63話 養殖系ジゴロ男子の元凶
前半は司視点、後半は鈴花視点です。
柏木さんの教育実習が始まって六日が経った。
土曜日である今日は学校はないため、俺は今日も<魔法の憩い場>に来ていた。
何の気なしに来ることが多いが、今日はある明確な目的のために来ている。
店内は変わらず昭和の喫茶店の雰囲気のままで、少し店内を見渡すと、待ち合わせの人物達が居た。
「こんにちわ、工藤さん、柏木さん」
「……」
工藤さんは黒髪を一つに束ねて後ろに流していて、白色に縦一本の青色の線が入ったTシャツの上に、ベージュ色の薄手のベスト、ジーンズとくるぶしが隠れる高さのショートブーツを履いている。
クールな大人の女性らしい着こなしだった。
柏木さんは栗色の髪をゆるふわなウェーブ状にして、膝丈の若草色のワンピースというシンプルながらも上品な雰囲気を漂わせる装いだった。
「……ええ、こんにちわ、竜胆君、鈴花ちゃん」
「どうも」
工藤さんが俺と鈴花に挨拶を返す。
そう、ここには鈴花も一緒に来ている。
鈴花は赤みがかった茶髪はいつも通りポニーテールにして、水色のシースルー素材の薄いカーディガンの下に黒色のキャミソールと茶色のショートパンツという涼し気な格好だったりする。
俺は……藍色のポロシャツに黒の長ズボンっていう普通の格好だ。
相も変わらず浮きまくってる。
それより鈴花が一緒にいる理由は……まぁ事情を知る一人として今日ここで話すことの内容を共有することになっているからだ。
その事情とは……。
「……」
俺が挨拶をしてもそっぽを向いてむくれている柏木さん。
気まずい空気が見え隠れするが、俺はもう一度声を掛ける。
「柏木さん、こんにちわ」
「……」
一切反応なし。
やっぱりあの時の別れ際に決めたことをしないといけないようだ。
「えっと、こんにちわ……な、菜々美さん」
「! うん、こんにちわ、司くん! もう、学校ならともかくプライベートの時は名前呼びにしようって決めたでしょ?」
「す、すみません、まだ慣れなくて……」
俺が柏木さんを名前呼びで挨拶すると、さっきと打って変わって堪らなく嬉しそうに返事をしてきた。
その喜びようはハートマークがポワポワ浮かんでいるように幻視するほどだった。
そんな柏木さん――菜々美さんの反応に鈴花がポカンとして、工藤さんは左手を額に当ててため息をついた。
事情とはまさにこれ。
菜々美さんの俺に対する好意が更に積み重なったことだ。
四日前の夜、菜々美さんは俺に魔導士を辞めようかという考えを打ち明けた。
俺と季奈が河川敷ではぐれ唖喰に襲われた時、菜々美さんが遅れて現場に到着したころには既にゆずが唖喰を殲滅した後だった。
ゆずと同じく俺に好意を向ける菜々美さんにとって、好きな人がピンチの時に何も出来なかったことがかなり堪えたようだった。
学校でみた感じでは気負っていなかったように思えたが、とにかく落ち込んでいた柏木さんを自分なりに励ました結果……。
「な、菜々美さんも司と下の名前で呼び合うようになったんですね……」
「うん、いつまでも苗字呼びだと堅苦しいと思ったからね」
「……へぇ」
鈴花の視線が痛い。
結果的に好感度を稼いだ事により、菜々美さんから名前で呼び合うことを提案された。
まだやらかしたことに気付いていない俺はそれを気安く了承。
家に帰ってからやっとやらかしたことを自覚して、とりあえずいつも通りに接しようとは決めた。
だが翌日の授業中に菜々美から向けられる視線が更に熱烈なものへと変貌していたことにより、ついにクラス中に菜々美さんの想い人が俺であることが暗にバレた。
男子達はまたお前かという風に発狂し、女子達は待望の禁断な関係に狂喜した。
そのため2-2組で菜々美さんの好意に気付いていないのはゆずだけとなった。
「司~、ちょっといいかな~?」
「……おうよ」
鈴花の表情はとても素敵な笑顔だった。
ただし、その目は笑っていない。
「え、行っちゃうの……?」
そんな寂しがりウサギみたいな視線向けないで菜々美さん。
「だ、大丈夫です。すぐに戻りますから」
俺はたじろぎつつ、鈴花に付いて行って店の外に出た。
外に出た瞬間、鈴花は俺の胸ぐらを掴みあげた。
「何をしてんのこのバカあああああああ!!」
「んぐえっ!?」
身体強化術式を用いているから、俺の身体が持ち上げられる形になった。
やばい、首が締まる……!
「ホント何考えてんの!? 四日前までの菜々美さんはもっと奥ゆかしい感じだったのに、完全にデレデレじゃない!? ちょっと目を離した隙に惚れ直させるとかどういうことなの、このオタク系草食男子を装った食いまくりのジゴロ野郎!!」
「なん、なんだその肩書き……!?」
俺だってあの時は落ち込んでる菜々美さんを励まそうとしただけだって反論したいが、その結果があれなので物理的にも言うに言えない状態だった。
「挙句に結局クラス中にバレて、目の仇にされるとか、アンタ実は自分で自分を追い込むドМなんじゃないの!?」
「んな、こと……ある、わけ……が……」
至ってノーマルだ。
てかヤバい、マジで息が出来ない。
と思っていたら鈴花が手を離した。
あぁ、十秒ぶりの酸素だ……。
「ゆずのことだってあるのに、なんでこうもややこしくするかなぁ~!? アンタ本当に現状の理解が足りていないんじゃない?」
「た、足りてなんかねえよ。ゆずと菜々美さんに好意を寄せられてるくらいちゃんとわかってる」
同性の鈴花や季奈より遅れたが、俺だって鈍感な訳じゃない。
「じゃあなんで火のついた導火線に油を注いでさらに燃やすような真似してんの?」
「あ、あれは菜々美さんが落ち込んでるのを励まそうとしただけで、他意はこれぽっちもなかったんだって!」
「はぁ、下心が無い分余計に性質が悪いなぁ、もう……それで? アンタはどうするつもりなの?」
鈴花が呆れかえったように俺に尋ねた。
最近こんな目線しか向けられてない気がする……主に俺が原因だから文句を言える立場じゃないけど。
「……告白もされていないのに二人の気持ちを撥ね退けるようなことをしたら確実に傷付けるから、相手が告白をしてくるまでの間に俺が二人をどう思っているのかハッキリしたい」
「その時間を自分で縮めてたら本当に救いようがないよ……」
「ホントなんで俺にこんな悪癖があるんだよ……」
ジゴロ発言のせいで頭を抱えたくなる問題ばっか降りかかる羽目になってる。
「恨むならアンタの両親を恨みなよ」
「あぁ、マジで恨むぞ……!」
「微妙に伝わってないなーこれ……」
「なんか言ったか?」
「いーや、なんにも。司、今度は工藤さんを呼んでくれない? アンタはそのまま菜々美さんと店の中で待ってていいから」
「? おう、分かった」
今度は工藤さんに用があるようだから、俺は言われるがまま工藤さんと入れ替わった。
【鈴花視点】
店内に戻った司が工藤さんと入れ替わってすぐにアタシは工藤さんに頭を下げた。
「ええっと、アタシの友達がジゴロ男子で大変申し訳ありませんでした……」
「いいえ、こっちこそ私の後輩がチョロくてごめんなさい……」
開幕に謝罪をする羽目になった。
司のあれはもう不治の病だ。
一生付き合っていくやつだ。
「ホント、あんな両親の間に生まれたのがアイツの人生で一番の不幸かもしんないね……」
「待って、その言い方だと竜胆君の家って、何か普通じゃないって言っているように聞こえるのだけど……』
「よくわかりましたね、竜胆家……というより司の両親は司を天然ジゴロ男子に育て上げた張本人です」
「えええ!? あれってご両親の教育のせいだったの!?」
司が異性によく使う歯の浮くようなセリフと妙なフォロー能力はあの恋愛ジャンキーな両親からの英才教育によって身に付いたものだ。
ジゴロって言っても司自身が気を許した女子にしか発揮したことがないから、学校中でそれを知る人は少ない。
気を許した女子……うん、そう、アタシがそのジゴロ発言の第一被害者です。
司とは小学校から一緒だけど、会った頃は普通(すでに魔法少女オタク)だったが、互いが同じ趣味だとわかって、司と仲良くなった途端……。
『鈴花が一緒でよかった』『鈴花と行けて楽しかった』『あの衣装鈴花に似合いそうだな』
……等々。
アタシを二次専レイヤーに仕立て上げたのは司だって気づいてないし……。
初めのうちはドキドキしたけど、一年たったくらいで慣れて〝そういうもんだ〟って思えるようになってからは、どうも思わなくなった。
そして、竜胆家でアニメ鑑賞会をやろうってことで行った際……あの両親と出会った。
『『将来安泰じゃああああ!!』』
初対面でとんでもない発言をする竜胆夫妻に驚いて、ちょっと気まずくなったけど、その一言で確信した。
司のあの言動はこの夫妻の仕業だと。
アタシが体験した出来事を語ると工藤さんはドン引きしていた。
「そ、それは確かにそんなご両親の元に生まれたのが彼にとって一番の不幸でしょうね……」
「司自身は両親にジゴロ男子に育てられた自覚がないんで、まさに知らぬが仏ですね」
「……世の中知らない方が幸せなこともあるって言うけれど、その最たる例を間近に見ることになるとは思ってなかったわ」
そのせいでアイツが恋愛関係で良い思いをしていたことは数えられる程度しかない。
「まあ司はオタクでジゴロでも紳士ではあるんで、相手の同意なしに押し倒したりとかそういったことはしないですよ」
「教育の賜物…って素直に称賛していいのかしら……」
「いいえ、ただのヘタレです」
もっとグイグイ来てあれを言われると、キモイのでそのままでいてほしいけど。
「そう、それなら竜胆君を信じるしかないわね……そういえば鈴花ちゃんに一つ訊きたいことがあるけど、いいかしら?」
「なんですか?」
「鈴花ちゃんは竜胆君のこと、どう思ってるのかしら?」
うわぁ直球……。
「それ、答えないといけないことですか?」
「出来れば菜々美のライバルは知っておきたいしね?」
経緯はどうであれ、工藤さんは菜々美さんの恋を応援する腹積もりみたい。
……まあゆずじゃなくてアタシのことだし、いいかな?
「前は好きでした……てか初恋の相手でしたね」
「は……初恋」
あっけらかんと言うと工藤さんがちょっと頬を赤くした。
聞いて来た工藤さんが動揺しないでよ……ちょっと心配になるから……。
「我ながらジゴロ耐性がありませんでしたからね~、あ、なんか特別なことがあったわけじゃないです、なんて言うか……冷めちゃったって感じです」
「冷めた?」
「はい、冷めちゃいました。あんなに司のこと考えてたのに綺麗さっぱりと」
ジゴロ耐性もなかったが、男子に免疫がなかったのも原因だったりする。
いくつものジゴロ発言に加えて、互いに唯一の異性の友達だったのもあって、〝司はアタシのことが好きなのでは?〟と非モテ男子のような思考をしていた。
うん、チョロかったな~当時のアタシ。
でも竜胆家に行って、司の言動が両親によって仕組まれたものだってわかった時、アタシは司のことを避けるようになった。
当時の司は今みたいに自分の言動を自覚していなかったのもあって、なんでアタシが避け始めたのか分かってなかった。
アタシとしては向こうは態度も何も変わらないから、なんでだーって思ってたけど、司の様子を見ていたらわかった。
司からしたらアタシはどうしようとも〝女友達の鈴花〟でしかないと気づいたからだ。
その時、アタシの初恋は成就でも失恋でもなく、冷めた。
まさに恋の熱に浮かされていたから冷めた。
「あとは工藤さんの知ってる通りです」
「……じゃあ、鈴花ちゃん自身に竜胆君のことをどうこうするつもりはないってことよね?」
「ないですって。なんだかんだ付き合いは長いですけど、それも腐れ縁みたいなものですから……それに最近になって竜胆家の教育も侮れないって思えるようになりましたから」
「どういうこと?」
あの両親によって司はモテるためにありとあらゆる教育を施された。
実は黒髪黒目の眼鏡な外見なのに、意外に喧嘩は強いし、成績は学年二十位以上をキープし続けてる。
この辺りは小学校の頃から発揮されていたけど……。
「そもそもアイツが魔導と唖喰に関わりを持ったきっかけって、唖喰に襲われたことじゃないですか?」
「ええ、そうね」
「でも普通そんな目に遭ったら関わりなんて持とうとしないですよね?」
「――!」
人のトラウマは根強い。
小さい頃に食べて吐いたからって理由でエビが苦手になったり、刃物で怪我をしたから刃物恐怖症になったりする。
アタシだって唖喰に殺されかけたわけだから、唖喰を見たらきっとあの時の光景がフラッシュバックするかもしれない。
でも司はトラウマだー、二度とごめんだー、って言いながらも唖喰と関わることを止めるようなことを匂わせたことは一度もない。
それはゆずから聞いたことも含めてだ。
特に最近なんて、河川敷で上位クラスの唖喰でもトップクラスの戦闘能力と凶暴性を持つカオスイーター三体に襲われて左腕に重傷を負ったっていうのに、そんなことが無かったかのようにケロッとしてる。
「アイツの胆が据わってるのは、多分ピンチになった女の子を助けられるように教育されたからかもしれませんね」
「それがモテるようにするためで、女性限定でなければ純粋に称賛出来たわね……」
「まぁ、肉食系にならなかっただけマシだと思いますよ」
あ、そうだ。
工藤さんにどうしても言っておきたいことがもう一つだけあったんだった。
「工藤さんは菜々美さんの恋を応援するんですよね?」
「ええ、可愛い後輩のためになるならそうするつもりよ」
工藤さんは当然のことのようにそう言った。
先輩として当たり前ってことか……。
「工藤さんが菜々美さんを応援するように、アタシもゆずを応援しますから」
「あら、それじゃあ私達は敵同士ってことかしら?」
「唖喰との戦いはともかく、恋の戦いではそうですね」
まだ淡い恋心とはいえ、今まで唖喰との戦いに明け暮れていたことで初恋をしたことのなかったゆずを応援したい。
菜々美さんには悪いけど、アタシはゆずの味方をさせてもらうよ。
そんな宣戦布告を終えてアタシと工藤さんは店の中に戻った。
司「もう絶対ジゴロ発言はしない」
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