表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/334

78話 修学旅行二日目


 午前七時半。

 昨日の昼食を食べたのと同じ広間によるバイキング形式の朝食が始まった。

 

 俺が選んだのはレーズンパン二つとコーンスープ、目玉焼きにベーコンを三枚のせて、最後は朝のお供である牛乳を一杯だ。


 班別に分けられているテーブルには、既に同じ一班であるゆずと鈴花、クラス委員長の中村さんに色屋と石谷が席に座っていた。


「おはようみんな」

「おはようございます、司君」

「おはよう、司」

「おはよう竜胆君」

「ふぁ、まだ寝たりないや……おはよう」

「おはっす、司」


 各々に挨拶を済ませた後、俺は席についた。

 席順は昨日の昼食と変わってない。


 修学旅行二日目、最初は夢燈島オリエンテーリングだ。

 班ごとに午前と午後の二回に分かれ、夢燈島の伝統文化や娯楽等に体験講習を通じて触れることで自然や伝統を慈しむ心を育むことを目的としたオリエンテーリングだ。


 各班は事前にどの体験講習を受けるかは決めているため、当日に一つの講習に全班が集中するようなことは無い。


「うちの班って午前中はなんだったっけ?」

「ちゃんとしおりを読んでおいてよ? 午前中は夢燈島で生産される糸を使って編み物のアクセサリーを作る体験講習ね」


 石谷の質問に中村さんが呆れ気味に答えた。

 彼女の言う通りちゃんとしおりを読んでたら出てこない質問だよな。


「〝夢燈絹〟って言うんだっけ。この島の環境で育った蚕の繭を使ったもので、本島の絹より丈夫で変色しにくいようになってるんだったよね?」

「そうそう、色屋君も詳しいね」

「感想文を書くからちゃんと知っておかないとね」

「うげぇ、なんで楽しい修学旅行から帰ったらそんなの書かなきゃいけないんだよ……」

「そりゃ遊びに来てるわけじゃないしな」


 〝修学〟旅行だし。

 外泊する社会見学っていう認識が一番正しい。


 この修学旅行から帰って一週間以内にこの旅行中に感じたこと、学んだことを原稿用紙一枚以上の感想文にして提出することが事前に連絡されている。


 石谷の気持ちも分からなくはないが、ちゃんとやっておくに越したことはないだろう。


「時間が許す限りアクセサリーを作れるし、ちゃんと指導してくれる職人もいるから、その人達の話をメモしておけば大体いけるだろ。それさえしっかりしていればあまり難しく考える必要もないって」

「そうですね……なんだか今から楽しみになってきましたね」

「今から何のアクセサリーを作るか迷っちゃうよね」


 俺の言葉にゆずと鈴花が賛同する

 楽しそうで何よりだ。

 

 そんなゆずに中村さんが話しかけた。 


「そういえば最近よく見るけど、ゆずちゃんの右手のミサンガって綺麗だね~。手作りなの?」

「ぶっふっ!?」

「うわ、ちょ、大丈夫か、司!?」

「だい、大丈夫……」


 あっぶねぇ、飲み込んだパンが逆流してくるところだった。


 中村さんが指摘したゆずの右手首に巻かれているミサンガ……それはゴールデンウィーク初日の水族館デートで俺がゆずにお守りとしてプレゼントしたものだ。


 基本的にいつも付けてくれているけど、中村さんがここで指摘してくるとは思わなかった。

 ゆずの方はというと左手でミサンガを隠し、顔を赤くしながらあたふたしていた。 


「え、あ、こ、これは、司君から頂いたお守りのようなものです……」


 咄嗟に嘘が付けないゆずさんはあっさりと暴露してしまう。

 瞬間、中村さんの視線が下世話なものに変貌した。

 

 うわぁ、絶対何か企んでるよ……。


「へぇ、司が送ったにしては結構いいセンスしてんじゃん」

「〝にしては〟って余計だろ」

「あー、じゃあ俺も並木さんにお守りとしてアクセサリーを作ろっかなー?」

「いえ、お守りは複数あるとご利益が無くなると聞いたので結構です」

「早い者勝ちかよチクショウ!!」


 マジか。

 全然知らなかった。

 午前中の体験講習でもう一個作ろうとか考えてたけど、これは別の機会にプレゼントした方がいいかもしれないな。


「(いいなぁ~、私も司くんから贈り物がほしいなぁ~)」

「!?」


 背後からボソッと聞こえた声に驚いて後ろに振り向くと、丁度菜々美さんが通りがかったところだった。


 あの人は本当に俺への好意を誤魔化そうともしないな……。

 しかもさっきの声に抑揚が無かったのがさらに怖さを助長させてるんですけど……。

 そんなに俺からの贈り物が欲しいのか。


 ……体験講習の時に菜々美さんに贈るアクセサリーを作っておこう。

 

「司君? どうかしましたか?」

「あ、いや……季奈達のお土産のことを考えてた」

「そうだね~、なんなら体験講習で作るアクセサリーをお土産にすればいいかもね」

「いい案だけど……お土産代をケチってるわけじゃないよな?」

「……別に、そんなことはないよ?」


 じゃあ今の一瞬の間は何なんだ。

 魔導少女として給料をもらってるからって、無駄遣いしてるようなら初咲さんに告げ口してやろう。


 そんな会話を交わしながら、朝食を食べ終えた俺達は部屋に戻って荷物を整え、夢燈島オリエンテーリングに臨む。





 午前十時。 

 移動は島で運行しているバスに乗って移動する。

 島に住んでいる一般の人達もいるため、学生らしく模範的な行動をするように言いつけられている。


 もし島の建造物に落書きでもしようものなら、来年から来るなと言われてしまうし、あの学校の生徒はそうしないよう教育されていないと学校の評価にも影響する。


 俺達が午前中に受ける体験講習の場所は、林地帯の中にある絹の生産工房の一画だ。

 夏の日差しを受ける中、ホテルから出て三十分ほどで目的地に着いた。


 建物の外観は昔ながらの木造一戸建てだが、外には色鮮やかな糸の束が日干しにされており、まるで虹の様になっていた。

 中では職人の人達が糸に色を付けたり、糸を編んで髪留めや首飾りを作っていた。


 作業中の中年女性が俺達に気付き、会釈して挨拶をしてきた。


「いんや~、遠い所からようこそ羽根牧高校の皆様。私が今日の皆さんの体験講習を指導させて頂きます八木原(やぎはら)と申します」

「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」


 俺達一班は声を揃えて挨拶をした。

 八木原さんに案内された場所は普段は職人達の休憩スペースとして使われている部屋だった。

 休憩時間と被ってしまわないかと思ったが、この休憩部屋を使うのはお昼休憩ぐらいなので、今の時間帯は問題ないらしい。


 部屋にあるテーブルの上にあるカゴには、色取り取りな無燈絹糸が入っていた。

 この中から好きな色の糸を選んで編むことでアクセサリーを作っていくようだ。


「今日は皆さん自身で編みたい物を選んで下さい。私達が丁寧に説明させて頂きます」


 八木原さんとその弟子であろう三人の男女が俺達の作業を見守ってくれるそうだ。

 

「私は当初の通り、ミサンガを編んでみたいです」

「アタシは髪紐」

「じゃあ私は組み紐にしよっかな」

「僕は無難にストラップにするよ」

「俺もストラップにしよっと」

「ん~それじゃあ俺はネックレスにしようかな」


 各々で作るものが決まった所で作業開始となった。


「そうそう、そうやって交互に左右の外側の糸を内側に入れて……」

「あ、おおよそのやり方が分かってきました」

「ちょっとまって、その糸を動かすのはもう少しあとなんだ」

「っとと、じゃあこっちか」


 職人さん達の説明を聞きながら順調にアクセサリーを作り上げていく。

 そうして三十分程で俺は糸で編んだネックレスを作ることが出来た。

 

「よし、六個目出来た」

「ほう、君は中々筋がいいね」

「あはは、ありがとうございます」

「これだけ作るってことは、誰かにプレゼントするつもり?」

「まあそんなところです」


 八木原さんの男弟子である職人さんに褒められた。

 ちょっと達成感があるな。


 出来たネックレスには宝石の色を模したビーズを取り付けていて、それぞれ渡す相手を決めている。

 六つ並べてある糸で編んだネックレスの内、左側からルビーカラーのビーズを使ったのが季奈、エメラルドカラーのビーズが翡翠、トパーズカラーのビーズがゆず、サファイアカラーのビーズが工藤さん、オパールカラーのビーズが菜々美さん、アメジストカラーは初咲さんだ。

 

 それぞれ六人のイメージカラーに合わせた。


 季奈と翡翠、工藤さんと初咲さんには純粋にお土産として渡すつもりだが、菜々美さんは本人からの催促があったけど元々作るつもりだったし、ゆずのほうは別の機会にするけど、それがいつなのかももう決めてある。

 

「いいねぇ、もしかして隣の綺麗な子に?」

「えっと、こっちのトパーズのがそうです」

「おお、まさに高嶺の花そのもののような女の子狙いとは案外抜け目ないな」

「あ、あはは……」


 これまた微妙に返事に困る質問が出て来たな……。

 だって隣にいる子ってゆずだからな……今の会話が丸聞こえになっているからな。

 案の定会話を聞いてしまったゆずは顔を赤くして作業が止まってしまった。


「この二人、案外お似合いだと思いませんか!?」

「「!?」」


 話に乗っかって来た中村さんの言葉に俺とゆずは目を見開いた。

 

 ここで!?

 このタイミングでそんな邪推をするかこの恋愛脳!!


「う~ん、男女仲のことは本人達次第じゃないか?」


 ありがとうございます職人さん。

 そうですよね。

 普通はそうやって見守るものですもんね。


 けっして率先してかき乱すような真似が普通であってたまるか。


「(っち)そうですかー」


 今何か不穏な音が聞こえた気がする。

 

 ゆずはしばらく呆けていたが、すぐにハッとなって八木原さんに声を掛けた。

 

「え、ええと、もう一つだけいいですか?」

「ええ、まだ時間は余っていますからご自由に」

「あ、ありがとうございます」


 ゆずはそう言ってテキパキと糸を編んで二つ目のミサンガを編み出した。

 この分なら大丈夫だろうと思った俺は鈴花の進捗状況を聞いてみた。


「鈴花の方はどうだ?」

「ん、こんな感じ」


 そう言って鈴花が見せたのは、赤と茶の糸で編まれた物と、水色と黒の糸で編まれた物と、白と緑の糸で編まれた物の計三つの髪紐だった。


「三つつ共自分用なのか?」

「ブーッ! 正解はゆずと菜々美さんにプレゼントするの」


 言われて納得した。

 確かに女の子ってそういうこと好きだよな……。


「はい中村さん、これあげる」

「ええ!? ありがとう、色屋君。でもなんで?」

「ん? 同じ班なんだし、思い出にと思ってね」

「なるほど~」


 色屋が中村さんにストラップを譲っていた。

 それに続いて色屋は俺やゆず達にストラップを手渡してくれた。


「さんきゅー、色屋」

「ありがとうございます、色屋さん」 

 

 女子二人が礼を言う中、一人黙っている石谷へ目を向けると……。

 何故か生気のない目で黙々とストラップに刺繍をいれていた。

 

「せ、石谷? お前ストラップに刺繍って出来たっけ?」

「さぁ? 気づいたら出来てた」


 石谷が作ったストラップは糸を円形に編んで、円の中に文字や簡単な絵を編み込むことが出来るものだ。

 俺が石谷に刺繍の不可を尋ねたのは、そのストラップに掛かれている〝利亜充死根(リアじゅうしね)〟と書かれていたからだ。

 昨日のテントでの時といい、もしかしたらこいつは嫉妬に狂っている時のほうが能力を高く発揮できるのかもしれない。

 

 いつも課題提出期限の時にノートを写させてほしいとせがまれるが、案外嫉妬に狂わせてその謎集中力を発揮させ続けたほうがいい気が……肉体より心が先に逝ってしまうだろうから却下だな。


 そんな物騒な事を考えていると、誰かに背中を突かれた。

 振り返ってみると、ゆずだった。

 

「ん? ゆず、どうした?」


 俺がそう問いかけるとゆずは俺の右手を取って何かを載せ、鈴花の方へそそくさと戻っていった。


「一体何を……あ」


 右手を見てみると白と青紫で編まれたミサンガがあった。

 恐らくさっき作り出した二つ目のミサンガだろう。


(さっき弟子さんとプレゼント云々の話をしたから、前以てお返しを渡しておこうということか)


 なんとも律儀というか、されるがままを嫌っているというか、判断に困るゆずの行動に戸惑いつつ、午前の体験講習は終了した。



手作りってもらうと嬉しいですよね(実用性は度外視)


ここまで読んでくださってありがとうございます!


次回更新は7月18日です。


面白いと思って頂けたらいつでも感想&評価をどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ