65話 夏と言えば……
三人称視点。
六月頭。
初夏の日差しが照らすことにより、夏が到来した
道行く人々も強い日差しにより汗を流しながら各々の行き先へと歩を進める中、ゆずは翡翠と鈴花の三人で羽根牧駅から一駅先にある与野刈ショッピングモールへと赴いていた。
今日の装いは薄ピンク色で半袖のブラウスに水色のシースルー素材のショールを羽織り、白色のスカートにベージュのサンダルを履いている。
そして右手首には司からもらったお守り代わりの黄色と緑の糸で編まれたミサンガが巻かれていた。
自分なりに服を選び、隣室の翡翠からも問題なしと太鼓判を押されている。
その評価を下した翡翠はいつものジャージ姿ではなく、白いフリル付きの黄色いキャミソールに紺色のショートパンツに白色のスニーカーという活発な彼女らしい装いである。
鈴花はオフショルダーの赤色を基調とした迷彩柄Tシャツに黒色のタンクトップ、首にはサファイアカラーのガラス玉のネックレスを着けており、ジーンズに白色のサンダルで百六十五センチという女性にしては高めの身長であり所謂モデル体型とされている鈴花のスタイルにぴったりなコーデであった。
「さぁて、来たる修学旅行のために最高の水着を選ぶよ!」
「はいです!」
「よろしくお願いします」
ゆず達が与野刈ショッピングモールに訪れたのは、六月の中旬にある修学旅行で必要な水着を買うためだった。
飛び級をしているゆずはともかく、翡翠は中学生なので厳密には一緒に行くわけではないが、自身の発育によって前の水着のサイズが合わなくなってしまったため、新たに買いなおすという理由があったため、こうしてゆず達に同行している。
「それにしても、季奈ちゃんは研究に没頭していて来られないとのことで、残念ですね」
「“術式の匠〟は新たな術式開発に余念がないからって、根詰めすぎだけどね。というかもう六月なのに季奈は実家に帰らなくていいのかな?」
「きーちゃんはしばらく東京に居続けるって聞いているです!」
「ふ~ん、なんか目的があるならいっか。最高序列第五位がいるならゆずの負担も減るしね」
「先日の戦闘でも助かりました」
季奈はゆず達の言う通り、新たな術式開発に集中していたため今回の買い物には参加していない。
ゆずとしては河川敷の一件から友達となった季奈と一緒に買い物をしたかったのだが、彼女が籠るようになった理由もその時に自身が魔力切れを起こしたことに起因しているため無理に誘うことは出来なかった。
「っま、魔導少女になってからお金もあるし、丁度ここで夏の安売りフェアがあるから水着以外の夏物の服もじゃんじゃん買っちゃおう!」
「おー! です!」
「無駄遣いはしないようにしましょうね?」
張り切る鈴花達にゆずが念のために釘を刺すが、今日を一番楽しみにしていたのは釘を刺した本人であることは言わずもがなである。
与野刈ショッピングモールは西棟と東棟の二つに分かれているが、今回は水着を含めた衣服を買う予定であるため、西棟を中心に回ることになっている。
ゆず達は早速目的である水着を買うため、水着販売コーナーにやって来た。
そこでは色とりどりの様々な種類の水着が多数陳列していた。
「まず水着を選ぶ前にサイズを確かめておこうっか」
「丁度先週にサイズの定期提出をしたところですので、私は測らなくても――」
「だーめ。ゆずも成長期なんだし、ちゃんと測っておかないとせっかく買った水着が小さくなってて着れませんでしたー、じゃ水着で誘惑なんて出来ないよ?」
「誘惑!? わわ、私は別に司君に見せたいわけではないのですが……」
(別にすーちゃんはつっちーって言っていないのに……)
鈴花の言葉にゆずが過剰に反応した。
誰と指したわけでもないのに司の名前を出すあたり相当惚れこんでるなと、鈴花と翡翠は察した。
鈴花はゆずが魔導装束のような体形がハッキリと浮き出る格好をした時、何気に彼女の胸が自分より大きいことを知っている。
自分より二歳年下のゆずに胸囲で負けていることにさりげなくショックを受けていたことは記憶に新しい。
スタイルはともかく女子力で菜々美に負けている現状、ゆずが司を堕とすなら胸で攻めるしかないと鈴花は考えている。
(ただ、菜々美さんも修学旅行に来るんだよね……)
本来、高校の修学旅行に教育実習生が同行することはないのだが、羽根牧高校は学校に旅費さえ納めれば、同行することは可能である。
そして昨日のホームルームにおいて菜々美が同行することは2-2組の生徒達に伝えられている。
どう考えても魔導士の活動で貯金していたお金を使っただろうと彼女を知る三人は悟った。
菜々美が司に対して旅行中にどんなアプローチを仕掛けて来るかはわからないが、鈴花は初恋をしている友人のために出来る限り協力するつもりである。
「じゃあ、店員さんに測ってもらおうっか。お願いしまーす」
「はい、了解しましたー」
店員さんがニコニコといい笑顔でゆず達の元へやって来た。
「この子のスリーサイズ測って下さい!」
「ちょ、鈴花ちゃん!?」
鈴花はゆずを逃がすまいと彼女の両肩をがっしりと捕まえて店員さんの前に押し出した。
「まぁまぁ! とても可愛らしいお客様ですね! 俄然やる気が出てきました!」
ゆずの美少女っぷりに店員さんが一層やる気を漲らせた。
対するゆずは例えようのない寒気を背中に感じた。
「ではでは失礼いたします」
「はぁ、手短にお願いします」
店員さんがメジャーを装備し、準備万端といった佇まいにゆずは観念した。
店員さんと二人で試着室に入ったゆずは、正確に測るため、上半身だけ裸になった。
「ではまずバストから……」
「っん……」
メジャーが思ったよりひんやりしていたことで、ゆずは小さく息を漏らしたが、すぐに平静になる。
これくらい耐えられなければ魔導少女を続けていくことなど到底出来ない。
そうして黙々とバスト、ウェスト、ヒップと測る。
「ふむふむ……」
「どうでしょうか?」
「失礼ですが、お客様の年齢はどのくらいでしょうか?」
「今年で十五歳になります」
「――っ!!?」
ゆずは六月三十日が自身の誕生日であるため素直に答えたのだが、何故か店員さんは目を見開いて信じられないというような視線をゆずに向けた。
「あの、サイズは?」
「――っは!? 失礼しました! 上から八十五、五十九、七十二です」
「分かりました」
ゆずはなんてことないという風に計測結果を頭に入れた。
そんなゆずの反応に店員が「これが勝者の余裕だというの!? キィーッ!」とハンカチを齧る素振りをしていた。
ゆずは意味を理解出来ず、首を傾げるだけだった。
上に服を着て試着室で翡翠と入れ替わり、試着室を出ると鈴花がorzの体勢になっていた。
「鈴花ちゃん? どうかしましたか?」
「ふ、っふふ……四月に聞いた時は八十四って言ってなかったっけ? 一か月で一センチ成長してるとか、この差って一体……」
「ええっと、聞いていたんですね……私は大きいより小さい方が戦いやすいと思うので、そんなに気にしない方が――わひゃあっ!!?」
ゆずが鈴花を励まそうと話している最中に、鈴花がゆずの胸を両方鷲掴みにした。
突然のことで驚いたゆずは声をあげてしまった。
「気にする! だって今日水着買うから今朝にお母さんに手伝ってもらって測ったら、先月から一ミリも変わってなかったんだよ!? ここ半年は八十一のままなのに羨ましい!!」
「わ、私に泣きつかれても……というか離してください!!」
泣きながら人の胸を揉む鈴花に対して、ゆずは首にかけているペンダント型魔導器に刻まれている身体強化術式を発動させて、鈴花の手を振り払う。
「ええい! せめて揉ませてその効能をこっちに分けてよ!」
「何を言っているのか意味がわかりません! 私の胸にそんなご利益なんてありませんから!!」
振り払われた手を再びゆずの胸に戻そうと鈴花も身体強化術式を発動させる。
「いいじゃん! 将来的には司の物になるんだし、今の内に堪能させてよ!!」
「ど、どうして私の胸が司君の物になるんですか!? 変なことを言わないでください!!」
そうして繰り広げられている少女同士の両手を組み合わせての取っ組み合いに買い物客達の視線が集まる。
往来で胸、胸、と連呼する少女達の口論に時たま出てくる司に対し、買い物客達はやれ修羅場だの三角関係だの二股してる男が悪いだの、あらぬ風評被害が起きていた。
「ゆっちゃん! すーちゃん! ひーちゃんのサイズが先月から一センチ大きくなってたです!」
「がふっ!?」
「鈴花ちゃん!?」
取っ組み合いをしていた鈴花が翡翠の報告を聞いて再度崩れ落ちた。
それにより、買い物客達は鈴花に生暖かい目を送った。
「さて、気を取り直して水着を買うよ! 八十一センチに合うやつをね!」
「はわわ、すーちゃん、ヤケクソになっちゃだめです……」
「ふ~んだ、順調に育ってる人に言われたくないもん~」
「鈴花ちゃん、私はともかく、まだ十三歳で成長期の天坂さんに当たるのは筋違いですよ」
「っう、わ、分かったって……」
なんとか鈴花を窘めたあと、サイズを測り終えたゆず達は水着選びを開始した。
「……とはいえ、どんな水着を選べばいいのか悩みますね」
「ゆずの希望した趣向の水着をアタシが選ぼうか?」
「それでお願いします」
「はいよ、任された~」
鈴花の提案にゆずは反対することなく受け入れた。
「じゃあどんなのがいい?」
「機能性重視で――」
「却下」
「え?」
「いやそんな『当たり前のことを言ったのに』みたいな顔されても駄目だからね?」
司の日常指導のおかげでこうした付き合いが出来たが、未だ彼女の価値観は戦闘寄りのままである。
こういった女子的価値観は男性の司では教えられることに限りがあるため、その部分を補うことが魔導少女としての前線を退いた鈴花の役割と化している。
「機能性が良いのならゆずは全身ピンクのダイバースーツとかになるけど、本当にそれでいいの?」
「もしものことを想定するなら……」
「じゃあ今言った格好を司に見せられる?」
「……司君に?」
司の名前を出したことでゆずが反応し、しばらく思案する。
ちょっぴりズルいかもと鈴花は思ったが、ゆずは司に淡い恋心を抱いている。
本人はまだ自覚していないが、ゆずに女の子らしさを意識させるにはこれほど都合のいいことはなかった。
司のジゴロ発言も捨てたものではないと、密かに感心していると、ゆずが口を開いた。
「えっと、少し想像してみたのですが、なんだか、嫌だ、という結論に至りました……」
「……想像で悲しそうな顔をしないでよ」
ゆずの表情はどんよりと落ち込んだものになっていた。
一体想像上の司にどんな反応をされたのか、ゆずの感受性の高さに鈴花は強く言えなかった。
「ま、まぁそんなわけだから司が思わず褒めたくなるような可愛い水着を選ぼ?」
「司君が褒めてくれる……わかりました!」
「どうしよう、司関連にチョロくて不安になってきた」
落ち込んでいたゆずの調子が一言で全快した。
司のネームバリューが抜群に効いていた。
鈴花は例えこれが菜々美であっても似たような反応をするだろうと容易に想像できたため、修学旅行が平穏に終わるのか不安を感じざるをえなかった。
「それで、どのような水着ならいいでしょうか?」
「う~ん、流行りのデザインなら鉄板だし安定してていいんだけど、見せる相手が司っていうより男子相手なら流行りはそこまで意識しなくていいかもね」
「流行りとは、その年や季節のトレンドということでしたよね?」
「そうそう、ファッションにおいて最もおさえておきたい重要な情報ね。色合い一つで女子の評価に雲泥の差が出るからしっかり調べておくんだよ?」
「分かりました」
ゆずがしっかりと自分の話を聞いてくれることに鈴花は素直に感心していた。
物覚えがいいので、あまり手間が掛からないことも教えがいがあって楽しめていた。
「ゆっちゃ~ん! ひーちゃんはこういう水着が似合うと思うです!」
「お、翡翠チョイスの水着ね。どんなの?」
「これです!」
そう言って翡翠が見せて来た水着はトップ側をフリル状の布で覆ったデザインのビキニで、〝フレア・ビキニ〟と呼ばれるものだった。
「う~ん、フレアビキニって下半身のラインを細く見せる要素もあるから、元から細いゆずにはちょっと合わないかな?」
「なるほど、デザイン一つにそんな狙いが……」
「え~、可愛いのに……」
「あ~、翡翠の判断基準はそこなんだ……」
翡翠は体形のことなど二の次で、可愛いは正義を地で行く価値観の持ち主だった。
それ自体は悪くないし、ゆずの容姿なら大抵の水着は着こなせるだろう。
が、今回は司に見せることを前提に選ぶため、あまり安易に決めたくないというのが鈴花の考えであった。
「いっそセクシー路線で……ああ、でも他の男子にジロジロみられるだろうなぁ……でもそれで司の嫉妬を刺激出来たら……でもなぁ……」
「すーちゃん、すごく悩んでいるです」
「ふふ、友達思いな鈴花ちゃんらしいですよね」
誰かのためにあそこまで悩めることをゆずは鈴花の美点だと認識していた。
「ゆっちゃん、明日は日曜日ですけど、何か予定ってあるです?」
「あ、明日は用事があるんです」
「ほえ~、どんな用事が聞いていいです?」
「はい、構いませんよ」
翡翠の問いにゆずは快く承諾し、明日の予定を話す。
「明日は司君と遊園地に行く予定です」
ゆずがそう言うと、さっきまで云々唸っていた鈴花がバッとゆずに顔を向けた。
「……マジで?」
「はい、本当です」
「アイツ本当にどっちかを選ぶ気があんの――いや、日常指導の一環か……」
「鈴花ちゃん?」
「ああ、ゴメン。それなら早く水着を選んで明日のデートの服を決めておこうっか」
「ひーちゃんもお手伝いするです!」
「? よろしくお願いします」
鈴花が何か考える素振りを見せたが、自分の手伝いを買って出てくれた二人に、ゆずは一先ず流すことにした。
六月。
夏の季節の到来である。
この季節において、ゆずは大きな心境の変化を迎えることとなるとは、思いもしなかった。
ゆずさんも成長期なんです。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
次回更新は7月3日です。
面白いと思って頂けたらいつでも感想&評価をどうぞ!




