299話 文化祭デート アリエル編
ツカサ様達が通われている学校で開かれている『ブンカサイ』という催しの二日目。
この様な舞台でデートとは、ワタクシとツカサ様の仲をみせつけるのにお誂え向きですわね。
そのツカサ様とは校門前で待ち合わせているのですが、少し早く着き過ぎてしまったようです。
デートを悔いなく楽しむために、クロエにはフェリクスと回るように告げていますが、一人で待つのは中々に退屈ですわ。
特に、周囲の視線がこれほどでもかと集中しているので、少々居心地も悪いです。
自分で言うのもなんですが、ワタクシの美貌に近付き難いようですね。
まぁ、先日に施していた変装をせずにありのままの姿でデートへ来たのですから、そうなっても致し方ないのですが。
そう考えていると、一人分の足音が近づいて来る気配を察します。
「お、お待たせしました、アリエルさん……」
「ご機嫌ようですわ、ツカサ様」
愛しの殿方であるツカサ様でした。
どうやら、この人混みの中からワタクシに声を掛けていいのかお気にされているようですね。
あぁ、そんなに恥ずかしそうに顔を赤くして……大変弄りg──可愛らしいですわ。
合流して早速ツカサ様の腕を抱き寄せますと、体を小さく揺らして目を丸くしてこちらへ顔を向けて来ました。
「ちょ、アリエルさん!?」
「どうか致しましたか?」
「いや、あの、腕に……」
「これだけ人が多いのですから、はぐれては面倒ではありませんか。そうならないための最善策ですわ」
「だ、だからってこれはくっつき過ぎじゃ……」
あらあら……ご自身の腕がこの胸に触れている状況で、まんざらでもない表情がまたいいですわね。
このままもっと反応を見てみたいのですが、些か周囲の目が喧しくなってきました。
あまりここに留まっていては、時間が押してしまいますわ。
そうしてツカサ様と共に、校内へと入って行きます。
老若男女問わずすれ違う方々が真っ先にワタクシに目を向けて驚き、ツカサ様に向ければ落胆や嘲りの感情が見え隠れしますが、なんてことはありません。
ツカサ様のことを愛していますし、お父様やお義母様にフェリクス達といった人達にはこの気持ちや関係を認めて頂けていますから。
どの恋愛も、万人に認められる必要は無いのです。
交流のある関係者達が祝福してくれるのであれば、幸せに違いありませんもの。
っと、そうこうしている内に目的地に着きました。
手描きのポスターや外装からして、ツカサ様も察しは着いたようです。
「ここって、お化け屋敷ですよね?」
「ええ、ぜひここへ来てみたいと思いましたので」
「あ~」
ワタクシがこちらを選んだ理由に、ツカサ様は納得のいった表情を浮かべられます。
そこに少しあの子に対する愛おしさが滲んでいて、少し妬ける想いですわ。
……まぁ、そうなるように誘導したのは他ならないワタクシ自身ですが。
やがて列が進んでワタクシ達の番となると、丁度顔見知りの人物がこちらに気づきました。
「あ! ツカサ先輩! アリエル様! 来てくださったんですね!」
受付をしていたのは、日本に留学中のルシェアです。
人当たりの良い笑顔から、男性恐怖症の治療は順調なようですね。
これもツカサ様と彼を信頼する彼女の努力の成果ですわ。
……同時に、どうしてお化け屋敷前にやたらと行列になっているのかも察しました。
どうやら可愛らしいルシェアを一目見ようと並んでいるようですね。
全く……殿方というのは解り易いものですわ。
「お化け屋敷ってことだけど、人気みたいだな?」
「はい! 学生主体なのに意外と怖いと評判なんですよ!」
「あら、それは楽しみですわね」
「ありがとうございます! っと、それでは、二名様ご案内です!」
話も程々に、ルシェアの誘導に従って中へと入って行きます。
黒幕で覆っているためか暗いですわね。
「きゃああああ!!?」
「「!」」
少し離れたところから女性の悲鳴が聞こえてきました。
ルシェアの言った通り、中々期待できるようですわ。
それはともかく……。
「ツカサ様! ワタクシ怖くなってきましたわ!」
「早過ぎだろ!? まだスタート地点に立ったばかりですよ!?」
すかさずツカサ様に抱き着いて密着します。
流石にあからさま過ぎたために、鋭いツッコミを返されました。
「まぁまぁ。後ろが閊えますし早く進まないといけませんわよ」
「そ、それはそうですけど! 離れろとは言いませんけどせめて密着するのは止めてくれませんか!?」
ふふふ、そんなにあたふたされてはもっと弄って欲しいと仰られていることと同義ですわよ?
とはいえあまり意地悪をして彼の機嫌を損ねるわけにはいきませんから、仕方なくではありますが言われた通りにしましょう。
それでも腕を離すことなく並んでいきますと上からこんにゃくが降って来たり、壁からゾンビが出て来たり、床下から夥しい数の手の平が生えてくるなど、本職ではない学生様方が手掛けたものと考えればクオリティは高いのですが、生憎と唖喰という怪物を相手にしているワタクシ達では評判程の恐怖を感じませんわね。
いいえ、むしろこれはこれで味があって面白いものです。
ツカサ様も同様のようで、楽し気にされているのが分かりますわ。
しかし、このまま大人しく終わるのもつまらないというのも本音ですが。
次の脅かしが起きた時に興じて何かしら仕掛けてみましょうか。
そうなった際に見せるであろうツカサ様の反応を楽しみにしていますと、何やら大きなくす玉が用意されていました。
「行き止まりですね……それでこのくす玉か……」
「これ見よがしで分かりやすい分、少しドキドキしますわね」
見たところ、くす玉についている紐を引かなければ出口への通路は開けないようですわね。
う~ん……この場合は中から生首がポロっと落ちて来るのでしょうか?
好きな方は好きでしょうけど、ワタクシとしてはどちらでもありません。
祖国のホラー映画でもよく使われた演出ですもの。
まぁどちらにせよ、紐を引いてみなければ先に進めないのですから躊躇う理由はございませんわ。
「さぁ、ツカサ様! ケーキ入刀のように二人で引きましょう!」
「わざわざその例えを引っ張って来る必要あります?」
と言いつつもしっかりと手を重ねて下さるのですから、ワタクシに楽しんでもらいたいという気持ちが良く伝わってきますわね。
では、そろそろ引きましょうか。
二人で引いたためか、予想よりも簡単に紐が引けてくす玉が割れます。
そうして中に入っていたモノが、雨のように出てきました。
意外に数が多いですわね。
一体何、が……で、て……。
「──ヒィッ!?」
ソレを薄暗い視界に映した瞬間、身の毛もよだつ程の恐怖が全身に走ります。
嘘ですわ……どうしてよりもよってコレが、このタイミングで出てきますの……!?
「イヤアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!?」
「え、ちょ、アリ──おおぅっ!?」
恐怖のあまり、悲鳴と共に傍にいらっしゃるツカサ様の背中へ思い切りしがみ着きます。
その際、ツカサ様が驚愕の声を上げられますが、今のワタクシにそれを気にする余裕は皆無でした。
何せ、くす玉から出て来たのは……。
──アリ、カマキリ、ゴキブリ、バッタ、蛾、トンボ、ムカデ、ゲジゲジ、蜂etc……多種多様かつ大量の虫が恐ろしくて堪らないのですから。
それらのむ、虫が!
手足をカサカサと動かして!!
足元にそこら中に無造作に散らばって!!!
「いやいやいやいやぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! つ、つつつつ、ツカシャしゃま! 助けて下さいまし!!」
「おおお、落ち着いて下さいアリエルさん!? これオモチャですから大丈夫ですって!?」
「無理です無茶です出来ません!! む、虫ですわよ!? 偽物であってもあの悍ましい生き物がどうして出てきますの!?」
「そ、それはくす玉の中に入っていたからとしか……」
「とととと、とにかくです! 早くその醜悪極まりない汚物をどうにかして下さいませ!」
「汚物て……そんなに虫が苦手なんですか?」
苦手!?
この状況を見てその一言で済まされるおつもりですか!?
「苦手なんて生温いものではありません! あれらに近付くくらいであればツカサ様以外の殿方に裸を見られることも、天災クラスの唖喰と戦うことですら、ずっとマシに思えますわ!!」
「またぶっ飛んだ妥協案を……というか唖喰にも虫っぽいのが──ふご!?」
その先を耳に入れることを恐れ、今まさに語ろうとしたツカサ様の口を、背後から手で塞ぎます。
傍から見ればワタクシが彼を襲っているように見えるのかもしれませんが、そのことに思考を割ける状態ではありませんでした。
「何を仰っているのか良く分かりませんわ? 唖喰は唖喰で虫とは違う生物ですのよ? あの怪物に虫と似たような姿の個体など存在しませんもの。仮にいたとしてそれはツカサ様の見間違いではなくて?」
「むぐ……そんな暗示までするくらい嫌なのかよ……」
どうしてそのような、呆れたような眼差しを向ける程に落ち着いていられるのでしょうか!?
「不謹慎ですけど、虫ってアリエルさんの好きなイタズラの定番的なやつじゃないですか。なのにそこまで拒絶するなんて意外というか、女性らしいというか……」
「……まだお母様が存命の頃に、屋敷の中庭でお昼寝をしていたのです。ですが、眠っている隙に複数の虫が服の中に入ってきたのですわ」
「なんでそんなことに……」
「ポケットに後ほど食べようとしていたクッキーを入れていたのです。それにつられた虫達に身体中を這いずり回られたことが原因で、虫だけはどうしても受け付けられないのです……」
「それは……」
そのトラウマが大部分ではありますが、そもそもの造形が本能的に受け付けられません。
あのことがなかったとしても、遅かれ早かれ同じように拒絶するようになっていたでしょう。
そう容易く察せられるほど、ワタクシにとって虫という生物は末恐ろしいものなのです。
作り物であっても姿形が虫と認識出来るのであれば、恐怖の対象に成り得るのですわ。
「とりあえず進みませんか? その、背中に押し付けられてるままだと、俺の理性がガリガリ削られるんで……」
「むむ、無理ですわ! 足が縫い付けられたように動かせません!」
「よっぽどなんだなぁ……じゃあ、抱えますからしっかり掴まってて下さい」
「ご、ご迷惑をお掛け致しますわ……」
淑女としての品格も底無しに混乱してはしたないばかりですが、ツカサ様はやはりイヤな顔をされることもなく、むしろワタクシを背負って下さいました。
お姫様抱っこが良かったなどと贅沢は言いません。
「お、重くございませんか?」
「鍛えてますし、アリエルさんは軽いですから全然気にならないですよ」
「そ、それならよろしいんです……」
乙女が誰しも抱える問題を恐る恐る尋ねますと、ツカサ様は安心させるような優しい笑みを浮かべて答えられました。
たったそれだけで先の恐怖が嘘のように落ち着いたのですから、我ながら随分と単純になったものです。
それにしても……女性相手とはいえ人一人を容易に背負えるだなんて、抱き着く度に思いますが年齢に対して身体つきが立派ですわね。
ツカサ様が積み重ねて来た努力の一部を見ているようで、改めて彼という人間の貴重さを実感します。
知り得る限りですが、魔導六名家の血筋でない魔力持ちの男性でここまで魔導士や魔導少女のために心を砕いて来た方はいません。
大半が唖喰への恐怖に挫けるか魔導少女への不貞行為などの理由で組織を離れるからです。
平穏な日常しか知らないが故に、唐突に突き付けられた非日常から逃避するのは然程不自然なことではないのですが……本当に彼には驚かされることばかりですわ。
叔父様の凶行に遭った時……ワタクシやルシェアを助けたのが他の殿方であったとしても、感謝こそすれど好意を懐くことはなかったでしょう。
そう断言出来るまでに、ツカサ様への想いは募ってゆく一方です。
途中、無防備な背中へ悪戯を繰り返しながらも、ワタクシ達はお化け屋敷をクリアしました。
流石にツカサ様に背負われて出て来たため、ルシェアに無用な心配を掛けてしまいましたが、これも思い出の一つとして未来の笑い話になるでしょう。
そんな楽しみを胸の内に秘めながら、デートを満喫していきました。
【おまけ:占いの館にて】
ファ「恋愛運を占った結果だが、逃げ場が無い程に外堀が埋められているのは初めて見たね! この様子では諦めた方が気が楽になるよ」
司「降伏を勧める程!?」
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ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は10月21日に更新します。
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