4話 ダイヤモンド
山小屋にも雪が積もって大慌てだったなあ。
ナーグお爺さんが例年より少し早かったから油断してたわいって言う。
ちょっとくらいは放牧するのかな?って思ったけど。
山が雪に覆われたらどの子達も草は食えぬわってことで、もう放牧生活も一旦お休みなんだって。
たとえ雪がしばらく止んでも、いつもは安全だった尾根渡りも危険になるから、ワシ等だけでも危なくてやらないってお爺さんが言ってた。そうね、雪の山は私も初めてだし。危ないならなおさらやらない方がいいね。
大きな羊小屋に山羊も羊も押し込めていく。遊び足りないやんちゃな子が何人も小屋に入るのを嫌がってたけど。
ナーグお爺さんが連れて行くと大人しく入っていった。あんなに私の言うことは聞かなかったのにね!
メルもペルも大人しい。まだ二人ともお腹の赤ちゃんはぱっと見は目立った大きさじゃないかなあ。
でも今までよく見てきたから、じっと見るとだいぶ丸っこくなった二人は前から見ても丸いし。横から見てもお腹がこれまでと違うね。
春にはお母さんになるのかと思うと。なんか置いて行かれるような寂しい気持ちも少しあるけど。
木の家では絶対経験できなかったこと。二人にとってはきっと幸せなことなんだろうな。そうなって欲しいよ。
雪が降るまで頑張って作った干し草のご飯もあるし。お腹の子の分まで沢山食べて欲しい。
二人に赤ちゃんが出来たって聞いて。私も決めたことがあるんだ。
……まだねナーグお爺さんには言ってないけど。
メルおばさんにも勧められたように、お爺さんにメルとペルは譲る。
お父さんの羊はナーグお爺さんの子だし。お腹の子は私のになるのか、ナーグお爺さんになるのか分からないんだけど。
メルとペルはきっとここでなら、沢山の仲間にも囲まれて安心して過ごせるだろうなって。
短い間だけどそう思えたんだ。
放牧がなくなったので、その日はナレン君と二人で積もった雪で遊んだ。
木の家にも雪が降った朝はあったんだけど。積もったことなくて初めてだったんだよ。
雪でメルとペルを頑張って作ったんだけど。
「なんだよその肉団子は!せめて頭つくってあげようよ!」ってナレン君にめちゃくちゃ笑われました……。
似てるでしょ?シフィールもそう思ったはず。
確かにナレン君の作ったのはうずくまってるけど動き出しそうな羊になってて。
ほんの少しね。負けた気はしたけどね。
あ、シフィールは丸っこいだけだから、私にも簡単にできたんだよ?
でも、ちょっと不満そうに見えたシフィールだったけどサ……。
その夜はチーズ尽くし!
たんと食えって言われてたくさんのチーズを。暖炉の火でとろんとろんに溶けた輝くチーズを。
もう無理ですっていうくらい食べさせて貰えた。
もうちょっと山小屋に居られると思ってたけど、雪がどんどん深くなると山から下りられなくなるんだって。
ナレン君も危なくなる前に早く山から下りた方がいいって言う。
ご飯を食べながらナレン君が私にキラキラを見せてあげたいって。
ナーグお爺さんはダイヤモンドみたいなのって言っても伝わらないからね。
お爺さんもそれらしきものを見たことあったみたいで、あれは確かに一度は見ておきたいものじゃって言ってくれた。
もうそろそろ見られるはずって時に、薪を燃やして麓に合図するっていうナレン君の計画も許してくれた。
もちろん使った薪は私がちゃんと持って登りますって言いましたよ。
炭焼き小屋のアレンさんが合図に一番早く気づくはずだから、アレンさんに煙が見えたらすぐ連絡を貰えるようにお願いしとけって言われた。
アレンさんは炭を作ってる間はつきっきりになるけど。ぼーっとしてる時間も結構あるんだって。
それなら迷惑じゃないのかなぁ。
夜はあまり遅くならないようにしたけど。二人で本を読んだんだ。
試しにナレン君に一ページだけ読んでもらった。確かに読めない字は残ったけど。最初に比べたら全然違うし。
今度はもっと読めるようになればいいな。
春にまたここに来るのが楽しみになった。一人でずっと読む本も好きなんだけど。
二人で読むってこんなに素敵なことだとは思わなかった。
山道はね。下りの方が怖かった。
朝ご飯を食べた後、旅支度。
炭焼き小屋で借りた背負子には私の革の袋とメルおばさんと村長さんと、これからお世話になるマーサおばさんの分の大きなチーズ。
服を返そうとしたけど、ナーグお爺さんが持って行けって。どうせお前さんしか着られないんだからって。
尻をはたくのは、ナーグお爺さんの癖なんだろうか。これ治さないとメルおばさんから、ずっと奢って貰えないゾウ……。
ナレン君とまた呼んでねってお別れして、ちょっと積もった雪で靴が沈み込みながらもゆっくり歩いて下りました。
振り返ると二人とも手を振ってくれてて、私も手を振ってたら、まっすぐ前見て下りるんじゃーって怒られました。
荷物は軽くなってるのに、転がり落ちそうでだいぶ時間がかかったかな。
山の上の方から吹いてくる風が上半身を不安定にしてくれる。
あんまり強い風は怖いので、シフィールにお願いして風を止めてもらいました。
だいぶん楽になったなあ……。今度の上り下りもシフィールに助けてもらおう。そうしよう。
どんどん積もった雪は減っていって、麓に着く頃にはすっかり普通に歩けるように。
お昼も抜いて下りるのに集中してたけど、空腹を我慢して炭焼き小屋に向かう。
アレンさんは相変わらず炭を焼いてた。顔も真っ黒になってて、それも初めて会ったときと変わらない。
ナレン君が真冬に薪を焼いて合図してくれるので、アレンさんも見張ってて欲しいってお願いしました。
炭焼き小屋でも、ナレン君が言う特別な朝は分かるんだって。耳が痛くなるくらい静かな朝だそうで。
起きる数日前から前兆みたいなのはアレンさんも分かるから、前もって山の方を気にしておくって言ってくれた。
アレンさんの声初めて聞いたけど、低くて優しい感じだった。これだけしか喋ってくれなかったけども。
アレンさんには私の分って渡されてたチーズをお裾分けしてみた。
背負子を返して、少し緊張しながら村の方へ。
メルおばさん、私のこと覚えてくれてるだろうか。ダグ君とリューネちゃんも覚えてくれてるだろうか。
そんな不安も、メルおばさんに会って、ぎゅいいいいいって抱きしめてもらったら吹き飛んでしまった!
ちょうどおばさんは店終いしようと表に出ていて、ひょっこり現れた私を無言でガッと抱き上げて、経験したことの無い熱い抱擁をくださいました。
「オギャーー!」あ、これ私の叫びです。はい。
「ん?なんか生まれたかい?」
何かが生まれる勢いでギューです。山小屋に居るときにバンバン背中を叩かれたのを懐かしんだときもあったんだけど。
メルおばさんはやっぱりなにかと激しい人だなあ……。ちょっと心配する様子でシフィールが私の周りを回ってた。ありがと……。
すぐにダグ君とリューネちゃんも気づいて家から飛び出してきた。
「ミフィーナだ!」って駆け寄ってきてくれる。
「元気にしてた?」ちょっと落ち着いた感じのリューネちゃん。
あれ、ちょっと会わないだけだったのにリューネちゃん大きくなってる!背がちょっと伸びてる。うう……私は伸びないのに。
ダグ君より少し小さかったのに、ダグ君と全く同じくらいになってる。
「リューネちゃん、背が伸びたねえ」って私が言うと、間髪入れずに「そうなんだよ、ボクだってほんのちょっぴり伸びたんだけどな……」ってダグ君が悔しそうに言う。
「あんたも見違えたねえ」ってメルおばさんが二人への挨拶を終えて立ち上がった私を見てそう言った。
「う?」うーん、何か変わったかなあ。
「いや、身綺麗にしてるじゃないか。あんた村に来たときは髪の元の色も分からないくらいに汚れてたし、髪の毛ぐちゃぐちゃだったし。髪にへんちくりんな小枝まで刺さってたし。顔も服も小汚かったし。言っちゃナンダが少々臭ったし。……ん?服も新しいのもらったのかい?」
「ナレン君のお母さんの物をもらったんです」そう言うとメルおばさんはすごく懐かしむように山の方を遠く見上げてた。
髪もぐちゃぐちゃ……臭かった……そうだったんだね……。やっぱり綺麗にしとかなきゃいけないね。
私の何かを生む叫びがあちこちに聞こえたのか、メルおばさんの家の周りから他の人たちも何事かと出てきた。みんな最初にご挨拶したときと変わらない。うん、ほっとする。村を見渡してみたも秋に来た頃と全然変わってないなあ。みんなこれから晩ご飯の用意をしようって頃なんだろう。あちこちの家から薪から熾した火が煙を上げてる。
「あの子……ナレンの母親はアタシと同い年でねえ。子どもの頃から一緒だったんだよ。服は大事にしておくれ」
もちろんです。大事にしてます。大きく頷いた。
そっかあ。メルおばさんにも小さな頃があったんだねえ。その頃からギューッてしたりバンバン人を叩いてたんだろうか。あ、ちょっと恨みがましい気持ちが残ってるのかも知れない。痛かったんだもの。
出てきた人たちの中に村の中でも若い女性のナンもいた。目が合ったけど、ついって目を逸らして家に戻っちゃったなあ。村のみんながお帰りなさいって言ってくれた中、ナン一人だけそうだったから、その夜はどうしたんだろうって考えちゃったなあ。
「お前さん、腹減ってないかい?」唐突にメルおばさん。
「うー。減ってます。ぺこぺこです」そうなんだ。朝から雪が積もり始めた山を下りるのに懸命で、何も食べてないんだった。
「じゃあ、アタシの旦那の飯を食べて今日はゆっくりとしていきなさい」やった!あのご飯がまた食べられる!
「マーサ、明日からよろしくな」マーサおばさんを目が合った。まっすぐ頷いてくれた。明日からはマーサおばさんのところで新しい仕事。
がんばらないと。
夜はメルおばさんの家に泊まって、久しぶりにシチューを食べさせてもらいました。
パンにはナーグお爺さんからメルおばさんにって渡されたチーズが乗ってて。シチューとの組み合わせで目がグルグルするくらいに美味しい。ダルおじさんのシチューは、なんかほっとするなあ。
メルおばさんは、私が村に居ない間に村長さんと話をしてくれたらしく。
村で一軒空いている空き家を使って良いってことになったみたい。ダグ君とかは一緒に住めば良いって言ってくれたんだけど。外から来た旅人が、メルおばさんの家に泊まることもあるみたいで。私を無料で置いてたら気まずいことになるみたい。
でも、無料で空き家を借りるのとどう違うんだろうって思って、聞いてみたら。外の人間はそこまでは気にしたりしないよってことらしい。そう言うものなのだろうか。
寝るまでダグ君とリューネちゃんに山小屋であったことを沢山お話した。
本を一緒に読んだこと。メルとペルに赤ちゃんができたこと。山小屋でチーズを沢山食べたこと。羊と山羊と一緒に尾根をまわっていたこと。そしてナレン君がキラキラ輝く物を見せてくれるってことも。
二人ともそれが何か興味津々で、着いて来たがったけど。今度山に登るときはもっと雪が深い。
二人を連れて山に登るとか、ちょっと。ううん、だいぶ無茶な気がして。もっと大きくなってからナレン君に見せてもらって!ってお願いした。毎年じゃないかもだけどナーグお爺さんは何度か見たみたいだし。きっと大きくなってからも大丈夫だよ。
ナレン君の話になると、リューネちゃんが食い入るように聞いてるから、やっぱりリューネちゃんはナレン君のことが気になってしょうが無いみたいだね。
◇
翌朝は日が昇った頃にメルおばさんから起こされて。まだ寝ているダグ君とリューネちゃんを起こさないように、そっと部屋から外に出ました。
昨日の残りのシチューがテーブルに置かれていたので静かに食べて。荷物をもって用意してもらった空き家に。
ここも興味がいっぱいだったけど。荷物だけ置いてマーサおばさんの家に。
マーサおばさんは家の入り口で待っていてくれた。
毛皮のお仕事の説明を受ける。マーサさん達が何をやってるか。
いくつも仕事があって。毛皮は毛皮のまま町で売れるから毛皮そのものも扱う。毛皮から毛を落として鞣した革の状態で町に売る。状態の悪い毛皮は煮て膠っていう接着剤を作る。これは村でも使う。皮そのものや煮てる最中にも沢山脂が出るので、それを集めて獣脂蝋燭の材料にする。これも村でも使う。
一回説明されただけだとよく分からなかった。やりながら覚えておくれって言われて素直にそうすることに。
そして仕事は一日あたり銅貨二枚貰えるってことも。初めてお金が貰える仕事!
まず、マーサおばさんの子達と一緒に川に皮を晒しに行ってくれって言われて。
皮を倉庫に取りに行ったんだ。
ものすごい数の皮が積まれてた。村の猟師さんが取ってきてマーサおばさんが買い取って倉庫に入れておいた物らしい。
ナーグお爺さんの山小屋で一つの小屋が薪と炭でいっぱいだったんだけど、マーサおばさんの小屋は全部が毛皮になっている感じ。
そしてね。ものすごい臭いだった。これが皮の臭いかーって目眩がした。
クラクラしながら毛皮を受け取る。シカの毛皮だそうです。裏を見るとちょっと赤黒い物がくっついてる。
「受け取ったときにもざっくり削っちゃいるがまだ肉の破片が残ってるんだ。こいつを川の水で綺麗に落としておくれ」
川に行くと川辺にたくさん杭が打ってあって縄が繋がってる。その先には何枚も何枚も皮が繋がっていて、思わずぼーっと眺めてしまった。
何十枚の皮が川にあるんだろう。川の中は見渡す限り全部皮で埋まってる感じだった。
マーサおばさんの子どもは二人いて、男の子はジャン君。女の子はマルリちゃんって名前だった。
ジャン君もマルリちゃんも茶色い髪に茶色い瞳。ジャン君はナレン君より年上に見えて、マルリちゃんがナレン君と同じくらいかな。ちゃんと聞いた訳じゃ無いけどそう見えた。
川辺に皮を沈めて洗おうとしてたら、川に入ってやりなさいって言われた。靴を脱いで服も太ももくらいでぐるっと巻いてずり落ちないようにして、川に。川に入ろうとしたんだ。
……なんて冷たいんだろう。
足の指から頭のてっぺんまで冷たさが貫くようだった。
マーサおばさんの子達も裸足で川に入っている。出来ないわけはないんだ……。
諦めて入って、川の水でシカの皮を洗う。赤黒いお肉の破片を丁寧にしつこく取り除いていく。手も足も水の冷たさで真っ赤になる。様子を見に来てくれたマーサおばさんが、「裏が真っ白になるまでやっておくれ」って教えてくれた。
「水がとても冷たいですね」って言うと。「この水の冷たさが皮を腐りにくくしてくれるんだ。だから私たちは冬は忙しいのさ」って。
腐りにくくなるなら確かに重要だなあ。木の家に住んでるときも暑い日は前の日に作ったスープがダメになったこともあった。暑いとダメなんだね。
真っ白になったので、マーサおばさんを呼んで確認する。「うん、これなら良いね」って言ってくれたので一旦川から上がる。川辺で皮を絞って水を落とす。
足がもうただの棒になったみたい。靴が履けない。どうしても履けない。仕方なしに裸足のままマーサおばさんの家に入る。
家の中は暖炉の火でとても暖かい。けど、今の足と手にはその温かさが痛い。
「このヘラでね。裏の白い所をこすってもらう。こんな風に……」マーサおばさんがヘラをぐっと押し込むとなんか白いドロドロが皮の裏から分かれた。「こいつが脂肪って言って脂なんだ。綺麗に削り落とさなきゃいけない」
「裏側全部ですか?」
「うん、全部さ。取った脂はこの樽に入れておくれ、少々毛が混じっても構わない」」
マーサおばさんの目線の先に一抱えくらいの大きさの樽がある。削った脂はここに。覚えました。
無心になってヘラを動かす。沢山脂が取れる。これも蝋燭とかにするのかな。
やってると、皮をもう一回川に持っていって洗いたくなった。無性に洗いたい。
「そう、何度も往復してどんどん綺麗にしておくれ。ただあんまり力入れてヘラが皮を突き破ったりしないようにね!」
許して貰えたのですぐに皮をまた川の水で洗う。元の場所で洗おうとしたらジャン君に止められて。川の下流の方でやってくれって。脂が川で晒されている別の皮になるべく付かないようにした方が良いって。そうだね。せっかく綺麗になってるのに脂付いちゃったら台無しだね!
四回くらい往復してようやく脂も全部綺麗にとれた。樽は空っぽだったのに結構脂が溜まってる。
マーサおばさんが確認してくれて、大丈夫だってことに。そしたら丸い穴のあいた金属の物を渡されて。
「こいつをこういう風に皮の端っこにフックを刺して。この大きさなら四カ所」
一つはマーサおばさんがやってくれたので、残りの三つを皮に刺す。
うう。こういう先が尖ったもの苦手なんだよね。このくらい太いフックだとまだ平気だけど。
針とかホント苦手。
端っこに刺そうとしたら、もちょっと内側で良いって。
刺したのをまた川に持っていく。川辺に打ってあった杭の縄をほどいてフックの丸い穴に縄を通す。縄を通した後はまた縄を杭に結んでおく。きっと皮が流されていかないようにっていう工夫なんだね。
このまま川の中に持っていって、水の流れに皮を広げたんだ。
「一日川の流れに晒しとく。明日続きをやるから覚えときな」って言われてどこに晒したかよく覚えといた。特徴を覚えなくても、何度も見た皮なんです。よく似た皮ばっかりだけど、自分がどれをやったって忘れようがなかった。
「休憩してもらうが、その間も仕事をやってもらうよ」って言われて、ヒィって声を上げてしまった。
山小屋の羊と山羊を相手にしている仕事と全然違うんだね。
ジャン君とマルリちゃんもちょうど休憩してた。外なんだけど大きな鍋があってその周りで二人とも真っ赤になった足と手を休めてた。
鍋には細かく刻んだ皮が煮てあって、これも臭いを出している。こっちはキツイ臭いじゃなくて長く嗅いでも大丈夫みたい。。
お鍋の端っこに白くなった脂がまたこびりついてた。ジャン君が休みながらもその脂をヘラで取って樽によけてた。
私も休憩しながら同じことをすれば良いらしい。
「朝から夜まで煮込んでるから、休憩のたびに脂があったら丁寧にすくっておいて」ってジャン君。
「ずっと煮るの?!」
「うん、そうだよ」って。
これは膠って接着剤をつくってるみたい。使ったことないからどういう物か分からない。
休憩しながら山小屋の暮らしのことを二人に話してた。二人とも小さい頃からずっとこの仕事を手伝ってるんだって。だから水の冷たさも慣れちゃったって。マーサおばさんもジャン君もマルリちゃんも、シフィールのことは見えない。私以外見える人は居るんだろうか……。
休憩が終わったらまた川に皮を晒しに行く。初めての日なので水に入る度凍えるんだけど。
一番辛いのが強い風が吹いたとき。
全ての手を止めてもう、風が止むのを待つしか無い。つま先から肩まで激しい震えが勝手に起きる。
同じように川に入っている二人も辛そうに固まったまま動かなかった。だよね、これは辛いよね……。
ちょっとピンと来たんだ。風がキツイなら風を止めちゃえば良いって。
便利に使っちゃってごめんねシフィール。でも、すごくすごく助かった。
お願いすると、また緑色に光ってしばらくすると風が止んだ。
ジャン君もマルリちゃんも風がずっと止んでて、落ち着いて仕事が出来たみたい。
シフィール、ほんと!ありがとう!
川を水に晒すだけじゃなくて、皮から毛を抜いたり。板に打ち付けた皮を日に当てて干したり。
鍋に戻って膠の番をしたり。水から引き上げたすっかり毛も落ちた皮を揉みほぐしたり。まだ新しい毛皮をたくさんの塩で揉んで、塩漬けにして倉庫に戻したりとか。
いろんな仕事をマーサさんの指示でたくさんした。大変だ、この仕事。真っ赤な手でマーサおばさんお手製のシチューとパンを三人で黙々と食べたなあ。
一日の終わりに膠の煮汁を布で何度も漉して。マーサおばさんからようやく今日の仕事はおしまい!って言われた。
膠って黄色っぽい茶色の汁なのかな。これが木と木をくっつける材料になるってのが全く想像つかないや。
夕方になってナレン君達が居る山をオレンジ色に日が染めてた。ぼーっと見つめてるとマーサおばさんがやってきて、今日の駄賃だよって、銅貨二枚を渡してくれた。うう……初めてお金をもらったよう。
明日も同じ時間に来ておくれって言われて。用意してもらった空き家に。あ、もう私がしばらく住むから空き家じゃないのか。
家の前には薪が置いてあった。使って良いのかな。
暖炉で火を熾そうとしたけど。メルおばさんの家から火をもらってきた方が早そう。
ナーグお爺さんからもらった布で顔を拭き取って、メルおばさんの家に向かう。
メルおばさんの家の扉をくぐると、リューネちゃんが抱きついてきた。
でも、すぐに離れる。
「ミフィーナ、ふしぎなにおいがする」って言葉がざくっと刺さる。うん、やっぱり臭い付いちゃうよね。
そしてお金をもらったってメルおばさんに言うと。
「よし、今日からはオゴリじゃなくて自分のお金で払うんだよ」って。「アンタも今日からうちのお客様さ!」って。
いつものメルおばさんのご飯を食べて、銅貨二枚を出したんだ。
そしたら一枚をメルおばさん受け取って、二粒の銅の粒が返ってきた。
「一食分もらっとくよ」って。一食は銅の粒一つでいいんだって。明日のパンも買うならもう一粒もらうが、どうだい?って。
そっか。木の家に居たときはおじいさんからもらったウィートの粉とかでパンを作ってたけど。もう粉はないし。おじいさんは持ってきてくれない。こうやってお金で毎日買っていかないと、いつかなくなったらお金がなくなったら買えなくなっちゃう。
――みんなこうして暮らしてるんだ。
お昼はマーサおばさんが出してくれたけど。明日もそれでいいのかな。ちゃんと聞いてみよう。今日はオゴリだったのかもしれない。
晩ご飯で銅の粒ひとつ。明日のパン三つで銅の粒一つ。
「一日で、銅貨一枚と銅の粒一つが余る?」
「そうさ。それは無駄に使っちゃいけないよ。アンタの稼ぎだよ。この村にずっと居てくれりゃいいけど。また旅に出るんならどんなにお金はあっても良いよ」
テーブルに置かれた銅貨と銅の粒を手で撫でる。
一枚と一粒。
ずっと撫でてたら、山小屋に行く前の日みたいに、メルおばさんがそっと抱きしめてくれた。
「冬しんどい仕事だってみんな知ってる。臭いもきついし、水もめっぽう冷たい。脂も大変だし。だけどアンタが今日作った毛皮にしろ、革にしろ、膠だって町に持っていけば売り物になるんだ。毎日がんばりゃお金だって貯まっていく。がんばりな」バンバン叩かず、今日はそっと肩を叩いてくれた。
「はい、もっと丁寧に。もっと早く。がんばります」
火をもらって自分の家に帰る。メルおばさんからは風で火が消えちまったらまた来るんだよ!って言われたけど。
ふふ。私にはシフィールが居るんです。風で消えちゃいません。……言えないけど。
暖炉の薪に枝から慎重に火を移す。なかなか燃えないけど。積んである薪は、アレンおじさんが持ってきてくれたらしい。次からは買ってくれってメルおばさんに伝言があったみたい。
家もだけど。薪も。そして一つだけの部屋にある藁のベッドも。村の人たちが用意してくれた。
部屋をホントはね。片付けるつもりだったんだよ。自分の荷物を置いてあった家具に振り分けて。
と言ってもたいした荷物じゃないんだけど。
でも、それすら出来ずに。お腹も膨れたのもあって、今日はそのまま寝てしまいました。
本も読みたかったし、今日出来なかった字の練習もしたかった。
無理無理。
うん、明日ちゃんとします。きっと。
◇
朝起きなくちゃ。そう思ってた。
でも無理だったらしい。
顔のすぐそばで冷たい風が。風が。
「ひゃ」って声出してたかも。冷たい風?なに?
身を起こすとシフィールが緑色に光ってる。
あ、力を使ってくれたんだ。何でだろう。
あ、朝だ!もう起きないと。もしかしてシフィール起こしてくれた?
寝坊しないように?
慌てて外に出てみるとちょうど朝日が昇る頃。
やっぱり気づいて起こしてくれたのかも知れない。なんて良い子なんだろう。
あ、自分に都合良すぎるかな……。シフィールはいつも良い子です。
急いで水を汲みに行って、顔を拭い、そしてパンを食べる。
うーん、ミルクが欲しいなあ。メルとペル元気にしてるだろうか……。
メルとペルからミルクを貰いたいゾウ。村で買えるかな。
そこからは皮な毎日が続いたんだ。
マーサさんの旦那さんはフリッグさんっていって。背の高い狩人さん。
ジャン君にとても似ている。フリッグさんに言われたけど、私ってこの村で五番目くらいに背が大きいらしい。
じゃあ、もうこれ以上伸びなくても平気かなぁ。
もうちょっと伸びると借りている家の入り口に頭ぶつけちゃうし。
「あんた、このでかいシカもうちょっとなんとかならんかったのかい?」ってマーサさんが咎める口調。
「殴って倒せりゃよかったんだがな。追い詰めたらこっちに突進してきたから鉈でやるしかなかった」
二人は大きな毛皮を前にしてる。毛皮は首から胴体にかけて大きな裂け目が入ってた。
「他の皮もすぐ洗って塩漬けしてくれてりゃ良かったのに」不満そうなマーサさんの声。
「こいつを追いかけるのに懸命でな。川まで下りれなかったさ」咎められてフリッグさんも不満そう。
毎日この仕事をやってると、少しずつ分かってきた。
状態が良い毛皮は裏側だけ鞣して、毛皮で売る。
どこか大きな切れ目とかあるのは、表も裏も鞣して革にして売る。
干している途中でも縮んだり堅くなってほぐせなくなった革は刻んで煮て膠にしちゃう。
毛皮は大きかったり形が整ってたり毛並みが綺麗だと高く売れるみたい。
だからマーサおばさんは毛皮の状態の頃からこだわってるんだろうなあ。
獣脂蝋燭は綺麗な円筒系の形にはなかなかならなくて、沢山練習させてもらいました……。
ぐんにょりした形のを沢山作ってしまって……。
村で使うにしても酷いってすごい笑われたので、我が家で使ってます。
ジャン君もマルリちゃんもこれはまだ綺麗に出来ないみたい。
木の丸い筒に溶けた獣脂を詰めて、蝋燭の芯を沈めて引き上げて。ってのを繰り返して大きくしていくんだけど。
よし!って声とともに丸みをおびた塊が引き上がるのはマーサおばさんだけ。
難しい!
川で皮を晒して。天気が良ければ干して。鞣し液の樽に漬けたり。また別のを冷たい川で晒して。干して。
天気の良い日は川の水が日の光でキラキラ輝いてる。
やっぱこのキラキラ綺麗なんだけどな。ナレン君が見せてくれるキラキラが楽しみなんだ。
休憩時間は膠鍋の番をして。獣脂蝋燭も作って。
たくさんいろんな種類の材料があるから、並行作業ばかり。川に晒して水から上げた皮を干しての繰り返し。
天気の悪い日は干す作業は無くなるけど。鞣した革をほぐして柔らかくする作業がどーんと待ち構えてる。
ジャン君とマルリちゃんが、今年は風が冷たくなくて楽!って言ってるのを聞いてニッコリだ。
シフィールのおかげなんだよ!ってすごく言いたい。
んで気づいたんだ。
ジャン君とマルリちゃんは家の手伝いだからお駄賃は貰ってないんだ。
今マーサおばさんも含めて四人で作業しているけど、お駄賃貰ってるのは私だけ。
もちろんマーサおばさんは支払う側だから違うけど。
ジャン君とマルリちゃんは私より作業が早かった。
水がとても冷たいけど二人とも何も文句言わない。
負けられない。お金貰ってるんだ。少しずつ作業も早くなってきたんだ。
自分より小さな子達が頑張ってるのに弱音は吐けない。
二人の身長ではちょっと運びにくい大きな皮は、私、ミフィーナやります。
ここでは無駄に大きいから……。
◇
天気の良い午後だった。
川に入っていたけど呼ばれたので、マーサさんの子達と一緒に村の広場に集まる。
鎧を着た二人の男性。初めて見るなあ。誰だろう。
村の人数の増減がないか確認されている。村長がこっちを向いて鎧の人と話をしている。
旅人ですがこの村で秋から村の仕事をしてもらっていると。
鎧の人二人が私の前に立った。ドキドキする。
「旅人というが、名前は?生まれは?ギルドなどの発行した身分証や旅券はあるか?」
う。。。全部答えないといけないよね?
「名前はミフィーナで、ここの村から三日ほど南に行ったところの家に住んでいました。ギルド?旅券とかはよく分かりません……」
「身分証明がないのか。どこへ行く気だ?」
「どこへというのは決めてないんですが……」なんて言えば良かったんだろう。すごく困る……。
「この子はねえ、お爺さんと暮らしてたんだけどいきなりほっぽり出されたんだよ。たまに食べるものとか届けてくれるぐらいでそのお爺さんとやらは、放置さ!」メルおばさんが助けてくれた。そう言いたかったけど、言えなかった。
「メルさん。この者に聞いている」
「あいさ……」メルおばさんがシュンとした。
「メルさんがそんだけ言ってくれるんだ。酷いようにはしないから。な?」おばさんはそこで一安心したみたい。
「お爺さんというのもわからないな。名前は?」
んっと……あの二人が召喚された夜テッドって呼ばれてた男の子がおじいさんをヴォイクトって呼んでたなあ。
私には『おじいさん』だけど……。
「ヴォイクトって言います」
「ヴォイクト?うーむ、記録はあるか?」
「いえ、ありません」間髪入れず脇に控えた別の鎧の男の人が答える。
「お前母親は?」「わかりません……」
「父親もか?」「はい……」
うう、知らないことだらけなんです。
「かなり特殊な事情なようだな。……村では秋からというが、どんな仕事をしておったか?」
村長さんがすっと進み出た。
「住んでいた家で羊を飼っていたようで。すぐに山小屋のナーグ爺さんのところに預けて羊の仕事をしてもらいました。孫のナレンともうまくやっておって毎日真面目に働いておったとナーグからは聞いとります」……村長さんありがとう。
「冬に入ると村に戻ってもらってマーサのところで毛皮の仕事をしております。こちらも毎日休まず真面目にやっております」マーサさんも頷いてくれた。……マーサおばさんもありがとう。
「ふむ。毛皮の仕事はたしか給金はでるな?」って質問に村長さんが「左様にございます」って答える。
「税はそこから払えるか。――しかし旅の路銀がなくなるな」
う……、税ってナンダロウ。
「春先には羊の毛刈りもやってもらうと聞いております」
「そこでも金は入るか。ミフィーナとやら春先からはどうするつもりだ?」
大事なことだと思う。ちゃんと答えないと。出来るかな……。
「おじいさんからは、あちこちを巡れと言われてまして。……北に町があるのなら行ってみようかと……思ってます」
「ここにずっと住むと言う選択はないのか?まあ、遺言のようなものであれば、従わざるを得ないのかも知れないな」
遺言……おじいさん死んでないけど……。
「あちこち巡るのであれば、ギルドに所属し旅券を発行してもらうのが良いが。職人や商人系ギルドに入って一人前になるのも時間がかかる。であれば、冒険者となって冒険者ギルドに入るのがいいが。税も依頼料からギルドが徴収するからここで徴収することもない」
冒険者と聞いてメルおばさんとかマーサさんが驚いて肩をすくめる。その二人の表情に鎧の人が気づいた。少し顔を柔らかくする。
「女の冒険者も少なからずいるよ?やくざもんの集まりのような状況は昔とは変わらないが。――あちこち行くのであれば冒険者ギルドに入るとよい」
「わかりました。そうしてみます」こう答えるのがいいのかな。
分かってないのに答えなきゃいけないのが……すごく怖い。とても大事な答えな気がする。
「やめときなよ。ここで暮らした方が安全さ!」メルおばさんが真剣そのものって顔で私を見てる。
「メルおばさん、この者の意思が大事だ」って鎧の人。
「はいよ……」二回もメルおばさんをシュンってさせちゃった……。
鎧の人はしばらく考えてた。メルおばさんもマーサおばさんもハラハラした顔で私と鎧の人を交互に見てる。
私はどんな顔してるんだろう……。おばさん達二人と似たような顔してるのかもしれない。
「いったんは、この村の出身ということで登録しておこう。冒険者ギルドでも身元を証明するものがあった方が話が早い」
「ありがとうございます」私のために何かしてくれるみたい。お礼は言っておいた方が良いんだと思う。
厳しそうな顔だけど、そうでもないのかなあって思ってると。
「この村の出身の者は、この副官のジェクスもだが。みな真面目に町で働いているし税もちゃんと納めてくれている。春に毛刈りの仕事が終わったら、北の町で私、エベンスを訪ねてくれ。それまでに出身の登録はしておく。刻限は夏だ。それまでに必ず来ること」
強い口調に頷くしかなかった。
エベンスさんエベンスさん。
宙に名を何度も書いて忘れないようにしてたら副官の人がじっと見てた。
「お前、文字が書けるのか?」
「はい!」これは自信を持って答えられる。
「ほう、それは仕事先が広がりそうだな!冒険者で挫折して町で暮らしたくなっても色々と仕事はあるぞ」
「そうなのか。町で衛士達の隊長なんてやってるが、私も字が書けなくてな。ジェクスにいつも助けて貰っている。ジェクスの言うとおり町で仕事の幅が広がるのは間違いない。町の人間も読み書きできない者が大半だからな」
「よし、他に村の人間で増減がないなら話はおしまいだ、仕事に戻って良い。村長、村に置いてる隊の替え馬のことで相談がある、ちょっと時間をくれ」
そう言って、隊長さんと副官さん。そして村長さんは、村長さんの家に入っていった。
すごく疲れた気がする。私何も考えてなかったんだね……。
そして色々決まった気がする。これはちゃんと考えなきゃ。
その日は仕事が終わった後、いつも通りメルおばさんの家で晩ご飯。
マーサおばさんも着いてきて、一緒にご飯を食べた。
ご飯を食べながら。
冒険者は危険だよ。怖い連中も居るよ……とか。
町で暮らすにしても家も無いから、宿を毎日借りなきゃいけない。そのお金は貯めててもすぐ消えちまう。
それまでに仕事を見つけなきゃ路頭に迷うよ、とか。
メルとペル二人の羊はどうするつもりさ?って。
それはナーグお爺さんに譲ることにしたって答えたり。
北の町でここの村の人がよく泊まる宿屋があって、メルおばさんの妹がやってる宿屋さんで。
値段も安いからそこに泊まると良いって教えてくれたり。
町で上手くいかなくても、必ずこの村に帰ってくるんだよって言ってくれたり。
どんなに困っても町から村への七日分の食糧は確保する余裕は持つんだよって……。
メルおばさんとマーサおばさんが、真剣に私のために考えてくれたり教えてくれたりしてるのが。すごく伝わって。
とても感謝したんだ。
その日の夜は沢山考え事をして、長い夜だったのを覚えてます。
ちゃんとやっていけるんだろうか。
このままこの村でずっと暮らしているのはダメなんだろうか。
おじいさんは、私とシフィールに何をさせたいんだろうか。
村にずっと居たら怒りに来るんだろうか。
おじいさんとメルおばさんとすごくケンカしそう……。
メルおばさんやマーサおばさんに受けたものを、どうやって返していけば良いんだろう。
私ね、この二人が大好きになってきちゃった。
隊長さんに夏までには必ず町に来なさいって言われて、そうしますって答えたけど。
やっぱりやめました。ここで暮らしますってのはダメなんだろうか。
仕事でいつも通り疲れていて、いつの間にか寝てしまったんだけど。
その夜は久しぶりに、あの沢山の人から『託す』っていっぱい言われる夢まで見てしまって。
ちゃんと眠れなくて。次の日の仕事はいつもより大変でした。
昨日色々夜は悩んだんだろうけど、仕事はちゃんとしな!って、いつもより酷いポンコツな仕事っぷりを、マーサおばさんにとても叱られました。
やっぱりマーサおばさんも大好きだ。
◇
村もどんどん寒くなっていった。
すっかり真冬。
メルとペルは山小屋で元気にしてるだろうか。シフィールと一緒に山の方を見上げる。
毛皮の仕事はちゃんと続けて、どんどんお金は増えていったんだ。
一日に銅貨一枚と、銅の粒一つ。
一週間分の薪も毎週買ったりしたからちょっと減ったけど。
まるっと二ヶ月休まず頑張りました。
こないだ嬉しいことがあって。
マーサおばさんが余った毛皮をくれたんだ。黒い毛皮。毛皮から切り落とした端っこの部分だけども。
それを今着ているナレン君のお母さんの服に縫い合わせてくれた。
ナレン君のお母さんは私より背が小さかったみたいで。
袖とスカートの裾がちょっと短かったんだ。肩の部分も少し窮屈かな。
短い部分に毛皮の余ったのをぐるっと縫い付けてくれて、ちょうど良い長さになったの。
しかもモコモコしてて暖かい。襟の部分にも付けてくれて、もっと素敵な服になったと思う!
マルリちゃんの服とよく似た感じになった。
ちょっとマルリちゃんの服を羨ましく思ってたから、ホントに嬉しい。
その日は不思議と風がなくて、いつもなら川の中での仕事でシフィールの力で風を止めていたんだけど。
そんな必要なは無かったんだ。
でもその代わりとても寒かった。水の冷たさも一際で、ジャン君とマルリちゃんと顔を見合わせて覚悟を決めて、いつもより冷たい川で皮を晒してた。
きっと水が冷たければ冷たいほど腐らないんだって信じながら。
午前中の一回目の休憩をしていたら、炭焼き小屋のアレンさんが駆け込んできた。
あ……きっと合図があったんだ。ナレン君の!
「ナレン君の合図がありました?」そう聞くとアレンさんが無言で頷く。
マーサおばさんもアレンさんに気づいて、私に頷いてくれた。
この仕事を始めて四日間だけ、ナレン君の合図があったときにお休みを下さいって言っていて。
マーサおばさんは許してくれたんだ。
許してくれた上に、おばさんの冬用のマントまで貸してくれた。毛皮の暖かいマント。
待ってるからねって言ってくれたおばさんの手を包み込んで、ありったけの感謝を伝える。
うん、またここに帰ってきて仕事をするんだ。
メルおばさんにも山小屋に戻りますって伝えに行った。
メルおばさんは薪を背負って行く必要なんて無いんじゃないかって。
ちょっとくらい減ったって連中死にはしないよって。
それは出来ませんってきっぱり答えたんだ。
メルおばさんは黙って頷いた後、暖かいご飯を食べさせてくれて送り出してくれた。
アレンさんの炭焼き小屋で背負子に薪を積み込んだ後、シフィールと二人で山道を登っていく。
前に登ったときと比べものにならないくらい大変。
雪がどんどん深くなっていく。久しぶりに背負う背負子も重い。
ナレン君達が私に合図するためだけに燃やしてくれた薪。
私も村で家で使うのに買ってるから薪が大事だって身に染みて分かってる。
少しでも持っていかなきゃ。
幸い村や麓と同じように嘘みたいに風がない。
でもこのままじゃ進めなくなるって、くじけそうになったとき。
見上げると、進む先に黒い道筋があるのに気づいた。
登るときも下りるときも一休みした大きな岩。
そこから先に何かある。
背負子を諦める気持ちになんとか勝って、岩まで何とか少しずつ進んでたどり着いたんだ。
岩から先の雪がかき分けられてる……?
ナーグお爺さんとナレン君が私が通ることを予想して、雪をかき分けてくれたのに違いなかった。
岩で十分休む。
道はある。きっと大丈夫。
山小屋に何とかたどり着いたときには、すっかり夜。きっと次の日になるちょっと前くらいじゃないのかな。
扉をへろへろになった手で叩いたら、驚きの顔のナーグお爺さんが。
「明日来るのかと思ったぞい!」って。
どんな顔してたのかな、ほっとして背負子ごと崩れ落ちたと思う。
「背負子は諦めると思っておったのじゃが……お前さん頑固者じゃな」そこまで聞いてしばらく気を失ってたみたい。
暖かい。そしてあの匂い。
チーズの匂いに誘われて起きてしまった。
ナレン君の顔と瞳が目の前にある。暖炉の前に座らされていて、シチューとチーズが用意されていた。
二ヶ月ぶりの山小屋のチーズ。
やっぱり素敵だ。温めたミルクも素敵だ。
「メルとペルは元気にしてるぞ」ってナーグお爺さんが。
良かった。ずっと気にしてたんだ。
ご飯を食べて少しウトウトしてたのかもしれない。ナレン君が空の星が綺麗だと呼ぶ。
空気が静かすぎて耳が痛い。
その日の星空は確かに今まで見たよりずっと星がはっきりと。沢山見える。
「ねえ、この星たちよりもっと綺麗なの?」
「うん、もっと綺麗だよ。こんなに寒くて静かで空の星が綺麗な日の翌朝は、だいぶ期待できると思うよ!」って。
そうなんだ。明日見られると良いなあ。
「ああ……。ここで寝ちゃダメだよ。ちゃんと小屋で寝て!」
う?寝てたんだろうか。そうね、こんなところで寝ちゃったら凍っちゃうかも……。
どうやってベッドまで行ったか覚えてないんだ。
今までで一番疲れたかも知れない。メルにもペルにもまだ会ってないのに、すっかり寝ちゃったみたいです。
一緒に登ってくれたシフィールにお休みも言えなかったなあ……。
明日か、明後日にはキラキラが見られると良いなあ。
翌朝ナレン君に叩き起こされました。
すごい慌ててる。
昨日と同じで風が全くない。シフィールを見ても何も変化がなくて力は使ってないみたい。
静かだ。私たちの胸の鼓動が聞こえちゃうんじゃないかってくらい静かなんだ。
ナレン君が手を引くから、崖の方に向かう。
ああ。蒼い蒼い空。手を伸ばせば全部溶けていきそうな。
朝日が地面のほうまで貫いてる。光の柱になってる。
その光の柱を無数の輝きが円を描くように舞っている。舞い落ちる輝きと光の柱を巡る無数の輝き。
あのつぶつぶはなんなんだろう。白く輝く。
雪に似てるけど、雪じゃない。――氷なのかな……。
白く輝くだけじゃなくて、青い光や赤の光、黄色の光、緑の光がたくさん舞ってる。
日の光の中に虹みたいな色を見つけるけど。これはもっと強く輝く光。
これが雪だとしてもこんな雪はみたことない。
二人は言葉を失って魅入られ続けた。
雪山を登ってきてあちこち痛いのも忘れた。
ちょっと眠いのも、お腹が減ってるのも忘れた。
寒いのも忘れた。
風が無いのも忘れた。
音も無いのも忘れた。
ただ。ただ、ひたすらに蒼い蒼い空を背景にした。
この光の乱舞を目に焼き付けてた。
どのくらい時が経ったのだろう。
日が高くなってくると、舞っている光も減っていって。
名残を惜しむこと無く、光の乱舞は消えていった。
いつもの寒い。そして、とても静かな蒼い空になった。
ようやくナレン君がぼそりと呟く。
「ねえ、ミフィーナ。これがダイヤモンドじゃないのかなあ」
その横顔に、うん、きっとそうと頷き返す。
いつの間にかナレン君の右手を握りしめてた。
だいぶ強く握ってたかも。ごめんなさいね……。
小川のきらめきも綺麗だけど。これには、だいぶ負けるなあ。
本物のダイヤモンドがどういうものかは、知りません。
全然違う物かも知れない。
でも。
私たち二人にとっては。
これがダイヤモンド。