268話 夥しく蔓延る餓鬼 後編
「ガルアアアアッ!」
「シャアアアアッ!」
「こん、のぉっ!」
今にも喰い付いて来る勢いで迫って来る唖喰に、鈴花が苛立ちを露わにしながらも四本の矢を射る。
それぞれ二本ずつ、イーターとラビイヤーへと突き刺さり、二体を消滅させた。
「グルルルルァッ!」
「あぁもう、鬱陶しい!! 攻撃術式発動、光刃展開!」
愚痴を零しながらも弓を持っていない右手に光の刃を展開し、迫り来るイーターを撫で斬りにする。
その背後から我先にと押し寄せるようにイーターの群れが近付いて来ており、鈴花は思わず舌打ちしながらも弓を構えた。
展開した光刃を鏃に見立てて、弦を引いて狙いを定め……。
「──っし!」
「グギャッ!?」
「ゲゲェッ!?」
通常の矢より幾分威力のあるため、一体のイーターを貫通して後方にいるもう一体をも巻き込んでいった。
だが、それでも衰えない敵数に鈴花は手数で攻めることを決断する。
「固有術式発動、分裂効果付与!」
番えた十本の矢を唖喰の群れに向け、その射線上に魔法陣が展開された
射られた十の矢が魔法陣を通過すると、十倍の百本となって敵へと飛来していく。
広範囲に放たれた矢が次々とイーター達を貫いていくが、鈴花は決して楽観視出来ないままであった。
何せ、別方向からはラビイヤーやシザーピードといった他の唖喰達も押し寄せている。
一方向からの群れを倒したといっても、全く気休めになりもしないのだ。
「シュルアァッ!」
「っ!」
最速で接近して来たシザーピードがハサミを横薙ぎに振るうが、鈴花は跳躍して躱す。
「シャアアアア!!」
「ッチ!」
そうして一瞬無防備になった彼女に数体のラビイヤーが跳ぶ掛かる。
再度舌打ちをしながらも鈴花は足元に障壁を展開させて足場代わりにし、もう一度跳ぶ。
そこからくるりと宙返りをして、足を天に向けた姿勢から六本の矢を構えて術式を発動させた。
「固有術式発動、爆裂効果付与!」
射線上に真っ赤な魔法陣が展開され、放たれた六の矢が通過すると赤い糸を引いて、地上に群がる唖喰達へと拡散しながら突き刺さると……。
同時に六つの爆発が起き、唖喰の群れを吹き飛ばしていった。
鈴花の新たな固有術式〝爆裂効果付与〟は、魔法陣を通過した矢に爆発性の魔力を付与させ、地面や敵に突き刺さると起爆するようになっている。
矢一本の攻撃力を上げるための固有術式なのだが、それでも唖喰は攻勢に出ることを止めない。
「シュルルゥッ!」
「どけやぁっ!!」
一方すぐ近くでは、この短時間で最早数えるのも億劫な相対数となるシザーピードと対峙しており、愛武器である薙刀で両断する。
背後からもう一体のシザーピードがハサミを振り下ろして来るが、季奈はノールックで後ろに苦無を投げて動きを止め、その隙にグルッと一回転して薙ぎ払う。
「「「シャアアアア!!」」」
「っ!」
次は上からラビイヤー三体が降って来た。
刹那の逡巡の後、季奈はバックステップでその場から離れて、攻撃術式を発動させる。
「攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」
「シュ……グ……」
光の剣は一本ずつラビイヤー達へ突き刺さり、その体を塵に変えていった。
だがしかし、季奈の表情に余裕はない。
その焦りを助長するように、イーターが群れを成して迫って来ているからだ。
「固有術式発動、縦桜矛刃!」
薙刀を縦に構えて、その穂先が十メートル以上まで伸ばされる。
本来ならそのまま唐竹で振り下ろすそれを、季奈は水平に薙ぎ払った。
ブォンッと大きな風切り音が鳴ると同時に、大質量の刃がイーター達を上下に切り裂いた。
数体程跳躍したことで躱されてしまったが、それでも大量に撃破することに成功する。
攻撃を回避した数体も、苦無を突き刺すことでなんなく対処出来た。
「はぁ……はぁ……ねえ季奈」
「なんや?」
肩を揺らしながら息を整える鈴花が、背中合わせで季奈に問いかける。
最高序列に名を連ねているとあって、彼女よりもまだ体力に余裕がある様子で聞き返す。
「ゆずがポータルを破壊してから、何分経った?」
「あ~……大体十分くらいやな」
「っ……はぁ~、もう三十分は経ってると思ってた……」
季奈の回答に、鈴花は苦虫を嚙み潰したように眉を顰めた。
そう、既にポータルは破壊されている。
にも関わらず、唖喰との戦闘は依然として続いて……むしろ数が増えているようにも思えていた。
あまりの数に対処しきれずに負傷も増え、魔力が尽きて離脱する者もいるのだ。
そしてもう一つ……鈴花には気になることがあった。
それは……。
「でさぁ……なんかさっきから同じ唖喰ばっかと戦ってる気がするんだけど……?」
「あぁ、ウチも同感や」
「やっぱり? じゃあこれってベルブブゼラルでもいんの?」
「アイツやったら新しいポータルの反応があるやろ」
何故かやたらと同じ唖喰を相手取っているのだ。
鈴花の疑問は季奈も感じていたようで、賛同意見があったことに嬉しさはない。
むしろ、嫌な予感が的中したことに苦笑を浮かべるしかなかった。
そこでかつて戦った〝ポータルの強制開放〟などという馬鹿げた能力を持つ悪夢クラスの唖喰──ベルブブゼラルが再び出現したのでは、と冗談半分で尋ねるが、季奈は首を振って否定する。
仮にその唖喰が出たとしても、呼び出せるのがラビイヤー、イーター、シザーピードの三個体だけというのは、実際に能力の発動を目の当たりにした二人からすればあまりに不自然であった。
あの時は、リザーガやローパー、スコルピワスプも現れていたのだから。
そもそも、あの唖喰が座する悪夢クラスというのは、各国で十年に一度という頻度で出現する強力な分類であり、それが半年も経たない内に再度出現するなど前例がない。
「それじゃ、なんで唖喰が全く減らないわけ? すぐ近くで新しいポータルが開いたなら連絡が来てるはずでしょ?」
「んなん、ウチかって分からんわ──って、待てや……?」
「え、何か心当たりでもあんの?」
季奈が自身でも飲み込めない状況に愚痴を零していると、ふと神妙な声音になり、鈴花が心当たりを問う。
「ポータルはない……唖喰の種類が少ない……数が多い……」
「季奈?」
だが、それにすぐ答えることなく、彼女は知り得る過去の戦闘の記録を思い返す。
その間にも押し寄せる唖喰の群れを二人は的確に捌いていく内に……。
「一年前……」
「え?」
やがて答えに行き着いたのか、季奈が呟いた言葉に鈴花が反応する。
熟考を終えた彼女は、気まずさを匂わせるように眉間にシワを寄せる程の、嫌悪感を露わにした眼差しを唖喰達に向けた。
季奈らしからぬその表情に鈴花が疑問を感じていると、彼女がゆっくりと口を開く。
「これ、一年前にあった戦闘と全く状況がおんなじなんや」
「一年前って──」
「ひーちゃんの教導係の美沙が死んだ戦闘や」
「──っ!!」
その言葉を聞いた鈴花は、肺が潰れたのではないかと錯覚する程に息を詰まらせた。
翡翠の教導係である舞川美沙──自分と司にとって決して忘れられない少女に死を齎した、一時彼が自暴自棄に陥る程の残酷な事実があった戦闘と、今の状況が似通っているというのだ。
驚く鈴花を他所に、季奈は自身の推測を続けて語る。
「その時に初めて確認された新種の上位クラスの唖喰──〝ミミクリープラント〟は、一部の下位クラスの唖喰の劣化個体を生み出す能力を持っとるんや」
「はあぁっ!? なんでそんな能力持ってるやつが上位クラスに認定されてんの!?」
鈴花の驚きも無理はないだろう。
今も大量の唖喰が群れを成して襲い掛かって来る状況が、たった一体の上位クラスの唖喰によって生み出されているなど、誰が予想出来るというのか。
ミミクリープラントが生み出せる唖喰は、季奈が言った通り一部の下位クラス──ラビイヤー、イーター、シザーピードの三体のみである。
さらにそれらは能力が劣化したものであり、イーターは光弾を吐くことが出来ず、シザーピードもあまり素早くはない上に、総じて耐久力も高くわけではない。
が、何よりの脅威がその生み出される数である。
いくら能力が劣化しているからといっても、常にこちらの隙を突き、感情に揺さぶりを掛けて来るその本質は、通常の個体との差異はまるで感じ取れない。
やたら数が多い分、唖喰の悪辣な本能がより悪影響を及ぼしているのは明らかだった。
「当時の報告書にはな、本体からタンポポの綿毛みたいな種を飛ばして、そこから無差別に唖喰を生み出しとるらしいんや。地面に着いてからやったり、空中で突然現れたり、法則性は一切あらへん」
「にしたって、生まれて来る数が多過ぎでしょ? って、まさか唖喰の世界じゃそれが大量にいるってことなの?」
「それは、解らへんけど……」
鈴花が如何にも核心を突いたという問いを季奈に尋ねるが、当の彼女は答えに窮する。
唖喰の絶滅不可の事実を鈴花が知らないからという理由もあるが、それならば偏った劣化個体を生み出している理由が分からない。
もし彼女の言う通りなら、今はいないローパーやリザーガといった個体も生み出されて然るべきだからだ。
であれば、ミミクリープラントの上位互換とも言える唖喰が存在する可能性も無きにしも非ずなのだが……。
ともかく、それらの推測を後回しにした季奈は、話題を戻すことにした。
「……生み出す数に関しては、少なくとも理論上は無制限らしいで」
「──っ……美沙がどれだけ強かったか知らないけど、こんな数が相手じゃ死に掛けてた翡翠を守るのが限度じゃない……」
自身も良く知っているあの少女が今の自分と同じ魔導少女だと、未だに信じ切れない部分があったが、この現状では翡翠にも美沙にも非は無いと分かる。
むしろ、これだけの唖喰から翡翠を守り通した彼女の実力や根気に感心する他ない。
「本体自体の戦闘力は上位クラスそのものやねんけど、及ぼす被害のデカさは悪夢クラスと大差あらへん……せやから、この戦闘はミミクリープラント本体を叩かん限り、一生終わらへんで」
「っ、なら、早くソイツのいる場所にいかないと!」
「それが出来たんやったらとっくにやっとる。じゃあどうやってミミクリープラントを捜すんや?」
「そんなの、探査術式を使えばいいでしょ? 探査術式発動──え?」
元凶を討てばこの唖喰の波も一気に鎮まると聞いた鈴花は、すぐに対象の唖喰を捜すために探査術式を発動させるが、瞼の裏に映し出されるレーダーを見て絶句した。
「なに、これ……!? 唖喰の生体反応が、ゴルフ場を埋め尽くしてるの……!?」
鈴花が見るレーダーには、唖喰の生体反応を示す赤色の点がところ狭しに犇めいているのを捉えていた。
辛うじて人間の生体反応──自分達魔導士・魔導少女のものが見えるだけで、他には唖喰だけなのだ。
ミミクリープラントが吐き出した種の生体反応すら、探査術式は正確にキャッチしてしまうため、その中でたった一体の上位クラスの唖喰を見つけること等、砂漠の中の針を捜すに等しい至難の業だろう。
「……ミミクリープラントは、地中を移動しながら種を吐き出しとる……後は分かるやろ?」
「っっとに、サイアク……」
季奈の言わんとすることを察した鈴花は、そう愚痴るしかなかった。
探査術式で見ることが出来るレーダーは、人か動物か唖喰かを大雑把に識別するだけで、個体の識別化には至っていない。
加えて上から俯瞰した視点で表示されるため、敵が地上か空中か、はたまた地中にいるのかの判別も出来ないのだ。
早急な捜索が必要なのにも関わらず、その捜索手段を的確に潰して来るせいで時間が掛かる。
そうして掛かった時間の分だけ、敵に次々と唖喰を生み出すことを許してしまう。
そんなピンポイントメタの出鱈目なクラス詐欺の能力に、どう対処すればいいというのか。
「こんなの、前はどうやって倒したの……?」
「敵が地上に出とったところをゆずが叩いたらしいで。ぶっちゃけ運や」
「なら例に倣ってそれまで耐えろって? 無茶ぶりってレベルじゃないでしょ……」
ミミクリープラントが起こした事態の大きさ……ほとんど運任せなその解決の難しさを嫌と言う程突き付けられ、鈴花は途方に暮れるしかない。
美沙が死んでも無理はない……いくら最高序列であるゆずや季奈がいるといっても、このまま戦闘が長引けばいずれ魔力も尽きてしまい、みんなも自分も殺されてしまう……そう思った途端に、鈴花の胸中に死の恐怖と絶望が募っていく。
顔を蒼褪めさせ、全身がガタガタと震えるせいで弓を持つ手に上手く力が入らない。
辛うじて腰を抜かすことはなかったが、それも時間の問題と思える。
こんな悪夢が現実にあっていいはずがないと、目を逸らそうとして──。
『魔導士たるもの、絶望に屈しては救えるものも救えませんわよ?』
「──え?」
不意に通信が入ったかと思った瞬間、今もなお自分と季奈を囲っていた唖喰の群れが塵となって吹き飛んだ。
よく見れば、地面に光の槍が突き刺さっており、それによって唖喰達が消滅させられたのだと察せられる。
突然のことに鈴花がポカンと呆けていると、その前方に二人分の影が降り立つ。
一人はウェディングドレスのような白いヴェールと法衣を身に纏い、手には身の丈以上の大きなランスを構えており、その佇まいは気品溢れる洗練されたものであった。
もう一人は銀色の鎧に見える装い、左手には細身の剣が握られているという、如何にも騎士然とした雰囲気を放っている。
「え……」
その二人は、鈴花が良く見知っている人物……というより、この戦いでは頼れないと思っていた人物達だった。
「アリエルさん!? クロエさん!?」
「えぇ~……」
「ええ、正真正銘ワタクシですわ。スズカ様」
驚く鈴花と呆れる季奈に対し、アリエルはいつもの調子で笑みを浮かべる。
一例を除いて所属国の違う彼女達が日本で起きた戦闘に介入に、二人は嬉しいような、本当にいいのかという不安が胸中に渦巻く。
「はぁ~……アリエル様が規則を破られてしまった……祖国に帰ればレナルド様や父上達になんと言われるやら……」
それはどうやらクロエも同じようで、暗い顔をして先の不安に頭を抱えていた。
が、口ではそう言いつつも主と同じく戦場に駆け付けているあたり、アリエルに付き従う彼女らしいとも言えるだろう。
「魔導士として、目の前の戦いを見て見ぬふりなど到底出来ませんわ。そうするくらいであれば多少の罰など甘んじて受け入れましょう。それにユズ様達に何かあればせっかく立ち直られたツカサ様が、再び塞ぎ込んでしまいますもの」
そんなクロエと対照的に、アリエルは当然といった様子で答える。
しかし……。
「あの、そのお言葉通りだとすれば、アリエル様はリンドウ・ツカサのために規則を破られたという風に聞こえるのですが……」
「流石にそれだけなく、ワタクシ個人の矜持に則っていますわ。……六割ほどはツカサ様のためですが」
「おのれぇ……」
主人の素行不良が司にあるということに、クロエは憤りを感じた。
「さぁ、お喋りはここまでにして早く行きますわよ、クロエ」
「──はい。仰せのままに」
だが、アリエルの命令とあれば、彼女はいくらでも自分の気持ちを切り替えられる。
個人的な感情よりも、主の言葉の方が何万倍も重視すべきことなのだから。
そうして新たに出現する唖喰の群れへ、アリエルとクロエは立ち向かって行った。
最高序列に名を連ねる魔導士が三人もいれば、少しはこの状況も好転するのではと、鈴花の胸中にある不安が少しの間だけ軽くなる。
──そう、少しの間だけ。
軽くなったはずの不安が、すぐに倍以上の重さになって圧し掛かるのに、そう時間は掛からなかった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は6月14日に更新します。
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