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魔導少女が愛する日常~世間知らずな彼女の日常指導係になりました~  作者: 青野 瀬樹斗
第七章 お祭り騒ぎな文化祭と恋心への答え
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298話 文化祭の一日目を終えて


「つっ…………かれた……」


 文化祭の一日目を終え、風呂上がりにも係わらずソファーにうつ伏せで寝そべる。

 執事モードになりきったこともだが、疲労の割合を占めるのは一日で三人の異性とデートしたことだ。

 周囲の視線に関しては慣れたから良いものの、何の偶然かファブレッタさんが開いた占いの館を三週したことがキツい。


 菜々美と翡翠にルシェちゃんの三人との恋愛相性を占ってもらったわけだが、高水準がデフォな上にコメントに困る結果ばかりだった。

 服上死する可能性があるって言われた時は頭が真っ白になったな。

 もっと鍛えないといけないかもしれない。


 しかも、明日に順番が来るゆずとアリエルさんにも占いの館のことは把握されているため、必然的に四週目と五週目が確定してしまっている。

 もしその結果が今日の三人より下だったと思うと、胃に穴が空きそうなレベルの心労が降り掛かりそうだ。

 

 あれ、俺この文化祭でゆず達に答えを出すはずなのに、まともに考える余裕なくないか?

 

 い、いやいや!

 皆の前で宣言したんだから、そこだけは何としてでも考え抜け!


 振り回されてばかりだけど、その実ふとした瞬間に退屈に感じる時がある。

 そういう時にゆず達がいたらと考えるあたり、ちゃんと惹かれてはいると思う。

 ただ、この場合はその人数が問題だ。


 その一点だけが決断に至る最後の一歩を踏み止まらせているように感じて、考えても考えても答えは一向に出ないままだった。


「はぁ~……」


 やり場のない不安が込められたため息が出るくらい頭を悩ませたけれど、結局いつものように答えが出ない。

 自分でタイムリミットを決めただけに、今までとは比べ物にならないくらい焦りを孕んでいる。

 それが余計にやるせなさに拍車を掛けていて、思考を止めたくなる思いすらあった。


「っ、あぁ~ダメだダメだ! そういう逃げは一番ダメなやつだ!」


 そこまで考えたところで首を振って諦念を払う。

 美沙に抱いていた蟠りは解けたとはいえ、長年の癖というのは一長一短で直るものじゃないな……。


 色々考えて最後は振り出しに戻る。

 夕食の時も風呂に入っている時もずっとこんな調子だ。

 こんな有り様じゃ、鈴花からヘタレと言われるのも無理はない。


「おやおや、随分とお悩みのようだね?」

「その悩みの種を放り込んでおいてよく他人事みたいに言えますね」


 うんうん唸って悩んでいると、テーブルにビール缶を並べて飲んだくれているファブレッタさんを睨む。

 つい三日前まで無一文だったのに、趣向品を買う余裕が出来る程に彼女は儲けている。

 既に旅費に必要な分は稼いでいるにも係わらず、未だ竜胆家に居座っているのは文化祭の間は滞在が確定しているからだ。

 

 それに多分だけど、家を出ても日本にはしばらく居付きそうな気がする。

 とはいえ、俺自身にファブレッタさんに指示出来るような権限はないから、早く行けというだけ無駄だろう。


「自分はただ顧客の要望に応えて占っただけさ。その先に起きたことまでは保証し兼ねるね」

「ぐ……」


 そんな彼女はこちらの文句に対し、さも気にする素振りを見せることなくへらッと笑って受け流した。

 返された答えも実に尤もらしいだけに、ぐうの音を出すのがやっとだ。

 

「──せめて、文化祭最終日に告白してくるって人が誰なのか分かればなんとかなりそうなんですけど?」

「言ったはずだよ? それを明かしてはキミも含めた全員のためにならないとね」

「どうしてそうなるのかって疑問が尽きないです……」

「ふむ……ではヒントというわけではないが、一つ伝えておこう」

「え?」


 もう猫の手も借りたい気持ちでいると、ファブレッタさんからそんなことを言われる。

 いきなりの心変わりに思わず顔を向けると、酒気を帯びてほんのり赤い顔と紫の瞳がどこか艶めかしい光を放っていた。

 普段は飄々とした掴み所の無い言動が目立つが、大人しくしていれば誰もが見惚れずにいられない美人だ。

 ゆずやアリエルさん達と接して耐性があると自負していても一瞬胸の高鳴りを感じたが、変に反応を露わにして話を遮るわけにはいかないため、平静を装いつつ耳を傾ける。


「件の人物だが、キミとヒスイ嬢が去った後に占いに来ていたよ」

「えっ!?」


 齎された言葉は声に出る程驚きを隠せないものだった。

 いや、学校にいる誰かだっていうのは確かだが、ファブレッタさんが確信を持って告げたことの方が重要だ。

 いっそ本当に未来が見えると言われた方が信じられる程に、彼女の占いは驚異的な精度を誇っていると言える。


「ファブレッタさんの店に来たってことは、その人の運勢を占ったってことですよね?」

「もちろんだとも。だが生憎と信用に関わる商売故に守秘義務が生じる。その内容をキミに伝えることは出来ないよ」

「それは、そうですけど……」


 本当にヒントにすらならなかった……。

 むしろ中途半端に聞かされたせいで余計に混乱しそうだ。

 これでゆず達の幸せに繋がるんだろうか?


「助言すること自体は容易だが、正直キミの取り巻く恋愛事情の複雑さは数多の恋路を見て来た自分でも舌を巻く程だ。ただでさえ蜘蛛の糸一本で吊るされているような繊細なバランスで成り立っている状態に、自分が視たモノを伝えてはその脆い一本など簡単に切れてしまう」

「……」


 ゆず達との関係を『繊細なバランス』と片付けられたことに思うところはあるが、そう感じたこと自体が頭の片隅で考えていたことに他ならないと突きつけられたようで、反論が出来なかった。

 ハーレムは男の夢またロマンだと言われるが、実情はとんでもなく危ういつり橋みたいなものだ。

 何せ、どちらも心を持って生きている人間なのだから。


 好きな人と一緒に居れば嬉しく、自分以外の異性といたら嫉妬もする……人形遊びとはわけが違うんだ、痴情の縺れで殺人だって起きている。 

 そうなっていないのは、まさにファブレッタさんが言ったように奇跡みたいなバランスで成り立っているからだ。


 本当は今すぐにでも恋人になって、それらしいことを一つでも多くしたいはずなのに、俺が答えを出すまで我慢してくれている……させてしまっている。

 でも、どう頑張ったってこの体は一つだけだ。

 そして選べるのは、一人だけ……でも……。


「──それでも、俺は、誰も悲しませたくないです……」


 傷付くのは嫌だから、傷付けるのは嫌だから、傲慢だと自覚しながらもそう口にする。

 綺麗事なのは百も承知だ。

 それでも、そんな綺麗事の理想を叶えたいと、心から渇望している。


「……」


 傲りのそしりを受けても仕方がない言葉を聴いたファブレッタさんは、無言で目を合わせるだけだ。

 眼帯で隠されていない紫の瞳から何を考えているのは分からない。

 けれど、不思議と無下に一蹴しないことだけは伝わった気がした。  

 

 やがて、ファブレッタさんは手に持っていたビール缶をテーブルに置き、ソファーの傍まで近付いたところで腰を降ろして座り込む。


「キミは優しい人間だね」

「……」

「誰かのために自分の力や時間を使って懸命になれる、見知った人が幸福であれと願って親身に接する、そのために自己犠牲を厭わない歪さはあれど、根本的な要因は思い遣りから来ている」


 伝えられた言葉はきっと、彼女からの惜しみない称賛だろう。

 それだけに、面映ゆい気持ちになる。


「良くも悪くも、キミは自分の我が儘を二の次にしがちだ。もっと単純に思考するといい」

「単純に? そんな簡単なことじゃ──」

「手段の目的化とでも言うべきか。とどのつまりキミが悩んでいるのは『どうしたいか』ではなく『どうするか』ということだ。自覚無とはいえ答えは既に得ているのに、その方法を模索しているだけに過ぎないよ」

「──っ」


 目からウロコとはこういうことを言うんだろう。

 暗中模索を強いるフィルターが抜け落ちたように、坩堝にはまっていて狭まっていた視野が広がった。


「──っ」


 そうして改めて直視した心の声に驚いて息を詰まらせる。

 それがゆず達に対する答えだと悟るのにそう時間は掛からなかった。


 その感覚を齎した相手であるファブレッタさんを見やる。


「──その表情を見るに、ようやく自分の本心に気付いたみたいだね?」

「なっ……読心術でもあるんですか?」

「いやいや、考えていることが顔に出て分かりやすいだけさ」

「でも……」


 果たして、こんな答えで良いんだろうか?

 あまりに我が儘過ぎて後ろめたさを感じるくらいで、今度はそんな考えを浮かべてしまう。


「だから単純に考えたまえ。それはキミ一人で導き出さなければならないことかい? 彼女達が知れば何故もっと早く相談してくれなかったのかと憤慨されるのではないか?」

「あ……」


 言われて、また悪い癖が出ていたと気付く。

 そうだ……こうやって一人で抱え込むなって散々言われて来たじゃねぇか。

 支えたいと思っている人達が、こんな俺を支えたいって言ってくれている。

 

 ようやく自覚した答えを前に、同じことを繰り返す所だった。


 その思考まで察したのか、ファブレッタさんはテーブルに戻っていく。


「──ありがとうございます」


 要反省と自嘲気味に苦笑しつつ、彼女に礼をする。

 振り向くことはなかったけど、ビール缶を持った右手をヒラヒラと振る動きがかっこよくて、自然と笑みが浮かんだ。


 なんだかんだ言って背中を押してもらったんだ……その厚意を無駄にしないためにも、早速行動を起こす。

 まず、文化祭最終日は全員で回る予定だが、午前の間はなりきり喫茶のシフトになっている。

 本来なら外れることは出来ないが、そのシフトを管理しているのは委員長だ。


【竜胆司:明後日のシフト、午前の予定だったけど外して一日自由にいてもらっていいか?】

【中村美佳:え~ダメだよ~(-"-)】 


 メッセージを送って普通に頼んでみたが、即座に断られる。

 まぁこれくらい予想していたから動揺したりしない。


 当然、このまま引き下がるつもりもない……もう一度言うが相手は()()委員長だ。


【竜胆司:ゆず達からの気持ちに答えを出すための時間が欲しいんだ】

【中村美佳:シフト変更なんてクラス委員長の私に掛かればどうってことない!! ぜひともくんずほぐれつの酒池肉林を拝ませてね!】


 よし、第一課題クリア。

 うちの両親と同じ恋愛脳なら、この恋愛事情に関わることに乗っからないわけがない。

 女子が言っちゃいけないような文脈に若干後悔の念が募るが、背に腹は代えられないだろう。


 ともあれ、これで次の課題に進めることにはなった。

 次にある人へ三日目の午前中に時間が出来たことを連絡することだ。


『こんな時間に電話だなんて、随分と素行が悪いのね?】

「今は放課後ですよ。こんばんは──久城院先輩」


 その相手は──生徒会副会長の久城院先輩。

 彼女からは文化祭前に生徒会や風紀委員主体の巡回の手伝いを頼まれていたが、シフトやゆず達との時間を理由に手伝いに行けないと断っていた。


「実は、昨日話していた巡回の件で電話させて頂きまして……」

『え?』


 シフトを空けて作った時間を利用して、その手伝いを改めて受けようというわけだ。

 断っておいて今更虫のいい話ではあるし、久城院先輩が占いで出た告白して来る相手とは限らない。

 自惚れるようだが、心当たりを振り返って最も可能性が高いのは確かだ。

 少なくとも……。


「三日目の午前中だけですけど、その時間でなら手伝えるかなと」

『え、ええ、まさに猫の手も借りたい思いだわ! ぜひお言葉に甘えるとしましょう!』

 

 こんな手の平返しが通用する時点で、好意を寄せられているって確信出来るし。

 期待させたところで俺は告白を断るつもりなので非常に心苦しいが……ゆず達と天秤に掛ければ許容するしかない。


 とにかく、第二課題もクリアと。

 最後はゆず達に三日目の午前中は生徒会からの要望で巡回を手伝う旨を伝える。

 これに関しては了承の返事が次々と送られて来たため、思っていたより簡単に済んだ。


 午後の予定に変更が無いこと、俺自身のお人好しぶりが主な理由だろうか?

 まぁ、こっちとしては都合が良いんだけども。


 そうして三日目に起こす行動を考えている内に、日付を越えてたため慌てて休むのだった。

 せめて明日の間だけは純粋に楽しまないとあの二人に申し訳ない。

 そんな思いを胸に意識は眠りに落ちていった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は10月14日に更新します。


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