83話 揺るがぬ信頼
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今現在ゆずが感じているのは〝退屈〟という感情だった。
肝試しのペアを決めるくじ引きでペアになった色屋と二人で暗い森の中を懐中電灯の光一つで進んで行くが、どうしても心の中で燻る退屈な気持ちを無視できなかった。
「並木さんがイルカを好きになった理由って何?」
「……可愛いからです」
「あ、そうなんだ……」
(ふぅ、色屋さんが会話を持たせようとしてくれていますが、当たり障りのないことばかりですね……)
何もゆずは色屋が嫌いなわけではない。
ただどうしても司といる時に比べていまいち乗り切れていないだけである。
さらに乗り切れていない理由がある。
それは……。
(ペア……司君と一緒が良かったです……今頃、司君は柏木さんと共に……)
――ズキン。
「っ」
「並木さん?」
「いえ、大丈夫です……」
突如胸に感じた痛みにゆずは思わず顔をしかめてしまった。
それに気付いた色屋に心配を掛けまいとゆずは平然を装った。
(どうして? 司君が誰と仲良くしようと彼の勝手なのに、私は今、それを不快に感じた……柏木さんは悪い人じゃないのに……)
そう思っているはずなのに、ゆずの胸中は不安で一杯だった。
菜々美に対して敵意を持った自分に動揺を隠せないでいた。
(私は本当にどうしたのでしょうか? 気持ちの正体より司君と日常を過ごすと決めたはずなのに、こんな後ろめたい気持ちを抱えていたら、きっと彼に嫌われてしまう……嫌われる? どうして私がこんな気持ちを抱えていると司君に嫌われるのでしょうか?)
以前の時のように、自分で自分の気持ちが分からなくなったゆずは、浮かんでは消える疑問に自問自答しつつ、先導する色屋の後ろを付いて行っていた。
(そういえば、今日はあの妙な視線を感じませんでしたね……諦めたのでしょうか?)
ふと視線のことを思い出した。
まさか修学旅行中でも感じるとは思わなかったが、感じたのは昨日の海水浴の終わり際であり、それ以降は何もなかった。
そのためゆずはきのせいかと思っていた。
だからこそ、気付くのが遅れてしまった。
「――っ!?」
「――おっと……」
背後に再びあの視線を感じたゆずは、咄嗟に後ろに回し蹴りを放つが、思った速度が出ずに、避けられてしまった。
蹴りを避けられたことを訝し気に思いつつ、ゆずは視線の主を睨みつける。
「……どういうつもりでしょうか――色屋さん」
ゆずは視線の主……色屋優にそう問いかけた。
「ん~? どういうつもりも何も、やっと並木さんと二人きりになれたから、ついね」
そう言いながら、色屋は自身の右手に持っているものをゆずに見せびらかすように持ち上げた。
そこには透明なビー玉が付けられただけの簡素なつくりのペンダントが握られており、それはゆずの魔導器であった。
先程ゆずの蹴りが予想通りにいかなかったのは、魔導器が体から離されたことで、身体強化術式を使えなかったからだった。
「……それでどうして私のペンダントを盗むのですか?」
「あっはは、そんなこと言わなくても分かるでしょ? これが魔導器だって知ってるからさ」
「っ!?」
ゆずは目を見開いた。
どうして色屋が魔導器のことを知っているのか、不思議でならなかった。
そんなゆずの反応がおかしいのか、色屋は仮面のような笑みを崩さないまま種明かしをした。
「なんで知ってるんだーって顔してるね。簡単なことだよ……並木さんが他の人との会話するのを聞いてたんだから」
「それなら尚更妙です。私が魔導の話をしている時に、色屋さんは近くに居なかったはずですよ?」
「妙でもないさ……並木さんのカバンに盗聴器を仕込んでいたんだからさ」
「っ、そういうことですか……」
いつの間にか色屋はゆずのカバンに盗聴器を仕掛けていて、ゆずの会話を盗み聞きしていたと察した。
ということは唖喰のことも知られているとゆずは確信した。
「平然と犯罪に手を染めるなんて、随分と執着されるんですね」
「違う違う、僕はただ並木さんの声をずっと聴いていたいだけ……まぁ最近の声はダメダメだけどね」
「私はストーカーの主張を聞く耳は持ち合わせていません。続きは警察署にでも行ってから――」
――ピリリリリリリ……。
「! 鈴花ちゃ――」
「おっと、電話に出ちゃだめだよ。魔導器、壊されたら困るんでしょ? 壊されたくなかったら電話に出ずに僕のお願いを聞いてよ」
「――っ、どうして私なのですか?」
魔導器は特殊な素材を用いているため、そう簡単には壊されることはないのだが、自分達の会話を盗み聞きしていた色屋には何らかの破壊手段があると警戒する。
さらに現在位置は縁結びの泉に近い位置であり、その周辺には脅かし役も誰もいないため、会話を聞いて助けが来る可能性も低かった。
(私の戻りが遅いと司君達が探しに来るかもしれない……)
ゆずはそれまで会話で時間稼ぎに出ることにした。
「……僕はね、人形が好きなんだけど、どうしてかわかる?」
「……」
「答えはね、人形はずっと表情が変わらないからだよ」
「人形と私に関連性が見られませんが?」
「それもちゃんと説明するさ」
色屋は一呼吸おいて続ける。
「僕はこんな顔立ちだからさ、色んな女の子達から好かれてたよ。でも誰とも付き合う気にはなれなかった。理由は彼女達の表情が変わるからだ」
「……そんな当たり前のことでは?」
色屋の言葉にゆずは全く理解が出来なかった。
誰だって生きていれば表情ぐらい変わるというのに、色屋はそれが罪だと言うような物言いだった。
「当たり前? 違うね。人は無表情が一番輝くのさ。表情が変わったらその輝きが失われるんだよ……僕にはそれがどうしても許せない」
「っ、そんな身勝手な――」
色屋優という人物の狂った思想――狂想とも言うようなそれは、ゆずが唖喰以外に感じることはないと思っていたおぞましさを感じさせるには十分歪なものだった。
「きっと僕の理想の人は現れない……そう思っていた時に、並木さんが転入してきた」
「!」
ここまでの流れで、ゆずは自分が色屋のストーカー行為の標的にされた理由を悟った。
転入時のゆずは、まだ司が日常指導係になったばかりで今ほど感情を表に出すことがなかった時期であり、まさに色屋にとって理想そのものだった。
「最初は君の無表情を眺めるだけで満足だった。竜胆や橘と仲良くしようと気にしないくらいには……でも歓迎会の時、僕の理想に泥が塗られた」
「泥……?」
それまでも穏やかな口調が一変したことに訝し気に思いつつ、ゆずは続きを促す。
「君はあの日、笑ったじゃないか。それを見たとき、今まで感じたことの無い程の怒りを抑えるのに必死だったよ」
「そんなことで……」
「僕の理想を汚されたことはそれだけの重罪だ!! それからの並木さんの変化はドンドン僕の理想を壊していった……それもこれも全部竜胆のせいだ! あいつが、僕の理想の並木さんを粉々に壊したんだ!!」
心内に渦巻く激情を抑えるのに必至なのか、血走った目で声を荒げながら頭を掻きむしる色屋の表情は、彼の狂気を垣間見るのに、十分な程歪んでいた。
それだけの狂気を見せつけられてもなお、ゆずにとって看過出来ないことを言い切った色屋にゆずは食って掛かる。
「司君が悪いだなんて、あなたの勝手な逆恨みじゃないですか!? 私の変化は彼が日常指導係として懸命に動いた成果です。その事で色屋さんに文句を言われる筋合いはありません!」
ゆずにとって、司の努力を無下にするような言い方は決して無視出来ないことだった。
(彼がどれだけ身を粉にして来たのか知らない癖に……!)
色屋に対するおぞましさも、司の努力を貶されたことで霧散した。
「あぁ、並木さんは自分がおかしいことに気付いてないんだったね。人は自分が狂ってることに気付かないって言うし仕方ないよ……竜胆のやつが君の日常指導係だなんて役目に託つけて君を洗脳したんだから……」
しかし、そんなゆずの言葉は、黒くヘドロのように濁った目をした色屋には何の変化をもたらすことはなかった。
それどころか、尚更司を諸悪の根源と言わんばかりに貶めた。
「違う! 狂ってるのはあなたの方です!」
「違わないさ! ならどうして竜胆は並木さんだけじゃなくて柏木先生と仲が良いんだ?」
「――!?」
ゆずの中に漠然と渦巻いていた不安を指摘されたことで、ゆずの義憤は呆気なく霧散した。
「そ、それは、私に司君の交遊関係に口出しする理由がない、ですから……」
「それって自分に対する言い訳でしょ? 本当は並木さんは竜胆に構ってもらえる柏木先生に嫉妬してるだけだよ」
「そんな、柏木さんに、そんなことは……」
「竜胆が柏木先生ともっと仲良くなっていったら……並木さんは間違いなく捨てられるよ」
「つ、司君はそんなことをするような人じゃありません!」
ゆずの不安を煽り立てるように言葉を紡ぐ色屋に、ゆずはそんなことはないと自分に言い聞かせるように否定した。
それでも、頭の中では司と菜々美が仲睦ましい姿が離れないでいた。
あのまま二人が男女関係になったら……その時は友達として祝福するべきだと頭では解っているが、ゆずの心には哀しみの感情が湧き上がっていた。
「ほんと、あいつはろくでもないやつだよなぁ~。並木さんを放って柏木先生と話してばっかなんて、並木さんが可哀想だよ……」
「っ、あなたの目的は私なのでしたら、司君は関係ないはず……!」
「ああ、そういえばまだお願いを言ってなかったね……僕のお願いは竜胆の記憶を消して、僕が君の新しい日常指導係に任命させることだよ」
「――え?」
ゆずは色屋が何を言っているのか一瞬理解出来なかった。
会話を盗み聞きしていたのなら、記憶処理術式のことを知っていてもおかしくない。
色屋の目的がゆずを自分のものにするというのなら、司に代わって日常指導係になろうとするのも分かった。
だが、司の魔導と唖喰に関する記憶を消すことだけはどうしても理解出来なかった――否、理解したくなかった。
仮に色屋の言う通りに司の記憶を消してしまえば、司はゆずのことも菜々美のことも、翡翠や季奈と接してきたことも忘れてしまう。
それは、ゆず達が過ごして来た二か月の思い出が消えることに他ならない。
「どうして……?」
「どうしてもなにも当然だろう? 並木さんを変えた罰だよ。本当なら殺したいところだけど、僕は優しいから記憶を……あいつの思い出を殺すことで妥協したんだから、感謝してほしいよね」
「……妥協? 司君の記憶を消せば、私だけじゃない……天坂さんも季奈ちゃんも傷付くのに……?」
「ああ、昨日の海で見た二人か……別に僕は並木さんが無表情に戻るなら、他のやつの思い出なんかどうでもいいよ。あ、もちろん並木さんも竜胆のことを忘れてね? アイツとの過ごして来た日々なんてこれからの僕達には邪魔以外何物でもないから」
「邪魔ではありません! 彼がどんな想いで日常指導係の役目を果たしてきたのか知らないくせに、勝手なことを言わないで!!」
ゆずの心は怒りと恐怖に満ちていた。
色屋のあまりに身勝手な欲望に、ゆずはかつてないほどの怒りを顕わにし、司との思い出を失うことに恐怖していた。
しかし、そんなゆずの怒りを見た色屋はあからさまに悲しそうな表情を浮かべるだけだった。
「ああ、あの無表情だった並木さんの顔をこんなに歪ませるなんて……やっぱりあいつは毒だ。それにどんな想いで日常指導係の役目を果たして来たかだって? そんなのどうせ並木さん目当てでしょ。ホント、君に命を助けてもらったかなんだか知らないけど、随分と手の込んだことをするよね?」
「――どういう意味でしょうか?」
色屋の言いたいことが分からず、ゆずはそう聞き返した。
「あいつのことだ。死に掛けたなんだのとか、全部君の気を引くための演技に決まってるだろ?」
色屋は心底くだらないといった風に司を嘲笑した。
――全部、演技?
――私の気を引くための?
「大丈夫、邪魔者を消したら、すぐに前の並木さんに戻してあげるから」
色屋が本来なら惚れ惚れとするような爽やかな笑みを浮かべるが、その思想と瞳は黒く淀んでいた。
――違う。そんなはずない。
――でも、司君は私の日常指導係なのに、どうして柏木さんと仲が良いの?
――私は、どうして……。
頭が真っ白になったゆずの思考に、ある記憶が浮かび上がって来た。
それは、いつかの病院での語らいの時――。
『……俺、ゆずの日常指導係になって良かったよ』
涙で目を腫らした司は、一切の含みの無い純粋な感謝をゆずに贈っていた。
「――違う」
「え?」
「あれが……今までの全部が……演技なはずがない!!」
ゆずの怒りは色屋の言葉により、さらに爆発した。
それは司を貶した色屋に対してもだが、司を疑った自分自身にも向けたものであった。
色屋は嘲笑の眼差しを変えることなく、口を開いた。
「演技だろう? それに僕が日常指導係なら、もっと有意義な日々を教えてあげられるのに――」
「誰とどんな日常を過ごそうと、私の勝手です! 日常は、誰にも強制されるものではなく、有意義かどうかも他人に決められることでもありません!」
「強情だな……騙されてることにも気付いてないなんて、やっぱりあいつは——」
「今ハッキリと分かりました。色屋さんには司君の代わりに日常指導係になることは絶対に出来ません」
「――は?」
色屋の言葉を遮って、ゆずがきっぱりと不採用を告げた。
絶対になれないと言われた色屋は、何を言われたのか理解できず、呆けていた。
「意味が、解らないな……僕は竜胆よりも顔も勉強も運動も何もかも優れてるのに、どうして絶対になれないなんて……」
「では、あなたには未知の怪物に殺されかけてもなお、誰かのために動けますか?」
「だから、それは演技で――」
なおも演技だと決めつける色屋だが、もうゆずの心は揺さぶられることはない。
「危険だと分かっている場所に、友達になりたいからという理由で赴くことが出来ますか?」
「え、なんだそれ――」
ここに来て、初めて色屋は動揺を見せた。
それを見てゆずは内心で誇らしくなった。
「自分を傷付けた友人の命運を誰かに託すことが出来ますか?」
人から信頼される嬉しさを知った。
「傍に居なくても、想いを届けられるほどの願いを向けることが出来ますか?」
戦う度に怪我が絶えない自分の無事を願ってくれた。
「自分が死ぬかもしれないのに、来るかもわからない助けを信じて立ち上がることが出来ますか?」
彼と同じ日常を過ごしたいと決めた。
「私が戦う理由を聞いて、慰めるでもなく泣けなかった私に代わって涙を流すことが出来ますか?」
失望することなく、彼は今を受け入れることを教えてくれた。
たった二か月の間に、司はそれだけの行動をゆずに示してきた。
それが全部演技だというのなら、彼は自分の日常指導係ではなく芸能人になった方がよっぽど幸せになれるかもしれない。
それでも、彼はゆずの日常指導係になってよかったと言ってくれた。
そんな司だからこそ、ゆずは……。
「だ、黙れ! どうせ全部、偽善で――」
「彼はいつでも全力です! 後の事なんで二の次で、その場その場で必死に最善を探ろうとしています。あなたのような自身の欲を満たすだけの余裕なんて、彼にはない……竜胆司という人間は、そういう人です……そんな彼からあなたが取って代われるだけの覚悟を私に証明できない限り、色屋さんが私の日常指導係になることは絶対にありません!!」
これが二か月の日々で並木ゆずが見て来た竜胆司の――初恋の人の姿。
(そう、私は司君のことが〝好き〟……やっと、理解出来た)
色屋の思惑とは大いに外れ、ゆずは遂に司への好意を自覚した。
ゆずの中にある司への信頼を目の当たりにした色屋は大きく狼狽した。
「ふ、ふざけるなぁ! あいつだ! あいつがいなければ並木さんは——」
「生憎ですが……私は自分にすら関心が無かったあの時より、今の自分の方がずっと楽しいと知ってしまったので、あの頃に戻るつもりは毛頭ありません」
「いいから黙って、僕の言うことを聞けよおおおおおお!!」
色屋がゆずの魔導器を持つ右手を大きく振り上げだし――。
――パァァン!!
「ヒィッ!?」
突如風船が破裂したような音が響き、色屋の足元に小さな衝撃が発生した。
それに驚いた色屋は後ろに数歩後退りした。
「――!」
その瞬間を見逃さず、ゆずは一気に駆け出し、色屋の右腕を掴んで半回転し、柔道の一本背負いを決める。
「がっはあ!?」
咄嗟のことで受け身もとれず、背中から地面に叩き付けられた色屋は、肺の空気が押し出されたことで反応が鈍った。
「――っし!」
「ぐ、ふぅ……」
ゆずは隙だらけになった色屋の首筋に、左手による手刀を食らわせる。
それにより、色屋は気を失った。
魔導器を取り戻したゆずは、色屋に記憶処理術式を施す。
色屋を気絶させた一連の動きは唖喰の出現時に無関係の一般人を巻き込まないためと、魔導と唖喰の情報漏洩を防ぐために全魔導士・魔導少女には手際よく済ますため、この物理的手段の習得が義務付けられているのだ。
身に着けておけばゆずが実践した通り術式が通用しない人間に対して護身術にもなる。
さらに今実演したようにゆずはもちろん、季奈や鈴花、菜々美に翡翠でも出来るが、そのことを知った司からは「暗殺集団か諜報部隊の訓練か?」というツッコミを貰った。
色屋の気絶を確認したゆずは、ゆっくりと立ち上がってある一点に目を向けた。
「……司君」
「悪い、ゆず。遅れた」
先の破裂音の主は、司の魔導銃による実弾だった。
身体強化術式の恩恵で強化された視覚にて、ゆずが色屋に魔導器を盗られていることを視認した司は、色屋がストーカーの正体であると察した。
ゆずを助けるため、鈴花からの連絡を受けて装備していた魔導銃で以って、色屋の隙を作ったのだ。
流石に人に向けて撃つには抵抗があったため、足を撃たないようにするのに神経を集中させる必要があったが、なんとか目論見通りとなった。
司に助けられたことを認識したゆずは……。
「――!」
「っど!? どうしたゆず!?」
感極まって司に飛びついた。
司はなんとか踏みとどまって倒れることだけは回避した。
無言で自身に飛びついてきたゆずに司は困惑するも、敢えて何も言わずに両手をホールドアップするだけだった。
「……抱きしめてくれないんですか?」
「え、いいの――じゃなくて、ちょっとそういう余裕が無い」
やがて落ち着いたゆずが冗談なのか分からないことを言い出したことにさらに困惑しつつ、鈴花から聞いた唖喰の出現を伝えた。
「……解りました。司君は色屋をお願いします」
「これって……一応色屋がストーカーだったっていうのは分かってたけどさ……」
「え? どうして司君がストーカーのことを?」
「あ……まぁ、鈴花から聞いたんだよ」
「鈴花ちゃんが……」
恐らく探査術式を使ったのだろうとゆずは察した。
ゆずがそう思案していると、顔を顔を俯かせていた彼女の頭に手刀が落とされた。
手刀といっても、頭に乗せるように軽くポンッと叩くようなものだったが。
「つ、司君?」
ゆずは自分の頭を叩いた司と目を合わせると、彼は明確に怒っていた。
「……今回は何とかなったけど、今度こういうことがあったら迷わずに相談してほしい」
「で、でも私は——」
「ゆずが〝天光の大魔導士〟で俺より強いのは知ってるけど、それでも俺や鈴花を頼ってほしい。それでゆずの負担を減らせるなら俺達は喜んで手を貸すよ」
「……」
皆に迷惑を掛けたくないと思ってストーカーのことを黙っていたが、今になってゆずは話さなかったことで逆に司達に迷惑を掛けていたことに気付いた。
「じゃ、そろそろ行かないと……」
司は身体強化術式の効果が切れないうちに色屋を左肩に担いでスタート地点へと駆け出すが……。
「あ、待って!」
彼女らしくない口調で、駆け出そうとした司の右手を掴んで呼び止めた。
「……ゆず?」
「え、あ、ご、ごめんなさい、司君……」
「いや、謝られることはないけど……大丈夫か?」
「えっと、なんだか、司がこのまま離れることが寂しかったので、他意は無いんです」
「えっ!?」
ゆずが衝動のままに動いたわけを司に打ち明けると、彼は目を見開いて驚いた。
「め、迷惑なのは分かっています! でも、このまま手を離したらと思うと、落ち着かないんです」
「……ゆず」
「変だと分かってはいるんです……日常指導係として私と友達で居てくれる司君の交遊関係に口を挟もうだなんて、烏滸がましいですよね……」
それでも、とゆずは続ける。
「司君が、私以外の女の子と仲良く話す姿を見ていると、〝どうして今司君の傍にいるのは私ではないのでしょうか〟なんて考えが頭から離れないんです」
「それは……」
ゆずが感じている感情の正体は〝嫉妬〟だった。
司に好意を抱いていることを自覚したゆずはどうしてイライラしていたのかを理解したため、司が他の女の子と仲良くしている光景はいくら目を背けようとも、ゆずの心に形の無い不安となって襲い掛かる。
「柏木さんも天坂さんも悪い人ではないと頭では分かっているのに、二人が司君と一緒にいるだけで、二人のことを〝邪魔〟だと思う自分に嫌気が差して来るんです」
本質的に他者を思いやるゆずにとって、特定の誰かに負の感情を向けることに慣れておらず、ゆずの心情は司と話す異性に嫉妬の感情を向ける自分に嫌悪感を抱いている状態だった。
「こんな気持ちを抱えたままでは、司君に嫌われてしまうかもしれないと思うと、不安で仕方がないんです……」
好きな人に嫌われると思うだけで胸が苦しくなると感じるゆずの目は、今にも泣き出しそうな程悲痛な気持ちを司に訴えていた。
その瞳に見つめられた司は自分に嫌気が差した。
菜々美に叱責されるまで彼女を放置し、ここまで言わせる程不安にさせてしまった自分の不甲斐なさに。
(自分の気持ちをハッキリとさせてからなんて悠長なことを言ってる場合じゃない。ゆずも菜々美さんも二人共悲しませたくないなら、こんな風に不安にさせちゃだめだろ……)
「悪い。ゆずなら大丈夫だって勝手に考えて甘えてたな」
「そんな……司君が悪いなんてことは……」
「いいや、俺が悪い。俺はゆずの日常指導係である前に、友達なんだ。その友達と過ごす時間を蔑ろにしてた俺のせいだ」
不安気な表情で司を見つめるゆずに、司は右手の小指を差し出す。
「きっとこれからも俺のよく分からない癖のせいで、ゆずを不安にさせることがあるかもしれない。でも極力……いや絶対そうならないように、何がなんでもゆずと過ごす時間を作る……約束だ」
「……解りました」
司の言葉にゆずは見惚れるような笑みを向けて、司と同じように右手の小指を差し出してきた。
「……約束、です」
「よし、じゃあ指切りだ」
互いの小指を絡ませて、二人はお互いを大事にする約束を交わした。
そうして司と小指を絡ませるゆずの表情に、先程までの不安気な様子は無かった。
これでゆずは大丈夫だと確信した司は今度こそホテルへ向かうために駆け出す。
「あ、ゆず! 絶対に無茶するなよ!?」
司が顔だけをゆずの方に向けて、そう伝えた。
司の言葉にゆずは……。
「はい、まだ修学旅行の途中ですから、唖喰なんかに壊させませんし、死ぬつもりもありません!」
毅然とした表情で答えた。
想いを胸に……。
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次回更新は7月23日です。
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