275話 ひとりぼっちの時間はおしまい
あの後、ゆっちゃん達が残った唖喰を殲滅したこともあって、無事に戦いは終わった。
久しぶりに会ったみぃちゃんと色んなお話がしたかったけれど、流石に四つも連続で固有術式を構築したことで、わたしの体はヘトヘトに疲れたことでそんな時間はなかった。
みぃちゃんとのお話もだけれど、つっちーの家族になることにも実はまだ返事をしていない。
嫌ってことじゃなくて、彼の家族にわたしのことを話す必要があって、許可を貰えるまで待って欲しいって言われたから。
よく考えたら、つっちーはまだ高校生なのに独断で女の子一人を義妹として迎えようとしてたんだよね。
それがなんだかおねーちゃんと同じで、わたしは全然悪い気持ちはしなかったけど。
そんなことを思いながらわたしは、今日までずっと行くことが出来なかった場所にやって来た。
一人で来たわけじゃなくて、つっちーとみぃちゃんも一緒。
だってここは……二人にも来て欲しい場所だから、どうしても一緒に来てってお願いしたの。
場所を伝えると二人はいいよって言ってくれた。
つっちーはともかく、みぃちゃんもすぐに行くって言ったのにはびっくりしたけれど、思わず大好きって言っちゃうくらい嬉しかったんだ。
そうして目的地に着いたわたし達は、両手を合わせて目伏せる────おねーちゃんのお墓の前で。
一年半前のおねーちゃんのお葬式の後、わたしにはここに来る資格が無いって思って来れないままだったけど、自分を責めるのを止めて幸せになることを決めたから、そのことをちゃんと伝えたいと思った。
約束を守れなかったこと、今日まで遅くなったこと、幸せになろうとせずに何度も死のうとしたこと、色んなごめんなさいを伝える。
それと同時に、ちゃんと幸せになるために生きること、ゆっちゃん達の力になるために強くなること、おねーちゃんが好きになった人の義妹になることも伝えた。
そして最後に、ずっとずっと言わなきゃいけなかったことを口にする。
「おねーちゃん……初めて会った時も……わたしが一人で外に出た時も……死に掛けた時も……何度も助けてくれて────ありがとう……っ!」
ごめんなさいって思ってばかりで、助けられてばかりなわたしがありがとうなんて言う資格はないかもしれない。
でも、つっちーに生きてくれてありがとうって言われたから、ここでちゃんとおねーちゃんにも伝えるべきだって思った。
すると、胸の奥で痞えていたしこりが取れたように、スッと心が軽くなったと感じる。
言いたいことは全部言い終えたわたしは、ゆっくりと立ち上がってつっちー達と向かい合った。
「もう、いいのか?」
「うん……つっちーも大丈夫?」
「あぁ、俺も伝えたいことは言い切ったよ」
「そっか……」
きっとおねーちゃんに告白したんだって悟った。
返事を期待していないかもしれないけど、せめてと思ってわたしは彼の耳に顔を寄せる。
「おねーちゃんもね、つっちーと別れた後もずっと大好きって言ってたです!」
「──っ! ……なら、良かったよ」
おねーちゃんの気持ちを知ったつっちーは、寂しそうだけれど、それ以上に嬉しそうな表情を浮かべた。
結婚式で聞く誓いの言葉で『死が二人を分かつまで』ってあったけど、そんなの嘘だって思える。
だって、つっちーとおねーちゃんの気持ちは、死でも分かつことなんて出来ていないんだもん。
「そういえば、どうしてみぃちゃんは日本に帰って来たの?」
「アァ? いや、オマエと別れてからも何度か来てたぞ」
「えっ!? それならどうして翡翠と会ってやらなかったんだ?」
「逆効果だからに決まってんだろうが。まぁ、あたしが決めたわけじゃなくて、上からの指示だけどな」
何度か帰って来ていたって聞いて、つっちーと一緒にびっくりしたけど、その後に髪を掻きながら理由を話したみぃちゃんを見て、わたしはある確信を得た。
──あ、嘘ついてる。
みぃちゃんは嘘をつく時、髪を掻くクセがあるっておねーちゃんに教えてもらったことがある。
だから、ホントはわたしと敢えて距離を取ることで自分に依存しないようにしてくれたんだって分かった。
相変わらずの不器用な優しさに、わたしはどうしても頬の緩みを抑えられそうにない。
「後はオマエだよ、メガネ」
「俺?」
「おう、ダヴィド・アルヴァレス元フランス支部長が起こした騒動で、あのクソヤロウの拘束に最大の貢献を為した奴が、本当に組織にとって有用な人間かを見極めるのに監視してたんだよ」
「は……?」
射抜くような鋭い眼差しを向けるみぃちゃんの言葉に、つっちーは予想外といった風に呆けていた。
みぃちゃんと別れる時、すぐに会えないどこか遠い所って聞いたけれど、そういう諜報活動が専門のところなのかもしれない。
それを聞こうとは思わない……みぃちゃんが教えないなら、わたしが無理に知る必要もないって思うから。
「そ、それって、もし不要だって判定されたら強制的に組織を辞めさせられるってことか……っ!?」
「ククク、安心しろよ、文句無しの合格だ。悪いようには報告しねえよ」
「──っほ」
自分が監視されていたって知って、慄いたつっちーの予想に反して、みぃちゃんは彼を認めてくれたみたい。
せっかく家族になってくれるつっちーが合格って言われて、わたしは内心、安堵で胸を撫で下ろした。
「ただし、ガキを悲しませたりしたら即テメェを殺すからな?」
「蔵木さん? 翡翠のことはどうでもいいって態度してるけど、ホントは大事なんだろ……」
「アァ? 当たり前だろうが。────唯一のダチが大切にしてたヤツだぞ? 嫌う理由なんざねえだろうが」
「おぉぅ……そっすか……」
「えへへっ! ひーちゃんもみぃちゃんが大好きです!」
「──ッチ、余計なこと言わせやがって……」
やっぱり!
みぃちゃんなりにわたしのことを大事にしてくれてるって分かって、ギュッと彼女に抱き着く。
口では煩わしように愚痴を零してるけれど、抱き着いて来たわたしを振り解いたりしないから、照れ隠しだって丸分かりだ。
そんな話をした後、みぃちゃんはまた日本を発って行った。
あの時とは違って、ちゃんと『また会おうね』ってお別れをして……。
~~~~~
喧騒が耳へと流れて来る。
おねーちゃんのお墓参りをして、みぃちゃんと別れた翌日の土曜日……今日はわたしが通う羽根牧中学校の体育祭だ。
クラス別に分かれて競い合うルールで、三学年三組だから合計九チームもいることになる。
午前から続いた競技を経て、ついに最終競技となった。
わたしのクラスである1-1組は、流石に二年生と三年生とは点差が開いたけれど、学年別に優勝を決める形だからそこまで気にならないかな。
それでも他のクラスとは接戦で、この最後の競技で一位にならないと優勝は出来ない。
そして、最終競技はクラス別対抗リレー。
全員参加の競技だから、足の遅いわたしも参加しないといけない。
みんなそのことを分かっててくれてるから、他の足が速い人で十分に距離を稼いで、アンカーをわたしが走ることになった。
既に競技が始まって数分……会場の空気は大盛り上がりだ。
観戦に来ている他の人の家族の応援が良く聞こえる。
わたしは、この前までそれが羨ましくて、妬ましかった。
だから、体育祭だけじゃなくて文化発表会も授業参観も嫌い……。
だって、わたしにはどれも見に来てくれる家族がいなかったから。
おかーさんと二人になった時は、お仕事で来られないって言われて、寂しかった。
おねーちゃんの妹になってからも、体育祭が重なったせいで来られなくてごめんねって言わせてしまったこともある。
一番辛かったのは去年だったなぁ。
おねーちゃんが居なくなったショックで、普通の人生を暮らしているみんながズルいって思い込んで、その年の学校行事は卒業式以外、全く参加することはなかったもん。
「天坂!」
「うんっ!」
そうして今までのことを振り返っている内に、ついに崎田君からリレーのバトンがアンカーのわたしに手渡された。
バトンを受け取ったわたしは、精一杯走る。
体力はあるから息はそこまで乱れていないけど、身体強化術式を全開にして走った昨日と打って変わって、生身のわたしの足は一歩ごとの加速が遅くて、後ろから別クラスの走者に追い付かれそうになるのが分かった。
実際、相手からすれば余裕なんだと思う。
アンカー走者の列に並んだ時も、わたしが同じアンカーだって分かった途端勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのが見えてたから。
今までなら、そうなっても仕方がない、足が遅いのは後遺症があるんだからって諦めていたけれど……。
わたしは歯を食いしばって一生懸命に足を動かす。
だって……。
「翡翠ちゃん、その調子ですよ!」
──死のうとしていたわたしを止めてくれた声が聞こえる。
「ゴールまでもう少しよ、翡翠!」
──おねーちゃんの友達の声が聞こえる。
「翡翠ちゃーん! 頑張ってー!」
──お昼に美味しいご飯を作って来てくれた声が聞こえる。
「ヒスイ様ならば、必ず走り切れますわー!」
──距離があるのに、ハッキリと届く透き通って綺麗な声が聞こえる。
「ヒスイ殿! ワタシ達がついているぞ!!」
──ちょっぴり涙声だけど、頼もしい声が聞こえる。
「ヒスイちゃん! たくさん練習したから、大丈夫だよー!」
──友達と一緒に練習に付き合ってくれた声が聞こえる。
「「ヒスイー! Hang in there!」」
──アメリカから、今日のために来てくれた二人の声が聞こえる。
「翡翠!! もう一息だ!!」
──家族になりたいて言ってくれた、優しくて大好きな声が聞こえる。
そう……みんなが居てくれるから、わたしはもうひとりぼっちじゃない。
寂しくなんかない……嬉し過ぎて目に涙が滲んで来た。
応援されることが、こんなに幸せだなんて知らなかったなぁ……。
ちゃんと目を向ければ、幸せはすぐそこにあったんだ。
だからかもしれない……。
『ひーちゃん、頑張れーっ!』
懐かしくて、ずっと忘れられない声が聞こえた。
その期待に応えたくて、わたしは足の痛みに構わずいっそう駆け出す足を速める。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「クソ、抜けない……っ!」
ゴール目前で、背後から距離を縮められないことに焦りを見せる声が聞こえたけれど……わたしの耳に受け止められることなく流れて行った。
そして……。
──パアアアアァァァァンンッッ!!
「「「「ワアアアアアアアアアアア!!」」」」
わたしはトップを保ったままゴールしたことで、クラスを一年生内での優勝に持ち込んだ。
その歓声が運動場に大きく響いて、クラスのみんなからも頑張ったねって褒めてくれたことが嬉しかった。
やり切ったわたしは、感極まってまたわんわん泣いちゃったけど。
ダメだなぁ……自殺願望が治っても、泣き虫は全然治らないや……。
でも、この涙は悲しくなんかない……嬉しくて流してるんだもん。
嬉しいから……泣きながら笑っちゃってもいいよね。
幸せな時は笑えって、教えてもらったから……。
~~~~~
閉会式の後、わたしはこの胸の奥の気持ちを真っ先に伝えたい人の元へ駆ける。
「つっちー!!」
「お疲れ、翡翠」
抱き着くために跳び付くと、彼は体をクルリと一回転させて危な気無く受け止めたあと、わたしを腕に座らせて抱き抱えてくれた。
それをゆっちゃん達が羨ましそうに見てるけれど、誰も止めようとしないみたい。
頑張ったご褒美なのかなって勝手思うことにして、わたしはつっちーへ顔を向ける。
「つっちー! ひーちゃんは、幸せです!」
「おう、まだまだたくさん幸せになろう、俺やみんなと一緒にさ」
「はいです!」
そう言ってニカッて浮かべる笑顔に、わたしは元気に返事をした。
幸せ一杯でドキドキが止まらない衝動のまま、心からの笑顔を向けて告げる。
「つーにぃ! ひーちゃんはまだ子供で義妹だけど……」
「ん?」
そこで一度言葉を区切って、大好きなおにーちゃんの頬に手を添えて……。
「──大きくなったらお嫁さんにしてね────ッチュ♡」
「──ん゛ん゛っ!!?」
…………ファーストキスを捧げた。
初めてのキスは柔らかくてすっごくドキドキして、ずっとこうしていたい気持ちになる。
つーにぃはびっくりして声を出すけど、キスで口が塞がってるから大きく聞こえなかった。
「「「「「「「「えええええええええええええええっっ!!!??」」」」」」」」
その代わり、ゆっちゃん達の絶叫が学校の校門に木霊していった。
※おまけ※
鈴花「こんのロリコンがぁぁぁぁっ!」
司「ちょ、ちが──ぶげぇっ!?」
翡翠「違うですすーちゃん! 正しくはシスコンです!」
鈴花「どっちにしろ翡翠を惚れさせたことに変わんないでしょーが!!」
ゆず「また増えたまた増えたまた増えたまた増えた……しかも翡翠ちゃんだなんて……」
菜々美「年齢なの? ねえ、年上より年下のほうが良いのかなぁ……?」
クロエ「あ、あの男は~~っ! アリエル様のお気持ちをなんだと思っているのだ!?」
ルシェア「お、落ち着いてください、クロエ様ーっ!?」←勝者の余裕から然程動揺せず。
アリエル「はぁーっ! はぁーっ! いけません……お腹が、痛いwww」
アル「ベル、お邪魔みたいだし、帰ろっか」
ベル「Ok」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は6月28日に更新します。
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