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28話 上位クラスの唖喰

三人称視点です。


※予約ミスで2話同時になってしまいました。

毎日更新の予定を変えることはありませんので、このままでいきます。


大変申し訳ありませんでした。

 

 唖喰の出現を知らせる警報を聞いた鈴花は現場に先行していた。

 場所は都市開発計画があったものの、建設会社に不正な取引が発覚し、放棄された骨組みまでしか建てられていないマンションが立ち並ぶ団地だ。

 

 唖喰討伐のためとはいえ夜間に外出する本当の理由を両親に話せないことに後ろめたさはあるものの、鈴花の頭の中は司との喧嘩のことで一杯だった。


(アタシは慢心なんかしてない……司が驚くくらい目に物を見せてやるんだから……!)


 未だ怒りが覚め止まらない中、唖喰が開いたポータルまで一キロメートルを切ったところで唖喰の姿が見え出した。


(ちょっと、ポータルまでまだ距離があるのにこんなところにまで来てるの!?)


 まだポータルが開いてから十分も経っていない、それなのに一キロメートルも離れたこの場所に唖喰がいるということは敵の侵攻速度が速いか、敵数が多いかのどちらかである。


『鈴花、聞いて頂戴唖喰の数は百体近くは確認されているわ! ゆずやほかの魔導士が到着するまで防戦に徹して頂戴!』


(百以上!? 早くポータルを破壊しないとそれ以上増えるかもしれない……!)


 初咲からの通信で伝えられた敵の規模に鈴花は驚いた。

 しかし、憶する気持ちを抑えて戦闘に気持ちを切り替える。


(大丈夫、この一週間で百数体の唖喰を倒してきたからいけるはず!)


『橘さん、最近慢心が過ぎるのではないのでしょうか?』

『……俺は、唖喰が怖くて仕方ない……怖いからこそ、アイツらの脅威はしっかりと理解出来る』

『全部自分の力だって勘違いしてるやつのほうがよっぽどだろ!?』


 ふと、先ほど司に言われた言葉が頭をよぎるも鈴花は首を振って切り捨てる。


(司はアタシを馬鹿にしすぎなんだって……アタシだってやるときはやるんだって見返してやる……)


 鈴花は両手を前方に構えて術式を発動させる。


「攻撃術式発動、魔導砲、発射!」


 両手に展開された魔法陣から巨大な光線が放たれた。

 遠距離から放たれた光線は十数体の唖喰を飲み込んでいった。


 鈴花は魔導砲を回避した唖喰に対し、もう一度魔導砲を放つ。


「……魔導砲、発射!」


 再び両手から放たれた巨大な光線は巻き戻しのように十数体の唖喰を消し飛ばしていく。

 まだ唖喰の姿は途絶えていないが、このくらいならばと鈴花は接近する。


「ガァッ!!」

 

 こちらの姿を見つけたイーターが、迎撃のために大きな口を開いて光弾を吐き出すが、鈴花はそれを躱しながらお返しと言わんばかりに攻撃を叩き込んでいく。


「攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」


 形成された三つの光の剣は三本ともイーターの体を貫き、塵となって消滅させる。

 その塵越しにリザーガが宙返りする姿が見えた鈴花は焦らずに待ち構える。


 リザーガの視線がこちらを捉えたのを見ると鈴花はその場から跳ぶ。

 

「攻撃術式発動、地雷陣三連展開、設置!」


 途中で軌道を変えられないリザーガは鈴花が足元に残した接触で起動する魔法陣を設置してその場からバックステップで距離をとった。


 鈴花のいた場所にリザーガが突っ込み、そこに閃光と爆発が発生した。

 光が収まった時にはリザーガは塵になっていた。


「シャアアアアアア!」


 次は十体以上のラビイヤーが鈴花に襲い掛かって来た。


「せめて十倍は来なさいよ……攻撃術式発動、光剣展開!」


 鈴花が術式によって形成した光の剣を右手に持った。


 光剣の術式によって形成された光の剣は飛ばすだけでなく、今鈴花がしたように手に持って振るう事も出来る。

 

 そうすることで即席の武器が使えるが、一度振るうと光の剣に籠められた魔力が尽きる為、光の剣は消滅してしまう。


 それでも魔導武装をまだ持っていない鈴花にとっては貴重な武器であり、光刃の術式より魔力消費量は少なく、更に術式を極めると手に持たずとも複数の光剣を振るうことが可能になるという。

 

 ゆずの場合、手に持たずに八本同時に操ることが出来ると聞いた時は驚いたが、すぐに追いついてみせると密かに目標としていた。


 そんな光の剣を水平に構える。

 平穏な日常を生きてきた鈴花には当然ながら剣術の心得など無い。

 

 ゆずとの訓練で付け焼刃的に見に付けた剣術は鈴花自身の運動神経の良さもあり、唖喰相手にはなんとか通用するレベルまでに出来上がっていた。

 

「――セイッ!」


 鈴花は向かってくるラビイヤー達に対し剣を右から左へ薙ぎ払った。


「シャ……ァ……」


 一閃。

 それだけで十数体のラビイヤー達は上下に両断されて塵になった。

 

 右手に持っていた光の剣は籠められていた魔力が尽きたことにより、フッと光の粒子となって消えた。


「シュルルル……」


 今度は五体のローパーが鈴花を拘束しようと四方から赤い触手をうねうねと不規則な軌道を描きながら突き出してきた。


「鬱陶しいなぁ……攻撃術式発動、光刃展開!」


 流石に二十は超える触手相手に一回きりの光剣では分が悪い為、鈴花は光刃の術式を発動させ、両手に光の刃を形成した。


「セイッ! ハァッ!」


 鈴花は身体強化術式による疲れ知らずな動きでもって迫りくるローパー達の触手を次々と切り落としていく。


「今!」


 ローパー達の触手を切り落としていく際、一瞬生じた隙に鈴花は光刃の術式を解除して、別の攻撃術式を放った。


「攻撃術式発動、光槍五連展開、発射!」


 放たれた五本の光の槍はローパー達を寸分の狂いなく貫いて塵へと変えていった。


 すると息つく暇もなく三体のイーターが大口を開けて飛び掛かってきた。

 

「――っと!」


 大方鈴花が術式を発動させた瞬間の硬直を狙って飛び掛かってきたというのは自明の理だろう。

 鈴花を獲物として食らおうとするイーター達に鈴花は術式を発動させる。


「防御術式発動、障壁展開!」


 左手を突き出して展開した障壁により、イーター達は壁にぶつかったようにその動きを止めた。

 

「隙だらけ……攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」


 その瞬間鈴花は障壁を解除して攻撃術式を叩き込んだ。

 放たれた光の剣によってイーター達も塵と化した。


 一通り戦闘を繰り広げた鈴花はその場で跳躍して、建設中だったマンションの鉄骨に乗って改めて周囲の様子をみる。

 最初の攻撃から三分ほどで二十体以上は倒したが、まだ奥の方に多くの唖喰が見えた。

 鈴花はため息をつきながらも様子をうかがっていると、ひと際目立つ唖喰がいることに気づいた。


「……! あれは…」


 その唖喰はサイコロの五の目のように連なった球体が赤い管のようなもので繋がっており、真ん中の球体から生えている何十本もある触手は通常のローパーの触手より赤黒い色をしており、より強烈なおぞましさを感じさせた。


 それは上位クラスの唖喰……〝グランドローパー〟と呼ばれる唖喰だった。


 唖喰には大まかに分けて四つのクラスがあり、下から下位クラス、上位クラス、悪夢(ナイトメア)クラス、天災(カタストロフ)クラスと上のクラスほどその唖喰一体に対する脅威度は増していくと唖喰の生態学で教わっていた。


 脅威度もそうだが遭遇率も桁違いに低くなっているのも唖喰の特徴ともされている。

 上位クラスは一週間に一度の頻度、悪夢(ナイトメア)クラスは十年に一度、天災(カタストロフ)クラスに至っては百年前に一度現れて討伐されたことがあるのみだった。


 もちろんそんな脅威とされる唖喰には遭遇しないに越したことはないのだが、鈴花は視界に映るグランドローパーに対し、これまで以上に警戒心を強めた。


「……あんなデカいのがいるってことは開いてるポータルはさぞ大きいんでしょうね……」


 鈴花の額を冷たい汗が伝う。

 今まで戦ってきてあれほど大きな唖喰との戦闘は初めてである。

 だが事前にあの唖喰についても勉強をしているため、全くの未知ではないしこれまでうまく戦えてきたのだから、と鈴花は自信を持って大物へ挑もうとするが……。


『お前が一人で突っ走ってる最中にゆずがどんだけフォローしてたか知ってるか!?』


 また司の言葉が頭を過る。

 鈴花は髪を毟ってその言葉を忘れようとする。


「アタシがあれを倒せば、司だって俺が悪かったって泣いて謝るでしょ……」


 そう思い至った鈴花はグランドローパーへ向かっていく。


『待って下さい橘さん! 一人でグランドローパーの相手をするのには危険なためまだ早いです! 一度退いて私達と合流してから連携を――』

「大丈夫だって! 来るなら早く来ないとアタシが倒しちゃうよ!」


 唐突に入ってきたゆずからの通信にそう返事をしてから切った。

 狙いはグランドローパー……鈴花は己の慢心に突き動かされるように戦闘を再開した。 

 




「橘さん! 橘さん! ……ダメです、通信を切られてしまっています」


 ゆずは通信越しに鈴花に呼びかけるが、一向に返事が無い為、通信が切られたことを確認した。

 現在ゆずがいるのは鈴花がいる場所とは正反対に位置する地点であり、彼女いる場所まで三キロも離れていた。


 探査術式で状況を把握している最中に、鈴花が一際大きな生態反応に向かって行ったため、通信で呼び止めようとしたのだが、鈴花に聞く耳は持たれなかったのだった。


「そう……上位クラスがいるということは、並木ちゃんは魔力を温存したほうがいいわね」


 その様子を見ていた黒髪の女性――工藤静が神妙な面持ちでよう作戦を立てた。


 彼女も唖喰出現の警報で現場に駆け付けた際、ゆずと偶然合流出来たため共に行動していたのだ。


 上位クラスの唖喰が居ると分かった以上、早急に鈴花の加勢に向かい合流する必要があるのだが、当の鈴花は待機せずにそのまま戦闘を始めてしまった。


「申し訳ありません、工藤さん」

「いいわよ、私が行くよりあなたが行くほうが確実にグランドローパーを倒せるんだもの」


 ゆずとの通信内容から鈴花の慢心が払拭されていないことに、静はため息をつきそうになるも、そんなことをすれば教導係であるゆずの監督責任を問うと言外に突きつけることになるため、寸でのところで堪えた。


「周囲の唖喰は私と先輩に任せてね」

「……了解しました」


 同じく警報で駆け付けた栗色の髪の女性――柏木菜々美がゆずの後方を務めると告げた。


「柏木さん、その先日は橘さんがすみませんでした」


 ゆずは渚に向かい合ってそう謝罪した。


「え、あ、だだ、大丈夫だよ、私って魔導士としての才能は橘ちゃんに負けているんだし、今更だよ」

「ちょっと菜々美、もう魔導士になって一年経つんだからいい加減シャキッとしないって言っているでしょ?」

「うぅ、ごめんなさい、先輩……」


 ゆずは静と菜々美の二人とは何度か一緒に戦ったことがあるため、二人がただの先輩と後輩ではないことを知っている。


 静は持ち前の面倒見の良さから菜々美以外にも二人の魔導少女の教導係を務めている。

 同じく経験はあっても鈴花一人に掛かり切りになっているゆずには真似できない部分だ。


 対する菜々美は謙虚な性格であり、自分に自信が持てないと話していたことがある。

 ゆずから見ても彼女は魔導士として特別才能があるほうではないが、戦闘となれば普段の謙虚さは鳴りを潜めて唖喰へ果敢に立ち向かう勇気の持ち主でもある。


 どちらか欠けていれば今の二人は絶対に存在していないだろうと思えるほど、静と菜々美の関係はゆずにとって眩しく思えた。


(私もあのように橘さんと接することが出来れば司君に心配を掛けずに済んだのでしょうか?)



「シャアアア!!」「グルルル!」「ギイイィィ!」


 ゆずがふとそんなことを考えていると唖喰達の群れが三人の元へ押し寄せて来た。

 ラビイヤーとイーターは口を大きく開けて獲物を捕食するため、ローパーは触手で獲物を拘束するため、シザーピードもリザーガも唖喰達は自らの空腹を満たすために獲物に襲い掛かる。


「さてと、菜々美! 並木ちゃんを鈴花ちゃんのところまで行かせるわよ!」

「は、はい!」


 ゆずの前に立ち、唖喰の群れに向かい合う。


「「攻撃術式発動……」」


 静は左手を、菜々美は右手を前方にかざして攻撃術式の詠唱をする。

 そして二人が突き出した手の前に一メートルほどの魔法陣が展開される。


「「魔導砲、発射!!」」


 そうして術式を発動させると、魔法陣から大きなビームが放たれた。

 二つのビームは唖喰だった塵をも飲み込んで群れの真ん中に道が出来上がった。


 ゆずはその道を一気に駆け出して行く。

 

 ローパーがゆずの進路上に触手を伸ばすことで、彼女を妨害しようとするが、ゆずは身体強化術式の出力を上げてさらに加速することで妨害を回避した。


「カハァ!」


 今度はイーターがゆずを遮るように光弾による弾幕の壁を形成する。

 その光景を見たゆずは負傷覚悟で突っ切ろうと決めた瞬間……。


「その必要は無いわよ! 攻撃術式発動、光剣八連展開、発射!」


 静がイーター達に光の剣を放って貫くことで消滅させる。

 それにより弾幕に一部隙間が出来上がった。


「防御術式発動、障壁展開!」


 さらに菜々美がゆずに防御術式による障壁を纏わせることで、ゆずは弾幕を無傷で突き抜けることに成功した。


「ギイィ!!」

「っ!」


 ゆずは後方から襲って来たリザーガの突進攻撃を跳躍して躱した。

 しかしそこに追撃と言わんばかりに五体のリザーガがゆずに向けて爪を振るってきた。


 空中で身動きの取れないゆずを狙っての行動は狡猾だが有効な手段でもある。

 


 相手が並木ゆずでなければ。



「防御術式発動、障壁展開」


 ゆずは防御術式を発動させ、障壁を展開したが、その形は一メートルに満たない長方形であり、さらに位置はゆずをリザーガの攻撃から守るような場所ではなく彼女の頭上であった。


 そのまま空中で縦に半回転したことでゆずは地面に頭を向ける形となり、先程頭上に展開した障壁を足場代わりに蹴って、地上へ落下したことでリザーガ達の攻撃を回避した。


 以前ゆずが司達に授業で話した防御術式による立体的な動きを披露したのだ。


 鈴花や菜々美は防御術式を自身か別の人物を対象にして障壁を展開しているが、ゆずが実行したように防御術式の練度を上げれば、障壁の形や展開する位置を自由に展開することが可能となる。


 その技術はゆずが五年という長期間、唖喰と戦ってきた中で培ってきたものであった。


 地面に着く前に再び縦半回転をして足から地面に着地したゆずは、鈴花のいる場所まで駆け出す。

 ゆずを逃がすまいと彼女が通り抜けた唖喰達が後方から攻撃しようと接近するまえに……。


「させないわよ! 固有術式発動、オールレンジバースト!」


 静が両手の手の平を突き出して固有術式を発動させる。

 彼女を中心に二メートル以上の大きさがある魔法陣が三つ展開され、そこから魔導砲の攻撃術式より三条大きなビームが放たれ、ゆずを背後から襲うとした唖喰達を消し飛ばした。


 静の固有術式〝オールレンジバースト〟は魔導砲の術式の強化版というシンプルなものではあるが、その分これといった弱点もないため、他の固有術式に比べてかなり使いやすい固有術式となっている。


 もちろん固有術式であるため、魔力消費量はバカにならないが、その介もあってゆずの移動を遮る唖喰は軒並み駆逐された。


「工藤さん、柏木さん、ありがとうございます!」

「お礼は鈴花ちゃんを助けてからにしてからでいいわ!」

「気を付けてね!」


 顔だけ後ろに向けて自分の進行を守ってくれた二人にゆずは感謝の言葉を口にした。

 その言葉を受けた二人はゆずに鈴花のことを託して残りの唖喰を引き受ける。


「……並木ちゃんからあんなふ風にお礼を言われたのは初めてだなぁ……」

「そういえばそうね。あまりに自然だったから気付かなかったわ」


 そうして走っていくゆずの背中を眺めながら菜々美が漏らした呟きに静がそう返した。

 二人にはゆずの日常指導係である少年を思い浮かべながら、周囲にいる唖喰との戦闘を再開した。


低レベルなのに単身上位クラスに挑む鈴花の安否や如何に……。


明日も朝6時に更新予定です。


面白いと思っていただけたら感想をいつでもどうぞ。

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