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273話 天使からの祝福 中編


「固有術式発動、ラファエル・リヴァイヴ!!」


 翡翠がそう告げるや否や、背中に展開された光の翼から羽根の形をした光が高速で周囲に飛翔していった。


 それらは唖喰は一切無視していき、戦場で散らばって戦っているゆず達へと向かって行く。

 

「これは……──っ!!?」


 やがて光の羽根の一つがゆずの元へ着いた。

 先の翡翠の宣言から彼女が発動させた固有術式によって作り出されたものだと察するが、疑問を隠せないゆずの手に触れるとそこに溶け込むように消える。


 その瞬間、なんと彼女の体を重くしていた疲労や怪我がみるみる回復していったのだ。


「え、ねぇ待って!?」

「か、体が軽いだけじゃなくて……」


 ゆずと同じく、光の羽根を受けた菜々美もルシェアも驚きを隠せないでいた。

 

「あら、これはとんでもない才能ですわね……」

「ええ、ヒスイ殿のような幼い身で、このようなことが出来るとは……!」


 アリエルとクロエは感心から声音が弾み出す。

 それほどまでに天坂翡翠が発動した〝ラファエル・リヴァイヴ〟の効果は前代未聞だったのだ。

 何せ……。


「怪我も体力もだけど──、

















 ()()()()()()()()()()、これっ!?」


 ゆず達が感じたその凄まじい効果の詳細を、鈴花が驚愕しつつも口に出した。

 

 固有術式〝ラファエル・リヴァイヴ〟。

 翡翠が放った光の羽根に触れると治癒術式と同様の効果に加え、他者の魔力をも回復させることを可能とした、歴代の魔導士の中で初となる絶大な性能を有している。


 〝ガブリエル・リンク〟と同じく〝ミカエル・アンパイア〟と併用することで、的確に味方の元へ飛ばすことが出来るため、まさに逆転の一手に相応しいと言えるだろう。 

 

「──うぁーっはっはっはっはっはっは!! ひゃーはははははは!」

「え、き、季奈……? 急にどうしたの?」


 そんな中、翡翠からの思念伝達から黙っていた季奈が、突如薙刀を持っていない左手で顔を覆いながら大爆笑をし出した。

 戦闘中の彼女らしくない様子に、鈴花が若干オドオドとしながら尋ねると、笑い声を抑えながらその真意を語る。


「はぁーっ……あーっ、ひーちゃんなぁ……この三分も経たん内にどんだけ驚かすつもりやねん……」

「えと、まぁ、アタシもめっちゃびっくりしてるけどさ……」

「ん、それは分かっとるけどウチの驚きは鈴花の万倍は固いわ。生体反応を個別に識別化、テレパシーだけやなくて魔力の回復とか、前代未聞過ぎて今までの研究がいくつ置いてけぼりになっとんのか、数えんのが怖いくらいや」

「……」


 術式に造詣が深い季奈をして『前代未聞』と言わしめる翡翠の固有術式のデタラメさに、鈴花は空いた口が塞がらなかった。

 

 何より凄まじいのは、短時間で三つの固有術式を連続で構築した意志の強さだろう。

 唖喰と同じく、魔導士や魔導少女が当たり前に扱える魔力もまだまだ未知の要素が多い。


 翡翠の為したことは、その理解に大きく前進することは間違いないことだった。


 だからこそ……。


「あないなちっちゃい子がここ大一番で頑張っとるんや。──ウチらも期待に応えやなカッコ悪いと思わへんか?」

「──同感。あんなに唖喰を怖がってたのを乗り越えて戦場(ここ)に来たんだから、アタシ達が尻込みしてる場合じゃないよね」


 少女に感化されるように、鈴花と季奈は彼女がミミクリープラントの元へ行けるように雑魚散らしをこなすために、それぞれの固有術式を発動させる。


 季奈は薙刀の穂先を上に向けて構え、鈴花は魔力で形成した十本の矢を番えた。  


「固有術式発動、百華繚乱!!」


 まずは季奈だった。

 薙刀の穂先が微細な霧の粒子となり、巨大な竜巻を発生させる。

 

「おおおおぉぉぉぉんんどぉぉぉぉりゃああああぁぁぁぁっっ!!!!」

「「「「シャアアアアアアア!!?」」」」


 それを大きく水平に薙ぎ払って振るうと、触れた敵を細切れにする光の霧が唖喰達を次々と切り刻んでいく。

 

 だがそれは一度では終わらない。

 季奈が薙刀の柄を右へ左へ何度も振るう度に、光の霧はその動きに従って左右へしなりながら移動する。


 その度に大量の唖喰が塵になって消滅していく様は、まさに無双の一言に尽きるだろう。


「固有術式発動、分裂効果×分裂効果二重付与(ダブルエンハンス)!」


 その反対側では鈴花が矢の射線上に二重の魔法陣を展開させ、射られた十の矢が魔法陣を通過すると、矢の数が大幅に増加した。


「「「「ガルルルルゥァッ!?」」」」


 夥しい数の光の矢が唖喰の群れに降り注がれていき、瞬く間に消滅させていく。

 

 鈴花の固有術式〝分裂効果付与〟は魔法陣を通過する矢が一本につき、その数を十倍に増やすことが出来るが、威力は十分の一にまで減衰する。


 だが、今彼女が発動させたのは〝分裂効果付与〟の二重展開だった。

 魔法陣を通過する矢が十……その十倍は〝百〟となる。

 それをさらに十倍にすると、今度は〝千〟にまで増加するのだ。


 当然、威力も千分の一にまで落ち込むため、本来ならば下位クラスの唖喰でも数十本は突き刺さらないと倒せない。

 だが、この場で対峙しているのは、ミミクリープラントに生み出された通常より劣化している個体であるため、より少ない量で塵に変えることのが出来るのだ。


 二人共が発動させた広範囲に及ぼす固有術式により、唖喰達はその数を大きく減少させた。

 それによって、敵の包囲網に甚大な穴が出来上がった途端……。


「すーちゃーん! きーちゃーん!!」


 身体強化術式を最大で発揮して駆ける翡翠が鈴花達のいる地点へと辿り着いた。


「行きなさい、翡翠!」

「ひーちゃん! ここらの露払いは済ましとるから、はよケリつけやぁっ!!」

「はいですっ!」


 三人とも多くは語らない。

 故に、翡翠は足を止めることなく季奈と鈴花の背を高速で通過して行った。


「ガアアアア!!」

「っ!」

「邪魔しないで!!」


 その道にイーターが立ち塞がるが、翡翠が長棒の刺突を繰り出すより先に、ヒュカカッと鈴花の射った矢が突き刺さる。


「ありがとです、すーちゃん!」


 振り向かず、声だけで礼を告げる翡翠に、鈴花は見えずともサムズアップをしたのだった。

 

 ~~~~~

  

「固有術式発動、フラッシュ=クゥインテュゥ=フウェ!!」


 季奈達と同じく、菜々美も大量の唖喰を倒して翡翠が通る道を作るため、自身最大の固有術式を発動させる。


 淡い紫の光に包まれた鞭が五本の極細の光となり、彼女がそれを振るう度に広範囲まで伸びて迫り来る唖喰達を裁断していく。

 元々多対一が得意分野とあって、無駄の無い動きで非常に手際良く処理していく様は、新体操選手が操るリボンのように美麗な軌道を描いていった。


 そこから少し距離を置いた場所では、ルシェアがシザーピードのハサミによる薙ぎ払いを跳躍して回避した後、攻撃直後で隙を曝している敵へ銃弾を見舞う。

 

「防御術式発動、障壁展開!」


 唖喰が塵になって消える様に目も暮れず、地面スレスレの位置に障壁を平らに展開した。

 そして彼女はそこに着地し……。

   

「──固有術式発動、Sphère(スフィア) Spin(スピン)!!」

 

 氷の上で回るフィギュア選手のように全身をクルクルと回転し始めた。

 それも普通の回転ではない。


「──Assis(シット)


 軸足を曲げて腰を下ろし、左足を前に伸ばした姿勢──フィギュアスケートで〝シットスピン〟と呼ばれる、数多くあるスピンの一つなのだ。


 乱れの無い回転を保ったままで両手に持つ双銃の引き金を何度も引いていくと、サッカーボール並みの大きさがある光の球が、ルシェアを中心に四方八方にバウンドしながらばら撒かれていった。

 光球の直撃を受けて何体かの唖喰が消滅していくが、やがてそれは空中にピタリと留まって動きを止める。


「──Layback(レイバック)


 今度は上体を起こして後ろに反らして両手は頭上に上げ、軸足は真っ直ぐで片方の足は後方に伸ばした姿勢のまま行うスピン──〝レイバックスピン〟に切り替えた。


 その体勢からでも、ルシェアの双銃からは眩いマズルフラッシュが煌めく。

 

 当然、高速回転するルシェアは照準を定めていないのだが、周囲に放たれる銃弾が先程放った光球に触れると、全く別の角度へ軌道を変えて唖喰を撃ち抜いた。


 それも一つではない。

 光球から別の光球へと、何十発もの銃弾が何度もその軌道を変えていくのだ。


 固有術式〝Sphère(スフィア) Spin(スピン)〟。

 最初に放った光球を中継点として、銃弾の射線を変えてボールの中で弾けるビーズのようにルシェアの周囲の敵を撃ち抜くことが出来る。


 例え一つの銃弾を躱そうとも別の角度から、または死角から違う銃弾が襲って来る回避が困難な嵐ともいえる攻撃は、凄まじい早さで唖喰達をハチの巣にしていった。 


「──Fin(終わり)!」


 そしてトドメと言わんばかりに、ルシェアがスピンをピタッと止めると、点在する光球が次々と爆発を起こして唖喰の群れを飲み込んで塵ごと消滅させていく。


 それだけの大技を放った彼女に目を回している様子はなく、平衡感覚にも変わりはない。

 

 二人の必殺によって周囲の唖喰はあっという間に消え失せ、鈴花達の時と同様に翡翠が駆け抜けることを容易にした。


「ありがとです! なっちゃん、ルーちゃん!」

「任せて、翡翠ちゃん!」

「頑張って下さい!」


 短い言葉で意思疎通をこなした翡翠は、鈴花達だけでなく菜々美達の応援も胸に秘めて、いっそう走る速度を速める。


 ~~~~~


 菜々美達に引き続き、アリエルとクロエはお互いの全力を発揮するために準備を終えたところだった。


「クロエ、討ち洩らしはお願い致しますわ」

「了解しました、アリエル様」


 長年、幼馴染として主従として、共に戦う頼もしい相棒としての経験故に、二人はたったそれだけで自分達の行動を統一させる。


 アリエルは身の丈以上のランスを地面に突き立て、一度深呼吸をしてから固有術式を発動させた。


「では──固有術式発動、組曲(ポプリ)


 そう告げるや否や、彼女の頭上十メートルの位置に大きな魔法陣が展開され、そこから太陽と見間違う程の強い輝きを放つ光の球体が出現する。


「──『Chantons(歌いましょう)Dansons(踊りましょう)Jouons(奏でましょう)Filons(紡ぎましょう)、Continuons sans(延々と続けましょう) fin──Ensemble(重奏)!」 


 アリエルの万人を魅了する美麗な歌声が戦場に木霊し出す。

 敵の咆哮が轟く中で場違いとも言える歌は、あっという間に彼女の舞台として形作られた。

 しかし、その歌が雑音に聞こえて耳障りでしかない唖喰達が彼女を喰らうべく襲い掛かろうとし……。


 ──ビシュンッ!


「シャ……」


 瞬間、球体から放たれた強烈な光線が唖喰を貫いて地を穿つ。


 ──ビビビビッ!


「ガッ……」「グギ……」「ジャブグッ!?」「ゴ……ォ……」


 それは一度や二度ではなく、連続で迫り来る敵達を自動迎撃するような正確さで、アリエルに近付くことすらままならない弾幕と化していた。


 固有術式〝組曲(ポプリ)〟。


 歌い続ける程に威力を増すアリエルの固有術式だが、これはその例に当てはまらない。

 いくら歌おうとも、現段階以上の威力は出せないのだ。


 だがしかし、この固有術式の最大の利点はそこではない。


 それは、彼女が歌い続けている間だけ、頭上に展開された光球から自動で接近して来る敵を迎撃する光線を放ち続けるのである。


 つまり、今のアリエルは三百六十度から常に反撃することが出来、即ち一切の死角が存在しない。


 それでも敵の数は膨大であるため、稀に光線の雨を潜り抜けて来る唖喰もいるのだが……。


「──遅い」


 固有術式〝ラピッド・ボンナヴァン〟を発動させたクロエが、討ち洩らした敵を細型の魔導武装を振るい、その卓越した剣技で以って対処していく。


 彼女にはアリエルや季奈のような広範囲に攻撃出来る固有術式はないが、超高速移動と達人レベルの剣術で十分にカバー出来る。


 唖喰からすればやっとの思いで光線を切り抜けたかと思った矢先に、残像すら見えないスピードで接近して来た途端斬り捨てられるなど、堪ったものではない。


 だが、クロエからすればアリエルに近付く不貞の化け物を淡々と斬っているだけである。

 そこに敵の健闘に対する称賛や慈悲など、あるはずもない。


「アーちゃん! クーちゃん!」


 そんな敵を一掃していく光線が降り頻る中、必死に駆ける翡翠がやって来た。


「ひ、ヒスイ殿!? そのクーちゃんとはワタシのことなのか!?」

「はいです! ひーちゃん的には、二人とも仲良しになりたいですから!」

「(ニコッ)」


 唐突に付けられたニックネームにクロエが戸惑いを隠せない中、固有術式の発動中は喋れないアリエルがニコリと微笑みを向ける。

  

 さながら『構いませんよ』と快く受け入れているようで、主である彼女が認めたのならクロエは何も言いだせない。


 はぁ、と彼女がため息を吐いた後……。


「ヒスイ殿、ご武運を」

「二人も気を付けてね、です!」


 背中を押された翡翠は、三度走り出す。

 その道を阻もうと立ち塞がる唖喰をクロエが斬り落とし、アリエルが展開する球体の光線が貫く。

 

 戦いの終わりは、刻一刻と迫っていくのだった。  

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は6月24日に更新します。


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