77話 這い寄る視線の主
累計ユニークが2000を突破しました!
これからもよろしくお願いします。
差出人:橘鈴花
宛先人:竜胆司
件名:話したいことがあるの
本文:今時間空いてるかな?
ちょっとゆずに係わることで
話しておきたいことがあるから
一階の売店前まで来てくれない?
温泉を上がって少しした後、鈴花から送られてきたメールの内容がこれだった。
ゆずのことで話しておきたいことの内容を聞くため、ホテル一階にある売店へと向かった。
大梶は彼女である横村さんと浜辺デートに行くと言って部屋を出ているので、部屋の鍵を持って行く。
あの二人のイチャつき具合なら、消灯時間ギリギリまで戻ってこないだろう。
仲が良いようで何よりだ。
「……あの二人のどっちかとそういう関係になれるかもしれないなんて、ゴールデンウィークの時は思いもしなかったなぁ」
そんな言葉が漏れた。
ゆずは日常に疎いけど俺や鈴花の日常指導をしっかりと聞いてくれる。
最初は無表情がほとんどだったけど、最近は普通の女の子と変わらない表情が増えて来た。
俺に対する好意には無自覚だけど、それはもう時間の問題のような感じだ。
菜々美さんは人当たりの良い性格で、社交的だ。
自尊心が低いから弱気なところがあるけど、立ち上がる度に芯が強くなっていくように見える。
そうじゃなかったら、教育実習生だからといって修学旅行にまで付いてくるはずがない。
そんな二人から一途な好意を向けられているのに、俺は二人に対する答えを出せないままでいる。
それでもこれだけは言える。
俺は二人を傷付けないように考えている時点で、彼女達に好感を持っている。
好意を向けてくれる人を何とも思わないことなんて出来ない。
だからこそ、ちゃんと自分の気持ちをはっきりさせたい。
もうあんなことを繰り返さないためにも。
『一階です』
二人に対する気持ちを考えている内に、乗っていたエレベーターが一階に着いた。
エレベーターを降りて売店の方に目を向けると、鈴花がいた。
別のクラスの男子と向かい合って。
ん?
んん~っ!?
なんだあのただならぬ雰囲気は……?
いや、確かに鈴花はゆずや菜々美さんほどではないにしろ、美少女側の顔立ちだけど、まさかそんな……。
「悪い、お土産選んでる途中で」
「別にいいけど、何の用?」
相手の男子のほうは、緊張で顔を真っ赤にしながらゆっくりと口を開いて……。
「橘、初めて会った時から好きだ! 付き合ってください!」
やっぱり告白だったああああああ!?
なんつータイミングで来ちまったんだ俺!?
「……真田、ゴメン」
振るの早。
全く考える素振りも見せなかったな。
告白され慣れてないと出来ない反応の無さだぞ。
「っ……理由は?」
真田と呼ばれた男子は、鈴花への想いを吹っ切るのに必要なのか、自分をフッた理由を尋ねた。
「真田のことは悪いやつじゃないって知ってるし、気が合うのも事実だけどさ、アタシはアンタのことを友達としか見れないんだ」
「じ、じゃあ、あの噂は本当なのか?」
「噂?」
なんだ?
鈴花に関する噂なんてあったか?
う~ん……全く心当たりがない。
どんな噂なんだ?
まぁ、真田が答えてくれそうだからそこまで深く考えなくてもいいか。
「噂ってどんなの?」
「え、知らないのか?
橘は竜胆の元カノで、最近モテだした竜胆と寄りを戻そうとしてるって結構噂になってるんだけど……」
「――はあ!? なにそれ!?」
そんな俺も密接な噂があったのかよ!?
どこ情報だよそれ!
鈴花も驚いたようで、真田に怒鳴った。
「わ、悪い! でも橘と竜胆って仲が良いし、なんか会話がどことなく夫婦っぽいって聞いて、それで……」
「はぁ~、そんな小学生の頃の話を高校になってまで持ち出してくるとか、どっからそんな噂が出て来たの……?」
「え、小学生の頃?」
「厳密にはアタシの片想いだけどね。今じゃ司のことを何とも思ってないから、報復とか余計なことを考えなくていいからね?」
「そんなことをしたらあいつが囲んでる美少女達になにされるか分かったもんじゃないからしないって」
囲んでねえよ。
二名には好意を寄せられているけど、もう二名とは友情で結ばれてるよ。
「とにかく、噂の司の元カノだの寄りを戻すだの有り得ないから。……ま、アタシのことを好きになってくれたのは嬉しかったよ」
「あ、そうだった……俺、振られたんだよな……じ、じゃあな!」
真田はそう言ってホテルの外へと駆け出して行った。
正直凄いと思う。
誰かに告白をするというのは非常に勇気のある行為だ。
相手に対する気持ちを判断するのに精一杯の俺にはまだまだ程遠い。
そういえばあの時以来鈴花に好きな人が出来たなんて話は聞いてないな。
まぁ、流石に鈴花の恋愛事情まで把握したいとは思ってないけど。
そんなことを考えていると、鈴花が俺に気付いた。
「あ、司……もしかして今の見てた?」
「……間の悪いことにな」
「ゆずや菜々美さんが聞いたらアタシが殺されるようなとんでもない噂もあったもんだね~」
「いや、あの二人はそこまで過激じゃないだろ」
「いーや、あの二人は好きな人といるためなら割となんでもやる性質よ。あんまり他の女の子にジゴロセリフを言ってると、最悪監禁されるんじゃない?」
「あの優しい二人がか? それこそまさかだろ」
でもあんまり他の子にジゴロ発言をしたせいで二人を怒らせないほうがいいのは同意。
翡翠が抱き着いて来たときとかですら不機嫌さを隠しもしなかったからな。
「さっきの真田ってやつと仲が良かったのか?」
「選択授業で一緒になってね。中間テストのあとくらいからなんか視線が熱っぽかったから、なんとなく気付いてたよ」
「ふぅん、良かったのか?」
「何が?」
「せっかくの彼氏が出来るチャンスをふいにして」
「それ、現在進行形で美少女と美女に好意を向けられてる人にだけは言われたくない」
「うぐっ……」
痛いとこ突いてきた。
つまり鈴花はフッた理由通りに真田のことを友人としか思ってなかったってことか。
友人として仲良くなれたからって、恋人としても上手くやれるなんてそうそう無い。
一時のゆずみたいに互いの距離感が掴めなくなって結局破局するなんてよくある話だ。
「まぁ、アタシの恋愛事情は司には関係ないでしょ?」
「っと、そうだった……ゆずのことで話したいことってなんだ?」
「ちょっと待ってね……防御術式発動、遮音結界展開」
鈴花が右手の人差し指でくるりと円を描くと、俺と鈴花の周囲に薄い膜のような結界が展開された。
名前のの通り音を遮断する結界を展開したってことは、あまり他人が聞いていい話じゃないってことか?
「最近ね、一緒に帰ってるとゆずが急に後ろを振り返る時があるんだ」
「それってはぐれ唖喰がいたからじゃないか?」
「それがゆずに訊いてもはぐれじゃないって言うだけで、それ以上は何も……」
どういうことだ?
はぐれ唖喰がいないのに、ゆずは一体何を警戒しているんだ?
「それでまた別の日に、ゆずが振り返ったタイミングで探査術式を無詠唱で発動させたんだけど……」
おい待て。
今サラッと探査術式を無詠唱で発動させたって……そういえば鈴花には魔導の才能があるんだった。
左腕を欠損する重傷を負って前線を退いてから、もう一か月半も経ってるからすっかり忘れてた。
「確かにゆずの言う通り、はぐれ唖喰の生体反応は無かった」
「……じゃあ何が分かったんだ? そうじゃないとこうして俺にその話をする意味がないだろ?」
鈴花は神妙な面持ちを崩さないまま、探査術式で分かったことを話した。
「――アタシ達の後を尾けてくる、生体反応が一人だけ見つかった。そいつはどう見てもアタシ達を追いかけて来てた。……多分、ゆずのストーカーかも」
「は? なんでゆずのって言いきれるんだよ?」
「尾けてくる生体反応を見つけた時に、適当な理由を付けてゆずとちょっとだけ別方向に歩いたんだけど、アタシじゃなくてゆずの方に付いて行ったから」
それは……確かにゆずのストーカーだろうけど……。
「今は修学旅行中だぞ? ストーカーのことなら帰ってからでもよかったんじゃ……」
「ああ、もう! ほんと鈍いのか察しがいいのかどっちつかずなの止めてよ! 夕食のバーベキューが終わって、ホテルに戻ろうとしたら、ゆずがまた急に振り返ったの! ここまで言えばわかるでしょ!?」
「――え?」
ちょっと待て。
ゆずが視線を感じているのは、いつも学校帰りで……明らかにゆず達を尾行する生体反応があって……。
それをここでも感じたっていうのか?
「……それって、同じだったのか?」
「唖喰と戦って来た経験で、悪意とか執着とかの視線に敏感な〝天光の大魔導士〟様お墨付きだよ」
「――っ」
鈴花の言葉にようやく彼女が何を伝えようとしているのか伝わった。
ゆずのストーカーの正体は、今夢燈島にいる羽根牧高校の関係者だ。
鈴花はゆずがストーカーの被害に遭う可能性を少しでも下げるために、俺に相談をしてきたんだ。
「……でもその辺のストーカーなら、ゆずの足元にも及ばない気がするけどな」
探査術式で尾けてくるストーカーの位置を割り出して、転送術式で背後に回り、あっという間に関節技を決めてストーカーを捕まえれそうだった。
「確かにゆずならなんの心配もないかもしれないけど! むしろストーカーのほうが危険かもしれないけど!? 狙われてるのは女の子なんだからちゃんと心配してあげて!!」
鈴花も同じことを思っていたのか、それでも俺にゆずを気に掛けるように言い寄って来た。
確かに女の子……それもゆずがストーカーに狙われているって聞いていい気はしない。
「……なんでゆずは教えてくれなかったんだ」
「簡単なことじゃん――司に迷惑を掛けたくなかっただけ」
「そういうのは隠す方が迷惑なんだって、教えてやる必要があるな」
「そうは言ってもゆずは元々ああいう子なんでしょ? 出会った当初に魔導と唖喰に関わろうとした司とアタシを遠ざけてたみたいにさ」
「……」
何も言い返せなかった。
鈴花の言う通り、ゆずはこっちが気付かない限り自分の悩みを誰にも話そうとせずに自分で抱え込んでしまう。
ゆずが俺を避け出した時だって、鈴花が親身になってくれなければどうなっていたか分からない。
今回のことも自分が気を付ければいい程度にしか考えていないのかもしれない。
ゆずには大抵のことをこなせる能力があると言っても、一人で出来ることにはどうしても限界がある。
俺達はそんな時に彼女を支えられるようにしっかりと見守っていかなきゃならない。
「分かった。明日の班行動の時に俺も警戒しておく」
「アタシもなるべく警戒するけど、お願い」
ゆずのあの顔立ちのことだ。
ストーカーなんていつ出て来てもおかしくなかった。
それが修学旅行中だなんて思いもしなかったけど、せっかくのゆずの思い出を作る大事な機会を邪魔されてたまるか。
そんな思いを抱えて、修学旅行一日目を終えた。
楽しい修学旅行に水を差す不貞な輩……許せまじ。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
次回更新は7月17日です。
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