第10話 悪魔の力
赤い津波に異変が生じたのは、数千人の兵士を呑み込んだ時だった。
前触れもなく津波の一カ所が爆散し、その辺りを形成していたエルフ達が弾け飛ぶ。
散乱した残骸はただの粘液に戻り、再生する気配がない。
間もなく壊れた魂が私の中に吸われて帰還した。
今の一撃でエルフ達は倒された。
許容できない攻撃を受けて再起不能になったのだ。
復元も叶わず、自動的に私のもとに戻ってきたのである。
(今の反応は……)
私は津波が爆散した箇所に注目する。
逃げ去る兵士を守るように、一人の美女が立ちはだかっていた。
短く切り揃えた金髪に、魔獣の革を使った衣服。
眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
彼女が腕を振ると、周囲の津波が破裂した。
先ほどと同様にエルフ達の魂が破損して形を保てなくなる。
(このままでは一方的に攻撃されるばかりだ)
私は赤い津波をすべて蒸発させると、その力をまとめて回収する。
残っていたエルフの魂も取り込んだ。
この局面において、脅威は撤退する兵士ではない。
粗暴な雰囲気の美女は、粘液のなくなった場所を闊歩してくる。
ある程度の距離に至ったところで、彼女は片手を上げて話しかけてきた。
「よう、随分と暴れてやがるな」
「…………」
「無視かよ。相変わらず暗い野郎だ。復讐の悪魔とは思えねぇな」
美女は露骨に舌打ちする。
苛立った様子で一見すると隙だらけだが、彼女が常に臨戦態勢であることを私は知っている。
私は相手の本当の名を口にする。
「嗜虐の悪魔。エルフの国の侵略に加担していたのか」
「ああ、俺にぴったりの戦況だったからなぁ。半年の期限付きで帝国と契約したんだ」
「契約内容は何だ」
「帝国軍の援護と嗜虐行為の促進だよ。代償は五十人の処女への拷問だった。楽しませてもらったぜ」
金髪の美女――嗜虐の悪魔は舌を出して笑う。
その名に違わない性根の持ち主だった。
「残酷だな」
「おいおい、よりにもよってお前が言うかよ。エルフどもの魂を残らず奪いやがって。たかが報復行為ってだけで重すぎるだろうが」
「復讐の連鎖を生まないためだ。代償が軽いと契約者の覚悟も望めない」
私が主張すると、嗜虐の悪魔は嘲るように罵倒する。
「ハッ、詭弁だな。暴利を貪る偽善者が。俺はお前みてぇな野郎が一番嫌いなんだ」
「そうか」
私はただ一言呟く。
同時に体内の力を循環させて心身の調子を整えていく。
相手は無力な人間の兵士ではない。
契約によって敵対する悪魔なのだ。
気を抜くと返り討ちになる恐れがあった。
一方で嗜虐の悪魔も殺意を漲らせていた。
空気を軋ませるほどの圧を纏って構えを取る。
「来いよ。ぶち殺してやる。ここで死ねば、お前でも百年は復活できない。その間に復讐対象は寿命でくたばる。契約を台無しにしてやるよ」
「――やってみろ」
赤い鉈を生み出した私は、嗜虐の悪魔に斬りかかった。