序章
風呂はいいものだ。
疲れが取れるし、新陳代謝が促進できるし、場合によっては美容に良い場合もある。
何より、心が癒される。
その最も古いものは五千年前のインダス文明のものとされるが、実は、それよりも遥かに昔から風呂に入っていた者がいた。
「はぁ~、今日もよく働いたぞ。時間をかけただけあって良いものができたわい」
風呂につかって満足そうに伸びをした人物の顔は、まるでライトでもあてたかのように輝いていて、表情が読み取れない。
「これから微調整はいるだろうが、これで海に続いて大陸ができたわけだのう」
まるで年齢規制されているかのような顔だが、決して見た目に問題があるわけではない。
あまりの神々しさに目が眩んでしまうのだ。
そう、何を隠そう神である。
「う~む、しかし高度な知性を持つ生物用の星の創造というのは、楽ではないものだのう。だというのに、手伝いもなければ、差し入れもない。労働後の楽しみである風呂さえ、自分で用意せねばならんのだから」
宇宙の創造以来、様々な星を作ってきた神だったが、これまで自分とコミュニケーションをとれるほどの知性を持った生命を創造したことはなかった。
必要性を感じなかったし、何より作るのに手間がかかる。
「それっぽい杖を持って『光あれ! 命あれ!』とか叫ぶだけで創造できたら楽なんじゃがなぁ~。現実はそんなに甘くないのう……」
別の世界に行けば、彼と同じような神は他にもいるが、この世界の神は今のところ彼だけだ。
出会おうと思えば、異世界へと移動せねばならず、その行為は慎重に行わなければならない。
異世界へと移動している間にこちらで問題が起こるかもしれないし、次元に与える影響もあるからだ。
「ん? この反応は、もしかして……」
神が何かに気づいて手をかざすと、空中にホログラムのような映像が映し出された。
そこに映っているのは、長い黒髪をした妙齢の美女だった。
「あら、どこかにつながったみたいね? ねえ~、こっちの世界に遊びに来ない? こっちの世界は女神ばっかりで、退屈してるのよぉ」
一瞬で色気の虜になった神は、鼻息荒く答える。
「も、もちろんじゃ! こっちの世界は、神がワシ一人でな、すごく暇しとったんじゃ!」
「え~、すっご~い! 一人で世界を切り盛りするなんてカッコイイ~! でも、いいの? あなたが来たら、そっちの世界は神様いなくなっちゃうわよ?」
「いいんじゃ、いいんじゃ! 時々見に帰ってくれば問題ないわい。今から行くぞい!」
盛り上がった神は、慌てて服を着ると次元の壁を飛び越えていった。
急いでいた神は、風呂の栓を抜くことすら忘れていた。
それから、神の手がほとんど入らないままに生物は独自の進化を遂げていった。
地殻も変動し、大陸はいくつかに分かれた。
神は戻ってきた時には人々の前に姿を現しもしたし、新たな神が生まれもした。
そんな長い時の流れの中でも、神の風呂はその形を保ち続けた。
その神の風呂こそが、現在の瀬戸内海である。