第107話 エルフが絶滅した日
翌日、私は王国と連邦の国境線にいた。
前方には崩壊した関所がある。
先発したエルフ達が強襲したのだ。
向こうも懸命に防衛を試みたようだが、悪魔の力が宿る粘液の群衆に敵うはずがない。
エルフ達は特殊な身体での戦いに慣れており、様々な能力に応用できる。
生前から鍛えていた技術も併せて、強大な戦力と化していた。
関所跡に集うエルフ達を見て、同行する少年は呟く。
「すごいよな。あんなに楽しそうにしてる。復讐が楽しいんだな」
「もはやこれは復讐ではない。建前すら失った虐殺だ」
「じゃあどうしてペナンスは手伝うんだよ。やめさせればいいだろ。それかペナンスだけで復讐を代行すればいい」
疑問を呈する少年の顔を見る。
私がその答えを知っていると確信していた。
その上で何が正しいのかを追い求めているようだ。
(悪魔になったことで視野が広がったか)
生前の少年は、揺るがない精神力を持っていた。
ただし、それは自分のことで精一杯だったからだ。
余裕のできた今だからこそ、心に迷いが生じているのである。
「彼らは最悪の存在となったが、復讐の資格がある。覆しようのない過去の因縁だ。現在がどれだけ醜悪だろうと、それを晴らすために私がいる」
「その過程で、無関係な人間が死んでもか?」
「当然だ。エルフ達の罪は私が背負う。今までもそうしてきた。これからもそのつもりだ」
私が断言すると、少年は頭の後ろで手を組んで苦笑する。
その顔には自虐の色が混ざっていた。
「一貫してるよなぁ。俺なんて迷ってばかりだ」
「生きている年月が違う。今はまだ未熟でも、そのうち自分なりの答えが見つかるだろう」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
会話を終えた私と少年は関所を抜けて、連邦の領土に踏み込んだ。
地平線まで村や町はなく、寂しげな荒野が続いている。
「私はこのまま連邦に攻め込む。お前はどうする」
「ちょっと考えたんだけど、一人で契約探しの旅に出るよ。このままだとペナンスに頼りすぎそうだからな。きっちり強くなってくるから楽しみにしといてくれよ!
「分かった。期待している」
私がそう言うと、少年は微笑んだ。
そして彼は手を差し出してくる。
「お互い頑張ろうぜ」
「そうだな」
握手を交わした後、少年は一人で立ち去った。
再会できる確証はないが、彼の成長は祈っている。
悪魔として、彼が世界に貢献することを願おうと思う。
できれば殺し合うような関係にはなりたくない。
少年と別れた私は、後ろに続く赤黒い軍勢を一瞥する。
武器を掲げて騒ぐ者。
関所の死体に憑いて笑う者。
瓦礫に身体を預けて居眠りする者。
新たな殺し方を仲間と提案し合う者。
彼らに共通するのは、次の獲物を心待ちにしている点だろう。
そこに生前の面影は存在しない。
「――エルフは絶滅した」
彼らはもう何者でもないのだ。
エルフという種は死んで、ここに集まるのは殺戮を愛する異形に過ぎない。
しかし、私は異形に献身する。
それが復讐の悪魔の責務であり、名を変えるまでの存在意義なのだ。
これにて完結です。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
新作も始めましたので、よろしければお願いします。




