表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/334

51話 一番判りやすくて、一番解りづらい気持ち


 ようやく落ち着いた俺と柏木さんはとりあえず<魔法の憩い場>で休憩しようということになった。

 完全に常連となっている俺と柏木さんを見て、店長(マスター)の娘である友香さんが何やら含みを見せる視線を送って来たが、特に気にすることもなく、案内された席に座った。


「竜胆さん、メニューはいつものでいいかしら?」

「へっ?」


 注文を取る友香さんのいつもが何か一瞬分からず、ポカンとしてしまったけど、すぐに常連のあれだと分かった。


「え、ああ、はい、お願いします」

「はい、ご注文承りました」

「いつもの?」


 常連扱いされた俺がいつもどんなメニューを頼んでいるのか気になった柏木さんが友香さんに尋ねた。


「グァテマラ原産のコーヒー豆を使ったブラックコーヒーとビターチョコレート風味のカップケーキよ」

「グァテマラ?」  


 コーヒー豆に疎い柏木さんが聞きなれない銘柄に疑問を持った。


 中米有数のコーヒー生産国であるグァテマラ原産のコーヒー豆で、その国ではコーヒー豆を栽培するのに適した環境が整っているため、高い品質を保つことが出来る。


 上品な酸味と甘い香り、苦みとのバランスが良いコーヒー豆として知られている。


 俺は苦みのあるものが好みなので、グァテマラコーヒーが一番舌に合った。


 口数の少ない店長から聞いたコーヒー豆の話を柏木さんに伝えると、彼女は俺の方をまじまじと見つめていた。


 ゆずをそのまま成長させたような美人である柏木さんに見つめられるのはどうも緊張してしまうため、俺は目を逸らしつつ、理由を聞いた。


「あの、柏木さん? 俺をそんなに見て面白いですか?」

「え、ううん。ただ苦いのが好きなのかなって思って……」

「まぁ、甘いのとか辛いのよりは好きですね。特にコーヒー豆の苦みが一番好きですよ」

「ふむふむ、竜胆君はコーヒーの苦みが好物……」


 俺の好みを知った柏木さんはスマホを取り出して何やら打ち込み始めた。 


「柏木さんのご注文はどうかしら?」

「私はミルクティーとショートケーキをお願いします」

「はい、かしこまりました」


 注文を取り終えた友香さんが俺達の席を離れてカウンターにいる店長へ注文内容を伝えに行った。

 

「そうだ、先輩から聞いたよ。竜胆君と並木ちゃんが喧嘩したって」

「柏木さんにまで伝わってんのかよ……訂正させてもらいますと、俺とゆずは喧嘩しているわけじゃなく、距離をおいているだけです」


 むしろ俺とゆずは今まで喧嘩らしい喧嘩を一度もしたことが無い。

 仲のいい証拠と言われればそれまでだけど。


「距離を置くって、なんだか恋人みたいだね……」

「え、なんで柏木さんが悲しむんですか?」

「なんでもない!」


 確かに恋人っぽく聞こえるけど、俺とゆずは友達だ。

 それで柏木さんが悲しむ理由って……まぁ俺が原因なんだけど。


「その、ゴールデンウィーク最終日に唖喰の侵攻があったんですけど、その戦いが終わってからゆずが俺を避けるようになってしまったんです」

「どうしてなの?」

「それが分かっていればこんなに悩んでいませんよ」


 可能性は幾つか浮かんではいるものの、どれも憶測の域を出ないものばかりだ。

 現状は鈴花に推された通りゆずが落ち着くまで距離をおいている状態だ。


「えっと、並木ちゃんが竜胆君を避け出す前の事を詳しく聞いていい?」

「はい、ゆずが戻ってから――」


 俺はその時のゆずの様子を柏木さんに説明した。

 最初は神妙な表情で聞いていた柏木さんだが、話が進むにつれて何故かその表情を曇らせていった。


 会話の途中で注文していた飲み物とケーキが来たので、適度に飲食しつつ説明を続けた。


「――それからはゆずに避けられているというわけですが、何か分かりましたか?」


 一通り説明を終えたので、柏木さんに気になる点が無いか尋ねた。

 すると柏木さんは顔を俯かせ、両肩をプルプルと震わせ始めた。


「(嘘でしょぅ……まさか、並木ちゃんが……)」

「えっと柏木さん?」

「えっ、ええっと、気になることっていうより、確信したことが一つだけあるんだけど……」

「本当ですか!? それって一体……!?」


 驚きのあまり両手を机にバンッと叩きながら前のめりになってしまった。

 それで柏木さんを驚かせてしまった。


「す、すみません……それで分かったこととは?」

「ええっと、竜胆君が完全にトドメをさしたってことだけで、それ以上は……」

「トドメ!? 俺やっぱりゆずに何かしたんですか!?」


 何気ない行動でトドメを刺したという指摘を受けて、俺は驚くしかなかった。

 えぇー……どれがトドメなのか全く見当がつかない……。


「トドメってそもそもなんのトドメなんですか?」

「う~ん、並木ちゃんの心情を把握している橘ちゃんが竜胆君に言わないっていう時点で、私が教えちゃうとちょっとね……」


 柏木さんは申し訳なさそうに答えた。

 つまり鈴花や他の皆同様教えることが出来ないということだった。


「あ゛~、結局ふりだしかよ~」


 やるせない気分がどっと押し寄せてきて、俺は机に突っ伏した。


 柏木さんなら……なんて淡い期待はあったけど、脆くも崩壊してしまった。

 それでも話を聞いただけでゆずの心情を分かったようで、やっぱりゆずが抱えているのは異性には分からない問題なのか?


「ねえ、竜胆君」

「ん、はい?」


 柏木さんから名前を呼ばれたので、顔を上げた。

 瞬間、見惚れた。

 

 柏木さんの表情は憂いを帯びていて、誰かを羨んでいるようで、それは……目の前にあるのに自分では触れられない愛しいものを見つめるような視線だ。

 初めて見る柏木さんの表情に見惚れていると、彼女の口が開いた。


「時間が経てばいつも通りに戻れるってわかってるのに、竜胆君は待つだけじゃ嫌なの?」


 その質問を受けて止まっていた思考を動かした俺は、ゆっくりと気持ちを吐き出してみた。


「……ゆずが俺を避けるようになって、気付いたことがあるんです」

「気付いたこと?」

「はい。俺の日常にゆずがいるってことです」

「日常……」


 ゆずと朝に駅で合流して登校、学校の授業を受けて昼休みになったら屋上で一緒に昼ご飯を食べて、放課後に訓練の様子をみたり魔導の勉強をしたり、休日には一緒に出掛けたり……たった一か月……いや、もう一か月で並木ゆずという少女は竜胆司の日常に溶け込んで、共に過ごすことが当たり前になっていた。


 情けないことにゆずが俺を避け出してから、ようやく気付いた。

 命の大切さも、日常の暖かさも、当たり前のことほど()くすか(おびや)かされるまで気付かないように、ゆずといる日常に気付きもしなかった。


「待っていればゆずが俺の日常に戻ってくることはよく分かっています。でも自分の日常のことなのに、ただ待つだけじゃ無責任な気がして、落ち着かないんです」

「落ち着かない……」

「俺、ゆずに避けられてからずっと〝酷い〟って気持ちより、〝何で〟っていう疑問しか出ないんです。ワケがあるならちゃんと知りたい、このままワケも分からずに避けられ続けるのは嫌だ……こんな風にどうしたいかは分かっているのに、どうすればいいのかが分からなくて……柏木さん、俺……どうすればいいですか?」


 俺がそう切り出すと、柏木さんは目を閉じて黙考する。

 そして大きく深呼吸をして答えを告げる。


「……竜胆君はただじっと待つのだけは嫌なんだよね?」

「……はい」


 問いかけに答えた。

 すると柏木さんはニコリと微笑んだ


「じゃあ、いつまで待つのかの期限を教えてあげる」


 柏木さんはそこで言葉を一旦区切って、続きを告げる。


「期限は並木ちゃんが耐えられなくなった時。君はその時に並木ちゃんの(そば)にいてあげられるように、待つだけ」

 

 ゆずが? 

 あの忍耐力で五年も戦い抜いて来たゆずが耐えられなくなる時なんてくるのか?

 そんなの、とても想像がつかなかった。


「並木ちゃんは多分……ううん、絶対。今は自分の変化に戸惑っているんだよ。その根本にいる竜胆君が下手に刺激しても、いい結果に繋がらないと思う」


 俺が根本にいる。それはつまり……。


「やっぱ俺が原因だったんですね……」


 そんなにゆずを困らせていたのだろうか?

 そんな落胆の表情が出ていたのか、柏木さんが苦笑しながら続ける。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。竜胆君が並木ちゃんに避けられて辛いように、彼女も竜胆君とどう接すればいいのか分からなくて辛いんだから」


 私もそうだったしね、と柏木さんは苦笑しながら話してくれた。


 ゆずが俺とどう接すればいいのか分からなくて辛い……本当に?

 いや、そうなのかもしれない。


 翡翠が教えてくれた、ゆずが俺といない時に比べて元気がないという話。

 今日の放課後の時にすれ違った時に見たゆずの辛そうな表情。


 同じ女性であり、似たような経験をしたと語る柏木さんの言うことも加味すると、柏木さんの言う通りなのかもしれない。


 ここまで言われれば俺でもゆずが抱えている悩みが分かって来た。

 ゆずが抱えている悩みは俺との距離の取り方。


 もっと要約すれば……。




 並木ゆずは竜胆司に恋愛感情を抱き始めた。




 それは俺が今まで一番の可能性として考えていたことで、そんなことを考えるのは自惚れだと決めつけていたことだ。


 だが、今までのゆずの振る舞いでそれ以外に当て嵌まる状態がない。

 明確な恋心というより、その一歩手前といった感じだが。


 嫌……という気持ちは一切ない。

 人に好かれて嬉しくないわけないからだ。


 ただ、ゆず自身はまだ自分の気持ちに気付けていない段階で、その前に俺がゆずの気持ちに大してどうするのかという新たな問題もある。


 俺はゆずのことを好ましく思っていても、それは友情でしかない。

 けど今は俺の気持ちは二の次でいい。


 大事なのは、ゆずが自分の気持ちに折り合いをつけて、前のように過ごせる陽が来た時のことだ。 

 

 今まで頭と胸をザワつかせていた暗闇が晴れて、柏木さんのアドバイス通りゆずが耐えられなくなる時まで待ち続ける覚悟が決まった。

 

 焦る必要がないと分かっただけで俺の不安は大分軽くなっていた。


 それにやることが変わったわけでもないのだ。

 自分の出来ることをするだけ、今回はそれが待つだけになっただけだ。


「……柏木さん、ありがとうございます」

「ううん、私じゃこれくらいのことしかできないから」


 相談に乗ってもらった柏木さんにお礼を言うと、彼女はまた謙遜からそう言った。


 好意といえば、柏木さんも俺に好意を向けている。

 時期としては鈴花の訓練の前に工藤さんと話した内容で、もしかしたらとは思っていた。


 いつものジゴロ癖で、いつの間にか彼女の好意を向けることを言ったということはよく分かっていた。


 ゆずや柏木さんが告白する前に振るようなことはしない。


 それは単に相手を傷付けるだけだ。

 それなら向こうが気持ちを伝えてくる時まで、俺は普段と変わらない態度で接する。


 正直美少女のゆずと美人の柏木さんに好意を寄せられるのはいいけど、それで二人が不仲になるのは絶対に避けたい。


 今の友人関係のほうが気安くて過ごしやすいっていうのもあるし、なにより俺自身がどちらかに好意を持たない限り、今以上の関係になることはない。


 ハーレム作品の鈍感系主人公達はよくこんな状況に気付かないな。

 俺は相手の些細な言動で天秤が傾くかもしれないのに、ただ向けられている好意に気付いていないだけであそこまで暢気でいられるのは腹が立つ。


 ハーレムは見る分には面白くとも、経験する分にはこれ以上ない重荷があった。

 世の中知らない方が幸せなことがあるとはよく聞くけど、唖喰はともかくハーレムの辛さは知りたくなかった。

 

 ちょっとでも選択をミスしたら即修羅場になるんだぞ?

  

「下手したら唖喰を相手にするよりきついぞ……」

「え、何か言った、竜胆君?」


 あ、心の声が漏れたか……。

 

「いいえ、何でもないです。それと柏木さん」

「ん、何?」


 柏木さんはよく自分を下に見る傾向がある。

 自尊心がとても低い。

 このままじゃ悪い男にコロッと騙されてしまいそうだと不安に思った俺は、彼女に自信を持ってもらおうと決めた。


「柏木さんは〝私なんか〟とかよく言いますけど、俺からしたら全然そんなことないですよ」

「――え?」

「今日の相談もですし、デートプランの時も、柏木さんのおかげで俺は凄く助かっているんです」

「で、でもそれくらい他の人でも……」

「柏木さん」

「っはい!?」


 なおも自分を下に下げようとする柏木さんに俺ははっきりと伝える。


「柏木さんが自分に自信を持てないことに、過去に色々あっただろうとは思います。でも柏木さんが自分を卑下する度に、俺や工藤さんの信頼を傷付けていることにも気付いてください」

「――ぁ、えと、私、そんなつもりじゃ……」


 俺の言葉で、自分の言動がそんな影響を与えていたと知った柏木さんは目に見えて悲哀に暮れ始めた。


「えと、俺は別に柏木さんを責めたいわけじゃなくて……ただ、柏木さんの謙遜というか卑下はなんだか普通じゃない感じがしたんで、ちょっと出過ぎた言い方をしてすみません……」


 柏木さんの反応に俺は慌ててそう謝罪するが、柏木さんは〝気にしてない〟という風に首を横に振ってから、口を開いた。


「……私、四つ年上の姉がいるんだけど、小さい頃から見た目も勉強も何をやっても姉さんのほうが~って比べられてばかりで、皆私なんか見向きもしなかったんだ」


 柏木さんはまるで当然のことだという風に語った。

 

 なんだそれ?

 

 競争社会なんて学校でも日常茶飯事だけど、柏木さんが努力を怠ったわけでもないのに、姉が優秀だから妹もそうだって勝手に決めつけて、期待通りの結果を出せなかったら勝手に失望するなんて……。


「姉さんも姉さんで、出来の悪い私を嫌ってて〝こんな簡単なことも出来ないの?〟っ何回も怒られて……もう六年も顔を合わせてないんだ」

「家族にすら……」

「それもしょうがないよ。私がもっとちゃんと出来ていたら、そんなことにはならなかったんだから」


 俺は一人っ子だから、姉妹の関係はよく分からない。

 それでも柏木さんの姉が能力だけで人を判断する薄情な人だということだけはわかった。

 でも優しい柏木さんのことだ。

 きっと自分の努力が足りないだけだと、自分を責めているに違いない。


「だから、私に出来ることは誰にも出来ることで、竜胆君が言うような特別なことは何もないんだよ」


 柏木さんはいつものことだと笑みを浮かべてそう言った。

 でもその笑みは付き合いが短い俺から見ても、嘘の笑みだとわかった。


 その笑みを見た俺は、俺自身の態度の取り方を示してもらったお礼も兼ねて、柏木さんにはっきり言ってやろうと決めた。


「柏木さん」

「?」

「柏木さんのお姉さんがどれだけ凄くても、正直俺にはなんの関係もないです」

「えっ?」

「だってそんな顔も名前も知らない人が凄い才能があるって言われても、俺が今こうして目を見て話しているのは柏木さんなんですから」

「……」


 その優秀な柏木さんのお姉さんに会ったら、きっとすごいと思うかもしれない。

 でもこれだけは言える。


「俺は柏木さんの良いところをちゃんと見ていますし、たくさん知っています」

「良いところって……」

「まず綺麗ですよね。顔立ちもですし髪とかサラサラで艶々でもう美の完成形って感じです」

「ふええええっ!?」


 褒められ慣れていないのか柏木さんは大きく狼狽した。

 でも俺はまだまだ続ける。


「話ててとても上品な感じなのに意外と親しみやすいです」

「う、うう、で、でも……」

「柏木さんが自分の嫌いなところを一つ言うなら、俺はあなたの良いところを一つ言います。良いところも悪いところも全部ひっくるめて〝自分〟なんですから、まずはちょっとでも自分のことを好きになるところから始めましょう」

「……」

「一人で難しいのなら、俺や工藤さんも手伝います。そうしたいって思えるくらい柏木さんは魅力的な人だって、俺は知っていますよ」


 人間一人で出来ることなんていくらでもある。

 一つ出来ないことで自分を責めるより、欠点を受け入れて誰かと手を結ぶことを考えたほうが何倍も……何百倍もマシだ。


 そんな思いで伝えた俺の言葉は……。


「――ぁ、あり、が、とう……!」


 見開かれた両目から溢れ出た涙で、しっかりと彼女に伝わったのだと理解出来た。

 

 しばらく好きにさせよう。

 そう思い、話を終わらせて柏木さんが泣き止むを待つことにした。
























 俺がやらかしたことに気付いたのは、自宅に帰った時のことだった。



ゆずからの好意を認めた結果、柏木さんを攻略するジゴロ主人公。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


次回更新は6月12日です。


面白いと思って頂けたらいつでも感想&評価をどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ