40話 ヒトハダノヌクモリ
「ゆずちゃんは司とどんな形で知り合ったのかしら?」
「司君と出会った時のことですか?」
「そうそう!」
夕食を終えた頃、母さんがゆずに俺との出会いを尋ねた。
ゆずがこっちをチラリと見たあと、母さんの方に顔を向けた。
ゆずとの出会いは俺のトラウマに抵触する話だ。
当事者である俺の顔色を窺って、話すかどうか決めたのだろう。
本当に彼女の優しさには脱帽ものだ。
「三週間程前に、危うく事故に遭いそうになった司君を助けました」
「あらやだ命の恩人じゃない! これはもう司が責任取るしかないわね!」
「命の恩人なのは間違ってないが、恩返しに俺と付き合って下さいは違うだろ!」
命を救われたから交際を迫るとか、そんな相手の善意に漬けこむようなストーカーみたいな恩返しがあってたまるか。
「それでゆずちゃんはうちの息子のことをどう思っているんだ?」
うおう、なんて下世話な……。
父さんの表情がこれでもかと嬉々としている。
「えっと、いつも私のことを気にかけてもらって、感謝の念しかありません」
「おいなんだよ、お前の方がベタ惚れなのか?」
「そっちの意味で気にかけているわけじゃねえよ、友達として当たり前のことだろ」
馴れ馴れしく肩を抱いてきた父さんの腕を払いつつ、そう訂正した。
美少女たるゆずの言動でたまにドキッとさせられることはあるけど、それ以上の気持ちは一切ない。
「ゆずちゃんってかなり可愛いから学校でもさぞモテているんでしょうね」
「その……私は言われるほど可愛くはありませんよ?」
「やぁだぁ、そんなに謙遜しなくてもいいじゃない! 私が今まで会ってきた女の子で一番可愛いって断言出来るわ! 自信を持ちなさいな!」
「は、はぁ……」
母さんの言葉を世辞と受け取ったゆずの謙遜に、母さんは朗らかに返した。
その事にゆずは納得がいかないながらもそう頷いた。
柏木さんもそうだけど、二人共案外自分の容姿に無頓着なんだよな……。
だからこそ、自然な振る舞いで周囲の注目を集められるんだろうけど。
「司も魔法少女オタクになったことで三次元の女の子に興味を失くしたのか、俺達の教育は無駄だったのかと、陰ながら涙で枕を濡らしたもんだが、ゆずちゃんがいてくれてよかった」
まるでゆずが嫁に来てくれたみたいな言い回しになってる……。
「色々余計だし父さん達の教育はもれなく徒労に終わってるよ」
「(教育は既に完了済みだ間抜けぇ……!)そうかそうか、お前がそう思うんならそうなんだろうな、お前の中ではな」
「その言葉そっくり返すよ」
なんで頭脳戦を繰り広げた会話になっているんだ。
これ以上両親と会話を続けていると、ゆずにあらぬことを言い出しそうだ。
二階にある俺の部屋に行こう。
そうしよう。
「さて、そろそろ部屋で休むか、ゆず」
「あ、待ってください。夕食をご馳走になったのでせめて食器の後片付けをお手伝いさせて頂こうかと……」
ゆずが思わず尊敬したくなる程純粋な気遣いを見せると、母さんが両腕で身体を抱きしめて悶えだした。
父さんは父さんでガッツポーズをしていた。
「あああああああ! この子義娘にほしいいいいいいい!!」
「なんてことだ、最高じゃないか!!」
うちの両親が骨抜きにされた。
俺もゆずならマジで良妻になれるんじゃないかと思う。
誰のかは知らんけど。
しばらく悶えていた母さんはやっと落ち着いたかと思うと、俺とゆずに親指を立ててグッドサインを送ってきた。
「ゆずちゃんはまだお客様なんだからそこまでしなくても大丈夫よ! それより声はしっかりと抑えてね!」
「まぁハメ外し過ぎて多少音が漏れようとも、父さん達は一切知らんぷりしてやるから安心しな!」
まだ言うかこの人達。
頭の中が男子高校生の俺より煩悩塗れじゃないか?
「分かりました。騒がしくしてお二人にご迷惑をお掛けしない様にします」
「そうだぞ、俺とゆずはともだt――って、え?」
ゆずが頭を下げながら言った言葉に何度目かになる俺の友達宣言が最後まで紡がれることは無かった。
ゆずさん?
今なんて言いました?
俺も両親もゆずが放った言葉に頭の理解が追い付かず、リビングがシンと静まり返った。
一方のゆずはいつもの無表情だ。
「あら、あららら、そうれじゃあお邪魔しちゃ悪いわねぇ」
「そぉだなぁ、後はお若いお二人で……フヒヒ」
いち早く復帰した父さんと母さんはニヤニヤとした表情を隠すことなく、そう言って各々の作業に入って行った。
「それでは司君、お部屋に案内してもらってもよろしいでしょうか?」
「アッハイ」
俺は未だゆずの爆弾発言によりショートして混乱した頭のまま、そう返事するのがやっとだった。
~竜胆家二階:司の部屋~
俺の部屋は母の暴挙によりアニメグッズが空き部屋に移されているため、布団を一枚追加しても問題ないスペースが出来上がっていた。
そして俺とゆずはベッドで隣り合って座っていた。
「ここが司君のお部屋なんですね……」
ゆずは俺の部屋を見渡してそう呟いたが、俺はというと気が気でなかった。
それはベッドの下に隠しているものがあるとかそういうアレではなく、ゆずがさっき口走ったことの真意について思考をフル回転させていた。
(どういうことだ!? 騒がしくしてお二人にご迷惑をお掛けしない様にしますって、それって遠回しな合意なのか!? いくらゆずに信頼されているからって、恋人でもないのにそんな事をしていいのか!?)
滑稽だと思うなかれ。
これでも健全な男子高校生……今まで特定の相手が居ないことはなかったけど、我ながらヘタレな俺はまっさらな童貞です。
突然降って湧いた脱童貞のチャンスに、激しく動揺するにはゆずの爆弾発言は心臓に悪過ぎた。
心臓の音がバクバク鳴ってて過去最高にやかましい。
いやぁ、だってねぇ……いくら魔法少女オタクと言えど一男子高校生らしくそういったことには人並みに興味はあるわけでして……それがゆずのような美少女が相手となると、色々ねぇ……。
父さん達には言っていなかったが、ゆずは十四歳……二歳差で飛び級をしているとはいえ年齢的には中学二~三年生の女子中学生だから、高校生の俺としては言いようのない背徳感があるわけですよ。
だが、少なくともゆず側は俺をそういう対象にしてもいいと判断しているようだ。
なら後は俺の気持ち次第だろう。
さっきも言ったが俺はキチンとした好意の上で交際をしたい純情派だ。
体だけの関係なんてもっての外だ。
ゆずの気持ちに応えるには相応の気持ちでもって返すべきだと思っている。
だからせっかくの脱チェリーのチャンスだが、ここは何としてでもナシの方向に進めよう。
ヘタレというなら笑え。
あくまで望むのは健全な付き合いだ。
「なぁ、ゆず、さっきのことだが……」
意を決してゆずの方に顔を向けると……。
何故か彼女は床に張り付くようにして俺のベッドの下を覗きこんでいた。
……いや、なにしてんすかゆずさん?
「ゆず? 一体何をしているんだ?」
俺がそう尋ねると、ゆずは顔を上げて答えてくれた。
「えっと、鈴花ちゃんに〝異性の部屋のベッドの下に面白い物がある〟と教わったので、その真偽を確かめようと……」
ゆずは至って真剣な面持ちで目的と黒幕を教えてくれた。
「鈴花ぁ!!!!」
俺は堪らず旅行で県外にいる友人の名を叫んだ。
ゆずにナニを吹き込んでんだ、あの馬鹿は!!!
元からそこに隠していないのと、直前に母さんが掃除していたのもあって、鈴花の目論見は失敗に終わったものの、ゆずに余計なことを教えた罪は消えない。
戻ったらアイツの黒歴史をバラしてやる。
「司君、そんなに大きな声を出しては下にいるご両親に迷惑ですよ」
怒りのあまり出た大声をゆずに咎められた。
ごめんなさい。
「悪い、時間を考えるべきだった」
「自分で宣言したことを破っては意味がありませんからね」
「そうだな、まさにそのとおr――ん?」
待てよ?
今何か大きなすれ違いがあった気がする。
『ゆずちゃんはまだお客様なんだからそこまでしなくても大丈夫よ! それより声はしっかりと抑えてね!』
『まぁハメ外し過ぎて多少音が漏れようとも、父さん達は一切知らんぷりしてやるから安心しな!』
『分かりました。騒がしくしてお二人にご迷惑をお掛けしない様にします』
さっきゆずは母さん達の言葉に対してそう返した。
それで俺と両親はゆずが俺とそういう行為に及ぶことを同意したと思った。
『司君、そんなに大きな声を出しては下にいるご両親に迷惑ですよ』
『自分で宣言したことを破っては意味がありませんからね』
でもついさっきゆずはまだ行為に及んでいないにも関わらず、俺がゆずの宣言を破ったという風に言った。
なんだ?
何かがおかしい……?
うちの両親がおかしいことを除いて、俺とゆずの間で何かが明確にズレている……。
「あ、何かありました」
「えっ!?」
後何かもう一つピースがあれば解けそうな疑問に頭を悩ませていると、未だベッドの下を観察していたゆずが何かを発見した。
ゴミか何かかと思って、ゆずがベッドの下から見つけた物を引っ張り出した。
その手には避〇具の一種があっtああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
「そぉい!!」
「きゃっ!?」
俺は咄嗟にゆずの手に乗っていたブツを強奪して速やかにゴミ箱へ処分した。
突然の行動でゆずを驚かせてしまったが、これはうちの恋愛腦が行き過ぎて煩悩に染まった両親が原因だ。
俺の部屋にあんなものは存在していなかった。
「な、何を捨てたんですか司君?」
「お菓子の空箱」
「そ、そうですか……」
幸いゆずはパッケージを見ていなかったようで、俺の言葉を一切疑うことなく鵜呑みにした。
というかさっきのブツのせいで欠けていたピースが埋まった。
ゆずは日常に疎い。
これすなわち、さっきの両親の声を抑えておけという言葉を、行為中ではなく普通に会話で騒ぐことだと思ったのだ。
会話の流れですっかりそっち方面に思考が向いていた俺達は、ゆずの勘違いに勘違いを重ねたのにも関わらず奇跡的に噛みあっていたというわけだ。
つまりさっきの俺の自問自答は完全に無駄だったということになる。
いやぁ~安心安心!
俺とゆずは依然友達のままだったんだ!
あ~安心した!
だから別に落ち込んでなんかねえよチクショウ!!
一通り状況を理解したところで、今夜の寝床をさっさと決めよう。
決して早とちりした自分を忘れたくて不貞寝したいわけじゃない。
ないったらない!
「さて、寝る場所だがゆずはお客さんなのでベッドで寝てもらう」
これは頑として譲ることは出来ない。
しかし、ゆずから反論が出てくる。
「いえ、私がお邪魔をしている身ですので、司君がベッドで寝てください」
やっぱりそう来たか……お泊り定番の〝どっちがベッドで寝るのか〟イベント……。
これはどっちかが折れるか、妥協案で済ませるかの三択なのだが、ここで俺が折れるとゆずに申し訳ない。
かといって妥協案も頂けない、というより先ほどの両親が言った〝ベッドで一緒に寝ろ〟がまさにその妥協案なのだ。
そちらを選ぼうものなら、初咲さんや鈴花に何を言われるか分かったもんじゃない……絶対に避けるべきだ。
……妥協案が一番妥協していない気がするが今は置いておこう。
「その、このベッドの大きさなら私と司君が一緒になっても幅に余裕があるようにも見えるのですが……」
「男女が一緒のベッドで寝る方が問題なんだよ。出来れば別々に寝た方がいいんだ」
「そういうものなのですか?」
「そういうもんだ」
そうして必死な俺の説得にゆずが折れて問題は解決した。
今日のデートの感想や、月末にある中間テストのために少し勉強をして、一通り終わったころには夜の十一時を過ぎていた。
「あ~ふぁ……っと悪い」
思わずあくびが出てしまった。
「いえ、もう十一時ですね、そろそろお休みにしましょうか」
「……だな」
部屋の明かりを消して、俺は床に敷いた布団に、ゆずは俺が使っていたベッドに入る。
「ふぅ、お部屋に入った時もそうですが、司君の匂いしかしませんね……」
「……嫌なら消臭剤使うか、別の部屋用意しようか?」
「私は嫌だなんて一言も言っていませんよ?」
「そっか、けど嫌になったら言ってくれよ? 自分の匂いってわかりにくいから」
そんな会話を交わしたが、次第にまどろんでいき、俺達は眠りについた。
目を覚ますとなにか温かいものが体に触れているのが分かった。
「……ん?」
温もりの正体を確かめようと、視線を向けると……
「――っ!?」
ゆずが俺に抱き着いていた。
腕を枕代わりにして。
え? なんで?
俺は布団で寝てて、ゆずはベッドで……ええええ!?
寝相悪いとか!?
目の前に美少女の寝顔があるとか、右脇腹に触れる柔らかい感触だとか、女の子特有の良い香りだとか、色んな要素で頭がパニックになっていた。
ああ、そうか夢だ!
これは俺が見ている夢に決まっている!
でも腕のゆずが枕代わりにしている痺れが現実と訴えているため、じつに儚い現実逃避だった。
しかし、このままでいい理由もない。
「なぁ、ゆず、起きて……」
「すぅ……すぅ……ふふ……」
……起こすのもなんだし、このままにしておこう。
そうしてゆずが目を覚ますまで、その温もりを感じながら俺は煩悩と戦い続けた。
ゆず「なんだか暖かかったです」
【予告】
隅角に頼んでいたものが完成!
次回更新は5月21日です。
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