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A級錬金術士はなびきません!

A級錬金術士はなびきません!sideB

作者: 真白カナタ

乙女ゲーム風にキャラ毎にシナリオを作っています。共通ヒロイン(主人公)です。

「それじゃあ、エテルナ。買い出しに行ってくるよ」


 そう言って、アルバートはひよこ柄の可愛い買い物バッグを提げて玄関ドアを開けた。

 さっきまで朗らかだった表情を厳しめに締めて、見送りに立つエテルナに「いいか!」と人差し指を立てる。


「くれぐれも!! おかしな奴を家に入れたりするなよ!? 絶対だぞ!? 気をつけるんだぞ!?」


「はいはい、わかったから」


「最近よくうちの周りをうろうろしてる派閥かなんかの営業マンとかもいるんだからな! ほんっっっとうに気をつけるんだぞ!!」


「わかったってば……」


「じゃ、行ってくるからな!」


「行ってらっしゃい……」


 エテルナにぶんぶんと手を振って、(ようやく)アルバートが工房を発つ。

 その姿が見えなくなってから、エテルナ───フルネーム、エテルナ・フランシェードは盛大なため息をついた。


 彼はアルバート・エイミス。

 この工房で師を同じくする兄弟子で、2つ上の20歳。

 エテルナもアルバートも、錬金術協会に属する立派な錬金術士である。


 アルバートは、錬金術士にしては細めのスポーツマン体型で、実際に運動も得意な体力オバケ。それでいて小器用で、錬金術も家事全般もそつなくこなし、愛想が良く、誰からも好かれるハイスペック好青年なのだが、……いかんせん、エテルナに激甘過保護なのが玉に瑕。

 エテルナが師匠アストルムに師事するより数年前からこの工房で弟子をしており、ランク自体はエテルナに劣るB級であるものの、老若男女問わず人気があるため仕事には事欠かない。

 とにかく、一年前にやってきたエテルナを猫可愛がりしており、自身が実はモテている事など一切認知せず、日々エテルナに悪い虫がつかないか危ない目にあっていないか目を光らせているエテルナの兄弟子兼兄兼父である。


「心配してくれるのはうれしいけど、毎回毎回これじゃね……」


 師が長らく工房を空けている現在、買い出しはどちらか片方が行き、片方は工房で留守を預かることにしているが、その度に繰り広げられる先程のようなやりとりに、エテルナも正直嫌気がさしている。

 とにかく過保護なのだ、彼は。


(帰ったらまた始まるのよね……)


 そう、行きがあれば帰りがある。

 数十分後の自分を思い、エテルナは再度ため息をこぼした。





「なんだって!? あいつまた来たのか!? 怪我はないか!? 何もされなかったか!?」

「アルバート……大丈夫だってば」


 案の定、買い出しから帰るなり、うさんくさい営業マンの来訪を聞いたアルバートは、ぱんぱんのひよこ柄バッグを投げ捨てる勢いでエテルナに詰め寄って来た。

 最近何度も押しかけてくる派閥の営業マン(らしい)男は、アルバートがいると面倒なのを察してか大抵エテルナが一人の時にやってくる。

 その時点でとてつもなく不審だとエテルナもわかっているし、居留守なり錬金道具なりでうまくスルーしている。アルバートが過剰に気にするほど、エテルナはか弱くもないし世間知らずでもない。

 しかし、アルバートからしてみれば、自身が不在中に若い娘のいる家の周りを不審者がうろついているのだから、気が気でないのだろう。気持ちはわかる、わかるのだが───


「大丈夫じゃない!! 若い娘が一人のところに押し掛けてくる男だぞ!? 危険すぎるだろ!?」

「ちゃんと警戒してるってば。ほとんど居留守使ってるし」

「エテルナ、お前はお前が思ってる以上に魅力的なんだ! 自覚してくれ!!」

「あーハイハイ、A級だから気になるだけでしょ」

「違う!! そうじゃないんだ!! 確かにA級ということもあるけど、違うんだ!! お前は可愛いんだよ!!」

「あー……うん、ありがと……」


 アルバートの「可愛い」は、父親が自分の娘を特別視するのとほとんど同じだとエテルナは思っている。容姿や性格などすっ飛ばして「うちの子一番!!」のフィルターがかかるのだ。

 さすがに身内贔屓の評価に舞い上がれるほどエテルナも子供じゃないので、また始まったかーくらいの感覚で本日も右から左へさようなら。


「絶対あいつ下心があるぞ……俺の目はごまかされないからな……クソッ、どうして俺がいる時に現れないんだ!? うさんくさい営業マンなんてエテルナに近づけさせないのに……!!」

(厄介なのわかってるからいない時に来るんでしょうねー)


 営業マン───派閥の回し者ハロルド・ラッセルの引き抜きの対象はどうやらエテルナだけらしい。まあ、若くして一年で無名からA級に成り上がったエテルナの話題性を欲しているのだろうから、当然といえば当然か。

 アルバートも優秀な錬金術士ではある。ただ、一年でA級まで飛び抜けたエテルナのせいで世間の評価が霞むのもまた事実だった。しかし、アルバート自身はエテルナを大層可愛がっていて、そこに僻みや嫉妬など後ろ暗い気持ちは全くない。逆に愛されすぎてエテルナが気を使うほどだ。

 エテルナが周囲の誹謗中傷に耐えてこられたのも、彼の存在はかなり大きい。


「気にしすぎよ、アルバート。私だって錬金術士だし、そんな簡単にやられたりしないわ」

「いや! しかし! お前だって年頃の娘なんだ! 可愛いし! たとえお前がA級でも、男ってのは恐ろしいもんなんだ! 可愛いし!」

「事あるごとに可愛いぶっ込まないで」

「あとそのスカートは短すぎないか!? 俺はいつも心配で心配でしょうがない!!」

「父親かあんたはっ!」


 はあ。心配してくれるのはわかる、わかるが、これでは本当に、娘に口出しするデリカシーのない父親だ。愛情にしろ何にしろ加減というものがある。


「アルバート。心配してくれるのは嬉しいけど、私は大丈夫だから。もう、この話はやめましょ。はい! 解散!」

「! 待てって、エテルナ!」

「!」


 無理やり会話を終わらせ、自室に引っ込もうとしたエテルナの腕が、ぐいと引っ張られた。思いのほか強い力で。

 さすが体力バカというか、それはたぶん無意識で。アルバートも思ったのだろう。力を入れすぎた、と。

彼が慌てた頃には、エテルナは床に倒れ込んでいて。


「え……」


 押し倒されている/押し倒している、と自覚するまで、エテルナもアルバートも少しの時間を要した。


「ごめ───」


 我に返ったアルバートは、慌ててエテルナの上から退けようとした。したが───ふと。思い至る。


「こういった事態になったら、どうするんだ?」と。「だから、言ったじゃないか」と。


「アルバート? あの、退いて欲しいんだけど……」

「……エテルナ」

「ん?」


 逆光で暗がるアルバートの表情が、妖しく揺れてエテルナを見つめていた。







「アルバート?」


 エテルナの顔が訝しげに歪む。

 アルバートは、エテルナを押し倒したまま動かない。


「……だから、言っただろ?」

「え?」

「お前は無自覚で無防備すぎるんだ。こんな風に呆気なく押し倒される」

「……うん、でも、アルバートだし」

「───」


 あっけらかんとしたエテルナの言葉に、アルバートの呼吸が揺らぐ。


「だ、から、わからないだろ? こんなことしないって思ってる奴が、突然お前を襲うかもしれないんだぞ……?」

「飛躍しすぎよ、アルバート。……心配してくれてるのは、よくわかったから。気をつけるわよ、ちゃんと」

「わかってない!!」

「!?」


 突然、声を荒げたアルバートに、エテルナもたじろぐ。

 いつも温厚で、過保護ゆえに暴走しても、こんなに追い詰められた感情を出す人間じゃないのに。


「どうしたのよ、アルバート」


 さすがに不安を感じたのか、エテルナがアルバートを見上げる。


「俺だって、もしかしたらお前を襲うかもしれないだろ」

「何言って……」

「わからないだろ? お前は俺を信じてるかもしれないけど、俺の心まで知ってるわけじゃない」

「……」

「なあ、エテルナ」


 エテルナの顔を挟むようにして床に添ったアルバートの腕は、逞しいもので。きっと単純な腕力勝負ならかなうはずもない。

 見上げるアルバートの表情は、どこか艶やかで悩ましげで、エテルナの知らない顔だったから、「俺の心まで知ってるわけじゃない」と言われて、エテルナは息を呑んだ。

 一年前に出会ったばかりだが、それでも毎日一緒に暮らしている家族のような存在なのに。

知らない顔。兄として見ていた顔とは別の。まだエテルナも知らない何かがある───?

 エテルナが戸惑いながら思考を巡らせているうちに、ゆっくりと、アルバートの顔が近づいてくるのがわかった。


「ア、アルバート……」

「お前は自覚すべきだよ、エテルナ。お前が思ってるより俺は───」

「……!」


 耳に触れられる。突然のことにビクリとしてしまう。

 髪を梳いて、耳にかけて、やがて掌は頬へ。

 その間も瞳はどんどん近づいて、ゆらゆらエテルナを映す。

 戸惑う。本気になれば逃げられるのかもしれないけれど、今のアルバートは目を逸らすこともできないほど真剣で。物憂いげで。触れたら壊れそうな気さえしてしまう。


「エテルナ……」


 熱っぽい声。頬を撫でる掌まで熱を帯びている。

 吐息が、かかる。

 お互いの吐息が、混ざる。

 そして、


「……アルバート?」


 ───止まった。

 みるみる、アルバートの顔が赤くなっていく。

 急上昇した温度計のように、たいへん明確に。


「……っ!」


 かと思ったら、アルバートは物凄い勢いでエテルナの上から飛び退いた。


「ごめん!! 悪い!! やっぱり今の俺には無理!!」

「はぁ……?」


 真っ赤な顔で正座し、両手を合わせて謝るアルバートに、エテルナはぽかんとする。


「はあ、無理して脅しなんてやらなくてもいいのに……」

「いや脅しじゃなくて!!」

「わかったってば。アルバートの気持ちはちゃんとわかったし、ちゃんと気を引き締めるから」

「ち、違うんだ、エテルナ!!」


 こんなことまでしなくても。何事かと思ったじゃない、と。呆れ返るエテルナに、アルバートは見放された仔犬みたいな顔で弁解を求めるが、けれども彼女はそれを聞くつもりはないらしく、やれやれと自室へ戻ってしまった。


「クソ、俺の意気地なし……」


 真っ赤な顔を右手で覆って、アルバートは呟く。

 感情のまま醜態をさらしたことも恥ずかしいが、前進もできずに逃げてしまった腰抜けぶりも情けない。

 ……とはいえ、思い出しても熱が上がる。肌が触れ合いそうな距離で、自分を見上げるエテルナ。戸惑ったチェリーピンクの双眸には自分だけが映り、耳に触れると驚いて身体を震わせた彼女。そして───自分がエテルナに、何をしようとしていたのか。


「う……ッ、無理だ……好きすぎて無理……」


 あ゛ーーー!! と呻きながら、アルバートはうずくまる。想像だけでキャパオーバーしたらしい。


 可愛い妹。でも今はそれだけじゃない。それだけじゃなくなってしまった。

 触れたくて、独り占めしたくて。可愛くてたまらず、いい歳してこんなにウブになってしまう。


「はあ……しっかりしろ、アルバート」


 ぱしん、と両手で両頬を叩いて気を引き締める。

 今はきっと単なる兄弟子。それ以上でもそれ以下でもない。それでも気づいてしまったこの想いを、もうなかったことにはできないのだ。





「……な、なによ、突然びっくりしたじゃない」


 部屋に戻ったエテルナは、戸惑ったように呟く。

 その顔が兄弟子に負けず劣らず真っ赤になっていたことを、もちろん彼は知る由もない。


 果たして、兄弟子は兄弟子兼兄兼父を脱却できるのだろうか。

 ───それはまた別のお話。

ありがとうございました!

続編書きたいです。

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