34.5話 2章プロローグ 新たなる脅威
二章開幕。
プロローグだけだと短いので、7時にもう1話更新します。
―日本、福島県某所―
陽が沈み、夜の暗闇を月明かりが照らしだす山道を二人の魔導士が歩いていた。
「ふわぁあ……」
「ちょっと紗里、今は巡回中でしょう?」
「ごめん夏凛~、でもこう暇だと欠伸の一つや二つ出ちゃうって~」
「その欠伸一つで死ぬかもしれないでしょ? そうじゃなかったら油断大敵、注意一瞬怪我一生なんて言葉は世の中に無いわ」
紗里と呼ばれたショートヘアの魔導士は、緊張の緩みから欠伸が出てしまい、それを夏凛と呼ばれた、腰の長さにまでに伸ばした髪をウェーブ状にした魔導士が注意する。
二人は魔導士として一年以上共にペアとして戦ってきたため、このくらいの気安い会話は日常茶飯事だった。
ゆず達未成年の魔導少女には彼女達魔導士に課せられている巡回義務が無い。
あくまで巡回義務がないだけで、夜間に唖喰がでた場合は戦闘に駆り出されるのだが……。
巡回の主な目的ははぐれ唖喰の捜索及び討伐である。
ポータルから離れた唖喰ははぐれとなって独立行動をするため、司の時のように一般人が被害に遭うのを防ぐためだ。
「唖喰の思考は狩りをする肉食動物を同じように、獲物が群れている時は狩りを控える。獲物を確実に狩れるときまでひたすら気配を消しているわ。だからこの巡回は私達自身が囮になって唖喰をおびき寄せる意味合いもあるのよ」
そう、夏凛が言ったように魔導士であっても未成年である魔導少女達に巡回義務が免除されている最大の理由は魔導士自ら囮になるからである。
囮になるということは当然命の危険も高いため、みすみす未成年である魔導少女には任せられないというのが、組織側の恩情とも言える処置だった。
「わかってるけどさ~、日本には〝最高序列〟の五人のうちの二人がいるんだから~、あんまピリピリする必要ないでしょ~?」
「それが油断に繋がるって言ってるでしょ……!?」
夏凛の忠告を適当に受け流す紗里だが、なにも彼女は油断をしているわけではない。
はぐれ唖喰を発見しやすいように彼女の探査術式による索敵に集中力を割いているので、会話に集中出来ていないだけである。
術式には〝同時発動限界数〟というものがある。
これは読んで字の如く、魔導士・魔導少女個人で同時に発動できる術式の限界数を指す。
鍛錬によって魔力量を増やすことは出来るが、発動限界数は各個人の才能によって決まる為、一切増減しない。
一般的な魔導士の同時発動限界数は三つまで。
常に発動を義務付けられている身体強化術式を除けば、戦闘中は二つしか発動できないということになる。
なお治癒術式だけは発動限界数に関係なく他の術式と併用することは出来ない。
現在紗里は身体強化術式と探査術式の二つを発動させているため、先の通り会話に集中力を割けないでいたのだ。
そして、会話の中で出てきた〝最高序列〟というのは、オリアム・マギに所属する世界各国の魔導士・魔導少女達の中で最も優れた五人の事を指す。
この最高序列に名を連ねる五人は全魔導士・全魔導少女にとって頂点とされる人物達であり、世界を唖喰から守る人類の希望でもある。
当然、ずっと同じ五人であるわけではない。
一年ごとに選考されるが、ここ三年は誰一人として入れ替えが起きていない。
その五人の内二人が日本人であり、日本支部に所属している。
序列第五位〝術式の匠〟。
術式開発に余念が無く、術式を同時に五つも発動させることができ、戦況に応じて豊富な固有術式を多数抱えている等、未だ魔導少女とは思えない程であり、まさに術式の扱いに長けた匠であると言われている。
序列第一位〝天光の大魔導士〟。
他の四人の追随を許さない程の圧倒的な魔力量を誇り、高い戦闘技術も相まって、歴代の魔導士で最強とされる〝大魔導士〟の名を冠している。
十数人の魔導士が揃って発動できる術式を、なんと個人で発動できると言われている。
第五位だけならまだしも、第一位も日本支部に所属していることは、一部他国支部から日本支部にパワーバランスが傾いていると指摘されてはいるものの、日本国は過去の大戦により戦争のための武力を放棄している。
ありのままに言えば平和ボケをしている者が大半であるため、日本支部は他国の支部に比べて魔導士の人材確保・育成に時間が掛かる。
結果的に一国に所属する魔導士の人数に差が出るのだから、むしろ二人いる分帳尻合わせは出来ているようなものだということで、現状は落ち着いている。
「確かにそんな凄い五人の内、二人が日本人なのは驚きだけどさ……二つ名とか中二染みてて痛々しくない……?」
「組織の上層部が三日三晩掛けて考えたらしいよ」
「……魔導少女の命名といい、前々から疑問に思ってたけど上層部って暇なの?」
二人は時折会話を続け、二十分経過した頃、紗里の索敵範囲に唖喰が入った。
「夏凛~、はぐれ来た……ってはえ? なにこれ?」
「はぐれが!? ねえ紗里、どこから!?」
報告の途中で紗里が口を止めたため、夏凛は続きを促すが、紗里の反応は曖昧なものだった。
「なにこれ!? 八時の……いや三時の……これも違う、ああもう!!」
「だから、どの方向から……」
「わかんないって!! なんかあたしたちの周囲をぐるぐると……」
紗里が最後まで言葉を発することは出来なかった。
何故なら紗里の首を何かが走ったと夏凛が認識した時には、紗里の首から先が消えていたからだ。
「――っ!!? はぐれ! 防御術式発動!」
一年以上苦楽を共にした紗里の突然の死に動揺しながらも、夏凛は即座に対応に移る。
非情とも思えるその速さは彼女が熟練の魔導士である証拠だった。
――だからこそ、目の前の光景に絶句してしまった。
「―――なん」
声を絞りだした時、夏凛は自分の視界が急転したのを見た。
夏凛も紗里と同じく首を斬り飛ばされたのだ。
彼女の目に映った最期の光景は……。
大型の唖喰に貪られる自身と紗里の遺体だった。
7時にもう1話更新します。
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