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一章 魔王の片腕



 0.



「あー、もう!」


 ベッドに倒れ込み、これからの事に対して考えをまとめようとする。


 まず頭に浮かぶのは元の世界に戻ることだ。この手の話は漫画や小説、ゲーム(主にエロゲ)で経験はしてきた。


 しかし、いざ自分が飛ばされるとなると――。それはそれで感じ方が異なる。


 ああいうのは第三者の目で見るからいいのであって、じゃぁ実際に異世界に来たとするとどうする? そうなると捉え方は変わってくる。


 それに、物語のキャラクターが抱える厄介ごとを被るようになる可能性があるという事だ。もちろん、それが主役級の不幸かどうかは別の話としてだ。


 そんなことは御免こうむる。葉月はノソリと体を起こした。


「あのぉ、弥坂部葉月様? 何をお考えなのですか?」


 よほど思いつめた顔をしていたのかルゥナが心配そうに顔を覗く込んできた。


「うわ! 近い、近いって!」


 少女の肩を持ち、葉月は彼女と距離を置くように腕を伸ばして遠ざけた。


「あんた、男に対して無防備すぎるんじゃない? ちょっとはガード固めろよ」


「ガードですか? こうでしょうか?」


 そう言い、ルゥナは体を守るように腕をクロスさせた。


 無言の時間が流れた。ダメ出しをした葉月でさえ、この行動に呆然としていた。


「違う。そうじゃない……」


 額を抑えて手をふるう。「違うんですか?」とキョトンとした顔してみせるルゥナに「当たり前だ」と脱力気味に口にする。


「そもそも、なんで俺にそんな態度なの? 魔王に推薦したりさ。俺は特別な力はないし、魔法とかいう不思議な力もないんだぜ?」


「弥坂部葉月様は私を倒しました。それだけで十分です」


「いや、意味わからん。あと、“様”づけ読みはやめてくれ。背中がかゆくなる」


 そう言うや否や、ルゥナは背中に回り込んでそっと背中に手を当ててきた。


 何をするのかと疑問を抱いていると、彼女はポリポリと葉月の背中を軽く掻いてきた。これには思わず「どわぁ!」と奇声を発してベッドから転がり落ちる。


「いや、違う違う! そうじゃない! まさかとは思うけど、狙ってやってる?」


「何がですか?」


 本当に理解できていないのかクリッと首をかしげている。


(こ、こいつ天然か!)


 顔がカッと赤くなり熱を帯びる感覚を味わう。すると思った通り、ルゥナが熱を測ろうと顔を近づけてきた。


「まてぃ!」


 彼女の顔を手でつかんで接近を防ぐ。「ムギュゥ!」と声を発してルゥナは動きを止めた。彼女はしばらく「う~」と両手を突出し、バタバタと暴れている。


「色々とお前おかしい。なに? 俺があんたを倒したから様付で魔王推薦とか話ぶっ飛び過ぎだろ!」


 ようやく離れたルゥナは考えるように指を自分の口元に添えた。


「うーん。だって、弥坂部葉月様の母上は魔王候補筆頭でした。その血を引いているあなた様にはその資格が――」


「だー! だからフルネームでの様付はやめろ! 弥坂部か、葉月でいい!」


「し、しかし――」


「いいな? OK?」


 ズイッとルゥナとの距離を詰め、葉月は少女の目を凝視した。


「かしこまり、ました……。葉月、様」


 モジモジとしおらしくなるルゥナに一抹の不安を覚える葉月だが、考えるのも面倒なので現状は良しとした。


「で、母さんと、この国のお偉いさんに会いたいんだけど?」


「前魔王様なら謁見の間に……」


「じゃ、案内してよ。元の世界に帰してもらうように言うから」


「でも――」


 反論を試みようとするルゥナ。しかし、そんな彼女に、葉月は異論は認めない、と鋭く掌を彼女へと向けた。


「いいから! 連れて行く! 命令されたとはいえ、あんた実行したんだから責任を持つ!」


 葉月はルゥナの鼻先に指先が触れるか触れないかくらいの感覚であてがい、ビシッと言い放つ。


「は、はい……」


 何か言いたげな彼女だったが、そんな事よりも計画した奴に文句の一つでも言わないと気が済まないと葉月はルゥナを先頭に部屋を後にした。



 1.



 謁見の前の通路を歩くまでの間。この城で働くメイドや執事から熱い視線を受け続けるハメになった。


 どうやら、エミリアの息子という事で注目が集まっているという事だった。


 廊下に出てから続く深紅のマットを上を歩いていく。


 廊下は片側一車線ほどの広さだったが、階段を下りてホールへと出るとパーティでもできるくらいの広さだった。そこには煌びやかな装飾品や、大きさを表現できないほどのシャンデリア。そして歴代の統治者であろう絵画がかけられている。


 心無しか、母親に似ているドレス姿の少女のものも飾られている。それが母親の若かりし日の姿であることは直感でわかった。


「なぁ、母さんってそんな凄かったのか?」


 階段を下りつつ、絵画を見てルゥナに尋ねてみる。


「私も実際に見たわけではありませんが、彼女にかなう者はいなかったみたいです。今は友好関係を築いていますが、人間と争っていた時には10歳にして一個小隊を無傷で、しかもお一人で全滅させたほどだったとか」


「な、なに? 一個小隊を一人で無傷!?」


 この世界での一個小隊がどれほどの規模なのかはわからない。銃器を用いての戦闘じゃないのだから当然だろう。


 勝手に頭の中で、魔法を使った打ち合いを何となくで想像する。ただ、自分の母親の場合、物理による制圧になるだろうとその姿が容易に想像できた。


「着きました。こちらに前魔王様が御られます。くれぐれも、無礼のないようにしてくださいね?」


 念を押され、巨人でも出入りするのかと思わせるほどの扉が開けられる。


 ギギギギ……。と、重たげな音と共に開かれた扉の先には、この国の象徴と言わんばかりにさらに煌びやかな装飾――剣、槍、盾、国旗などが飾ってある。


 真っ直ぐに伸びるカーペットは、先にいる者の権力を誇示するかのように力強く感じる。


 そのカーペットを挟んで、この国の重臣だろうか? そう思わしき男性と女性が並んでいる。その中で一際目を引いたのは、小学生低学年と思わしき少女だった。この子だけ、異様な気配を放っているのが伝わってくる。


 部屋の最奥には大きな椅子があり、そこに老いた人物がマントを羽織って腰かけている。彼は葉月を視認すると立ち上がり両手を広げた。


「おぉ、そなたがエミリア殿の――」


「弥坂部葉月です」


 ペコリと頭を下げる者の、その声色は不快感を含ませる。ちょっとした仕返しといった感じだ。


「私は、前魔王のカリスという。報告は聞いている。その方は非公式とはいえルゥナを退けたとか……」


「本気の殺し合いならどうなっていたか分かりませんよ。俺、あんたらと違ってなんの力も持たない人間だし」


 悪態をついてみせる。これには重臣の数名が「貴様!」と一歩前に出てきた。


「よい。この者が怒っているわけは理解しているつもりだ」


「じゃあ、話は早い。俺らを元の世界に戻して――」


 単刀直入に要求を口にしようとする。しかし、謁見の間の外からメイドたちの悲鳴が聞こえてきて葉月は振り返った。


「おらぁ!」


 バァン! と巨大な扉が吹き飛んだ。目の前に迫る扉の一部。突然の事で回避行動が遅れた。


「危ない! 葉月様」


 ルゥナの声と共に、彼女に押し倒される形で回避に成功した。ただ、その後がまずかった。押し倒されたときにその胸に顔を埋める形になってしまった。


 柔らかい二つの丘がしっかりと葉月の顔をロックしている。その感触が彼女の胸であることに気づくのにやや時間はかかった。そして、それだと分かった時、耳から湯気が出るほどの熱気を彼の体を包んだ。


 ただ、当の押し倒した本人は恥ずかしがることなく「大丈夫ですか?」と満面の笑みだ。


「いや、そのありがたいんだけど、すぐにどけてくれない?」


「あ、すみません。咄嗟の事で――」


「葉月! あんたこんなとこでエッチしてんじゃないわよ! 公衆の面前でしょうが!」


 声の主は母親、エミリアだ。体を起こした葉月は「違うわい!」と言い返すも、その声は彼女に届いてない。


「この状況は、エッチな事なんですか?」


「気にせなくてもいい! あのアホ、変なこと言いやがって! あと早くどけてくれませんかね?」


 葉月の上に乗っかっているルゥナがようやく退けた頃。エミリアがカリスに詰め寄っていた。その体からはユラユラと陽炎のように何かが滲み出ている。


 その光景に、さすがの葉月もポカンと口を開けて目で追うしかなかった。


「誰が私を呼び戻す提案をした! 言え!」


 本気でキレている。さすがの葉月もノータッチでいようと距離を取った。さわらぬ神にたたりなし。


 しかし、一国の前トップに対してこの悪態ぶり。この状況に母親がこの国出身で一個小隊を壊滅させたというのもあながちウソではないと葉月は確信した。


「私ですよ」


 澄ました声で言い放ったのは、どこか喰えない感じの雰囲気の男性だった。その男の態度に、エミリアの米神にビキビキと青筋が入ったのがわかる。


「今我が国では次期魔王を決める選考が行われております。現在では――」


 男の横にいる少女が一歩前に出た。少女はマントを羽織っており、見た目は子供ながらその気配はそこらの不良よりもよっぽど強力なものを感じ取れる。


「このラウラと、今御子息と一緒にいるルゥナが魔王候補として挙げられていました」


 その言葉に、葉月は「え?」と振り返った。


「君、そんなに強かったの?」


「えぇ、まぁ一応……ですが、私は葉月様に負けましたので、これからは葉月様に忠誠を――」


「いや、ちょっと待ってくれ。どうしてそうなる!?」


 焦る葉月に、エミリアが近づく。ジトッとした視線でルゥナを見つめ徐々にいやらしい顔へと変わっていった。


「あんた、ワーウルフね? この娘を負かしたってことは、葉月、あんた見初められたわね」


「な、なに!?」


 ルゥナを見ると、彼女は恥ずかしそうにしている。


「ワーウルフは自分を初めて倒した相手に忠誠を誓い寄り添うって聞いたことがあるわ。やるじゃない、あんた」


 そういうと、エミリアは「男になりなさい」と小声で茶化してきた。さらには、彼女の胸をわしづかみにし、「合格!」とサムズアップする。


「ふ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ! それよりも――」


 エミリアはルゥナの件でスッカリ怒りが収まりつつあった。彼女に対し、「息子をよろしくねぇ」と母親モード全開だ。


「えぇ、魔王候補を立てたのはいいのですが、やはり一番強いものが魔王になるのが一番という結論が出まして。世代は違うかもしれませんが、エミリア様に――」


「いやに決まってんでしょう?」


「そう言われると思いました。ですので……」


 男の目が葉月へと向けられた。


「君に、ぜひ魔王候補に――」


「いやです」


 キッパリと言い切る。


「カリス様だっけ? 俺達は元の世界に還れるんだよな? ぶっちゃけ、あんたらの国の魔王状勢なんて知ったこっちゃないんだ。そこんとこハッキリ聞いておきたいんだけど?」


 この言い草に、無礼だと声が上がる。しかし――。葉月もまた、勝手に同意なく連れてきたあんたらも十分無礼だ。と一蹴。黙らせてしまう。


「ハッハッハ。さすがエミリアの息子だ。その豪快な性格。若い時の彼女にそっくりだ」


 口を開けて笑うカリスに、答えを急かす葉月は目を細めて答えを待つ。


「申し訳ないが、君たちは元の世界には帰れない」


「は?」


「こっちの世界に転移するとき、君たちの存在記憶を丸ごとこっちへ移す魔法陣を展開させた。ようは、元の世界にかえっても君たちが存在していた記憶はその世界の住人は持ち合わせてないことになる」


 サラッととんでもないことを言ってのけるカリスに、エミリアは嘆息した。


「最初から還す気はないってことでしょう? まったく、やってくれたわね」


 そう言うと、拳で壁を殴りつけた。ドゴン! という轟音と共に壁に穴が開いた。


「ちょっと何を――」


 家臣の一人が壁に駆け寄った。それに対し、エミリアは「ん?」と笑顔で応えた。これには一瞬柄家臣も黙り込んだ。


 体からあふれ出る殺意の渦。それが謁見の間を包み込み、たまたまそばにいたメイドが気絶する始末だ。


「これくらい許しなさいよ。私と息子がいればこの国一個くらい簡単にぶっ潰せるんだから」


「ちょっと待て! なんで――」


「あぁ、今ならルゥナちゃんもついてくるわね」


 場の雰囲気が一気に凍りついた。


「冗談よぉ。でも、こっちの世界に来たって言うことは、もうリミッターを外してもいいってことだし? あまり私を怒らせないでね?」


 そう言うと、ヒラヒラと手を振り謁見の間を去ろうとするエミリア。そんな彼女は最後に振り返った。


「葉月。あんたも、何かのきっかけで人間やめる時が来るかもだから、覚悟しておきなさいよ」


「ちょ、なんて?」


 母親を追いかけようとする葉月だが、そんな彼を止める人物がいた。魔王候補として紹介された少女――ラウラだ。


「な、なに?」 


「お兄ちゃん。さっきの人の子供なんだよね?」


 そう言うと、ニコッと可愛らしくほほ笑んできた。


 何もなければ愛想笑いくらいはするところだが、その少女から滲み出る気配に警戒心を高める。


「ルゥナ、やっつけたんだよね? 私と力比べしようよ」


 マントを脱ぐと、本当に魔王候補科と疑いたくなるようなスラッとした体が露わになった。


「しらん! 魔王になりたきゃ勝手になりやがれ! 興味ない!」


「待ってください! それは困ります! 私、葉月様に仕えたいんです!」


「ちょっと待て! どうしてそうな――!?」


 ――殺気。


「どけ!」


 葉月がルゥナを突き放した。刹那――。


 魔力だろうか? 紫色のオーラを纏った拳が放たれていた。そして、それが散弾のようにラウラから見て前方に恐ろしい速さでばら撒かれた。


 それは脇腹を通過し、背後にある鎧に直撃した。崩れる鎧を目の当たりにし、葉月は「お前なぁ!」と声を荒げた。あのままだとおそらくルゥナをも巻き込んでいただろう。


「外れちゃったぁ」


 口を尖らせて残念がるラウラは再び体を魔力のオーラで包んだ。


 魔力という元いた世界でまず見ることのない技。ゲーム、アニメでしか見たことのないそれを見せつけられ脂汗が滲み出ていた。しかし、そこから生まれる感情は恐怖ではなく怒りに変わっていく。


「俺だけ狙うならまだしも――」


「葉月様ありがとうございます……」


 助られたルゥナが駆け寄ってくる。尻尾を振り、嬉しそうだ。ほんのりだが、頬も赤く染まっている。


「いいから離れていろ。俺が売られた喧嘩だ」


「で、ですが……ラウラは単純な体術では勝てますが、そこに魔力を上乗せしてます。まだ覚醒してない人の身で――」


「なにが覚醒だ。そんなことより、あのガキんちょは俺に打った喧嘩で他人まきこみやがった。許せん」


 とはいえ、相手は少女。本気になってぶちのめした所で大人げがないのも確かだ。


「ルゥナ。一つ聞きたいんだが……」


「は、はい! なんでしょう?」


 頼られている。そんな感情で尻尾を全開に振る彼女は「何でも聞いてください!」と目を輝かせている。


「あの紫色のやつって、防御もカッチカチになるのか?」


 その問いに、ルゥナは「いいえ」と頭を振って答えた。


「あれは魔力を具現化させたものです。先程の攻撃から、おそらく攻撃に特化したものなので、防御に関する力は――」


「それさえ聞ければいい」


 そう言い、葉月はルゥナに離れるように指示する。売られた喧嘩は買う。しかし、いかに相手が特殊な相手とはいえ少女に対してムキになるのも大人げない。そんな気持ちの狭間で葉月はどうやって相手を沈黙させるかという事を考える。


(防御が上がっていないとすれば、年相応の耐久力しかないはずだ。とはいえ……)


 そっと背後にある砕けた鎧を窺う。粉々になっているわけではないが、その威力は容易に想像がつく。直撃すれば骨の一本くらいは余裕で折れるだろう。


 心底思う。「メンチ切ったのは間違いだっただろうか?」と。今さら話し合いなどしたところで恥をさらすだけだし、何より自分自身が納得いかない。


 それに、異世界に転移したのなら、せめてその瞬間に何かしらの能力に目覚めてほしかったと――。


 母親がこの世界出身ならその素養はあるのだろうが、その片鱗は未だ見えない。


 そして、悩んだ末に思いついたのが――。


「なぁに? それ?」


 けん玉だった。彼女は訝るように跳ねる玉を不思議そうな顔でみつめている。


 そして、ラウラの反応からこれの事を知らないという事に勝利への道筋がみえた。


「これ? なんだと思う?」


 質問を質問で返す。相手からの追従を受け付けないと言わんばかりに、葉月は玉を連続で皿に入れていく。さらには、速度もグングンと上げていく。体勢を変え、掌で遊ばせ連続で成功させていく。


 一見、何でもないこの行動。けん玉を知っている者であれば“テクニックのすごい人”で終わるだろう。しかし、それを知らない世界のものであれば……。


 ラウラの表情に変化が出てきていた。訝しげにそのおもちゃを凝視し、必要以上に身構えている。それは、少女だけでなく周りのものもそうだ。


 その疑念。


 ――自たちの知らない力を持っているのではないか? 


 それが手に取るようにわかる。その証拠に、ラウラは不安げな表情のまま固まっている。


「ほれ、早く攻撃しないとドンドン威力を増していくぞ? そういう武器だからな、これ」


 そう挑発すると、ラウラは「え?」と身をすくめた。少女はそれを撃ち落とそうと再び拳を作って魔力を集めて放とうとした。


 そして――。


 ラウラが拳を撃ちださんとした瞬間を見逃さない。葉月はけん玉を下から上に投げた。それは弧を描き、ラウラの頭上へと回転していく。そして、葉月もまたラウラへと走っていく。


「え?」


 完全な不意打ちを食らったかのようで、せっかく拳に溜めた魔力が霧散するように消えた。


「あ!」


 ラウラが声を上げた時には既に葉月は少女の目の前まで来ていた。そして、空中でけん玉をチャッチして剣先に玉をおさめてコツンと頭を軽く小突いた。


「痛い!」


「少しは駆け引きを学べ。本当の殺し合いなら、お前、死んでるぞ。あと、不用意に喧嘩を吹っ掛けるようなマネはやめろ。いいな? お前、強い魔王になりたいんだろう?」


 立ち上がり、ラウラを諌めた。これに対して少女は悔しそうに口をへの字に曲げている。


「うぅ~!!」


「おいおい泣くなよ……お前、魔王候補なんだろう?」


 そこは年相応の少女なのか、大口を開けて泣きはじめた。


 仕方なしに、ラウラ小突いた部分を撫でる葉月は、「悪かったな」とバツが悪そうに口にする。


「泣くなよ。ほら、な? 痛くない痛くない」


 ラウラはそんな葉月を上目使いで見上げると、泣いている所をみんなに見られまいと抱き着いてきた。


「素晴らしい!」


 手を叩いて近づいてきたのはラウラの側に立っていたあの男だ。


「さすがはエミリア殿の御子息。魔力的な力を使わず駆け引きでラウラを退けるとは」


 その言いぐさに、葉月はあからさまに不快感を覚えて眉間にシワを作った。


 戦闘が終わったのを確認したルゥナは葉月に駆け寄るも、ラウラを慰めているその状況に面白くなさそうだ。


「どうでしょう? 今最も魔王に近いラウラを倒したのです。このまま魔王になってみるというの――」


「嫌に決まってんだろ」


 ピシャリと言い放つ。


「じゃぁ、お前が私を最強の魔王にしてよ」


「は?」


 思わない一言に、葉月は思わずその声の主に目を向けた。ラウラだ。


 少女は涙を拭い、上目使いで葉月を見ていた。恨めしそうな視線だが、頬をほんのり赤く染めてる辺りがなんとも子供らしくて微笑ましい。


「こちらの都合で転移させた非礼は詫びよう。弥坂部葉月君、魔王になる気がないのなら、異世界で培った知識を役立ててはくれないだろうか」


 カリスがスッと頭を垂れた。


 もともと板世界での知識力は高校生レベル。そんなものがこの世界で通用するとは言えない。それに、この世界にない知識といえば、ゲームや漫画といったものしかない。


 しかし、それが葉月に一つのアイディアと野望を生ませた。


 ――俺をこの世界に連れてきたことを後悔させてやる。


 なぜか知らないが、変な高揚感が襲ってきた。


「わかった」


 そう答えると、「やってくれるか!」とカリス含め歓声が沸いた。


「ただし、俺のやることに口出しはしないこと。それが条件だ。俺が最“凶”の魔王にしてやる」


 葉月はあくどい笑みを浮かべ、笑いを抑えるように肩を小刻みに震えさせた。


 ――最凶の魔王に震えろ。



 ―――



「どうされるつもりなんですか?」


 謁見の間を後にした葉月はけん玉で遊びながらメイドの後ろを歩いていた。その横では不安そうなルゥナがついて歩いている。


「魔王の教育係になるって――。私は葉月様の方が――」


「いいか、よく聞けルゥナ」


 足を止め、彼女にズイッと顔を近づける。


「俺は、魔王にならない。それに、俺は今しがたこの世界に来た人間だ。そんなポッとでの俺が魔王ですなんて、この国の連中は納得いかないだろう。反感も生むから面倒この上ないんだよ」


 ジトッとした視線を彼女に向け、ゆっくりと顔を離す。ルゥナはただ恥ずかしそうに両手を組んで親指を磨り合わせている。尻尾も心なしか嬉しそうで控えめに揺れていた。


「こうなったら一蓮托生だ。お前にも協力してもらうからな」


 その一言に、彼女は「はい!」と満面の笑みで答えてぴったりと横について歩きはじめた。


 ――さて、どのように魔王を教育するか……震えて待て。異世界人ども……。

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