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312話 鈴花ちゃんの理想の男性像

遅くなってすみませんでした!


 それは日本支部の訓練場で、鈴花が一通りのトレーニングメニューを終えた時だった。


「──鈴花ちゃん。少し相談したいことがあるのですが……」

「いいよ。どんなこと?」


 一緒に訓練をしていたゆずが少し申し訳なさそうな面持ちで相談事があると告げる。

 現在二人が利用している訓練場に他の人物はいないため、鈴花は快く相談相手を引き受けた。


 内容も訊かずに了承されたことに、ゆずは小さく驚きを見せるも顔を俯かせて指を絡め出す。

 

 ──あぁこれ司関係のやつだ……。


 鈴花は容易に目の前の少女が打ち明けようとする相談内容の類に察しがついた。

 これまでもゆず以外の司に想いを寄せる面々から、似たような相談を持ち掛けられ続けたことで蓄積された経験から導き出されたのである。


「……まだ司への返事に迷ってるの?」

「う……」


 このまま待っては切り出されるまでに日が暮れそうだ、と判断した鈴花が先に告げると、ゆずは固い表情で体を硬直させた。

 明らかに図星な反応に鈴花は「やっぱり……」と半ば呆れる。


 先日の文化祭において、司はゆず達五人の告白を受け入れるという答えを出した。

 だがゆずだけはその答えに難色を示し、返答を出せないでいる。


「その、司君が決めたことですし、一応ではありますが私の想いを受け入れてくれるのは嬉しいんです。でも……」

「まぁ、普通あんな答えをマジで言うなんて思わないよね」


 尤も、鈴花からすれば彼女の躊躇いも無理はないと共感していた。

 

「やっぱり、鈴花ちゃんは一夫一妻であるべきだと思いますか?」

「恋人通り越して夫婦関係で想定してるのはともかく、まぁアタシはあんまりいい気はしないかな」

「……」


 敢えて取り繕わずに答えた鈴花の価値観に、ゆずは眉間にシワを寄せて険しい面持ちを浮かべる。


 ラノベで見るような異世界ならまだしも、彼女達が生きているのは魔導や唖喰の存在があっても法律によって夫婦制度が定まっている世界なのだ。

 いくら当事者間で同意があるとしても、現代では複数の異性と交際することは浮気だと非難されかねない。

 予想するまでもなく、司達には様々な障害が出て来るいばらの道だろう。


「でもね。ゆず達がどれだけ司のことが好きなのかはよぉ~く知ってる。皆良い人だし、その気持ちは痛い程分かるから、幸せになれるならそれでいいとも思ってるよ」

「鈴花ちゃん……」


 鈴花としてはそういった事柄から皆を守る決意を固めている。

 こうして相談に乗っているのも、その一環とも言えるだろう。

 

 やけに実感の籠った物言いに、ゆずは半信半疑である問いを口にする。


「あの、違っていたらごめんなさい……もしかして、鈴花ちゃんは()()……?」

「あ、流石に分かるか……まぁ、そんなとこだったよ」

「──っ!」


 暗に『司への恋心』を肯定されたことに、ゆずは動揺を隠せず目を丸くする。

 だとすれば、自分が今までどれだけ無遠慮に彼女に相談を投げ掛けていたのかと気付いたからだ。


「あ~大丈夫大丈夫、本当に終わってることだから! もう完膚なきまでにフラれてるって」

「え、あ、えぇっと……ごめんなさい……」


 そんなゆずに鈴花は慌てて未練はないことを告げる。

 しかし、それでゆずの中の溜飲が下がるはずもなく、掛ける言葉を迷った末に謝られてしまった。


「謝んなくても大丈夫だって。元々脈が無いのは解ってたしね」

「そんなこと……鈴花ちゃんは私達より司君と長い間一緒なのに──」


 あっけらかんと返されるも、ゆずは決して無視出来ない時間の差を指摘する。

 だが、鈴花はそれが意味を成さないのだと無言で首を横に振った。


「付き合いが長いからこそ、アタシはアイツの友達でしかないってのが分かるの。むしろやっとケリを着けられて清々してるくらい……誰かを好きになることが、絶対に良いことばかりじゃないっていうのは、ゆずも良く知ってるでしょ?」

「──っ、はい……」


 心当たりを探れば山ほどあるのだろう。

 境遇故に致し方ないとはいえ、ゆずは常人に比べて独占欲の強いところがある。

 初めて会った頃からは想像も出来なかった一面に、鈴花は苦笑をする他ない。


「はい、辛気臭いのはお終い! ゆずが今するのはアタシを気遣うことじゃなくて、後悔しない答えを司に出すこと!」

「後悔しない答え……」

「納得したフリだけは絶対にしちゃダメ。キチンと自分の中で最善だって答えを見つけないと、アタシみたいになっちゃうからね」

「鈴花ちゃん……」


 自虐を交えた助言にゆずは胸元に添えた手を握りしめ、少しだけ迷いが晴れたような眼差しを浮かべる。

 その様子を見てひとまず彼女からの相談は終えたと鈴花は判断し、その日は解散となった。


 =====


「そういえば、鈴花ちゃんは司くんに告白しないの?」

「はいっ!?」


 翌日、菜々美と共に柔軟をこなしていると不意に彼女からそんな質問を投げ掛けられ、鈴花は思わず声を荒げてしまう。

 世間話のようなノリで自身が隠していたことをあっさりと確言されたので、無理も無いだろうが。


「な、なんで菜々美さんが知ってるの……? まさかゆずから聴いたんですか!?」

「どうしてそこでゆずちゃんが出て来るの? 修学旅行の時から鈴花ちゃんが司くんのことが好きなんだって思ってたんだけど……」

「そんなに前から!?」


 十二月になった現在の半年前に当たる頃から、菜々美に看破されていたとあって鈴花は驚きを隠せない。

 あの時の会話ではそんなボロを出した記憶が無いだけに尚更である。


「司くんより容姿が良い人と仲良くなっても友達以上に思えなかったんでしょ? ならそういうことかなって」

「……菜々美さんって、司の両親に負けず劣らず恋愛脳ですよね?」

「少し空想が混じっていたのは確かだけど、出来ればあの二人と同じ括りにされるのは嫌かなぁ……」


 鈴花でさえ血が繋がってるのが不思議なレベルで恋愛の価値観に差がある親子に対し、菜々美も苦手意識を抱いているようだった。

 ともあれそうなると鈴花の中に一つの疑問が生まれる。


「じゃあ、なんで今まで訊いて来なかったんですか?」


 修学旅行の頃といえば、ゆずが司に対しての恋愛感情を自覚し始めた頃だった。

 その時から知っているにもかかわらず、菜々美は特に鈴花の背中を押すような行動は見せていない。


「鈴花ちゃんの中で司くんに告白出来ない事情があったんでしょ? それなら無理に聞いたりするのは違うかなってだけだよ」

「……」


 そう菜々美の言葉を聴いた時、修学旅行で彼女から告げられたあることが鈴花の頭を中を過った。


『ん~、多分今の鈴花ちゃんじゃ紹介しても意味が無いかな?』


 司への好意をはぐらかすために誰か知り合いを紹介してくれないかと菜々美に言うと、そう返されたのだ。

 あれは確かに正解だった。

 例え菜々美の紹介した人物であっても友達止まりだっただろう。

 

 思えば本人が言うように、その時点で自分の恋心は見抜かれていたのだと察した。


「あ、今聞いた理由だけど、司くんは私達の告白を受け入れてくれるって言ってくれたでしょ? その中に鈴花ちゃんが入ってなくてあれって思ったの」

「あぁそういう……告白したけど振られたってだけですよ」

「……そっか」


 それだけで、鈴花が自分の恋にケリを着けたことを菜々美は悟る。

 司なら或いはと思っていたようだが、それ以上は掘り下げることはなかった。


「今誰か紹介してほしいならしようか?」

「恋愛は正直食傷気味なんで、今は遠慮したいかなぁ~」

「それもそっか……一応、参考までに鈴花ちゃんの理想のタイプだけでも訊かせてくれないかな?」

「あ、それくらいなら良いですよ」


 確かに自分のタイプを知らないままでは紹介も何も無いだろうと思い、鈴花は快く了承する。

 

「まず、顔は別段イケメンでなくても大丈夫です。性格は明るい方が良いかなぁ……とは言っても周囲に気配りが出来る優しさもあったら良い感じです。荷物を持ってくれたり、歩幅合わせてくれるみたいなさり気ないのが理想的!」

「ふむふむ……」

「んで、趣味が合ってると好感高いですね! 相手の趣味が理解出来ないと長続きしないですし、そういうとこはちゃんとしておきたい! 特に魔法少女が好きなら尚更──」

「ま、待って鈴花ちゃん! ちょっとストップ!」

「え?」


 まだ喋っている途中で菜々美が慌ててストップをかけた。

 唐突に止められたことに、鈴花は語り足りないような面持ちを浮かべる。

 

「あ、あのね? 鈴花ちゃん、落ち着いて聞いてね?」

「は、はい……?」


 菜々美は鈴花の両肩に手を置いて動揺を隠せない表情を目前にまで近付ける。

 その体勢のままゆっくりと諭すように続けた。






「その条件で心当たりがあるのは司くんだけなんだけど……」

「──……え?」


 瞬間、鈴花が石のように固まった。

 数秒後に指折り確認をして先程語った理想の男性像を思い返していく。

 そしてそれらを司に当てはめて、あまりの一致具合に鈴花は両手で真っ赤な顔を覆いながら蹲った。


 散々もう司に未練はないと語っておきながら、理想の男性像が司そのものだったという羞恥の事実に心が受け止め切れなかったのである。


「──違うんです」

「ん?」

「違うんです。本当にちゃんと司に振られたことで踏ん切りが着いたんです。決してゆずや菜々美さん達に混ざろうとか考えてませんから……アレです、長年の片想いの弊害でアタシの中の印象深い男子が司しかいないからなんです。というか改めて思ったんですけどアイツなんなんですか? なんであぁも息をするように気遣いに溢れてんですか? ジゴロ男子って育てようと思って育てられるようなもんなんですか?」

「落ち着いて鈴花ちゃん!? これからの人生で理想はいくらでも変えられるから!!」


 どうして振られた後で自分が思っていた以上に、司に惚れ込んでいたのかを突き付けられなければならないのか……そのままならない心に鈴花は愚痴をひたすら吐き出していく。

 菜々美が励ましの言葉を投げ掛けるが、恥ずかしさで悶えている鈴花には焼け石に水であった。


 やがて落ち着きを取り戻した鈴花は息を整え、同じく疲れた様子の菜々美に顔を向ける。


「……すみません、ご迷惑をお掛けしました……」

「う、ううん……鈴花ちゃんが一途な子だってことなら、ヘタな人は紹介出来ないって収穫はあったし、気にしてないよ」

「わぁん、フォローが上手い……」


 司へのベタ惚れ具合に理解があるのか、単に彼女の優しさが為せるのか……どちらであろうとも鈴花にとっては、聞かなかったことにしてもらえたのはありがたかった。   


「出来れば司くんから離れるような条件ってない?」

「んん~~……年収五千万以上とかですかね?」

「いきなりハードルを上げ過ぎだよ!? あんまり高望みしちゃったら初咲支部長みたいに行き遅れになっちゃうからね!?」

「サラッと上司を悪例として挙げるのは止めてあげましょうよ。流石に冗談ですってば……」


 未だ恋人が出来そうな気配が無い自分達の上司が今日も一人酒をあおっている光景を浮かべつつ、鈴花は切なげにツッコむ。

 とはいえ、鈴花としては非常に悩ましいが司が男性に対する基準として認識しているので、どうしても彼以上となると意外にも思い当たらないのだ。

 過去にアリエルから、自分や妹の縁談相手には司のような人間はいなかったとも聞いたことがあった。

 

 外見や純粋な能力だけなら上は山程いるのに、内面となると途端に右に出るものが居なくなる。


「──……鈴花ちゃん」

「はい……」

「好意を向けてくれる人と司くんを比較しちゃ絶っっっっ対にダメだよ?」

「はいぃ…………」


 そうでもしないと新しい人を好きになれそうにないため、鈴花は肝に銘じながら聞き入れるのだった……。




今回で七章閑話はおしまいです。

続く八章ですがそれなりの期間を空けることになりそうです。

再開時期が決まり次第、Twitterで報告致しますので、何卒ご了承下さい。

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