53話 嫌な予感ほどよく当たるアレ
司視点。
『おはよう、竜胆君!
今日は土曜日だけど、射撃訓練場に来るんだよね?
私、見学してもいいかな?
お返事待ってまーす。
菜々美より』
これが午前八時に送られてきた柏木さんからのメールの内容だ。
「文面から好意が駄々洩れだ……」
完全にトドメをさした……。
帰ってからそのことに気付いた俺は、柏木さんの漠然と向いていた好意を完全にこちら側に向けてしまったことに関して、即座に工藤さんに相談した。
「柏木さんを元気付けようと励ましたら完全に堕としちゃいました」
『こんな救いようのないバカな相談は初めてだわ』
工藤さんとの会話の初っ端からこれである。
いや、自分で振り返ってみてもどうしてあんなセリフを口に出来たのか不思議でならない。
『もう竜胆君に責任を取ってもらうしか――』
「いや、そんなうちの親みたいなことを言わないで下さいよ!?」
『ちょっと待って、竜胆君の親も同じことを言ったの!?』
工藤さんが電話越しに驚いた。
あ、そうか。
工藤さんはうちの親の事を知らないんだった。
「柏木さんのことは存在すら両親に話してませんよ。二人してとてつもない恋愛脳なんで、柏木さんのことが知られてしまったらどうなるか予想できないんで」
『それは……なんて言えばいいのやら……』
お察し頂けたようでなによりだ。
常識に疎いゆずだからまだあの程度で済んだけど、これが押しの弱い柏木さんだったらあれよあれよという間に婚約者とかに仕立て上げられそうだ。
「ゴールデンウィーク中にゆずが俺の家に泊まりに来たことがあって……その時にゆずが命の恩人であることを話すと、命を救ってもらった恩を返すために責任を取れと両親に言われたんです」
『いや、待って……色々ツッコミたいことがあるのだけれど……』
「ああ、そうですよね。命を救ってもらったから結婚して下さいなんてありえな――」
『そこもだけど! そうじゃなくて、どうして並木ちゃんが君の家に泊まることになったっていうほうよ!」
工藤さんの疑問に答えるため、ゴールデンウィーク初日の水族館デートのことを打ち明けた。
そうして一通り説明を終える前に、ゆずのことを付け加えておく。
「そうだ、工藤さんはゆずが俺に好意を抱き始めているってわかっていたんですよね?」
『ええ、そのt――ナンデスッテ!!?」
工藤さんが驚きのあまり妙なイントネーションになった。
『え、竜胆君、あなた、気付いたの?』
「ええ、まぁ、薄々もしかしたらとは思っていたんですが、柏木さんに相談してもらった時に、ほぼ確信しました」
『君、鈍感なのか察しがいいのかはっきりしなさいよ……』
そうは言われましても。
俺としてもなんでもっと早く気付かなかったのか分からない。
他の事ならともかく、なんかこう、恋愛感情に対するフィルターみたいなのがある感じ。
『ええっと、菜々美のことだけれど……後輩贔屓になるけれど、私としてはあの子を選んでほしいわ。……なんて言っても最終的に決めるのは竜胆君だけどね』
「推さないでください、ただでさえ繊細な天秤なんで……じゃあ柏木さんに関してはどうしますか?」
『菜々美の方から告白してくるまで現状維持でいいんじゃないかしら』
「あぁ、やっぱそうするしかないですよね……」
問題があるとすれば俺の悪癖によって起きる相手の好感度上昇くらいだ。
その点は出来る限り気を付けるしかない。
……そう言って何度も失敗するから悪癖呼ばわりしているんだけどな。
午前十時。
俺は拠点の射撃訓練場に向かうため、道のりにある商店街の西方面にある、買い食い出来る食べ物が多く売られている通称〝フードロード〟と呼ばれる区画を歩いていた。
ゆずに避けられているからといって訓練を疎かにするつもりは毛頭ない。
むしろ急成長を見せつけて、ゆずをびっくりさせてやろうぐらいの気構えでいく。
そんなことを考えていると気持ちがはやって、いつの間駆け足になっていた。
それなりの速度で走っていたため、曲がり角を曲がった時に……。
「あ、でっえ!?」
「おぐぅ!?」
誰かにぶつかってしまった。
二人共受け身を取れずにアスファルトに倒れこんでしまった。
「いっつつ……悪い、怪我はなかったか?」
「怪我はあらへんけど、そっちは大丈夫なんかいな……」
「――って季奈!?」
「おお、つっちーやったか!」
ぶつかった相手は、藍色を基調とした色合いに皐月の花が描かれている着物に、黒髪をボブカットにして右側頭部にある青薔薇の髪飾り……和良望季奈だった。
昨日電話をした時は忙しそうにしていたけど、昼頃から外出をしていたようだ。
「今日は術式の開発はいいのか?」
先に立ち上がった俺が季奈を手を引いて立ち上がらせ、用事を尋ねてみた。
季奈は首を振って目の下にうっすらと出来ている隈を指先でちょんちょんと指して答えた。
「新しい術式のインスピレーションが来やんから、気分転換の散歩や。卓上でうんうん唸っとるより、こうやって外の空気を吸って景色見て回っとったらピーンとくる時があるんやで」
この子フットワーク軽くない?
〝術式の匠〟なんて呼ばれてるから研究者な性格をしてるけど、引きこもりタイプじゃないってかなり珍しいんじゃないか?
なんて思ったけど、作家も同じようなことをしたことがあるって聞いたことがあるから、天才のひらめきというのはこういったふとした瞬間に訪れるものなんだろう。
「そやつっちー、今日の訓練の前にウチと河川敷の散歩に付き合ってくれへんか? ああ、そない時間は取らへんからな、軽く世間話ってだけやから」
「まあ急いでるわけじゃないからいいけどさ」
「よっしゃ、ほな早速いこっか!」
俺の返事に気を良くした季奈は俺の腕を引いて河川敷へと向かう。
そうして季奈と歩くこと十分ほどで河川敷に辿り着いた。
羽根牧区で最も大きな川である羽根牧川の河川敷は川幅二十m程あり、その流域は五十km以上もあるため、サイクリングやジョギング、マラソン大会のコースに設定されるなど、地元の人達から何かと重用されている。現に何人かの人とすれ違っている。
レンガブロックで補装された散歩コースを俺と季奈は歩いていた。
「すぅ~はぁ~、川辺の澄んだ空気は気持ちええなぁ」
「確かに、俺は地元民なのにここにはあんまり来なかったけどいい空気だな」
季奈の感想に俺も同意する。
あんまり来ない理由はオタク故に休日は外へ出ないため……だったのだが、魔導と関わりを持ってからは訓練などのために拠点に向かうため、必然的に外出する機会が多くなったがそれでも河川敷を通ることはなかった。
一応この河川敷からもオリアム・マギ日本支部のある廃ビル群へ行くことが出来るのだが、商店街を抜けたほうが距離的に短く済む。
けれどもこの空気は中々好みであるため、たまに通ってみるのもいいかもしれない。
「なあ、さっき軽い世間話だって言ってたけど、どんな話なんだ?」
先ほど俺が季奈の散歩に付き合う口実となった世間話のことを聞いてみる。
「ゆずとの仲はどうなったんかなって」
「ああ、それなら俺の方は大丈夫だ」
「ん? あー、気付いたんやな」
「その様子だと季奈もゆずの好意に気付いていたみたいだな」
「まぁウチは初恋もまだやけど、あんなあからさまやったら流石に分かるで」
季奈ですら気付いたというのに当事者の俺ときたら……。
自分の鈍さに呆れつつ、 季奈の話の続きを聞く。
「で、つっちーのほうはどうなんや?」
「どうって?」
「とぼけやんでもええやん、ゆずのことをどう思うとるんかって話や」
季奈も女子というか、そういう恋愛話は興味津々のようだ。
すっごいニヤニヤしてるよ。
「俺はゆずのことを友達くらいにしか思ってないよ」
「うぅわぁ、想像してた反応と違ってドライやねんけど……」
どんな反応を期待してたんだよ。
俺が「なな、何とも思ってねえよ!?」っていうの?
そんなツンデレなんて誰得だよ。
「ゆず、めっちゃ美少女やで? 付き合いたいなぁとか思わへんの?」
「美少女なのは同意だけど、俺の気持ちが不確かなのにそれだけで付き合ったら確実に破局する」
「ほうほう、つっちーは相思相愛がモットーの純情派ってことやねんな」
「特に否定はしないからそれでいいよ」
多分将来結婚出来ないタイプだなと自覚はしている。
まぁそんな遥か未来の話はさておき。
「インスピレーションって恋バナで浮かんでくるようなものなのか?」
「ひらめきで大事やのは関連性やなくて刺激やで? まぁ、それも根付いとったり原型留めとらんかったり絶対やないけど」
「はぁ、天才の思考ってどうにも解んねえな……」
世界観の違いを見せつけられたようで、俺はそんな風に呟いた。
「つっちー、あともう一個伝えときたいことがあるんや」
季奈は神妙な表情を浮かべて話を始める。
「……三日前の晩にな、巡回に回っとった魔導士二人が亡くなったんや」
「……え?」
俺は驚いた。
とはいえ魔導士が囮となってはぐれ唖喰をおびき出す巡回義務については俺も知っていた。
驚いたのは出てきた話が全く軽くなかったことだ。
「巡回に出とった二人の魔導士は、戦歴一年以上のベテランやったんやけどなぁ、はぐれ唖喰に遭遇してから一分も経たん内に生命反応が消失したんや」
「待て待て、話が急すぎる! なんだってそんな話を……」
「ええか? ベテラン二人がはぐれ相手に一分で殺されるって普通やったら考えられへんことや、そのベテランが殺されたこともやけど、その場所も問題なんや」
「場所? その二人はどこで殺されたんだよ?」
俺がそう聞き返すと季奈は少し答えにくそうな顔をするも、俺に目を向けて告げる。
「……羽根牧区付近の山や」
「はぁ!? おいそれってここに来る可能性があるってことじゃないのか?」
「察しがええな、そうやしばらくは警戒しとったほうがええでって言おう思ってこの話を切り出したんや」
ベテラン二人を相手とれるようなはぐれに対して魔導銃がどれだけ役立つかわからないが、季奈の忠告に俺は無言で頷いた。伊達や酔狂でこんなことを言う人間じゃないと解るくらい季奈と言う人物の人となりは信用していた。
「まあそない心配せんでもウチらがおるし、杞憂に終わると思うで?」
そうだなと言おうとして、俺は形容しがたい寒気を感じた。
それは季奈も同じようで、途端に雰囲気が変わり出した。
非常に辛いことだが、俺はこの状況を瞬時に理解した。
「なあ季奈さんや、あなたはオタク界に伝わるある様式美を起こしてしまったみたいだな……」
「え、何それ怖いわぁ……それってなんちゅう名前なん?」
「……〝神速フラグ回収〟だ」
フラグとは旗を英語で読むもの……ではなく、ある地点で立った伏線である。
そのフラグの種類は多岐に渡り、有名なものなら死亡フラグ、恋愛フラグ、成功フラグと言ったものがあり、大抵は立ててからしばらくして回収されるものだ。
が、世の中にはその立てたフラグを神懸かり的な速さで回収してしまう人がいる。
ネット上ではそんな人たちをこう呼ぶ。
――第一級フラグ建築士、と。
そう、俺が何を言いたいかというと、季奈が〝ベテラン二人を秒殺したはぐれがいるけど、どうせ杞憂に終わる〟と言った途端にこの寒気を感じたということは……件のはぐれがよりによって俺達の前に現れたということだ。
河川敷の川から大きな影が飛び出してきた。
それは唖喰特有の白い体色とその体の至るところにはしる赤い線があった。
が、その姿に俺は言葉が出なかった。
まずその唖喰は人型――というよりサルに近い姿だった。
今まで見てきた唖喰にはなかった二足歩行を可能にし、猿のように長くしなやかな手足に、指先からは血で染めたような紅く長い爪が両手に各四本ずつ伸びている。
体格は三mもあり、頭部には口だけしかないのが嫌に不気味だ。
ここまで異形の姿をするのは上位クラスの唖喰しかいない。
「っ……上位クラスの唖喰、カオスイーター……!」
ゆずから教わった唖喰の生態学で、その存在自体は知っていた。
カオスイーターはイーターの上位互換ではあるが、その戦闘能力は上位と下位だからでは到底説明しきれない差がある。
攻撃力はもちろん、瞬発力や機動力と上位クラスの中でもトップクラスた。
長い手足によるリーチから繰り出される紅く鋭い爪は、下手な刃物より切れ味を誇る。
鉄なんて紙と同じように切り裂ける。
俺と季奈が絶句した理由はそれだけじゃない。
「確かに、こないな相手やったらベテラン二人には荷が重いわ……!」
季奈が忌々しげに愚痴を漏らす。
「グルルルゥ」「ガァ……」「ギギ、ギギギギ……」
カオスイーターのいる位置から三つの声が木霊した。
川から飛び出してきた影は一つだけではなく……。
「カオスイーターが……三体……っ!?」
そう、姿形変わらず同じ唖喰が三体……上位クラスの唖喰であるカオスイーターが三体もはぐれとして行動していた。
三体様入りまーす。
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次回更新は6月16日です。
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