284話 修羅場はどこでも起きるもの
「そこです、フェリクス! 今すぐ手を握りなさい!!」
「いいえお義母様! 当たり前のように荷物を持って『僕だって頼れる』アピールですわ!」
「もう、アリエル義姉さまもお母さま! 静かにして下さらないと二人の会話が聞こえませんの!」
「あ、フーくんが受け取ろうとした荷物をクーちゃんが持っちゃったです」
「「「ええ~……」」」
女性陣四人の会話を聞き流しながら、必死に他人の振りオーラを発する。
何せ目立ってるからなぁ……格好的な意味じゃなくて、普通に四人が人目を集めやすい美貌の持ち主だから。
そんな俺達の視線の先には、王子様と言っても差し支えないレベルの爽やかさと気品を併せ持つイケメン──アリエルさんの弟のフェリクス君がいる。
そしてその隣には、綺麗目の顔立ちだが生真面目な表情を浮かべている女性──クロエさんも一緒だ。
フェリクス君は白と水色のストライプ柄のシャツに、紺のネクタイと茶色のズボンというラフかつしっかりと決めた装いとなっている。
対してクロエさんは、黒のブラウスに白とグレーのチェック模様のロングスカートの他ベージュのローファを履いているが、何より目を引くのがダークブラウンの髪を下ろして薄く化粧を施されているという、普段の彼女からは予想出来ない女性らしい格好だ。
ぶっちゃけすぐにクロエさんだと分からなかった。
アリエルさんと一緒だと確かに隠れがちだけど、あの人だってかなりの美人なんだ。
分かってはいたけれど、改めてそう実感させられた。
そして説明が遅れたが、フェリクス君とクロエさんは今現在デート中だ。
昼食が終わるや否や、一気に話が進んで出掛けることになった。
当然、クロエさんは恐縮しまくりで……。
『わ、ワタシがフェリクス様と外出ですか!?』
『ええ、クロエ。彼の希望ですので、支度の準備をして下さいね?』
『し、しかしアリエル様。ワタシは──』
『あなたの男嫌いは重々承知していますわ。ですが、お父様やフェリクスであれば問題ないでしょう?』
『そ、それはそうですが……はぁ、わかりました。アリエル様のご命令とあれば』
と、他ならないアリエルさんの指示で了承するといった流れだ。
だが、普通に報告を待つのはつまらないと女性陣が満場一致で尾行を決行、それが今の俺達の状況である。
既にデート開始から一時間……フェリクス君の賢明なアプローチに対してクロエさんはとことん生真面目に対応している様だった。
手を繋げば『いざという時に動き辛くなる』と払われ、料金を支払おうとすれば『これ程であれば、ワタシが払います』と割り勘すら拒否され、荷物を持とうとすれば『それは従者のワタシが持ちます』と横から取られる等々……。
正直あまりのフラグクラッシャーぶりに、鏡写しに自分を見ている様でゆず達に申し訳なくなって来た。
もっと周囲に目を向けるようにしよう……そう切に決める。
アリエルさんの言う通り、俺以上に彼女は自身に向けられる恋愛感情に鈍感だ。
心なしかフェリクス君の表情に段々陰りが見えてきた。
「予想以上に酷いな……」
「ホント、つーにぃに言われるなんてよっぽどです」
「ごめんって」
妹から放たれた容赦ない毒がやけに心に染みる。
「ふふっ、でもフェリクス兄さまったら楽しそうですの」
「だな」
陰りが見えはすれど、やっぱり彼は好きな人とデートしているという自覚故に楽しそうだ。
それはゆず達が良く見せる表情と同じもので、自然と微笑ましくなる。
ふと、フェリクス君がああいう風に青春を謳歌しているなら、その妹であるシャルロットちゃんはどうだろうか?
「シャルロットちゃんもやっぱ恋愛に憧れたりするのか?」
「はいですの。兄さまはもちろんですけれど、アリエル義姉さまやお母さま達を見ていると、私もって考えることはありますの」
「なら大丈夫だよ。シャルロットちゃんはレティシアさんの娘でアリエルさんの義妹なんだから、きっと綺麗になって好きになれる人とあんな感じに過ごせるよ」
「まぁ……ありがとうですの、ツカサ義兄さま」
ふんわりと柔らかな笑みを浮かべる彼女が微笑ましく、俺も笑みを向けて返す。
と同時に、背後から針のような鋭い視線を感じる。
あぁ、これ振り向かなくても分かるわ。
翡翠とアリエルさんからのだ。
確かに言った直後にやっちまったって気付いたけど、そこまで零度級の眼差しを向けなくてもよくない?
ダメですか、そうですか。
「ツカサ義兄さま? なんだか顔色が悪いですの?」
「い、いや大丈夫だよ」
「そうですの。あ、ちょっとだけお耳を貸して頂きたいですの」
「ん? いいけど?」
ぎこちないながらもデートをしている二人に対して、何か気付いたことでもあるのだろうかと耳を傾ける。
すると、シャルロットちゃんは息が掛かるくらいに顔を近付けて来て……。
「──ツカサ義兄さまさえよろしければ、私はいつでもお待ちしてますの♡」
「──はい?」
……quel?
今この子なんて言ったの?
俺、まだフランス語は簡単な会話しか出来ないから良く聞き取れなかったなぁー?
それにしてもシャルロットちゃんはお姉さんにそっくりだなぁー。
今の言葉で、濃厚な血の繋がりを感じたよ。
「ふ、ふふふふふふ……シャルロットったら、ワタクシが本邸に帰ってから妙にツカサ様のお話しを強請ると思えば、そういうことでしたのね……?」
「ヒィッ!?」
そんな現実逃避は許さないとばかりに、アリエルさんが優雅な笑みを浮かべていた。
しかし、その目は笑いとは程遠いものだが。
対するシャルロットちゃんは余裕の表情を見せ、逆に俺に抱き着いて胸に顔を摺り寄せる始末だった。
「はぁい♡だってツカサ義兄さまのご活躍は、聞く度に心が躍って止まないくらい素敵ですもの。いくら義姉さまが相手と言えども、私は容易に諦めたくありませんの」
「確かにツカサ様が素敵であることは認めますが、あなたのそれは恋慕では無くお伽噺の王子様に対する憧れのそれと同等……ワタクシが向ける愛とは異なりますわ!」
アリエルさんにしては珍しく慌ただしい様子で、俺に抱き着くシャルロットちゃんを引き剥がした。
無理矢理離された彼女は酷く不満気だ。
「憧憬もまた愛の一つですの!」
「そもそも、どこの世に姉の婚約者に恋い焦がれる妹がいますか!?」
割と聞くよ、昼ドラとか女性向けの創作物とかで。
そして現に今繰り広げられてるけど。
「……つーにぃはいつの間に人伝の話だけで女の子を惚れさせるようになったです?」
「俺が一番知りてぇよ……」
翡翠からジト目を向けられながら、心の底からの疑問を口にする。
というかただでさえ目立ってるのに、口論を続けてたら余計に注目の的だ。
なので、二人にそれとなく注意を呼び掛けることにした。
「あの二人共。そんなに騒いだらクロエさんに見つかるから静かにな?」
「うっ……申し訳ございませんですの」
「……失礼いたしました。取り乱すだなんて淑女としてはしたない行為でしたわ」
シュンと落ち込む二人に幾分か罪悪感を覚えてしまう。
何せ、口論の元は俺だしなぁ……。
「うふふふ……」
そんな俺達を、レティシアさんは頬の緩みが抑えられない様子で見守っていた。
娘二人が一人の男を取り合ってる状況を見て、どうして笑っていられる余裕があるんだろうか……。
とにかく、俺は未だ元気のないアリエルさんとシャルロットちゃんに声を掛ける。
「……とりあえず、尾行がてらアルヴァレス家での生活のことを教えてもらっていいですか?」
「あ、ひーちゃんにも教えてほしいです!」
「え、ええ。ワタクシ達でよろしければ……」
「私も異論はありませんの」
場の空気を変えるべくそう提案すると、二人は異議なく乗ってくれた。
そうして聞く上流階級の生活は、庶民の俺と翡翠にはまるで現実感の無い感想ばかりだ。
しかし実際にその暮らしをしている三人からすれば、こちらの生活の方が新鮮らしい。
特に典型的な箱入りお嬢様であるシャルロットちゃんは興味津々で、目を輝かせて話に耳を傾けてくれる。
とても十年以上離れていたと思えないくらい、アリエルさんとの姉妹仲は良好のようだ
彼女の十一歳という年齢を逆算すると、アリエルさんが本邸から追い出された後に生まれたと容易に察せられる。
フランス支部の騒動後まで、話に聞くだけだった姉との対面はさぞ嬉しかったようだ。
「そして、私が義姉さまと共に過ごせるようになった功労者がツカサ義兄さまだと知った頃から、まるで物語に出て来る王子さまのようだと、胸が高鳴って仕方ありませんでしたの」
「王子様だなんてそんな立派なもんじゃないけど……まぁ、そう言ってもらえてありがたいよ」
それで憧れに近い好意を抱くとは、なんとチョロいことか……。
「あらあら、ヒスイさんに続いてまた妹が増えましたね、リンドウさん」
「いや、自分の意思で迎えたのは翡翠だけですけどね?」
レティシアさんから無駄に人聞きの悪い称賛(?)を貰った。
シャルロットちゃんを義妹にする場合、俺はアリエルさんとの婚約を受けることになるんですが。
なんてまた狭まった選択肢に戦慄していると、突然翡翠が俺の腕に抱き着いて来た。
可愛らしく頬を膨らませながらシャルロットちゃんを睨み付ける。
「ダメです! つーにぃの妹はひーちゃんだけです!」
「大丈夫ですの。将来的には第二夫人としてツカサ義兄さまに尽くしますの」
「何一つとして大丈夫な要素が感じられないんだけど!?」
何しれっと自分を二番目に据えようとしてんだ!
俺と君の年齢差を考えたら明らかにロリコン扱いされるわ!
「それもダメです! ひーちゃんは大きくなったらつーにぃのお嫁さんになるです!」
「な、ズルいですの! 妹か妻の座は両立不可能なの!」
「ふっふっふっふ……。それなら妹でお嫁さんという形がベストです!」
「──はっ!?」
なんでドヤ顔なんですかねぇ……。
シャルロットちゃんもシャルロットちゃんで『それだ!』って盲点を衝かれたような顔をしなくてもいいだろうに。
「リンドウさん」
「な、なんですかレティシアさん?」
年下達の会話に呆れていると、今度はレティシアさんから声を掛けられた。
ただ、その表情は一目見て何かを企んでいると悟れるものだが。
「シャルロットは私に似て将来有望ということもあり引く手数多なのですが、如何せんアリエルの前例もあって信用出来る婚約者の擁立には中々至らないのです」
「は、はぁ……家柄の格を上げるためとか、色々企みがあったとは聞いてますけど……なんでその話を俺に?」
「アリエルの婚約者として認めた通り、リンドウさんはとても信頼出来る殿方です……後は言わずともお分かりかと」
「ええ、とんでもないこと言われてるなと」
レティシアさんの話を端的に纏めると『ヘタな家柄との縁談より、俺の方が安心してシャルロットを嫁がせられる』ということだ。
シャルロットちゃんが俺を気に入っていることもあって、レティシアさんは非常にノリノリに見える。
アリエルさんの婚約者候補にされた時もだが、この人はやたら子供の恋愛が気になって仕方ないようだ。
だがしかし、同じ二の轍は踏むわけにはいかないと俺は反論をする。
「そういうのってレティシアさんは良くても、レナルドさんが許可しないとダメなんじゃないんですか? シャルロットちゃんはまだ十一歳ですし、まだ早いって言われるのがオチだと思いますけど」
「シャルロットの縁談相手を決める最低基準として、リンドウさんのような紳士な方と決めたのですが、これが全員落第という結果でしたのよ?」
「マジで!?」
俺を基準にしたのに候補者みんな落ちたの!?
そんな低いハードルすら越えられないなんて、欲深いにも程があるだろ!!
「ええ、改めてリンドウさんがどれだけ貴重な殿方なのかを思い知らされました」
「いやいや、なんでそれで俺の評価が上がるんですか……?」
意味が解んねえよ。
俺が凄いというより、婚約者候補達が軒並み我欲に走っただけのような気がする。
そう思っているとアリエルさんが横からギュッと抱き着い──あああああああああっっ!!?
ちょ、腕が胸にうまっ──。
「まだ謙遜が見えていますわねツカサ様。そのようにご自分を卑下されるような方にはこうですわ!」
「如何にも罰を与えるみたいな言い方なのに、なんで胸を!?」
「ええ、当てるどころか包んでいますわね。ワタクシがツカサ様の腕に抱き着けば、当然こうなるものかと」
「ですよね。解っててやって来るのがアリエルさんですよね」
知ってたよ。
早々に振り払うことは諦めよう。
流石に三か月も経つと扱い方の一つや二つ慣れる。
「まぁ、シャルロットのことは彼女の気持ち次第ということで、今はデートの尾行を続けましょう」
悩みごとの種を投げるだけ投げたレティシアさんに言われると、何故だが納得出来ない気がするがそこは口出しせずに噤む。
一々食って掛かったらこっちの身が持たない。
そう割り切ってフェリクス君とクロエさんに目を向けて……。
「クロエ。僕は君を一人の女性として愛している!」
「──っ!」
何がどうあってそうなったのかさっぱり分からないまま、告白シーンが繰り広げられている光景に言葉が出なかった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は7月16日に更新します。
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