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79話 午後の体験講習


 午前の体験講習を終え、昼食を食べるために八木原さんにオススメのお店を尋ねて、その場所へ行こうということになった。


 時刻は午前十一時半。

 午後の体験講習の開始時間は午後一時半頃だから、移動に三十分ほど余裕を持っておくとして、実質一時間以上は自由時間みたいなものだ。


 八木原さんに教えてもらったお店は、工房から十分ほど先にあった〝鉄魚(てつお)〟という、夢燈島近海で獲れた魚介類を使った海鮮料理がメインのお店だ。

 

 中では羽根牧高校の関係者は見当たらず、席も程よく空いていたため、俺達はここで昼食を摂ることにした。


 それぞれ食べる品を決め、店員さんに注文する。

 

 目の前で

 運ばれてきた海鮮料理を堪能した後、隣の売店でお土産を選ぶことになった。


「親父達には……干し魚でいいか。よくつまみとかにして食べてるし」

「初咲さんには恋愛成就のお守りがいいでしょうか?」

「それをアタシ達に言ったところでどうしろっていうのよ……」


 ゆずも言外に初咲さんの将来を心配してるってのがひしひしと伝わって来る……。

 

「う~ん、人形が無いなぁ……」

「人形?」

「ああ、うん。僕ってフィギュアオタクでしょ? それでこっちにもご当地フィギュアがあるかと思って……」

「沖縄とかならともかく、夢燈島じゃ難しくね?」

「残念だな~」


 石谷と色屋はそんな会話をしていた。

 

「ねえゆずちゃん、さっき言ったお守りならあっちの方にあるよ」

「あ、本当ですね」


 ゆずは中村さんと二人でお守りコーナーへと向かって行った。


「……ここまででストーカーの方はどうだ?」

「班以外で尾行してる生体反応は無いよ」

「人数が多いから避けているのか、別の班に居るからなのか……」

「……あんまり考えたくはないけど、同じ班にいる可能性もあるかも」

「それは……一番対処しづらいな」


 せっかくの修学旅行で、同じ班員が自分のストーカーだったなんて知ったら、ゆずは傷付くだろう。

 けれどもし同じ班なら、誰がということになる。


 俺と鈴花にゆず本人は当然として、石谷と中村さんは除外だ。

 石谷の人柄は良く知ってるし、あいつはストーカーみたいにねちっこい好意じゃなくて、ドストレートな好意を向けるタイプだ。

 

 中村さんは同性だし、何より恋愛脳だからってゆずをストーカーする理由が無い。

 そもそもゆずがストーカーから感じたのは歪んだ恋慕だ。

 今の笑い合ってる二人に、なんの違和感もないし、ゆずも警戒している様子もない。


 そうなると残っているのが色屋だけになる。

 でもそれこそまさかだ。


 色屋はイケメンだけど、フィギュアオタクが祟って彼女はいない。

 それに本人からゆずに告白してフラれたという話も聞いたことがある。


 フラれたからストーカーになるかもしれないが、色屋が告白したのは五月上旬。

 ゆずがストーカーの存在に気付き始めたのが六月頭だ。


 時期が一月も違う。


 ゆずが気付くのに遅れたということはない。

 鈴花も言っていたが、悪意に敏感なゆずがその事に気付かない可能性が無いからだ。


「……」

「アンタもゆずも顔見知りを疑うことは苦手なのは知ってるから、そっちの警戒はアタシでやっとくから、司はゆずを見守っていてあげて」 

「……悪い」


 元から信頼してなかったり、悪い面ばかり見て来た相手ならいざ知らず、一瞬でも石谷達を疑ってしまったことに罪悪感を覚えたことを的確に見抜いた鈴花に心配を掛けてしまった。


 情けない。

 

「そろそろ時間だし、移動しよっか」

「さんせーい!」


 そうしてお土産を選び終え、俺達は午後の体験講習へと赴いた。




 次の目的地はスキューバーダイビングを体験できる船着き場だ。

 このスキューバーダイビングでは夢燈島の綺麗な海に潜って珊瑚礁や魚達を眺めることが出来、時期によってはウミガメやイルカなどにも触れ合えることが出来る。


 そう、〝イルカ〟と触れ合える。

 このスキューバーダイビングを午後の体験講習に選んだのもゆずなのだ。

 実は四班が先に選んでいたのだが、ゆずがスキューバーダイビングに行きたいと声を大にした際、某芸人張りの〝どうぞどうぞ〟をして譲ってもらったという経緯がある。


 俺達一班の体験講習先を選んだ理由が〝ゆずが選んだから〟という体験講習先の方達に申し訳がないくらい積極性の無い理由だ。

 いや一名積極的ではあるのだが……。

 とりあえず皆がゆずにとことん甘いということだけは分かるかと思う。


 とにかく、このスキューバーダイビングはそういった理由から夢燈島において〝縁結びの泉〟の次に有名だ。


 船着き場ではスキューバーダイビングのインストラクターの男性が待っていた。

 体にフィットするダイビングスーツを着込み、その鍛えられた肉体が良くわかる。

 いわゆる〝細マッチョ〟という感じだ。


「こんにちは、羽根牧高校の学生さん達。私が今日のダイビングのインストラクターを務める馬場です。いや~皆さんは運が良い!」


 突然運が良いと言われてもいまいちピンと来なかったが、馬場さんが続けて言った言葉は……。


「なんと近海にイルカの姿があったのです、今日のダイビングはイルカと触れ合えますよ」

「ええっ!? イルカ達がいるのですか!!?」


 馬場さんの言葉にゆずが即座に反応した。 

 なるほど、これは確かに(二つの意味で)運がいいな。

 

 ゆずの反応に馬場さんは驚きつつも説明を続ける。


「あ、ああ。今の時期はイルカ達が夢燈島近海を泳いでいるんだ。せっかくだからそこでダイビングを体験しようか」

「はい!!」


 馬場さんの提案にゆずが元気に返事をした。

 俺はゆずがイルカ好きであることを知っているから動揺はしないけど、石谷や色屋達はゆずのはりきり様にビックリしていた。


「な、並木さんがあんなにはしゃぐなんて……」

「驚きだね……」

「可愛い~」


 普段が大人しめだからこのギャップには驚くよなー。

 ところで鈴花があまり驚いていないけど、鈴花もゆずのイルカが好きって知ってたみたいだな。

 いつ知ったんだろう?


「なぁ鈴花。ゆずのイルカに対する反応を見ても対して驚いてないように見えるけど、ゆずからイルカ好きのことを聞いたのか?」

「え? ああそれは……あ! そうそう! 前に二人で買い物に行ったときにゆずがイルカのぬいぐるみを物欲しそうにしてたからそうかな~って思ったの!!」

「? そうか、ならいいけど……」


 言い繕った感のある鈴花の返答に疑問を抱きつつ、これ以上話を伸ばすとダイビングの時間が少なくなってしまうので、馬場さんの用意してもらったダイビングスーツを受け取って、更衣室で着替えた。


「……なんかこういう全身水着って慣れないね」

「俺こういう衣装を着ている人を見かけた時につい股間に視線が行くんだよな~」

「ああ分かる、なんか主張が激しくなってないか不安になるよな~」

「竜胆、石谷、僕は大丈夫?」

「ウィンナーですらないな、大丈夫」

「……どうして更衣室で男三人による下ネタトークをしているんだろうな、俺ら……」

「それは言うな司……!」


 そんな馬鹿なことをしながら更衣室を出て、着替えに戸惑っているであろう女子達を待っているとようやく終わったのか女性用更衣室からゆず達が出てきた。


「「「「……」」」」


 出てきた女子達の姿に馬場さん含む男四人が沈黙するのも無理はないだろう。

 

 俺が思い浮かべたのは魔導装束だった。


 魔導少女たちが纏う魔導装束は上半身部分が体にフィットするタイプのデザインであるため、胸部や腹部の形がはっきりと浮かんでしまう。


 今ゆず達が来ているダイビングスーツも同じものだ。

 胸の形が分かりやすく、腰はキュッとくびれておりお尻の曲線も綺麗なものであるため如何に彼女たちのボディラインがはっきりと浮き出ているのかが分かる。


 そんな彼女たちを馬場さん含む俺ら男性陣は眺めていた。


 ってしまった!! 

 昨日は俺の我儘でゆずの水着姿を見せていなかったのに、今こうしてダイビングスーツを着ていたら水着を着ているのと何も変わらないじゃねえか!!

 どうしよう、今すぐ石谷の両目を潰すか後で記憶消去(物理)するかどっちにすれば……。


「お、おお、並木さんって着やせするんだ……」


 今すぐその両目を一生使い物に出来なくさせてやろうか?

 しかも視線がゆずの胸一直線だし……ガン見すんなお金徴収するぞ。


「死ね、あと視線がキモイ。両眼潰すよ?」

「ひぃ!!?」


 鈴花が石谷にオブラートを突き抜けて直接的な侮蔑の言葉を浴びせた。

 前線から引いているとはいえ、現役魔導少女の殺気を浴びせられた石谷は情けない声を上げた。


「やめとけ、後で記憶を消せばいいだけだ」

「……それもそうね」

「俺に自由はないのか……!」


 せめて下心を隠す努力はしてほしい。

 オープンスケベとむっつりスケベではまだ後者のほうがマシだ。

 結局スケベであることに変わりはないが。


「司君! 早くイルカ達に会いに行きましょう!!」


 ゆずは今の自分の姿をどう見られているかより、イルカにしか眼中にないようだった。

 このままでいい。

 羞恥心攻めに弱いゆずにそれを指摘してもいいことはあんまりないからだ。

 精々悶える姿を拝めるくらいだ。


 馬場さんの運転する小型ボートに乗り、沖合近くまで移動する。

 

「そういえばダイビング中に遭遇するイルカって野生ですけど、何か注意することとかありますか?」

「野生って言っても人馴れしている大人しい子たちばかりだから、故意に傷付けたりしなければ問題ないよ」

「存分に触らせて頂きます」


 ゆずさんブレないなぁ……。

 でもこれでいい。

 未だに影も尻尾も掴ませないストーカーのことなんてサッパリ忘れて、今を楽しむことに専念してほしい。

 

 馬場さんの指示に従って背中に酸素ボンベを背負って、両足にフィンという、足ヒレのような特殊な靴を履く。

 これで水中での動きが格段に動きやすくなる。

 

 マスクを着け、ボンベに取り付けてある管を口にくわえて準備完了だ。


 ちなみに俺達学生は潜れる深さが船から五メートルと狭く、船から繋いである命綱があるから、いつの間にか置いてけぼりになっていたなんてならないようになっている。


 まぁ、本来のダイビングには相応のライセンスが必要だから、専門家付きで潜れるだけでもいい方だろう。


 馬場さんの誘導の元、ついに俺達は夢燈島の海へと潜る。


(おぉ……!)


 海の中は絶景だった。

 太陽の光が海の中まで届いていることで、キラキラと輝きながら揺らめく光のカーテンが出来上がっていた。

 

 色鮮やかな魚達が悠々と泳ぎ、海の中の神秘をこれでもかと見せつけられた気分だった。


 そんな光景に呆気に取られていると、左肩をちょんちょんと触れられた。

 そっちを見ると、ゆずがある方向を指さしていた。

 

 そこには野生のイルカが群れをなして泳いでいた。

 イルカたちは俺達に気付くと、少し警戒するような素振りを見せた。


 ゆずはイルカ達に対し、両手を大きく広げて「こっちにおいで」というように微笑んだ。

 それがイルカ達に伝わったのか、数匹のイルカがゆずへ近づき、彼女の周りを旋回し始めた。


 あっという間にイルカ達と仲良くなったゆずは、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。 

 

 ゆずに限らず、俺や鈴花、もちろん石谷達にも、イルカ達は体を擦り寄せて来た。


 これでいつかの水族館で笑われた分は帳消しだな。

 俺は絶対忘れないからな、ハリー君、エリーちゃん。


 時間にして三十分。

 スキューバダイビングを満喫した俺達は、宿泊先のホテルへと戻った。


 その際、鈴花とストーカーのことを話し合ったが、オリエンテーリング中に目立った成果は出なかった。


 そして夕食を食べ終えた後、いよいよ修学旅行二日目の最終プログラムとなった。

 夢燈島での最後の夜を飾る肝試しの時間がやって来た。


肝だめしで何かが起こるはずないダルォ!?


ここまで読んでくださってありがとうございます!


次回更新は7月19日です。


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