第100話 惨劇再び
(私が求めているのは……)
己の胸中を見下ろす。
果たして私は平和を目指しているのか。
克服してきた名は、禍々しい物が大半だった。
中には平和に寄り添う名もあったが、それは一時の模索である。
最新の名が復讐であり、何よりも私の本質を示していた。
(この身は惨劇に飢えている。きっとそうなのだ)
冷静を気取っているが、命を奪うことに愉悦を覚えているに違いない。
そうでなければ、このような血生臭い契約などやめている。
心のどこかで好んでいるからこそ、徹底して遂行できる。
己の醜さを自認し、それでも信念を貫く。
それが悪魔の道だった。
試すような"快楽"の眼差しに対し、私は真っ向から否定の言葉を述べる。
「私が求めるのは、契約だけだ」
「うんざりするほど律儀というか、そこまでいくと狂気の沙汰ね」
「兼ねる悪魔だからな。正気ではやっていられない」
人間はもちろん、悪魔からも逸脱している。
どこにも属せずに規格外の力を持て余していた。
それが兼ねる悪魔だ。
既に何らかの箍が外れており、この状態を維持できるこそが異常なのだ。
"懐柔"のように途中で崩れる者は、まだ引き返せる段階だろう。
私のように揺らぎなく付き進む悪魔こそが真の狂気と言える。
これ以上の問答は意味がないと悟ったのか、快楽の悪魔は私から離れていった。
どこか呆れた風だが、見限った視線ではない。
歪んだ私をそれでも突き放さず、部分的にでも理解しようとしている。
それが彼女のなりの優しさだろう。
快楽の悪魔は、手を振りながら歩き去っていく。
「まあ、破滅しないように気を付けて。昔からの友人として応援しているわ」
「そうか」
「こういう時は感謝の言葉を返すものじゃない?」
振り向いた"快楽"が苦笑交じりにぼやいた。
彼女は小さくため息を洩らすと、気を取り直して言う。
「邪魔にならない位置から見物しているわ。もし力が必要なら教えて。特別に無償で手伝ってあげる」
「悪魔の無償は信用ならない」
「あははっ、それもそうね」
快楽の悪魔は楽しそうに跳ねると、そのまま空中を駆けて彼方に消えた。
結局、姿を見せた目的が分からないままだった。
おそらくは私を鼓舞しに来たのだろう。
馴染みのある悪魔が消えていく中、互いに数少ない知人である。
特に私は兼ねる悪魔だ。
精神の傾きがないか確かめようとしたのではないか。
心配せずとも私は消滅しない。
葛藤の時期は数十億年も前に通り過ぎていた。
(まずは辺境から下していくか)
私は一人で河の上を歩いて進む。
また孤独だが、やることは変わらない。
復讐だ。
エルフの無念を晴らすのだ。
頭の中で計画を練りながら、私は王国領土に踏み込むのであった。




