313話 聖夜が近付く頃
待たせてごめんなさい(; ・`ω・´)
でもまだ再開出来る目処が立ってません。
十二月に入って半分が過ぎた。
もう半分過ぎると年が明ける……思えばこんなに濃密な一年は初めてだ。
魔導少女と唖喰の戦いやゆず達のこと……思い返してもキリがない。
心が折れそうなことや死にそうなことだってたくさんあったのに、こうやって生きているのは奇跡という他にないだろう。
そうしてそんな時期にクラスの話題に上がるのは、後十日もないクリスマスについてがほとんどだ。
やれ誰とどこに行くだとか誘うとか告白するとか……果ては行き着くとこまで目論む人もいる。
同年代の話だというのに妙に他人事に感じるのは、自分自身の環境が特殊なせいだろう。
現に……。
「──というわけで、クリスマスは皆さんで過ごしませんか?」
放課後、今日もオリアム・マギ日本支部へ向かう最中、青色の瞳を爛々と輝かせる後輩の女の子──ルシェア・セニエがいつものメンバーでクリスマスを過ごすことを提案してきた。
彼女曰く『クリスマスは男女で過ごすもの』と教わったらしい。
リア充嫌いの由乃らしくない言葉に、アイツは絶対面白がって吹き込んでると察する。
次に会った時はしばく。
そう密かに決めつつ、ルシェちゃんへ返答を口にする。
「前から予定は開空けてたから大丈夫だけど……ゆずはどうなんだ?」
「えぇっと……司君がよければ私も参加していいですか?」
「はい! ツカサ先輩はもちろんユズさんもぜひご一緒しましょう!」
「……ルシェアさんには言ってません」
「あはは……」
両想いである俺は当然として、ゆずも参加に名乗り上げたことにルシェちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
一方のゆずは眉を顰めており、何だか不満そうだった。
もしかしたら、俺と二人でクリスマスを過ごしたかったのかもしれない。
その気持ちは嬉しくはあるものの、文化祭での出来事を経てゆずとルシェちゃん……この場にいない三人を受け入れると決めた身では、二人きりの時間は多く取れないことは想像だに容易いものだ。
そう考えると罪悪感を懐いてしまうが、こうなることは自業自得だと分かり切っている。
後ろ髪引かれる思いを振り切っていると、ルシェちゃんがこっそり顔を近付けてきた。
なんだろうかと耳を傾け──相変わらずイイ匂いだな。
「やっぱり……ユズさんに避けられてますよね?」
「ルシェちゃんが悪いんじゃないって。十中八九俺の答えのせいだから」
君が悪いことなんてないと言外に励ます。
そう……未だゆずからの返答はない。
もどかしくはあるが俺自身がこの前まで答えを出せなかったこと、その答えが五人の告白を受け入れる──つまりハーレムを認めるというとんでもないものだったために、答えを急かすのは筋違いだと自分に言い聞かせる。
あの場でハーレムでも構わないと気持ちを通わせた四人が例外的なのであって、現代の恋愛観からすればゆずの方が正常な状態だ。
その弊害というか……今のように最近のゆずは妙にルシェちゃん達に素っ気ない態度が続いている。
俺を除いてまとも接しているのは、鈴花と季奈にクロエさんと極少数だ。
クールに見えてその実は独占欲が強いところがあるので、彼女にとってハーレムは受け入れ難いのものだろう。
ハーレムにおいて何より重要なのは女性陣の関係だ。
いくら俺が五人を平等に愛すると言っても、その愛を自分だけに向けて欲しかった側からすれば、他の女性に向けられるなんて耐えられない。
それでも、俺は美沙や鈴花の時のような後悔はしないと決めた。
だからずっと目を逸らし続けていたこの選択を取ったし、結果的にゆずが離れることだって承知の上だ。
この想いを貫かないと、鈴花に申し訳が立たない。
自分が恋人になる幸せよりも、俺の幸せを願って背中を押してくれたんだ。
決してそこだけは間違えないと、心に誓ったのだから。
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「あ、司くん。こんにちわ」
「こんにちわ、菜々美」
訓練に行くゆず達と別れて食堂で勉強をしていると、艶やかな栗色が目を引く女性──柏木菜々美が声を掛けて来た。
「今来たところなのか?」
「ううん、さっきまで訓練をしてたの。それで休憩ついでに飲み物を取りに来たら、勉強中の司くんを見つけて、ね」
「そうだったのか。なら隣に座るか?」
他人が聞けば些細な理由でも、両想いの相手とあってそれだけでも嬉しく思った。
流れで一緒にどうかと尋ねると、菜々美は目を丸くして遠慮がちに肩を強張らせる。
「い、いいの?」
「ちょっと難しい問題があってさ。未来の教師にご教授願えたらなぁって打算付きだけど」
「それでもいいよ。それじゃお隣失礼しまぁす」
咄嗟にでっち上げた理由に対し、菜々美は不満一つ見せることなく了承してくれた。
教師志望とあって、彼女の教え方は本当にわかりやすい。
それを素直に伝えても、本人は俺の呑み込みが良いだけと謙遜してしまうのが勿体無いと思う。
けれども、将来の職業もだが菜々美と同じ大学に行くと決めてからは、勉強に対するモチベーションが上がっているのも確かだ。
我ながら単純だとは思うが、何の目標もなかった頃に比べたら充実している。
「そういえばアリエルさん、最近見ないね」
「あぁ。ルシェちゃんから聞いた話だと、大事な用とかで全国を飛び回ってるらしい」
勉強が一段落したタイミングで振られた話題に、知りうる限りの情報を口にする。
アリエルさん──アリエル・アルヴァレスさんはフランス所属の魔導士で、ゆずと同じ最高序列に名を連ねる美女だ。
ここまでくれば分かると思うが、ゆず達と同じく俺に好意を寄せている。
想いを通わせたとあって、今まで以上に積極的に攻めてくるのではと警戒していたのだが、文化祭が終わってから忙しいらしく二週間以上顔を合わせていない。
五人の中で最も激しいアプローチが多かっただけに、こうも来ないと寂しさを感じてしまう。
一応ルシェちゃん伝いに元気だというのは知っているが、それでも会いたいと思うのは仕方ない。
「アルヴァレス家の自分にしか出来ないこと、だったっけ。どんな用事なのかなぁ」
「そこはルシェちゃんにも教えられてないってさ。ただ……」
──この行為がツカサ様達のためになることは確かですわ。
アリエルさんはそう言っていたと、ルシェちゃんから聞いている。
色々頭が回るあの人のことだ。
ハーレムを選んだ俺達の負担を減らすために動いているんだろうと察する。
一体どんな手段を取るつもりなのかは分からないが、そこは彼女を信じて吉報を待つ他ない。
「ゆずちゃん……まだ答えが出てないんだよね?」
「……あぁ」
言外に含まれた不満に申し訳なく思いながらも、表面上は毅然とした面持ちで返す。
ゆずの返事が決まるまで、菜々美達とは恋人らしいことはしていない。
……いやたまぁ~にアリエルさんを除いた四人のいずれかと二人きりの時に、せがまれたり流れでキスをしたことはあるけどさ。
勉強が終わる直前に実は菜々美と軽くキスしたけどさ!!
最早みんな『キスならセーフ』みたいな風潮が出来上がってる気がする。
それに流される俺も俺だが、回数をこなす毎に段々とクセになっているというか……何だか中毒症状みたいで若干怖い。
でも止められない……大丈夫なのか俺?
「──あ! つーにぃ発見です!」
「へ?」
そんな一抹の不安を感じていると聴き慣れた声が食堂に響いた。
振り返ってみれば、そこには何とも愛らしい美少女が元気な笑みを輝かせている。
その少女は妹の竜胆翡翠だ。
兄妹ではあるが血の繋がりはなく、俺と恋愛関係にある五人の中では最年少の女の子である。
言葉から察するに俺を探していたようだ。
「どうしたんだ翡翠?」
「訓練が終わったから、つーにぃとお話しようって思ったです!」
「あはは、それじゃ翡翠ちゃんもこっちにおいで」
「ありがとです、なっちゃん!」
可愛い理由に菜々美は嫌な顔をせず、翡翠を俺の隣に招く。
嬉しそうに隣に座った妹は、学校であったことを色々話してくれた。
辛い過去を経験したからこそ、一日を大切に生きていると伝わって嬉しく思う。
が、違うクラスの男子に告白されたとはどういうことだ。
というか両想いになったにも関わらず、ゆず達は毎日大変よくモテる。
正式に付き合ってるわけじゃないから仕方ないとはいえ、あまり気の良い話じゃない。
鈴花も一回告白されたようだが、当人は食傷気味だと言って断ったようだ。
一方の俺はというと、文化祭でゆず達と色んなところを回ったことで彼女達に並ぶのは無理と諦めた人が続出したらしい。
誰が広めたのか、前年度のミスコン優勝者である久城院先輩までもが振られたことも、失恋の空気を助長したようでもある。
男子側でも嫉妬を通り越して逆に崇拝されるようになってきた。
ぶっちゃけると鬱陶しい。
図らずもゆず達と関わるようになってから、スクールカーストはうなぎ登りだ。
全くもって嬉しくないし、今日の学校でもやたらとモテる秘訣を聞かれてうんざりした。
「あ、ナナミさんにヒスイちゃん。こっちにいたんですね」
「……どうも」
出来れば忘れたい記憶を隅に追いやっていると、訓練を終えたルシェちゃんとゆずがやってきた。
片方はやっぱり愛想がないが。
そのことは他の三人も承知で、けれども何も言えず苦笑するだけだった。
何でもゆずの気持ちはわからないでもないからだとか。
この状況で俺が変に言葉を発しても、余計にゆずの不興を買うだけなのは目に見えているので、相変わらずの無力感にどうしようもないやるせなさを感じてしまう。
「──あら。皆様お集まりのようでちょうどよろしかったですわ」
「え……?」
そんな若干重い空気を払うかのように、胸の高鳴りを抑えられない美声が耳に入って来る。
声の聞こえた方へ視線を向ければ、そこには白銀の髪と服越しでも分かる豊満な身体の美女が優雅に佇んでいた。
その女性──アリエルさんは俺と目が合うや否や……。
「あぁツカサ様! この数週間お会い出来なくて寂しかったですわ!」
「ひ、久しぶ──んぐぅっ!!?」
こちらの挨拶への返事代わりにキスをされた。
しかも会えなかった時間分を清算するかの如くディープなやつで。
ちょっと待て今ゆず達以外の人達もいるんだけど!?
そのゆず達も突然の事態に呆然としていて、助けは望み薄だと察する。
出来れば離れたいのだが両手でがっちりと顔をホールドされている上に、ヘタに離そうとすると彼女の大きく実った二つのスイカに触れてしまう可能性が高い。
結果どうすることも出来ずに為すがままにされました。
「──ふぅ。ごちそうさまでした♡」
「それは良かったすね……」
「アリエル様! 人目があるところではしたない真似は控えて下さい!」
あ、いたんだクロエさん。
でもその注意はもっと早くに言ってほしかったなぁ。
アリエルさんの後ろにいた燕尾服姿の女性──クロエ・ルフェーヴルさんが顔を赤くしながらも主に苦言を呈する。
しかし当のアリエルさんは「もう、クロエは頭が固いですわね」とまるで気にしていない。
「アリエルさん。いくらなんでも今のは非常識なのではないですか?」
「隙あらばツカサ様と日常的にキスをしている皆様程ではありませんわ」
「「「「「ええっ!!?」」」」」
二週間以上近くにいなかったのになんで知ってるんだよ!?
相も変わらず抜け目の無いアリエルさんに戦慄を懐いていると、彼女は咳払いをしてから万人が見惚れてもおかしくない笑みを浮かべだした
「改めまして皆様お久しぶりでございます。長らく用事で世界中を飛び回っておりましたので、すっかり時間が掛かってしまいましたわ」
「アリエルさんが無事なら良かったですよ。それで、こうしてここにいるってことは……」
「はい……と言いたいところですが、ニホンに来たのは用事の最終調整のためなので、実を言うとまだ途中ですの」
腕を組んで頬杖を付きながら溜め息を吐く動作すら気品があって目を引く。
疲れはしていたが、先ほどのキスである程度回復はしている……と思っておこう。
「その用事ってどんなのです?」
純粋な疑問として投げ掛けた翡翠の問いに、アリエルさんは少し逡巡してから意を決したように頷く。
「そうですわね。ほぼ確定事項といってよろしい段階ですし、ちょうど良い機会ですのでお答えしましょう」
そう言ってアリエルさんはクロエさんに指示を出す。
クロエさんは無言で恭しく頭を下げてから、近くにあったスーツケースを開けてある物を取り出した。
それは一見してただの紙だ。
けれども遠目からでも、その書類には外国語で書かれたサインが四つあるのが分かった。
なんなんだこれ……。
「それは、一体……」
ゆずが漏らした呟きに対し、アリエルさんが令嬢らしい毅然とした面持ちで書類の詳細を語る。
──それは、前に彼女が言っていた俺達のためになるという言葉に繋がるもの。
──それは、三百年も続く魔導の歴史において、幾度となく行使された権限を示すもの。
──それは……未だに返事が出せないゆずの感情を激しく揺さぶるもの。
この時は、そんなことを微塵も考えなかった。
「この書類は……
〝魔導婚〟と呼ばれる、一夫多妻を認める婚姻制度に関する許可証ですわ」




