278話 マイエンジェルとデート 前編
「つーにぃ! 早く早くです!」
「待てって翡翠。時間はあるんだからゆっくりしようぜ」
「いいえ! 今日は待ちに待ったつーにぃとひーちゃんの初デートです! 一分一秒でもたくさん思い出を作らないと損です!」
「それはまぁ、そうだけどさ……」
そんな会話を繰り広げる俺達は、羽根牧駅から一駅先にある与野刈ショッピングモールに来ていた。
その目的は先週、晴れて俺の義妹となった翡翠が言った通りデートのためである。
あぁ、そうですよ。
四つ年下の翡翠までも俺に対して好意を抱いたんだよ。
それを伝えられたのは彼女の通う中学校での体育祭の後だ。
翡翠から『大きくなったらお嫁さんにして』と告げられた直後にキスされた。
アリエルさんの時のようにオトナのそれでは無かったが、俺を茫然自失とさせるには十分過ぎる威力を持っており、その様を目撃していたゆず達から大変お叱りを頂く結果になったのは記憶に新しい。
機嫌を直すに時間が掛かったのは言わずもがな。
しかし、四歳差と言えば大したことじゃないのに、中学一年生の女子と高校二年生の男子って言い方をすると、犯罪感が増すのは何故だろうか。
しかも義妹。
義理だから血は繋がってないが、相手は妹である。
いや、まぁすごく可愛いからいいんだけどね?
今日のデートだって、いつもストレートに降ろしている薄緑の髪を、編み込んでフィッシュボーンにしていて、服装はベージュのベストの下に白のハーフスリーブのブラウス、茶色のショートパンツに黒のオーバーニーソックス、赤と白のスニーカーという、可愛らしさと動きやすさが合わさった装いで来ている程だ。
だからだろう。
可愛い我が妹は周りから好奇の眼差しを一身に浴びている。
あ、同時に『え、あんなのがアニキなの?』という視線も頂戴してます。
最早いつものことだから慣れてるけど。
ただ、その実態はアニメやラノベでたまに見る『幼い頃に兄と結婚の約束する妹』を見事に再現してしまっているんだけどな。
返事に関してもいつもの待ってほしいという保留のまま。
家族として同じ家で過ごす以上、気まずい事この上ない。
けど、翡翠にそんな気負った様子はないみたいで、俺も家族として自然に振る舞うことが出来る様になっていた。
そんな中で、今日のデートのお誘いである。
当然、俺の両親はそれはもうこれでもかという程に邪推して来た。
朝帰りでも構わないはだめだろうが……。
「えへへ、つーにぃ!」
「っ、おぉ、まずはどこに行く?」
翡翠が俺の手をギュッと抱き寄せて来たことで、若干心臓が高鳴った。
多分、腕を組もうとしたんだろうけど、身長差が原因でどうも難しかったようで、結果こうなったみたいだ。
というかそのせいで確かに身長以上に成長しつつある部分に思いっきり触れているわけだが……気のせいだと誤魔化すことでなんとか煩悩を振り払う。
ルシェちゃん相手にしたとはいえ、どうやらすぐ気にならないということは無いらしい。
そんないまいち成長したか分からない自分に呆れながらも、翡翠に手を引かれて俺達はアパレルショップへとやって来た。
なんでも、翡翠の所持している服のほとんどが美沙のお下がりらしい。
彼女の死を乗り越えたことで、改めて自分のための服を買いたいと思ったようだ。
正直、前にアウトレットモールで遭遇した由乃の姉みたいな強烈かつ鬱陶しいキャラのせいで、ちょっぴり苦手意識が芽生えていたりする。
流石にまたあんなインパクトのある性格の人間に早々出会わないだろうと思いたいが……悲しいかな。
俺、全然遭遇する気配しかしないんだよなぁ。
経験則ということだろうか?
とにかく変人に遭遇する確率が高い不安が拭えない。
そんな俺の予想は……。
「いらっしゃいませ~。あら、ご兄妹でお買い物ですか? 妹さん思いなんですね!」
「え、あぁ、はい」
普通に愛想が良さ気な店員さんによって、いい意味で裏切られる。
変な警戒心を持っていただけに、若干拍子抜けしてしまった。
いや、変人が来ることとか期待してないからな?
囲まれ過ぎて段々自分の感覚が信用出来なくなって来た……。
っと、それより翡翠に合う服のことを聞くチャンスだ。
そう思い直した俺は早速店員さんに聞いてみることにした。
「えっと、この子に似合いそうな服はありますか?」
「可愛らしい妹さんですねぇ。はい、ぜひご用意させて頂きます!」
「えっと、よろしくお願いしますです!」
そんなわけで、翡翠は店員さんと共に店の奥へと入って行った。
しかし、翡翠から聞いた美沙の話はどれも衝撃的だったなぁ。
翡翠が最初は美沙に懐かなかったこととか、蔵木さんのこととか、あとまさか俺と一度会ってたとは……。
記憶にないから実感は無いけど、それならアイツが好意以外で俺に積極的だった理由にも納得が行く。
それを知ることが出来たのも、翡翠を家族として迎え入れられることが出来たからだ。
向こうからは家族以上の気持ちを向けられることになったけれど……そこは一旦置いておこう。
そう思っていると、店員さんが戻って来た。
「お待たせしました、妹さんがお待ちしておりますよ」
「はい」
案内されて着いた試着室前に立ち、店員さんが中にいるであろう翡翠に声を掛ける。
「お客様、お兄さんに目一杯おめかしした姿を見て頂きましょうか!」
『は、はい……』
中から緊張した様子と思われる翡翠の声が聞こえた。
そして、カーテンがシャッと開けられると……。
「──っ!!」
中には天使がいた。
髪はそのままだが、紺のポロシャツの上に白いシースルーのカーディガンを羽織り、白と緑のチェック柄のミニスカートと黒タイツに包まれた細い足……。
竜胆翡翠という少女の魅力を十全に引き出した装いに、俺は絶句する程に目を奪われる。
「つーにぃ? 似合ってます?」
「──あ、あぁ。可愛いよ……流石翡翠だな」
「! えへへ、良かったです」
以前なら両手を上げて喜んでいたところを、俺への恋愛感情もあってか恥ずかし気にはにかむだけだった。
だが、それが何より俺の心臓を弾ませる。
──ヤバイ、俺の妹が超可愛い……。
こんな可愛い子が妹になってくれて良かったと、密かに感動する他なかった。
「買います」
「はいありがとうございまーす!」
「ええ、つーにぃっ!?」
「何驚いてんだ翡翠? 俺は可愛い妹の姿が見られるならいくらでも出せるぞ?」
「う、あ、えと、ありがと……です」
俺の行動に翡翠は顔を真っ赤にして驚くが、続けて告げた称賛にすぐに矛を収めた。
その表情は羞恥と歓喜が入り混じっていて、どこか複雑そうに見える。
そうしてアパレルショップを出た次は、アクセサリーショップへと赴いた。
時間が経って冷静になったが、やっぱり翡翠が可愛いことに変わりは無い。
鈴花からすっかりシスコンになったなとどやされたけど、あながちその通りかも知れないな……自覚したところで治す気はさらさらないが。
「つーにぃ! ひーちゃんは指輪が欲しいです!」
「それ明らかに狙って言ってるよな? 仮に俺がここで買って渡すとしても、翡翠はそんな安物でいいのか?」
「う……や、やっぱりちゃんとしたのをもらいたいです……」
ツッコミから続けた言葉に、翡翠は俯きながら罰が悪そうに返す。
その返事を聞いた俺は、彼女の頭にポスンッと手の平を乗せる。
「にゅ……」
「ちゃんと返事はするから、今は買い物を楽しもうぜ」
「あ……うん!」
俺の言葉に、翡翠はニコッと笑みを浮かべた。
それから気を取り直して、翡翠に合うアクセサリーを選んでいく。
「つーにぃ、このネックレスとペンダント、どっちがいいです?」
「ん~、翡翠ならペンダントの方が良いと思うぞ」
「それならこっちにするです!」
白と水色のビーズで作られた球状のペンダントを指すと、ニコニコとそれを手に取ってレジへ持って行った。
会計を済ませた翡翠が俺の元に戻ってくると、先程買ったペンダントを取り出し……。
「あのね、つーにぃ。ひーちゃんにこのペンダントを着けて欲しいです!」
「え、俺がやるのか?」
「はいです!」
「まぁ、翡翠の頼みならやるけど……」
何の意味があるのだろうかと若干疑問を感じるが、他ならぬ可愛い妹のお願いなら断る理由もない。
そう思った俺は何気なく了承する。
すると、翡翠はさらに俺に歩み寄って来て、腕を伸ばせば容易に届く距離にまで肉迫した。
あぁ、なるほど。
正面から首へ手を回してペンダントを着けてもらいたいってことか。
そう理解した俺は、早速翡翠の首にペンダントを着ける。
「えいっ!」
「っと?」
が、身を屈めた瞬間、翡翠が俺の胸にポスリと飛び込んで来た。
勢い自体は軽いため一緒に倒れ込むような無様を曝すことはなかったが、どうして急に抱き着いて来たのかと思うと……。
「こうやって近い方が着けやすいです!」
ということらしい。
いや、確かにそうだけれど、翡翠の髪から甘い香りがフワッと俺の鼻腔を擽って来て、これ本当に同じシャンプー使ってんのか信じられない気持ちだった。
そんな思考へ逸らすくらいには、この密着にドキドキしている。
「えへへ、つーにぃのドキドキがひーちゃんにも聞こえるです」
「っ、そ、そりゃ妹とはいえこんな可愛い女の子とくっついてたら、ドキドキくらいするっての……」
直に聞かれていたことで誤魔化しは通用しないと思い、いっそ開き直った。
そんな鼓動の早さを感じながらも、翡翠の細い首にペンダントを着ける。
「ほら、着けたぞ。早く離れな」
「や~です! もっとギュ~ってしていたいです!」
しかし、翡翠は中々離れようとしなかった。
この子がどれだけ孤独に耐えて来たのか知った分、あまり強く言えないが周囲がそれらの事情を知るはずも無い。
何が言いたいかというと、今もの凄く注目されてるんだよなぁ……。
身長差三十センチ以上の男女が密着してる様なんて、仲が良い兄妹にしては良すぎる風にしか見えないだろう。
「あのな、いくら兄妹でもあまりくっつかれてると周りの目がな……?」
「む~……」
出来るだけ翡翠の不満を刺激しないように言葉を選んで、それとなく離れるように伝えるが、彼女は不満気に頬をプクッと膨らませるだけだった。
それが可愛くて思わず許しそうになるが、何とか邪念を払う。
「すみません、ちょっといいですか?」
「え?」
不意に声を掛けられてそっちへ顔を向けると、アクセサリーショップの店員さんが俺の後ろに立っていた。
突然のことで呆けている内に、店員さんは口を開いて……。
「キミ、多分高校生か大学生だよね? その小さい女の子とのことで聞きたいことがあるんだけど?」
「……」
どうしよう、早速ロリコンの疑いを掛けられたんだけど……。
「あの、俺と翡翠は兄妹ですよ?」
「……本当に?」
「はいです! つーにぃはひーちゃんのおにーちゃんです!」
「……ならいいけれど」
そう言って店員さんは一応引き下がってくれた。
一方で俺の心臓は妙に冷たさを感じている。
そりゃ、こうなるかもとは思っていたけれども、何も現実にならなくてもいいだろうに……。
俺が疑われたせいで、翡翠の気分を害していないか横目で彼女の表情を窺うと……。
「む~……」
大変不機嫌でした。
店員さんからすれば善意での言葉なんだけれど、翡翠からすれば兄妹なのに違うって言外に否定されたようなもんだから、当然と言えば当然だろう。
「……そろそろ昼飯でも食べるか?」
「うん……」
少し早いが、気分転換として昼食を摂ることにした。
翡翠の声音は若干気落ちしていたが、我ながら単純だが何か美味しい物でも食べれば、ちょっとは持ち直せるかと思う。
そんな事を考えつつ、俺達はフードコートへと歩みを進めるのだった。
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次回は7月4日に更新します!
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