表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/334

88話 満月の夜の唖喰連戦 ⑤

鈴花視点。


 途中で単体で行動している唖喰を蹴散らしながら森の中を進んで五分ぐらいでアタシはゆずのいる〝縁結びの泉〟に辿り着いた。

 暗闇で少し見づらいけど、時々閃光が発生しているから、ゆずはそこにいるはず……。


 そう思って目を凝らして探していると、唖喰に囲まれているゆずの姿を見つけた。


「いた……けどあれは……」


 ゆずを見つけたのは良かったけど、別の問題が起きていた。

 今ゆずが相手をしているのは残り二体いた大型唖喰の一体だ。

 もう一体は泉の中に隠れていて未だ手を出してくる様子がないけど、問題は今のゆずの姿だ。


 左腕が血で真っ赤に染まってぶら下がっている、あれは多分骨折している。

 背中や右わき腹からも血が出ていて、すごく辛そうな表情を浮かべている。

 魔導装束が破けた箇所には火傷を負っていて、昨日の露天風呂の時に見た綺麗な肌が見る影もなくなっている。


 これまでの連戦で治癒術式を使う暇がなかったのと、対峙している大型の所為だと思う。


 そいつは唖喰としての白い体はウロコみたいにゴツゴツしてて、深紅の大きな翼で全長四メートルの体を宙に浮かせていた。

 

 上位クラスの唖喰ドラグリザーガ。

 下位クラスのリザーガはまだトカゲっぽい姿だったけど、その上位互換のドラグリザーガはファンタジーに出てくるドラゴンに近い姿だ。


 炎のブレスを吐き出したり、大きな牙で獲物を噛み砕いたり、爪で切り裂く、尻尾で薙ぎ払うっていった見た目に違わない動きをする。


 ドラグリザーガの一番厄介なところは他の唖喰に比べて周辺に与える被害が大きいところ。

 実際、炎のブレスが吐かれたのが原因で森の一部が消失している。

 森の消失が一部で済んでいるのはゆずが防御術式で守ったからだと思う。


 ドラグリザーガのブレスは普通の炎と違って燃焼現象が起きても煙が出ない。

 それは煙ですら消し去るほどの威力を持っているからって唖喰の授業で聞いた。


 ゆずの火傷はそのブレスから森を守った時に出来たものだと分かった。


 そんな状態のゆずを放って置けるわけがない。

 けどアタシがゆずに治癒術式を施すためにはあの唖喰の群れに侵入する必要がある。


 ――今アタシがあそこに加わってもゆずの足手まといになるだけじゃないの?


 そんな後ろめたい考えが頭を過ったけど、アタシは首を振って振り払う。


 アタシが今ここにいるのは足手まといになるためじゃない! 

 今みたいにゆずがピンチの時に助けられるようになるためでしょ!!


 そうやって自分を叱責してアタシはゆずを囲う唖喰達の群れに攻撃を仕掛ける。


「攻撃術式発動、爆光弾五連展開、発射!」


 着弾時に爆発を発生させる光弾を唖喰の群れの中に放って弓を構える。


 現れた魔力の矢は四本。

 群れの数を減らしてゆずの回復に向かうのが目的だから狙いは付けずに弓を射る。


「ふっ!!」


「ゴアァ!!」「シュギュアア!!」


 光弾の爆発と矢の直撃を確認する間もなく次の矢を出現させて次々に射って行きながら、群れの中を突き進んでいく。


 やがて群れの中央にいるドラグリザーガの姿を見つけた。


 また弓に魔力を流して矢を出現させる。


 その数は十本。

 これが今一度に出せる限界数。

 さらに……。


「固有術式発動、衝撃効果付与!」


 射線上に魔法陣を展開して、魔法陣を通過した十本の矢に衝撃効果を付与させる。

 その矢をドラグリザーガに向けて射る。


「――ガアアァァァ!!」


 矢は全部命中して、ドラグリザーガの体を大きく吹き飛ばすことができた。


 あの固有術式はアタシの魔導武装が弓だった時に思いついたものだ。

 普通に矢を射るだけじゃ必ずジリ貧になるから、それを解決するための術式が無いか季奈に聞いてみたら、固有術式しかないって言われてかなり先が長いことになるなぁって思ったけど、そこは〝術式の匠〟様様といった感じで季奈の協力もあって早くに完成した。


 吹き飛ばしたドラグリザーガを横目にアタシはゆずに駆け寄った。


「ゆず!」

「す、鈴花ちゃん!?」


 ゆずはアタシを見て驚いていた。

 そりゃそうだよね、アタシか菜々美さんのどっちが来るかって考えたら普通はトラウマ抱えてるアタシじゃなくて菜々美さんだろうって思うだろうし、魔導装束が変わっているし魔導武装の弓持っているし……。


 でも今はそのことを説明している時間はないから、アタシは治癒術式を発動させてゆずを治療する。

 

「待ってて、今治療するから……治癒術式発動」


 ゆずの体を魔法陣が通過すると、火傷の跡や左腕の骨折は綺麗に治った。

 

「うん、やっぱ女の子は綺麗が一番だよね」


 アタシはそう言ってゆずに手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます……」


 ゆずはちょっと恥ずかしそうにしながらアタシの手を引いて立ち上がってお礼を言ってくれた。

 何も恥ずかしがること無いのにね……。


「ガアアアァァァァ!!!」

「「!!」」


 咆哮が響いた方を見てみると、ドラグリザーガが立ち上がっていた。

 その咆哮に合わせて周囲の唖喰達も一斉に動きだした。


「鈴花ちゃん!」

「分かってる! 固有術式発動、分裂効果付与!」


 アタシは矢を五本出現させて弓を上空に向けて構え、矢を射る。

 魔法陣を通過した矢は途中で十倍に分裂して五十本の矢はアタシ達を避けるようにして唖喰達に雨みたいに降り注いだ。


「グギャアアアアア!」「ガアアアア!」「シャアアアア!?」「ギャギャギャギャギャ!?」

「これは……」

「アタシの固有術式。矢に特殊効果を付けたんだ」


 固有術式〝分裂効果付与〟は効果を付与した矢の数を十倍に増やすもの。

 ただ、分裂したから威力も相応に落ちてるから大型には効果が薄いけど、雑魚ちらしぐらいなら簡単に出来る。

 ちなみにこの効果を付与できるのは魔導弓で出した矢だけだから、他の術式に使うことはできないって季奈が言ってた。


 そうして分裂した矢によって周囲にいた唖喰達は瞬く間に塵になって消えて、残るは二匹の上位クラスの唖喰だけになった。


 もう一体は近くにいるけれど、まだ動く気配がないから警戒しながらドラグリザーガと戦うことになる。


 復帰戦で上位クラスの唖喰と戦うなんてちょっとついてないなー、なんて思ってたけどアタシは隣にいるゆずの方に視線を向けた。


 ゆずのは戦意を失う様子はなくて、悠然とドラグリザーガを見つめていた。

 アタシより年下でずっと可愛い顔してるのにとても頼もしくてカッコイイなんて思った。


 司がゆずに魔法少女と同じ希望を感じたって言っていたのがよく分かった。

 ゆずと一緒なら戦える。

 少なくとも今はそう思えるだけでアタシの不安は軽くなった。


「行こう、ゆず!」


 不安なんかないよって伝えるためにゆずにそう声を掛けた。


「はい」


 ゆずがそう返事するのと同時にドラグリザーガが動き出した。

 大きく息を吸い込みだしたことで胴体が膨れ上がっていた。

 あれはブレスを吐くための溜めの動作だと分かった。


「鈴花ちゃん!!」

「任せて!」


 ゆずの声と同時に矢を射る。

 これから危険な攻撃が来るってわかるのに、わざわざ待つ必要もないからね。

 さっさと止めてしまうに限る。


 放たれた矢はしっかりとドラグリザーガの首に突き刺さって、敵は大きくもがき出した。


 その隙にゆずは接近して追撃を仕掛ける。


「攻撃術式発動、光槍四連展開、発射」


 ゆずが放った光の槍も四本ともドラグリザーガの体に突き刺さった。

 それでもドラグリザーガは接近して来たゆずに対して翼を羽ばたかせて真空波を放って来た。


「っ!」


 真空波の突風で動きを止めたゆずに目掛けてドラグリザーガは火炎弾を重ねて吐き出してきた。

 ブレスとは違って火炎弾は溜めが無くとも吐き出せるから、一発が重いブレスより威力は下がるけど連射性がかなり高い。

 そんな火炎弾を真空波に乗せて放たれると、非常に躱しづらい。

 

「攻撃術式発動、光刃展開」


 けれどゆずはそんな向かい風の妨害なんて関係なしに光刃を振るって火炎弾を切り払っていくことで回避していた。


 やがて痺れを切らしたのかドラグリザーガは一度宙返りをすると勢いよく突進をして来た。

 

 アタシとゆずはサイドステップで突進の軌道上から逸れて回避したけど、ドラグリザーガはそのまま飛び上がってブレスを吐き出して来た。


 放射線状に広がる火炎は凄まじい勢いと熱量を伴ってアタシとゆずに迫ってくる。


「攻撃術式発動、爆光弾三連展開、発射」


 ゆずが爆光弾を三発放った。

 一瞬防御しないのって思ったけれど、火炎に触れた瞬間に起きた爆発を見てゆずの狙いが分かった。


 爆発の衝撃で火炎が霧散したからだ。

 アタシが呆けている間にブレスを吐いたことで隙だらけのドラグリザーガにゆずが肉迫する。


「せやっ!」


 ゆずがドラグリザーガの顎を蹴り上げたことで、相手の体が浮かび上がった。


「鈴花ちゃん!」

「! ゴメン!」


 そんなあからさまな隙を見せたのに、アタシはゆずに声を掛けられるまでボーっとしていた。

 戦闘に集中しなきゃいけないのに、呆気に取られていたらアタシが死ぬのに……。


 ううん、後悔している暇なんてない。

 アタシはすぐに弓に魔力を流して五本の矢を形成する。


「ってい!」


 放った五本の矢はドラグリザーガの胴体に深々と突き刺さった。

 

「や、やった!」

「グ、ガアアアアアアアアア!!」

「! 下がって鈴花ちゃん!」

「え――きゃあ!?」

 

 ドラグリザーガは矢を受けたダメージによる痛みで、手足や尻尾を無茶苦茶に振り回して暴れ出した。

 矢を当てることが出来て少し安堵したアタシは、相手が起こした突然の行動に反応できずに尻尾を直撃で受けてしまった。


「防御術式発動、障壁展開!」

「がふっ!?」


 勢いよく後ろに殴り飛ばされたアタシはゆずが展開した障壁で受け止められたことで怪我を重ねずに済んだ。


 幸い魔導装束に魔力を流して防御結界を展開させることに間に合ったから打撲で済んだ。

 

「ごめん、ゆず……」

「鈴花ちゃんが謝ることはありません。私がもっと注意していればよかったことですから」


 そんなことない……あれはアタシが反応出来なかっただけで、ゆずは何も悪くない。

 って今は卑屈になってる場合じゃない。早く立って戦わなきゃ……!


「グガアアアアアア!」 


 未だに暴れるドラグリザーガが起こしている被害は大きい。

 前足を地面に叩き付けるだけで地割れが出来たり、尻尾の薙ぎ払いで突風が起きたり直撃を受けた木々が倒されたりしていて、上位クラスの唖喰の凄まじさを感じさせられた。


 防御が間に合わなかったら全身の骨が砕かれていたかもしれないって思うと体が竦みそうになったけど、ゆずはドラグリザーガの元へ直進していった。


「攻撃術式発動、重光槍二連展開、発射」


 ゆずが走りながら放った大きな光の槍はドラグリザーガの体を貫通した。


「ギャアアアアアア!!」

「攻撃術式発動、光剣十連展開、発射」


 苦悶の声を上げるドラグリザーガに構わずゆずはさらに追撃を重ねた。

 

 四メートルの体躯に次々と光の剣が突き刺さっていって、ドラグリザーガは遂に地面に倒れ込んだ。


 大きなダメージを負ったドラグリザーガはすぐに立ち上がることが出来ないでいる。

 決めるなら今だ!!

 

 そう思ったアタシは魔導弓に魔力を流して矢の限界数である十本を出現させて弓を構える。


「固有術式発動……」


 射線上に魔法陣が展開される。

 狙いは未だ身動きの取れていないドラグリザーガ。


「強化付与」


 矢を射る。

 放たれた十本の矢が魔法陣を通過した。

 瞬間、矢の速度が速くなって、その大きさも増大している。


 〝強化付与〟は放った矢の持つ威力、速度、貫通力、射程、全てを強化する固有術式だ。


 無強化の一本ですらダメージの通ったドラグリザーガ相手にそれを食らわせると……。


「ゴオオォォガアアアアァァァ……」


 放った十本の矢は刹那の速さでドラグリザーガを貫いていって、四メートルに及ぶ巨体を塵に変えて消えた。


「鈴花ちゃん、お見事でした」


 ゆずが称賛してくれるけど、アタシは首を振って否定した。


「ほとんどゆずが攻撃をして弱らせていたところでトドメを刺しただけだからいい所取りみたいなものだし、そんなことを言われるほどじゃないよ」


 事実をありのままに言うと、ゆずは何故か笑い出した。


「……っふふ」

「え!? 何か変なこと言った?」

「いえ、以前だったら〝これくらい当然だ〟って言っていたのに随分謙遜するようになったと思ったので」

「あ、あれは忘れて……自分でも消し去りたい黒歴史だから……」


 ゆずの言う以前はアタシが慢心していた頃の話だ。

 正直居た堪れない……。

 あの慢心の所為で重傷を負って今の今まで唖喰と戦うことを怖がっていたから……。

 

「ってちょっと和やかな空気になってるけど、上位クラスの唖喰がもう一体いるんだよね? ならそっちも早く倒しちゃおう」

「そうですね、早く終わらせないと司君が待ちくたびれてしまいますから」

「クイィィィィィィィッ!!」

「「!!」」


 そういうや否や、〝縁結びの泉〟に潜んでいた最後の一体が水中から水柱を上げながらその姿を現した。


 水柱が晴れて、最後の上位クラスの唖喰がどんな唖喰なのか視界に映した。



「――え?」



 その姿を見た時、アタシは頭が真っ白になった。


 それはサイコロの五の目のように連なった球体を、赤い管のようなものが繋がっていて、真ん中の球体から生えているから何十本もある赤黒い触手は強烈なおぞましさを感じさせる。


「あ……あぁ、……あれ、は……」


 口がカラカラに乾いて、手足の震えが止まらなかった。

 現れた最後の一体は……ローパーの上位種であるグランドローパーで……。


 アタシに死の恐怖を刻み込んだ因縁の唖喰だった。



トラウマと向き合う瞬間。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


次回更新は7月26日です。


面白いと思って頂けたらいつでも感想&評価をどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ