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6章 海の底へ(3)

 次の日の朝早く、湯子は見覚えのない天井を見ながらぼうっと考えていた。

 昨日は結局、金戸が用意したホテルに他のメンバーと一緒に宿泊した。

 豪華な夕食が出たり、舟盛りを見たマリンが渋い顔をしたり、眠そうにするアイカにブラックガムを試させたり、釜森がいつも通りにイケメンをナンパしたり、長船がテレビに映っていた競艇選手の運転技術に憤慨(ふんがい)したりと、年齢こそバラバラだが、ほとんど修学旅行の感覚だった。

 その時は笑っていたように思うが、心の片隅ではずっと作戦に参加するかどうかを考えていた気がする。


(皆はどうするのかな……)


 考えていても仕方ない。

 とりあえず顔を洗って目を覚まそうとベッドから湯子が起き上がったタイミングで、ドアが廊下側から勢いよく開いた。


「玉野君!」

「勝手に開けないでください!」


 偶然近くに飾ってあった木彫りの熊が、金戸の顔面を直撃していた。


「早朝の女の子の部屋にノックも無しに入るなんて、何考えてるんですか!?」


 見られて困る格好をしていたわけではないが、気分の問題なのだ。

 ベッドに大急ぎで戻って掛け布団をかぶりながら警戒態勢をとる湯子。


「むう……なかなかの反射神経。っと、それどころではない。調査結果が出たぞ。次の噴射が起こる時間が割り出せた」


 鼻血が勢いよく出たままなのだが、話題が話題なのでそれは置いておく。


「いつです?」

「最短で今日の正午だ」

「早っ!?」

「規模は前回の十倍から百倍」

「規模の幅広くないですか!? もう少し絞りましょうよ!」


 眠気やら暗澹(あんたん)とした気分などまとめて吹っ飛んでしまった。


「ただし、希望はある。爆発の前兆なのだろうが、海上の波は収まりつつある。今のうちに穴の直上から潜ってできる限り接近。この栓をはめ直す」


 金戸の手には、祝島の岩で作られた栓が握られていた。

 ウルツァイト窒化ホウ素製の栓と比べるといかにも頼りないが、もはや常識など通用しないのだろう。


「それで、決まったのか。潜るのか? それとも仕方なく潜るのか? はたまたノリノリで潜るのか!?」

「それ選択肢になってないですよねぇっ!?」


 ただ悩んでいる暇はもはやなくなった。

 規模が最悪の百倍だった場合、因島にも確実に被害が出るだろう。


「もうっ! やりますよ! 準備しますから、廊下に出てください!」


 金戸を廊下に追い出してから、急いで着替えを始める。

 どうせ海に潜るのだから身支度は最低限でいい。

 見栄を張る相手もいないし、そんなことを気にしてもいられない。


「それで準備はどうなってるんです?」


 ドア越しに呼びかけると、


「瀬戸内海の島や沿岸部には、異常気象ということで警報を出した。各自治体の警察や政府の部隊も展開中だ」


 結局、完全に隠密にことを運ぶのは難しくなってしまったらしい。

 しかし、世界中で異常気象が発生している世の中だ。

 どうにか誤魔化せてしまうものなのかもしれない。


「栓をする手順はどうするんです? ウチが同行するのはわかりましたけど、他のメンバーは―」


 言いながら廊下に飛び出すと、そこにはいつものメンバーが揃っていた。


「修羅場の数なら若い連中には負けとらんからのう」

「海の上にはついていけないけど、全力でサポートするよ!」

「私も微力ながら協力します」

「この作戦成功したらキスまでさせてくれるんだって!」


 約1名、100%自分の欲にまみれた答えの人間もいるが、昨日と同じメンバーがそこにいた。


「基本は昨日と同じだ。玉野君のサポートに、かまちゃんとマリン博士の水中探査機をつける。アイカ博士はマリン博士と一緒に現場をモニターしつつアドバイスを。長船さんには現場までの操縦をお願いする」


 ここまで来たらやるしかない。

 恐怖が消えたわけではないけれど、やることが限定されれば人間は思ったよりも開き直れてしまうものらしい。


「わかりました! できる限り頑張ってみます!」


 勇ましく返事をする湯子を先頭に、一同は港に向かって駆け出した。

 そして彼らが到着すると……海は大荒れだった。


「金戸さんっ! 誰がどう見ても海荒れてるじゃないですかっ!」

「ついさっきまでは本当に静かな波だったのだっ!」


 この調子だと、次の爆発が正午までは起こらないというのも怪しいものだ。

 台風の時のように暴風が吹いているわけでもない。

 むしろ風は静かなものだ。

 それなのに、海面だけが台風の時以上に荒れているのだ。

 さらに追い打ちをかけるように、悪い報告ばかりが届く。


「金戸対策官! 一番船、波が強く船の制御ができません!」

「対策官! 二番船、海草が絡まってスクリューが回りません!」

「すいません! 三番船、燃料の給油を忘れてました!」


 政府の部隊は完全に立ち往生のようだった。

 特に三番船は論外だ。

 瀬戸内海はもともと穏やかな海だ。

 この規模の海の荒れへの対策は知識としては知っていても実際に経験がある人間は少数だろう。

 それにしても、三番船の担当は話にならないが。


「こうなったら、危険は承知だが長船さんの能力に賭けるしかない」

「それは構わんが、この状況でワシが運転したことのない乗り物が用意できるんか?」

「大丈夫だ。ここまでの事態は正直想定していなかったが、奥の手はある。おい、例のアレを出せ! それから足腰の強さに自信のある連中を十人ほど連れてこい」


 それから数分後、巨大なトレーラーに載せられてきたのは、見たこともないほど大きな―スワンボート(足漕()ぎ式)だった。


「確かに、これは運転したことないのう」

「って、人力じゃないですか!」

「甘いな、玉野君。ただのスワンボートではない! 政府お抱えの技術者が持てる技術を駆使して作ったスーパースワンボートだ! 推進器への運動エネルギー変換効率は従来のものとは比べ物にならん。さらに、それを漕ぐのは屈強な海の男達だ」


 スワンボートの前に整列して敬礼する筋肉ムキムキの男達。

 実にシュールな光景である。

 巨大スワンボートの中身はかなり改造されていて、左右に五つずつペダルを漕ぐ席が設置されている。

 発想としてはヨーロッパのガレー船に近い。

 不安や不満は多々あるが、あまり迷っている時間もない以上、これでやってみるしかなかった。


「総員乗船だ! あとは現場判断で臨機応変にやるぞっ!」


 完全にノリ重視の無茶な指示に、半ば自棄になって乗り込むメンバー達。

 ほとんど決死隊と言ってもよい状況だというのに、彼らの士気は思っていた以上に高い。

 もちろん、それぞれに与えられる報酬への期待感もあるのだろうが、皆なんだかんだと言ったところで、この瀬戸内が好きなのだ。

 それを守るために、多少の無茶をする覚悟はできているようだ。


「全員乗ったのうっ! よっしゃ、漕げーっ!」


 早くもハイテンションになった長船の命令で、漕ぎ手が一斉にペダルを漕ぐ。

 最初は船自体の重みや乗員の多さからゆっくりとした動きだったが、勢いに乗り始めると、それに比例して加速力も上がっていく。


「そのペースを維持せえよっ! 突撃じゃあ!」


 荒れ狂う瀬戸内海を、巨大な白鳥が突っ切って行く。

 しかも両舷にはごつい男達の集団だ。

 テーマパークの目玉として売り出したら、大ウケするか、ドン引きされるか微妙なところだ。

 とはいえ、乗っている者達は大真面目だ。

 漕ぎ手の全身には早くも玉のような汗が浮かんでいるし、湯子と釜森は揺れに揺れる船内で潜水具を身に着けていく。


「玉野君は海面をよく見ていてくれ。海中に引き込む流れの上に乗ってしまったら大変なことになる」

「はい!」


 潜水服姿で船の行く先を確認すると、向かって右側にそれらしい流れが見えた。


「長船さん、左に曲がってください! 右側に危険な場所があります!」

「わかったぞい!」


 スワンボートとは思えない鋭敏な動きで、長船は進路を変えてみせる。


「次は右!」

「よっしゃ!」

「左斜め45度!」

「そいやっ!」

「右斜め60度!」

「任せいっ!」

「前面全部危ないです! ジャンプ!」

「ほああぁぁっっ!」


 スワンボートにブレーキはない。

 湯子も気づくのが遅れて、もうダメだと思って言ったのだが、


「本当に跳んでるわよっ!」


 釜森がハイテンションで叫ぶ。

 湯子も叫び出したい気持ちだったが、海面を見るので精一杯だ。


「ここだ! この真下に穴があるはずだ」

 レーダーを見る金戸が叫び、スワンボートは水中ドリフトを決めて、やや通り過ぎた地点で停止する。

 どうやら地殻変動で穴が斜めになったことで、直上の海は逆に凪いでいるようだ。

 これなら、直上から近づくことも可能そうだ。


「よし、ここからガイドロープを下ろすから、玉野君とかまちゃんは探査機と一緒に行けるところまで潜ってくれ。限界地点まで到達したら、こちらに連絡を入れること」

「わかりました。行ってきます」


 緊張した面持ちで、海中へダイブする湯子と釜森。

 海の中は予想外に静かな状態だった。

 周囲を見渡すと、少し離れた海域では危険な流れも起こっていて、まさに千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスと言えた。


(下を見ても全然危険な流れが見えない……。すぐ近くまで行けるかも!)


 緊張はしているが、探査機に続く形で釜森と一緒にさらに深い位置へと潜っていく。

 手早く作業を進めないと、自分達も危険だが、海上の面々も危ないのだ。

 最悪の場合、湯子達の真上に引き込まれた巨大スワンボートが降ってくることになる。


(そんな間抜けな最期だけは願い下げよ!)


 そんな思いを強く持ちながら潜り続けていると、20メートルほど下に強烈な海流が見えてきた。

 方向はこちらを向いていない。

 その根元を見ると、まるでコンパスで切り取ったように真円の穴が開いている。


「金戸さん、穴が見えました! 距離はあと20メートル!」

『よくやった! まだ近づけるか?』

「はい、危険な流れは見えないので、もう少し近づいてみます」


 興奮する気持ちを抑えつつ、ここからは慎重に距離を詰める。

 いつ危険な流れは湯子達の方を向くかわからないのだ。

 釜森は湯子のベルトをつかんで、すぐに引っ張りあげられるように備えている。

 穴までの距離はあと10メートル。


「もう少し、近づきます」

「気をつけて。危ないと感じたらすぐに言うんだぞ」


 残り五メートル。


『あと少しよ。頑張って、湯子お姉ちゃん』


 残り1メートル。


「金戸さん、投げ入れます!」

『よし、やれ!』


 おそらく人生で最高に緊張しながら、ケースから取り出した栓を指で弾くようにして穴へと放る。栓は水の流れの影響を受けない方向からふらふらと近づき、最後は軽く吸い込まれるように一部の隙間もなく穴へはまった。


「成功です!」

『よし、離脱だ! まだ油断できないぞ!』


 金戸の指示を受けて、釜森が湯子を強く引く。

 湯子自身も懸命に足を動かして水面を目指そうとした、その時、栓がはまった穴から強い光が発せられた。


「な、何か光ってます!」

『湯子お姉ちゃん、早く逃げて!』

『海面からも確認できる、この光は……!』

 光はどんどん強くなり、湯子と釜森を包み込み、さらに海面にいた巨大スワンボートまでも飲み込んだ。

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