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4章 海の底へ(1)

 マリンの調査で割り出したポイントに釜森が潜って、既に数分が経った。

 ボンベを背負っているし、釜森ほどの実力なら心配する必要はないのだが、そうは言っても素人の湯子からすれば気が急いてしまう。


「かまちゃん、大丈夫ですかね……。何か、アクシデントとか」

『心配ないよ~。私の探査機も一緒に潜ってるけど、全く問題なし。でも、この人すごいね。とんでもないスピードでポイント回っていくよ。空気残量も減りが少ないし』


 自宅から探査機を操作しているマリンは、引き続きモニター越しに状況を見守っている。

 どうやらポイントの調査は順調に進んでいるらしい。

 逆の見方をすれば、それだけポイントを回っても、まだ栓を発見できていないということだが。


「あの、金戸さん。もし、もしですよ、抜けた栓が見つからない場合はどうなるんです?」

「一応代用品でどうにかならないか試してはいる。3Dスキャンをとって、周囲の岩で栓と同じ形を作って放り込んでみたのだが、見事に砕けて吸い込まれた」


 砕けて吸い込まれた、という表現を聞いて、湯子は恐る恐る尋ねる。


「あの、栓をはめ直すウチの手は大丈夫なんですよね……?」

「……水流の流れに逆らわなければ問題ない」

「それって、逆らったらヤバいってことですよねーっ!?」

『大丈夫、大丈夫。ヤバそうだったら、指示出してもらいながら私がマニピュレーターでやるから』


 マリンは金戸と違って腹黒そうではないので、とりあえず湯子は安心しておくことにした。

 それでも、状況に流されないようにしっかり考えよう、と心に刻むのは忘れなかったが。

 そんなやり取りをしている間に、釜森が水面に顔を出した。


「ふぅ……ダメだ。言われたポイントは全部調べて回ったが、それらしいものは見当たらなかった。ただの小石っぽいものも調べたが、言われた形のものはなかったと思う」


 海の中にいるため、釜森の口調はオネエではなくイケメンモードだ。


(ずっとこうだったら、カッコイイのに)


 内心の不満は口には出さず、他の疑問を口にする。


「その栓ってどんな形なんです?」

「穴をふさぐ部分の形としては、自然物とは思えない真円。サイズは直径10センチ」

「そんなに小さいんですか!?」

「穴が大きかったら大きかったで、今頃手遅れだぞ」


 確かにそれも一理ある。

 しかし、これから探さなければいけないことを考えると……


「俺も全力は尽くさせてもらうつもりだが、正直潜る前にサイズを聞かされた時には愕然(がくぜん)としたな。よっと」


 疲れを感じさせない動きで、釜森が船上に上がってきた。


「流石にこのかまちゃんの凄腕でも、ちょっと無理かなーって感じ? 泳ぎ過ぎて筋肉付きすぎるのもイヤだしぃ」


 キャラクターの変わりっぷりは全員でスルーしながら、話を続ける。


「対策として、歴史学の専門家に何か記録がないか探してもらっている。あとは、並行して作成していたウルツァイト窒化ホウ素を加工した栓が完成したところだ」


 ちなみにウルツァイト窒化ホウ素というのは、ダイヤモンドよりも硬いと言われている地球上で最も硬い物質だ。


「もっと巨大な金属の塊を上から置いてみたら~?」


 腰をくねらせながら、ざっくりした対策を提案する釜森。

 ただ、そこそこ有効そうな手段ではある。


「その手段も考えてはみたが、なんといっても得体のしれない穴である上に、吸引力が尋常でないのでな。置いたはいいが、隙間から海水を吸い込み続けたら、その金属塊は吸引力で二度と動かせないうえに、海水の流入は止められず、万事休すとなってしまう」


 失敗するにしても、取り返しがつく形にしないと危険だということだ。

 それならば、元の栓の形に合わせたもので試すのが無難だろう。

 結局、元々はまっていた栓が見つからないことには決定的な解決策にはならないようだ。


「マリン博士には再度潮流を計算してもらうとして、我々は……とりあえず、この魚を売りに」

「あの、もし良かったら、その硬い栓で塞がるか試してみませんか? 早い段階で効果があるかどうか確かめた方がいいでしょうし、ウチもこれ以上危険性が上がった状態で近づきたくないですし」


 後半の方が本音だったが、湯子の言うことには一理あると考えたようで、金戸もうなずくと携帯で連絡を取る。


「私だ。例の栓を用意しろ。明日、現場に投入する。データ観測用の機材も用意を忘れないようにしろ」


 短く連絡を済ませると、他のメンバーに向き直り、


「現場は山口県の祝島近辺だ。これから栓が届いてからでは遅くなるので、明日決行とする。マリン博士も明日はぜひ現場に―」

『それは言いけど、私、船酔い酷いから陸地で待ってるからね。泳げないから危ないし。それとお魚は苦手だからお弁当はお魚料理以外にしてね』


 海洋学者らしさが欠片もない言いようだが、金戸は心得たものらしい。あっさりと了承してしまった。


「栓の話は信じたけど、ある事情から依頼を受けられなかった海洋学者ってマリンちゃんのことだったのね……」

「玉野君とかまちゃんには、実際に潜ってもらうことになる。玉野君、まさかここにきて泳げない、などというオチは……ないだろうな?」

「ありません!」


 釜森ほど自在に泳げるわけではもちろんないが、瀬戸内の島で生まれ育った湯子だ。

 海で泳ぐのは慣れっこだし、そのこと自体に恐怖感はない。

 それに明日は釜森がサポートについてくれるし、ボンベなどの潜水具もあるのだ。


「ただし、危険と思ったら自分の身の安全を第一にしますからね」


 これには釜森も同意のようで、湯子の隣で内股気味に立ってうなずいている。


「もちろん、そうしてくれ。政府から支払わないといかん慰謝料も馬鹿にならん額だからな。限りある費用と人命は大切にしないといかん」


 金と命の出てくる順番が逆のような気はしたが、湯子にとっては死んでもどうにかしろ、と言われるよりはよほどましなのでスルーしておく。


「それでは自宅まで送るので、明日に備えて十分休養をとってくれ」


 こうして明日の方針が決まったところで、この日は解散となった。



 そして次の日、湯子、金戸、釜森、長船、マリンの5人は山口県の柳井港にいた。

 目的地はこの沖、周防灘と伊予灘の境にある、祝島近辺の海底だ。

 ちなみにマリンは船酔いで半ばグロッキー。

 周辺の状況を見ようと思い切って船に乗ってここまで来たのだが、完全に裏目に出てしまった。


「あの、マリンちゃん大丈夫?」

「大丈夫……海の映像見てたら多少気分良くなるから」


 そう言いながら彼女が見ているのは、ノートパソコンに映し出されたきれいな海中の映像だ。

 海が好きなのか嫌いなのか、実にわかりにくい状況だ。

 ここまで乗ってきたのは昨日と同じ年季の入った漁船。

 ただし、違うところもある。

 船の後部には見慣れない機材がいくつも並び、データを取るための用意をする関係者の姿が見られる。


「あっ、この人イケメン!」


 釜森がスタッフの1人に熱心に声をかけているが、慣れてきた面々は表情1つ変えずスルー。


「さて諸君、今日のミッションだが、この栓を海底の穴にはめることが最大の目標となるわけだ」


 いつも通りにスーツ姿の金戸が取り出したのは、メタリックブラウンの栓だった。

 以前に聞いていた通り、直径一〇センチの真円。

 厚さは三センチほどに見える。


「手順はこうだ。まず、この栓を持った玉野君、かまちゃん、そしてマリン博士の探査機に穴から少し離れた地点に潜ってもらう」


 まだイマイチ顔色が良くないマリンも含めて、全員が軽くうなずく。


「その後、玉野君に流れを見てもらいつつ、探査機を先頭にして前進する。その際には、これを使ってもらう」


 金戸が湯子に手渡したのは、暗視スコープのような器具がついたゴーグルだった。

 意外と重量があって、陸上でつけたら首に負担がかかりそうな感じだった。


「水中でも視界がクリアになるように設定してある。この間の写真よりも鮮明に見えるくらいのはずだ」


 祝島周辺は、透明度が低い瀬戸内海の中ではかなり視界はクリアな海域だが、それでも海底ともなれば事情が変わってくる。

 海底の穴への流れのせいで、地面の砂が巻き上げられている可能性も高い。


「流れが見えても、絶対に探査機より前に出ないこと。命綱はつけているが、強力な渦が発生していた場合、大怪我をする可能性だってある」


 こちらの目を見ながら話しかけてくる金戸の気持ちが、湯子には手に取るようにわかった。

 短い付き合いだが、


(きっと、金戸さんが言いたいのは―)

「いいか、マニピュレーターの修理代より、君への保険金の方が高いのだ!」

「ですよね!」


 毎度おなじみのやり取りをかわしてから、マリンを除くメンバーは漁船に乗り込む。

 機材を設置していた政府の人間達もここに残るようだ。


『私はここからサポートするから、皆がんばってきてね』


 港を見るとマリンが手を振っていて、船の横を見ると探査機が彼女のまねをするように片方のマニピュレーターを上げていた。

 微笑みながら手を振り返すと、湯子は釜森に習いながら潜水具を身に着け始めた。


 船を走らせること数十分。

 湯子と釜森は水中での簡単な訓練を終えて、いよいよ穴が開いているポイントに向けてダイブしようとしていた。

 見渡す限り波は穏やかで、渦を巻いている様子もない。

 でも、ここから見えている景色の底には間違いなく穴が開いていて、今も海水を吸い込み続けているのだ。


「最後の確認だ。慌てると酸素は早く消費されるから、ゆっくり落ち着いて行動すること。マイクの調子も、問題なさそうだな」

「はい、しっかり聞こえます」

「よし。ただし、緊急事態に備えて酸素は節約すること。会話は最低限にするのを忘れるな」


 イケメンモードの釜森の指示に従って、器具の最終チェックを済ませる。

 釜森はともかく湯子は潜水については素人なので、水中でのコミュニケーションがとれない。

 対策として、フルフェイスの酸素マスクをかぶり、さらに通信用のマイクを仕込んでいた。

 そのため、湯子はゴーグルの上からフルフェイスのマスクをかぶるという珍妙な格好になっている。


「それじゃあ、潜るぞ。落ち着いてついて来るんだ」

「はい!」


 釜森、湯子の順で海水に潜る。

 船の横には既に海底に降ろしてあるガイドロープがあり、それをつたって潜っていく。

 スーツにつけてある(おもり)と、フィンをつけた足でのキックで、二人はゆっくりと、しかし順調に海底へと近づいていく。


(へえ……このゴーグルごしだと、海底でもハッキリ見える。でも……)


 この辺りは漁業が盛んなこともあって、魚は数、種類ともにかなり豊富なはずなのだが、それらの姿が一向に見えてこない。

 湯子達が潜ってきて逃げた魚もいるだろうが、それにしてもここまでいないのは異常だ。


(これも海底の栓が抜けた影響、ってことなのかな)


 考えているうちに、海底に到着した。

 ダイビングスーツ内の空気を調節して、海底近くを泳げるように浮力を調節する。

 初心者の湯子は多少戸惑ったが、釜森が素早くフォローしてくれた。

 万が一に備えてガイドロープにフックをかけると、釜森は湯子の手を引いて泳ぎ始めた。

 さらにその前には、案内役を兼ねたマリンの水中探査機が待っている。

 二人が追いついたのを確認して、探査機が前に出ようとした、その時だった。

 釜森やモニター越しのマリンには見えていないようだが、湯子にはハッキリと見えた。


「待って! その先、何かおかしい!」


 酸素を節約することさえ忘れて、咄嗟(とっさ)に湯子は叫んでいた。

 釜森は慌てて泳ぐのをやめ、続いて探査機もマリンからの操作を受けて止まろうとしたが、前に伸ばしていたマニピュレーターの一本が一瞬のうちに伸びきって操作不能になっていた。

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