【一分物語】〜女の子、秘密の会話〜
ーーガタンゴトンーーガタンゴトン。
微細な揺れが心地よく耳に響く。
彼女はこの時間が好きだった。本当に、誰よりも。
この音を聞いている間だけ、まるで自分が世界に溶けていくような、そんな幻想に浸ることができるから。
「……好きです」
それでも、いつかは淡い幻想から覚めてしまう。
分かっているからこそ、やめられない。
「んっ……ごめん。音楽聞いてた、どうした?」
何も流れていないイヤホンを耳から名残惜しそうに外すと、隣に座るブレザーを着た少女に視線を落とす。
本当は聞こえていた。それでも、尋ねたのは彼女の切ない抵抗だったのだろう。
「……好きです」
夕日のせいだろうか。それとも車両に当てられた暖房のせいだろうか。
少女の頬はわずかに紅潮していた。
……そんなくだらないことに思考を回していることに気づいた彼女の目は少し冷たい。
きっと、この眼差しに気づくことができるのは彼女だけ。
「……明後日」
「えっ?」
「明後日見る映画ってなんだっけ」
少女は、豆鉄砲をくらったような間の抜けた顔をして。すぐにスケジュール帳を取り出す。
ところどころに書き込まれた彼女との予定。それを一つ一つ忙しなく目で追う少女。
それを眺める彼女は、クロスした足を何度か組み直す。
「えっと、『About Time』です!」
「じゃあ、それが初デートだね」
数回刻み。電車が揺れる。
慌てて顔を反らした少女は、手元のスケジュール帳で口元を隠す。
そんな仕草一つ一つ、彼女にとっては夜に見上げる星空のように眩しくて手の届かないもの。
だから彼女は、世界中で一番この少女に憧れるのだ。
END