第12話 力の乖離
猛速の往復運動により、私は地面に激突し続ける。
肉体は端々まで損壊していたが、思考は明瞭だった。
途中、振り回されながらも、握ったままだった鉈を振るう。
赤い刃が嗜虐の悪魔の左膝を断ち割った。
「おぁっ!?」
嗜虐の悪魔が体勢を崩す。
私は空中で身を捻り、足首を掴む手を切断した。
「てめぇッ!」
嗜虐の悪魔が不安定な姿勢から裏拳を放つ。
その一撃が私の顎を捉えた。
頭部が後ろに折れて、頚椎が砕ける感覚が走る。
大きく仰け反った私は、そのまま後方へ転がっていく。
ようやく止まった頃には、ねじ曲がった脚が額を蹴るような状態となっていた。
破れた腹部はからは、どろどろになった赤黒い何かがはみ出している。
地面とぶつかりすぎて、骨も肉も内臓も区別が付かなくなっているのだ。
顔面も大きく陥没し、両目も潰れてどこかに飛んでいった。
五感を保つことができているのは、悪魔としての能力であった。
うつ伏せに倒れる私は鉈を粘液に戻すと、傷口から体内に潜り込ませる。
粘液を骨格のように全身へと通して硬質化させた。
これによって満身創痍でも不自由なく肉体を操ることができる。
(散々にやられてしまったな)
私は立ち上がりながら考える。
悪魔との戦いはいつもこのような調子だった。
無傷で済むことなど滅多にない。
私の肉体強度は常人とさほど変わらない。
膂力や敏捷性はさすがに悪魔の領域にあるものの、再生速度はかなり遅い。
未だに五体満足なのは奇跡に近かった。
一方で嗜虐の悪魔は既に回復を終わらせていた。
裂けたはずの膝は傷が塞がり、切断した手も繋がっている。
向こうは高い再生力を持っているのだ。
悪魔としては平均程度だが、私と比較すれば圧倒的である。
嗜虐の悪魔は激昂している。
しかし、その気迫とは裏腹に仕掛けてこない。
勢いで他の感情を誤魔化しているが、私に恐怖を抱いているのだろう。
傍から見れば優劣は歴然だった。
瀕死の私は劣勢どころか絶体絶命の状況に陥っている。
ところが実情はまるで違う。
(我ながら実力を測りづらい性質だ)
右手首から粘液の一部を噴き出させて硬質化させる。
それを再び鉈の形に整えた。
死体同然の肉体を引きずって歩き出す。
視線は前方の標的を捉えていた。
先ほど一蹴されたエルフ達の魂が、殺せ潰せと怒りの大絶叫を上げる。
怨嗟の合唱が全身の疑似骨格を巡り、不気味な軋みとなって音を鳴らしていた。
私が進むたびに嗜虐の悪魔が後退する。
おそらく無意識の行動だろう。
その証拠に本人は歯を剥いて殺気を放出している。
攻勢に出られないのは、ひとえに生存本能によるものだ。
この場で追い詰められているのは、紛れもなく嗜虐の悪魔であった。




