280話 男と男の決闘(不戦勝)
翡翠のおでこにキスをした直後、彼女に好意を抱いている崎田蘇芳君が突如乱入して来た。
彼の激しい剣幕に、俺と翡翠は大いに戸惑うばかりである。
「え、どうして崎田君がここにいるです?」
翡翠の疑問は尤もだ。
だが、崎田君の気持ちにも大方察する事が出来る。
何せ、彼からすれば好きな女の子が突然敵視していた男の苗字を名乗り出し、あまつさえ一つ屋根の下で一緒に暮らしているのだ。
どうやって知ったかは分からないが、そんな状況でデートに行くとなっては、気が気ではないだろう。
「どうしても何も、お前が散々デートに行くって惚気てただろうが!」
「あ、そうだったです」
お前、何平然と惨いことしてんの?
増々俺への敵意が高まってんじゃねえのかそれ?
「もう、崎田君!」
妹の無慈悲な所業に心を痛めていると、ぞろぞろと見覚えのある面々が集まって来た。
紫っぽい黒髪をゆるふわパーマにしている李織菫ちゃんと、切り揃えられた黒髪と真面目そうな顔立ちの十和朽葉君に──って、なんでルシェちゃんまで!?
前二人はまだしも、何故か彼女まで同行していたのか理解出来ず、俺は崎田君の乱入よりそっちの方が気になって仕方がなかった。
「せっかく良い所だっt──ゲフン、デート中に邪魔しちゃダメでしょ?」
「こんにちわ、竜胆さんのお兄さん」
「こ、こんにちわ、ツカサ先輩……」
何やら本性がちょっぴり漏れ出た発言をしている菫ちゃんに続き、至って平静な十和君があいさつをしてきた。
ルシェちゃんもそれに追従するようにあいさつを重ねる。
その表情はとても居た堪れない感情に満ちていた。
「それより天坂! そいつはお姉さん以外にも女の人が沢山いる浮気野郎じゃねえか! なんでそんなやつとデートなんか行くんだよ!」
「それはひーちゃん達がつーにぃを好きだからで、それくらいモテモテでもおかしくない素敵な人だから、一緒に居たくて当然です!」
「ぐ、ぎぎぎ……」
うわぁ、崎田君から凄まじい嫉妬の眼差しが……。
好きな子が自分以外の相手を好きって堂々と言ったもんだから、その怒りの矛先がこっちに来てるんですけど……。
「あと崎田君。ひーちゃんの苗字は天坂じゃなくて竜胆です! ちゃんと新しい苗字か名前で呼んでほしいです!」
「え、あ、いや、それは……」
翡翠の主張に、崎田君は照れと怒りが混じった複雑な表情を浮かべる。
だから、より残酷な事を強いるなよ。
だって、彼からしたら自分の好きな子を呼ぶのに、嫌いなやつと同じ苗字を呼ぶことになるとか……。
かといって、名前は照れて呼ぶどころじゃない。
結果、翡翠を旧名の天坂で呼ぶままになってるだろうことは、容易に察せられた。
「ひ、ひひひ、ひ、すす……」
「もっとちゃんと言ってほしいです!」
「もう止めてやれ翡翠。それ以上いけない」
崎田君の顔が真っ赤だぞ。
「それにしても、崎田君はともかく、なんで三人も一緒なんだ……」
「友達の翡翠ちゃんが初恋の相手とのデートですよ? 出歯亀──じゃなくてちゃんと出来るか心配だったので」
「僕も似たようなものです」
「えっと、ボクはサキタさんから話を聞いたスミレちゃんに誘われて……」
「OK、大体解った」
菫ちゃんだけが物見遊山で、十和君はストッパー、ルシェちゃんは誘われたと。
「悪い。他の女の子と出掛けたら心配になるよな……今度埋め合わせするからさ」
「いえ、ツカサ先輩もですけど、ヒスイちゃんの気持ちも良く分かるので、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」
俺が自分に独占欲を抱いていることを知っているためか、ルシェちゃんの態度はかなり余裕があった。
一人で勝手に焦ってたのは俺だけか……。
ホッとそう胸を撫で下ろす。
「あのー」
「ん? どうした菫ちゃん?」
「竜胆さんとお姉さんって何かあったんですか?」
「「──っぶ!?」」
が、そんな安堵も束の間、菫ちゃんから爆弾を投下された。
あまりに唐突かつ鋭い質問に、俺とルシェちゃんは大いに取り乱してしまう。
「なん、なんでそう思ったんだ!?」
「だって、お二人の間に遠慮が一切感じられなかったものですから……」
女の勘ってやつか?
止めてくれないかな~、ウチの母さんにも『アンタなんか文字通り一皮むけた感じがするわね?』なんて、心臓を止めてくるような一言を告げられたんだから。
「そ、そう、ですかね? 今までと変わってないと思いますけれど……」
精一杯の反論なのか、ルシェちゃんは顔を赤くしながらもそう返した。
いや、まぁ、確かに彼女のおかげで男としての自信を付けさせてもらったよ?
だからといって、中学一年生が四人いるこの場で、バカ正直にそれを話す気はないけどな?
「あ! もしかしてお姉さんったら──」
「「っ!」」
だが、菫ちゃんは何やら確信を得た表情を浮かべる。
前からませてると思ってたけど、この子かなり鋭い……!?
そう咄嗟に身構えて……。
「ついに告白したんですね!?」
「え、あれ? あー……はい……」
……お?
おぉ……どうやらまだ彼女はその発想にまで至る知識は無いみたいだ。
かなり肝を冷やしたが、俺はそう安堵する。
「今お兄さんが翡翠ちゃんとデートしてるとこから、まだ返事はされてないってことですか?」
「ええっと、それには色々と事情があって、とりあえず今はまだとしか……」
「キャー! 体育祭で見かけたお姉さん達といい、本当にモテモテなんですね!」
「あーははは……」
恐縮するばかりですと言わんばかりに苦笑いを送る。
正直、何も言い返せねぇや……。
さっきの崎田君の良い分通り、当日は直接対面してないものの、ゆず達の姿を見られているようだった。
まぁ、中学の体育祭にテレビでも滅多に見ないような美少女・美女が一カ所に固まってたら、普通に目立つから当然と言えば当然だけどな。
「ふっっざけんなぁっ!!? なんでそんな綺麗なお姉さんから告白されてんのに、天坂とデートとか羨ましいことしてんだよ!? やっぱロリコンってことなんじゃねえのか!?」
しかし、崎田君は俺の交友関係に酷く不満だったようだ。
というか言ってることがド正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
だがせめてこれだけは言わせてほしい……俺はロリコンじゃないんだってば。
「お姉さんもホントはコイツに不満とかあるんだろ!? こういうのって言わないとどんどん悪い方向に行くって言うじゃん!」
チクショウ、本当に正論しか言わないな!
丁度溜め込みすぎてパンクしていた俺の心に、大きな傷跡残して行ってる……。
「不満、ですか? いえ、ツカサ先輩が色んな人に好かれていることを承知の上で告白しましたし、ちゃんとボクの気持ちと向き合ってくれているので、全然感じていませんよ」
「え、なにその懐の広さ……」
あっけらかんと俺への絶対的な信頼を述べるルシェちゃんに、崎田君は呆気に取られた。
それが嬉し過ぎて、とばっちりを受けた俺の顔に熱が集まる。
実際、ルシェちゃんの心の広さって俺以上だと思う。
「あ、天坂……」
「ひーちゃんはつーにぃがモテモテで嬉しいです!」
「……」
翡翠も同様の信頼を見せたことで、ついに崎田君が言葉を失った。
俺?
かなり余裕が無くなってて、両手で顔を覆ってるよ。
自分に向けられる好意を素直に受け取るようになった分、こういうのが前に比べてかなり効くわぁ~……。
「甘ったるい空気ごちそうさまです!」
「君は良い性格をしてるよ……」
そんな空気の中で、菫ちゃんだけが通常運転だった。
この子、絶対世渡り上手くなりそうだよ。
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女にそう感想を抱いていると、絶句して顔を俯かせていた崎田君がバッと翡翠と目を合わせて……。
「俺、天坂のことが好きなんだ!」
「──っ!」
なんと、ここでついに翡翠へ告白をした!
顔を耳まで真っ赤にした彼は、俺達の動揺を他所に続きを口にする。
「だから、俺と「あ、ごめんなさいです」つきあt──え?」
……。
……あれ?
今なんか途中で聞こえた気がするんだけど……?
「あ、あま、さか……?」
「崎田君とは友達のままでいたいので、お付き合いは出来ないです」
あ、聞き間違えとかじゃなくて、マジで振ったよこの子。
しかも最後まで言わせないし可能性が無いと伝えるという、かなり無慈悲な振り方で。
いやいやいやいや、俺でもそんな振り方したことないぞ!?
ゆずや鈴花は言ってるところ見たことあるけれど。
「そ、それって、まずはお友達からってことか……?」
いや、キミら既に友達だろ。
振られた現実を信じ切れない様子の崎田君が発した言葉に、そう声に出掛けたところを寸でで呑み込む。
動揺のし過ぎにも程があるだろ。
「崎田君は友達としてはいいけど、彼氏としてはそこまでって感じだからです」
「がっはぁっ!?」
「傷口に塩を塗り込むなよ!? なんでそう時たまドSなんだ!?」
崎田君はショックのあまり膝から崩れ落ちた。
そのあまりに惨い断り文句にツッコミを入れると、翡翠はニコリと可愛らしい笑みを向けて来る。
「こういうのはハッキリと言わないといけないです! あ、でもつーにぃはいつでもひーちゃんをギュってしていいです!」
「マジで? って違う違う。今後の友人関係とか大丈夫なのか?」
「これでギクシャクしたら、それこそそこまでです!」
「う~ん、ご尤もだけど!!」
この妙にドライなところは素で言ってるな。
人一倍対人関係に敏感な翡翠だからこそ、そんな価値観を持ってるんだろうか?
「あーあ。まぁこういう結果になることくらい、分かり切ってましたけどねぇ~」
「スミレちゃん、予想してたんですか?」
「そりゃもう。普段の翡翠ちゃんの態度からして、崎田君に脈は無いなんて明らかでしたから」
友人にまで成就を期待されてなかったとか、どんだけ報われないんだ彼は。
そう思うものの、図らずも二番目くらいに追い詰めてんのが俺なわけで、罪悪感から何も言えないでいた。
「うるせー……お前だって彼氏いないくせに……」
おっとぉ……みっともないことに、崎田君は菫ちゃんに八つ当たりを飛ばして行った。
多分、そういうところだぞ。
君が恋愛対象にすらならない理由。
「え? 私、朽葉君と付き合ってるよ?」
「「ええええええええええっっ!!?」」
だがしかし、何気ない調子で菫ちゃんが告げた衝撃の告白に、俺と崎田君は揃って驚愕の声をあげた。
マジで!?
君達付き合ってたの!?
「い、いい、いつ、から?」
「四人で遊ぶようになって、一か月くらいかな? 一緒に居て気が楽だったから『付き合っちゃう?』って感じで告ったの」
軽っ!?
そんなあっさりと!?
なんか俺が真剣に悩んでんのが馬鹿馬鹿しく思えるんだけど!?
十和君が翡翠やルシェちゃんを相手に落ち着いていた理由が、まさか菫ちゃんという彼女がいたからとは……。
それなら納得が行くな。
友達二人に交際の事実を隠されていた崎田君からすれば、到底呑み込めないことだろうけど。
「ごめんね。崎田君に言うとややこしくなるからって黙ってたんだ」
「え、お、おぅ……あ、天坂は知ってたのか?」
「当たり前です。二人がカップルになった日に、付き合うことになったってすみちゃんから教えてもらったです」
「あ、ボクもみなさんと一緒に帰った時に教えてもらいました」
「え……」
翡翠はともかく、知り合って一時間も経ってない時期のルシェちゃんでも知っていたことを、今になって知らされた崎田君は、ただひたすら呆けるしかなかった。
俺は単純に知る機会が無かっただけだが、彼は友達としての交流がある分、余計に衝撃が大きいのだろう。
その後、翡翠とのデートは急遽、虚しく泣き続ける崎田君を慰める会へと移り変わったのだった……。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は7月8日に更新します。
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