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271話 君の家族になりたい、と彼は言った


『家族代わりなんて距離の置いた関係じゃなくて、ひーちゃんと家族になりたいの……』


 おねーちゃんの妹になって一緒に暮らすと決めたあの日に言われた言葉。

 わたしにとって、かけがえのない大切な思い出のきっかけになったあの一言に、どれだけ救われたのかなんて一生言葉に出来ない。


 ──でも……。


「俺は、翡翠の家族になりたい」

「──え?」


 つっちーに……おねーちゃんが大好きな人から同じ言葉を告げられたわたしは、少し呆けた後……。



「──だ、ダメェッ!!」

「──っ!」

「ダメ……ダメなの! わたしと家族になんてなったら、おかーさんやおねーちゃんみたいに今度はつっちーが死んじゃう! そうなったら、ゆっちゃん達が悲しむもん! それなら、ひとりぼっちのままでいい……」


 包まれていた手を……差し伸ばされた誘いを振り払う。

 やってから、ほとんど無意識の拒絶だったと悟るけれど、だからといって彼のお願いを聞くわけにはいかない。


 だって家族(それ)は……天坂翡翠(わたし)が生きることと許されること以上に望んじゃいけないことだから。


 最初の家族が離婚で離れ離れになって、唖喰におかーさんを殺された。

 大好きなおねーちゃんもわたしを守るために死んじゃって……これでどうして、また家族の絆を求められるの?


 恋愛のことだってそう。

 絶対ってわけじゃないけれど、恋人はいずれ夫婦に……家族になる。


 実際にあったってことじゃないけど、もしかしたら付き合った人も死なせてしまうかもしれない。


 そう思うと、恋愛に対して良い印象を持てなくて、誰に告白されても受け入れることなんて出来なくなった。

 

 ひとりぼっちは嫌。

 でも、また家族を失うくらいならその方がいいし、わたしが受ける罰としては一番相応しいとも思う。


 だからこそ、つっちーのお願いは聞けない。

 その差し出された手を取ることは、何よりわたし自身が拒むことだった。


「それは全部唖喰のせいだろ? 美沙も翡翠のお母さんだって、誰も君のことを恨んでなんかいないって」

「そんなの分かってる! それでもわたしが一番、わたしのことを許せないの!! この間だって、ルーちゃんが間に合わなかったらつっちーが殺されてたのに、どうしてわたしと家族になりたいなんて言えるの!?」


 わたしの拒絶を受けた上でも、彼はそれを見越していたかのように変わらず接して来る。

 その反応がなんだかとても納得出来なくて、半ば怒鳴り散らすようにきつく当たってしまう。


 だけれど、つっちーはわたしの二の腕を掴んで、まっすぐ目を合わせて来る。


「初恋の人が命に代えて守った女の子を、今度は俺が守って幸せにしたいって思うのは変か?」

「──っ、幸せにするって、守るってどうやって!? 誰も守れなかったわたしが、つっちーに守られる資格なんて、幸せになる資格もないのに……」

「資格があるとかそんなのは関係ない。俺が守りたいから、幸せにしたいからそうする……それだけだ」

「~~っ、唖喰と戦う力もないくせに、偉そうに守るだなんて簡単に口にしないでよ!! ──ぁっ」


 守るということがどれだけ難しいことか理解していないような言い分に、カッとなって彼が一番気にしているであろう部分を指摘してしまった。

 口に出してからやってしまったと後悔するけれど、つっちーは少しだけ困ったように苦笑を浮かべるだけで、特に怒った様子はないまま口を開く。


「まぁ、そうだよな……でもな翡翠。俺は何も自分一人で翡翠を守れるだなんて思い上がってないぞ」

「え……?」

「もちろん、家族になれば一番近くで守れるから都合が良いけどさ、俺一人に出来ることなんてどうしたって限界があるんだ。だから、ゆずと鈴花に菜々美、ルシェちゃんやアリエルさんとクロエさんと、みんなと一緒に翡翠を守るよ」

「みんな……?」


 自分の情けない部分を公言した彼は、その弱い部分も受け入れていた。

 それだけの多く人に好かれてる彼なら、確かに出来ると思わされる。 


「あ、当然、そのみんなの中には翡翠も入ってるからな?」

「え、あ、で、でも、わたしじゃ……」

「誰も守れない、守られる資格が無い、じゃあ幸せになる資格もない……俺はそうは思わないよ」

「……」


 つっちーの優しさに、わたしは疑問がいくつも湧いて浮かんで来て理解が追い付かない。

 

 おねーちゃんやゆっちゃん達が彼を好きになったのは、こういうところだっていうのは分かる。

 でも、それは今のわたしからすれば煩わしいものでしかなくて、どうしたって気後れしてしまう。


 ──こんなわたしが彼から優しくされていいの?

 ──責められるべきなのにどうして悪くないって言うの?


 どうしたっておねーちゃんを死なせてしまったことに変わりないことは、つっちーも認めてる。

 それどころか、わたしが彼を恨んでも仕方がないなんて言う。


 おねーちゃんが好きな人を恨むつもりなんてない。

 むしろ、そんな人から家族になりたいって言われて、本当は嬉しかった。


 だけれども、わたしは家族を壊す疫病神だ。

 その手を取って今度は彼の家族を不幸にしちゃうことが怖くて堪らない。 

 

「……それでも、やっぱりダメ……わたしは家族と一緒にいちゃダメなの! だから──」

「~~っ、この分からず屋が! ぼっち拗らせて寂しいくせに何強がってんだよ!!」

「──っ!」


 顔を俯かせてどうしても彼のお願いを聞けない、と拒むわたしに痺れを切らしたのかつっちーは大きな声で怒鳴って来る。


 彼の表情は分からないし突然でびっくりしたけれど、その言葉の内容をわたしはどうしても無視出来なかった。


「つ、強がってなんかない!!」

「どこがだよ!? 自分は独りがお似合いだって言いながら、孤独に押し潰されそうになってるじゃねえか! 少しは子供らしく年上を頼れよバカ!!」

「わたしはバカじゃない!! バカなのはつっちーの方でしょ!? おねーちゃんと仲直り出来ないようにしたわたしに優しくするなんて、おねーちゃんのこと何とも思ってないのと一緒だよ! それとも、おねーちゃんのためにわたしと家族なりたいなら、尚更ほっといてよ!!」


 違う。

 本当にバカなのはつっちーの言う通りわたしの方だ。

 

 ひとりぼっちが嫌なくせに、誰とも友達以上の関係に踏み込もうとしない臆病なわたしで、おねーちゃんみたいになろうとして頑張ってる内に、いつの間にか自分の本心が判らなくなったわたしの方が、ずっとずっと大バカだって分かってる。

 

 だから──。


「──おい」

「──ひぅっ!?」


 さっきより数段冷たい声音で、つっちーに呼び掛けられる。

 背筋が一気に凍り付くくらいびっくりして、思わず俯かせていた顔をバッと跳ね上げた。


「ぁ……」


 その時見た彼の表情を見て、私はか細く息を吐いた。

 視線を逸らすことが出来ず、目を見開いて見つめることしか出来なくなる。


 何せ……。


「美沙のためだっていうのは、確かにある……でも、俺はそれ以上に翡翠のことをどうにかしたいって思ってるんだよ。独りが嫌なのに家族と一緒にいちゃいけないなんて、寂しいことを言って欲しくない」


 つっちーは、とても悲しそうな顔をしていたから。

 それはまるで、わたしの気持ちに寄り添って傷付いてるみたいで、誰よりも誰かのために悲しめる優しい心を持っている彼らしいと理解した。


「美沙はきっと、翡翠が幸せに生きることを望んだからこそ、自分の命を擲ってでも君を守り通したんだ。けど、今はどうだ? ひとりぼっちで辛い思いをすることのどこが幸せなんだ?」

「あ、う、うぅ……」


 分かってる……。

 おねーちゃんがわたしのために命を賭けたんだってことくらい、分かってるもん……。


 でもだからって、わたしが原因で死なせてしまったことに変わりない。

 その罪悪感がどうしても心の奥底に根付いていて、今一歩踏み出せないままでいる。


 そんな心情を察しているかはわからないけれど、彼はわたしの肩に手を添えて真剣な眼差しをジッと向けて来た。


「翡翠がどれだけ自分を許せなくても、俺は許すよ。だから──」


 そう言ってつっちーは、ギュッとわたしの体を抱き寄せた。

 大きくて温かくて、心がポカポカする……。

 そして……。 

 



「──生きて、俺に出会ってくれて……〝ありがとう〟」

「──ぇ」


 それは、この場にとても相応しくない言葉なはずなのに、わたしの心をこれでもかと大きく波立たせた。

 今まで、生きて来たことを安心されたことはあっても、感謝されるなんて思ってもみなかった……ましてや、言われるなんて予想出来るはずがない。


 それもよりにもよっておねーちゃんが好きになって、両想いな人からだなんて考えもしないに決まってる。


「な、なんで……?」


 つっちーの考えていることが分からなくて、戸惑うばかりの頭で必死に言葉を絞り出す。

 

「まぁ、いきなりお礼を言われても困るよな? 自分でもおかしなことを言ってる自覚はあるけどさ、これが俺の一番正直な気持ちなんだ。だってさ、翡翠と会ってなかったら、俺はずっと美沙が死んだことを知らなかったと思うから」

「好きな人が死んでるなんて、知らない方が良いのに……?」

「普通はな? でも、少なくとも俺は知らなきゃよかったって気持ちより、知って良かったって気持ちの方が強いんだ。そうしたら、もっと後悔が大きかっただろうからさ」


 彼は、おねーちゃんの死を知ってヤケになったって言っていた。

 自分の大切な人が傷付くのが嫌いなつっちーらしい考えに、わたしはどんどん反論する気力が削がれていく。


 だからかもしれない……。


「──いいの、かな? 本当に、わたしが幸せになっても、いいのかな?」


 ポツリと、そう零した。

 ずっと針に刺されて冷たかった心が、温もりを得て柔らかくなっていくのが分かる。


 でも、まだ少し怖い。

 その恐怖から呟いた言葉を聞いてつっちーは……。


「いいに決まってるだろ? 誰だって、笑う時は幸せな時が一番なんだ。不幸でいなきゃいけない人なんていないよ」

「──っ、ぅく……グスッ、あぁうぅ……」


 この人はズルい。

 いつだって欲しい時にその言葉と気持ちをくれるなんて、本当にズルい人だ。

 

 そんな愚痴を思い浮かべながらも、わたしの目は涙を流すことを止めない。

 すると、つっちーは抱擁を解いて、苦笑いながら手でわたしの涙を拭ってくれた。 


「ほらほら、泣くなって。笑え笑え」

「わ、笑え、ないよ……つっちーの家族に、なっていいって言われて、幸せになっていいって言われて、嬉し過ぎて、笑えないよぉ……っ!」


 嬉しい気持ちが目から溢れて止まらない。

 きっと、ゆっちゃんもなっちゃんもルーちゃんも、みんなこんな気持ちだったのかな?

 確かに、こんな風に優しく受け入れてくれたらつっちーのことを信じたくなるのが解る。


 ポロポロと嬉し涙を流すわたしに、彼は仕方ないなって顔で苦笑を浮かべ出して……。


「俺さ、実は弟か妹が欲しかったんだ」

「──ふえ?」


 唐突に告げられた暴露に、わたしは泣く事も忘れてポカンと呆ける。


「俺は一人っ子だったからさ、単純にいる人が羨ましかったってだけなんだけど……まぁ、ウチの両親は共働きだから無理だったんだ。でもさ、あの二人ならきっと翡翠のこと話したら喜んで迎えてくれるよ」


 そう語る彼の表情はとてもいきいきとしていて、なんだか子供っぽい感じもした。

 次第にゆっくりとつっちーの言葉を呑み込んでいって理解すると……。 


「──っぷ、あははははっ! あっはははははははっ!」


 目に涙は浮かべたまま、わたしは大笑いしてしまう。

 だって、つっちーが言っていることは全部本気だったって解ったから。

 ただ、一つだけ気になることがあった。


「家族になりたいって言うから、てっきりゆっちゃん達じゃなくて、ひーちゃんをお嫁さんにするためのプロポーズなのかなって思ってたのに……ふふふっ!」

「えっ!? あー……確かにあの言い方だとそうとしか聞こえねえなぁ……違うからな!? いや、家族になりたいっていうのは本当だけど、それは翡翠の兄になりたいって意味だからで、それ以上の意味はないからな!?」


 わたしの言葉に、つっちーは顔を真っ赤にしてわたわたって慌てながらそういう意味じゃないって否定する。

 う~ん……なんだかちょっぴり残念な気がするけど……どっちでも、彼の家族になれることに変わりはないもんね。


 ──ねぇ、おねーちゃん。

 ──おねーちゃんが好きになった人は、とっても面白くて、いい人だね。

 ──そんな人と家族になったら、どんなに楽しいか予想が出来なくてワクワクしちゃうんだ。


 そう思うと、どこからか『そうでしょ?』って懐かしい声が聞こえたような気がした。

 

   

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は6月20日に更新します。


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