
その名を受け入れて馴染ませている。
ただし支配には至っておらず、むしろ支配されている。
克服とかけ離れているのは言うまでもなかった。
きっと本人は理解しているのだ。
それを感情的に認められないでいる。
どうにかして私を自分より劣った悪魔と見なしたいのだ。
「私ただ事実を述べただけだ。代々、嗜虐の悪魔は自己鍛錬を怠ってきた。弱者を苦しめることに執着するあまり、強者との死闘を避ける傾向にあるからだ」
「それがどうした。己の名に従って生きるのが悪魔の本領だ。苦手な分野を避けたって構いやしないだろう」
「結果がこの力の差だ。嗜虐は復讐に敵わない」
私は断言する。
気付けば互いの距離は無くなり、肉弾戦の間合いになっていた。
我に返った嗜虐の悪魔は後退しようとする。
もちろん私は、その分だけ近付くつもりだった。
「生まれて何年経った? 百年か、それとも千年か」
「だいたい七百年だ。何か文句あるかよ」
「歴代の嗜虐の悪魔がなぜ死んだのか知っているか」
「……まさか、てめぇがやったのか」
「高位の悪魔にとっては常識だ。私と嗜虐は気が合わず、契約で敵対することも多い」
悪魔は死んでも復活できるが、死に方によっては記憶と経験を失って消滅する。
そうして別人としてその名を持つ悪魔が誕生するのだ。
嗜虐の悪魔は、輪廻転生が早い悪魔として有名だった。
目の前の彼女も、七百年前より昔の出来事は知らない。
その原因の一端を、他でもない私が担っているのだった。




