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315話 和良望麻千の狙い


 和良望麻千(まち)……季奈の母親である彼女がそう名乗ると、自ら引き摺っている娘を一瞥してからまた俺達の方へ顔を向ける。


「皆さん、ウチの家出娘と仲ようしてくれてたみたいで、親としてありがたいことやわぁ」

「ちょ、やめてーやオカン!」


 恭しい挨拶に、季奈が顔を赤くして苦言を放つ。


 言葉だけを聞けば、まるで家に友達を連れて来た時の母親のそれだ。

 一見すると微笑ましい光景のはずなのに、麻千さんから漂う厳かな雰囲気が笑みを浮かべさせてくれないと感じてしまう。


「こぉら。そないなことゆうたら、偏屈なアンタと根気よぉ付きおうてくれた皆さんに失礼やでぇ」

「いだぁっ!?」


 うわっ。

 今、季奈の頭を叩いたんだろうけど、手の動きが一切見えなかった。

 

 彼女のリアクションが無ければ気付けなかった早業に、絶句以外の反応が出来ない。

 どう声を掛けたものか判断に迷うな……。


「お久しぶりです、麻千さん。その様子だと季奈ちゃんの迎えに来たようですが……家出とはどういうことでしょうか?」

「おぉ~天光の大魔導士さんや! 久しぶりやなぁ~」


 呆然とする俺達に代わって、面識があるらしいゆずが質問を投げ掛ける。

 朗らかに再会を喜ぶ面持ちから、浅からない関係のように見えた。


「知り合いなのか?」

「魔導六名家の現当主だからという理由もありますが、麻千さんは私より二代前の大魔導士なんです」

「ええっ!?」


 思いにもよらなかった関係性に、驚きを隠せず声を上げてしまう。

 和良望家の当主だから、一介の魔導士よりは強いとは推測していたが、それでも実際の強さと掛け離れていたみたいだ。

  

「二代前って言うと、確か『月光の大魔導士』でしたよね。あれってキナさんのお母さんだったんですか!? う、うわぁびっくりです!!」」

「あらぁ~そないな風に言われたら年甲斐も無くはしゃぎそうやわぁ」


 ルシェちゃんの感嘆した様子に、麻千さんが満更でも無い風に返す。

 その娘である季奈が第五位なのは、ある意味納得が出来る話だ。


「積もる話もあるんやけど、先に質問に答えないかんわなぁ。まぁゆうても単純な話で、ウチが用意した縁談から家出して逃げたってだけやねん」

「な、なるほど……?」


 なんて関心も他所に、麻千さんが仕方なさそうに眉を曲げながら問いに答えた。

 その答えにゆずが何とも言えない表情を浮かべる。

 

 あぁ、うん。

 多分誰が聞いてもそういう顔になるよ……というか家出の理由が縁談から逃げるためって……。

 それなら──。


「普通に断るんじゃダメだったのか?」


 縁談と聞いて真っ先に浮かんだのがその疑問だった。

 同じ魔導六名家であるアリエルさんだって何度も断って来たんだし、季奈にだってそのくらいの権利はあるはず。


 その質問に、季奈は心底呆れた面持ちを浮かべ出し……。

「断ってもオカンが頻りに持ち掛けて来るからうんざりしたんや」

「和良望の次期当主筆頭が未婚やなんて、母親としても現当主としてもそんな恥を晒す真似は許さへんわ。大体うんざりってなんやの? ウチは季奈のためを思って縁談相手には気ぃ遣っとるやんか。そないなこと言われたら心外やわぁ」

「それも前からゆっとるやろ? ウチは当主になる気はあらへんし、そもそも術式の研究のために結婚なんてしとる暇ないっちゅうんねん」

「世捨て人気取りも大概にしぃ。最高序列に届く実力と環境を整えたのが誰か、忘れたわけやあらへんやろぉ?」


 素朴な問いから、母娘の熾烈な舌戦に発展したんだけど。

 季奈と麻千さんの口振りから、この口論がこれまで幾度となく繰り返されて来たのだと察せられる。


 口を挟む隙も見えない口喧嘩に、俺達はもちろん先に要件があったはずのアルセリウスさんとイーディスさんも置いてけぼりだ。

 

 アルヴァレス家の騒動もかなり混迷を極めていたものだが、和良望家も中々一筋縄では行かない空気を感じる。

 季奈の夢のために恋愛にかまける暇が無いという主張、麻千さんの現当主として後継に託すという主張、どちらも『正しい』からこそ何も言えないのだろう。

 

 だが、それならそれでどうにも気掛かりな点が出て来る。


「お二人の言い分は良く分かりましたわ。ですがマチ様。それならばどうしてキナ様を早急に連れ戻さなかったのでしょうか?」


 丁度頭に浮かんだ疑念を、アリエルさんが代弁して尋ねてくれた。

 そう、麻千さんがこうして季奈を連れ戻すなら、いくらでもタイミングはあったはずで、今になってやって来た理由がイマイチ見えてこない。


 ただの親心で家出した娘を連れ帰るというのにはあまりに唐突過ぎる。

 季奈の友人として、理由くらいは聞かせてもらいたいのだが……。


「それはなぁ、季奈に新しい縁談を持って来たからやでぇ」

「はぁっ!? なんやそれ!?」


 そんな問いに対し、麻千さんは今度こそイケるという風な笑みを浮かべて答えた。

 真っ先に季奈が反抗の声を上げた通り、縁談が嫌で家出されたのに縁談を持ってくるとか、意味が解らなくて首を傾げてしまう。


「安心しぃ。今回の縁談相手はアンタもよぉ知っとるし、性格や能力に将来性とウチの眼鏡にも適ってある。過去最高の太鼓判を捺したるわ」

「いやいやいやいや、ウチが縁談から逃げた理由って相手がどうこうちゃうんやけど!? というか知ってる相手って誰やの?!」

「おるやん。ここに」

「え?」


 この場にその縁談相手がいると聞かされた季奈が、きょとんと目を丸くして呆ける。

 それは俺達も同様だったが、すぐに対象に思い当たった。


「季奈ちゃんの縁談相手って、アルセリウスさんのことなんですか?」

「んなアホ言わんわ。誰がこんな色ボケを娘の婚約者にするねん」

「え、あ、ご、ごめんなさい……」


 どうやら違ったようで、予想を否定された菜々美が恐縮そうに肩を縮こめる。

 バッサリと切り捨てられたことに、微塵も堪えた様子も無いアルセリウスさんが口を開き……。


「うむ、その通りだ! キナ嬢には申し訳ないが、オレサマはネリス一筋ゆえに結婚することは出来ん! すまない!」

「なんでウチが告ってフラれたみたいな言い方するん!?」


 放たれた断り文句に、季奈が鋭いツッコミで返す。

 さながら漫才のようなやり取りだが、ハッキリ言って笑える空気じゃない。


 麻千さんは季奈の縁談相手はここにいると言った。

 アルセリウスさんが日本に来た理由がそうじゃないかと思ったが、こうも違うと断言されては考えたくない方の可能性が浮かんでくる。

 当然だが、アルセリウスさん以外の男性は俺以外だ。


「あの、待って下さい。その言い分では、季奈ちゃんの縁談相手に司君を選んだという風にしか聞こえますが……」

「そうや、竜胆司を和良望家へ婿としてお招きするつもりやねん」

「──なっ!?」


 既に決まったことのような物言いに、俺だけでなくゆず達にも衝撃が走る。

 まさに頭に過った不安が的中した瞬間だった。

 マジかよ……なんだって俺なんだ?


「……どうして、司君なのでしょうか?」

「竜胆君やったら、ウチの季奈を任せられるって判断したからやでぇ」


 物凄い繕ってるけど不満が駄々洩れなゆずが静かに尋ねる。

 だが直接威圧されているうはずの麻千さんは柳に風な調子で、まるで気にした素振りを見せない。


「──ちゅうわけで、アルヴァレスさんの持ってる魔導婚の許可証にはサインできひんわぁ。そないなことしたら、季奈と竜胆君が結婚させられへんしなぁ」

「──っ、そうですか……」


 それどころか、俺達の望みに繋がる手段である魔導婚も不許可にされた。

 魔導六名家の当主達の許可が必要だというのに、これではせっかくの魔導婚も台無しだ。

 

 この宣言は流石のアリエルさんも予想外だったようで、歯痒そうな苦い面持ちを浮かべている。

 俺達のために世界中を周っていたのに、その労力を否定されたようなものだから当然だろう。

 何よりアリエルさんも俺に好意を向けている一人だからこそ、麻千さんの持ちだした縁談には納得出来ない。


「お言葉ですがワラモチ様、リンドウ・ツカサはアリエル様の婚約者です。にも拘らずアルヴァレス家になんの通達も無しにその様な決定をされるのは、些か礼儀に欠けているのではありませんか?」

「クロエ……」


 意外にも、俺を嫌っているはずのクロエさんから擁護された。

 もちろんアリエルさんを慮ってではあるが、あれだけ否定的だった婚約を後押しする発言に、胸に一抹の安堵が募る。


「まぁ一理あるわな。でも魔導婚を結ばん限りは口約束にしかならんやろ?」

「──っ、それは……」

 

 だが、麻千さんはそれを無効だと主張する。

 クロエさんが否定出来ないのも無理もない。


 麻千さんの言う様に婚約者と言っても、まだ正式な工程を踏んでいない口約束だからだ。

 それは俺が未成年だからというよりも、自分の気持ちに踏ん切りをつけられなかったからでもある。

 文化祭で鈴花に発破を掛けられてようやく決断して、魔導婚を結んでからようやく本格的に進むと言った段階だ。


 麻千さんが俺達の魔導婚に許可を出さない以上、口約束を法的な契約に替えることは適わない。


「で、でもつーにぃがきーちゃんと結婚するなんてダメです! ひーちゃん達だってつーにぃが好きなのに!」

「そうです! 私達の意見を無視して、勝手に話を進めないで下さい!」

「キナさんのご実家でも、ボク達はツカサ先輩を譲る気はありません!」


 だからといってそんな理屈で引き下がる程、彼女達の想いは弱くない。

 翡翠、菜々美、ルシェちゃんの順で麻千さんに縁談に待ったを訴えかける。


「ほ~……噂通り、随分とモテてはるみたいやなぁ……」

「……ありがたい限りです。もちろん、俺も彼女達を裏切るつもりはありません」

「はぁ~義理堅いことやねぇ~……」


 彼女達の訴えに、麻千さんは感心したような表情を浮かべる。

 俺も否定はせずに自分の気持ちをハッキリと伝えたところ、彼女はより一層笑みを深くし……。







「益々、逃すには惜しいわぁ」

「──っ」


 さながら絶好の獲物を目にした狩人のような眼差しに、心臓を掴まれたような錯覚から思わず身が竦む。

 

「好いた惚れたの青春は結構やけど、そんな情に訴えられてたら当主はやってやれへんねん。悪いけどツキが無かったって諦めてもらいたいわぁ」


 その言葉は聞き入れられないと告げると共に、麻千さんは空いている手を掲げる。

 何をする気かと咄嗟に身構えるが……。

 

()()()

「──っ!!?」

「きゃっ!?」


 唐突に別れの言葉を発してパチンと指を鳴らした瞬間、視界が真っ白に染め上げられた。

 誰かの声が聞こえてようやく目くらましだと解かるが、途端に足元が覚束なくなる。


 ──やばい、攫われる!?


 瞬時にそう判断し、思惑通りにさせてたまるかと必死に手足を動かして抵抗する。

 身体強化術式を使うまでも無い相手だって思ったら大間違いだ。

 せめてこの閃光が収まるまでは耐え切ってやる。


 固い決意の中、襲い来るであろう麻千さんを待ち構えるが、不思議と何も襲って来なかった。

 警戒して近付いて来ないのか?


 それとも俺を攫うって発想自体が早とちりだった?

 妙な肩透かしを覚えつつも、きつく閉じた瞼越しに視界が元に戻っていくのが分かる。


「ゆず、みんな! 大丈夫か!?」


 近くにいるはずのゆず達に声を掛けるが、返事は一向に聞こえない。

 加えて周囲の空気が変わったように感じる。

 何というか、匂いが違う。


 組織の食堂は料理の匂いがほんのりとした清潔感のある空気だったが、今匂うのは自然のマイナスイオンのように爽やかなモノだ。

 

 一体どういうことなのか、ゆっくりと目を開けてみれば……。


「──は?」


 ──視界には、見知らぬ広い和室が広がっていた。

 

 おかしい。

 俺はさっきまで日本支部の食堂にいたはず……なんでいきなり和室?


「お待ちしておりました」

「えっ?」


 戸惑いを隠せず呆けていると、背後から聞き慣れない声に呼び掛けられる。

 反射的に振り返れば、そこには仲居さんのように質素な和服に身を包んだ女性が恭しく正座をしていた。


「えと……あなたは?」

「竜胆様のことは大奥様よりお話を伺っております。私は波瀬乃(はせの)栖尼(すあま)と申します。この度の季奈お嬢様との婚姻までのお世話をさせて頂きます」

「は、はぁ……?」


 波瀬乃さんの紹介に生返事で答える。

 大奥様は麻千さんのことだろう。

 そして季奈との縁談がいつの間にか婚姻に昇格している。

 

 ……おいおい、待て待て。

 つまりここってまさか……。


 今いる和室がどこにある部屋なのかを察した俺に、波瀬乃さんは眉一つ動かすことなく続ける。


「突然のことで動揺されているようですので、簡単に説明しますと……、









 竜胆様は大奥様が発動した転送術式により、和良望家本邸がある大阪の当屋敷へやって来られました」


 そうだった。

 麻千さんだって魔導士なんだから、直接触れなくても転送術式があれば新幹線で二時間半の距離でも秒で連れて来れるじゃん。

 元最高序列第一位にしては、随分と陰湿な使い方だけども。


 尤も、その文句を言いたい相手は何故かこの場にはいないのだが。

 

「……と、東京に帰ることは?」

「なりません。季奈様との婚姻成立、引いては次代の子作りが為されるまで当屋敷に軟禁させて頂きます」

「マジですか……」

「マジです」


 ダメ元で帰ることが出来ないか尋ねるも、にべもなく却下された。

 むしろ縁談の先にある目的を仄めかされて──いや思い切り明かされたし。


 いや、うん。

 こういう政略結婚って跡継ぎを作るのが主目的な例もあるけど、麻千さんの狙いはそこにあったらしい。

 

 色々と多過ぎる情報量の中で、その事実だけはしっかりと理解出来てしまったのだった……。


今日更新出来たの、かなりたまたまだからね??

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[一言] 待ってます
[一言] たまたま(毎日投稿します)ですか?ありがとうございます
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