4-昨日のかいわ。
第四話-昨日のかいわ。
ヒナタ…ヒナタ…。
俺は昨日から気付くとその名前を脳内で何度も反芻していた。
その明るげな名前に似つかわしくない闇に溶けるような真っ黒な、それなのに魅力的に感じる[[rb:艶 > つや]]のある毛並み。
それにシグレの言っていた事も気になっていた、だから今日は思い切って友達になろうとヒナタに話してみようと思っていたが、学校に着くと…
「あれ、いない…」
自分の隣前の席、昨日彼が座っていた席には誰も座っていなかった。
もしかしてまだ来ていないのかと思って机をよく見ると、その脇には鞄が置いてあった。
恐らく彼…ヒナタの鞄だろう。ということは近くにいるかもしれない。俺は辺りを見回してその姿を探す。すると教室の端っこ、隅のほう。窓辺に差す陽の光の輪に入って壁に寄りかかるヒナタが居た。
目を閉じたまま軽く俯いてその中に佇んでいる彼は、昨日見た時よりも一層魅力的に見えるように、その黒い毛並みが陽の光を反射して艶めいていた。
俺はその綺麗な毛艶に惹かれるように一歩、また一歩ゆっくりとヒナタの元へ近寄っていく。そのうちに俺は何だか不思議な感じがした。それは昨日は感じなかった、彼から発せられていた匂いだった。
最初は穏やかな甘い香りを感じたが、彼に近づくに連れて数秒もしないうちに少し酸っぱさもあるようにも感じた。それは全くもって不快な香りなどではなく…そう、まるでイチゴの匂いだった。
そして俺は、意を決して声を掛けた。
「お、おはようヒナタ…」
緊張で言葉が少しもつれてしまった。しかし彼はあまり気にした様子などは無く、目を開いて俺を一瞥すると
「ああ、おはようアキヅキくん」
素っ気ない態度で挨拶を返された。でもそれは今の俺にとっては特に気にする事ではなかった。
「ヒナタってさ、日の光浴びるの好きなのか?」
とにかく会話を繋ごう、俺はそう思って何気なくその言葉を発した。
「…まぁね、暖かい所は好きだよ」
彼は視線を俺に合わせないままであったが、すぐに応えてくれた。
「それじゃさ、俺学校の近くで結構日当たりの良い場所知ってるんだけど、放課後一緒に行かないか?」
なんでも良い、俺はヒナタと二人で一緒に話せる大事なきっかけが欲しかった。その一心で、俺は必死に言葉を紡いだ。
しかしそれに対しての返事は、冷たく簡潔なものだった。
「遠慮しとくよ、僕は誰かと話すのはあまり好きじゃないんだ。それに放課後は予定もあるし」
俺は少し落胆したが、それでも話してくれただけでも少し満足ではあった。
「そっか、それじゃ…せめて俺と友達になってくれないか?ほら、ちょうど新しいクラスって訳だし。俺、このクラスにはあんま知り合いがいないからさ…」
その時、俺は多分そんなに考えて話していた訳ではなかったと思うが、恐らく昨日シグレと話していた内容を無意識的にも思い出していたのだろう。
『もし友達になれたら教えてくれる』と言っていたその話を。
それでも彼は俺の期待を裏切る内容を話し続ける。
「…悪いけど、僕はあまり友達は要らないんだ。ごめんよ」
昨日にもさっきにも倣った態度で素っ気なく、あまり優しさも含まない様子で俺に言い放った。
「そ…っか。ありがと、ごめんな…」
相手の言葉にキュッと締め付けられるような、今まで味わった事の無いような苦しさを自分の胸の奥に少し感じた。俺は気を緩めたら目に涙が浮かんでしまいそうなその感情から逃げる為に、そそくさと立ち去ろうとヒナタに背を向けて自分の席へと戻った。
その苦しさは何なのかは解らなかった。でもその時は、少なくとも俺はヒナタともっと一緒にいたいと確かに思っていた。
そして同時に、もっとヒナタと話を重ねてどうにか友達になってやろうとも躍起になって決意していた。