EXエピソード 『家族』のなり方
※注意※
このエピソードは4月4日から5月10日までに開催していた、まどにちキャラクター人気投票において栄えある第1位となったルシェアを主役にした記念SSです。
・紆余曲折を経て、司がルシェアを選んだ√となっています。
・ゆず達との交流は依然続いています。
・お砂糖爆弾。
以上3点を留意して頂いてから、閲覧してください。
「ふぅ……」
夕食の準備が一通り終えた頃に、ボクは一息着きながら手を洗う。
頭の中で浮かべるのはこれからのこと。
実は午前中、外出先である事実を告げられて以来、どうにも不安と期待がごちゃ混ぜになってて自分では上手く消化出来ないでいた。
いずれ訪れることだって覚悟していたはずなのに、いざ目の前にすると途端に不安でいっぱいになってしまう。
こんなことじゃいけないと思い直したいけれど、やっぱり怖い気持ちは抑えられない。
──ガチャ。
「あ……」
そうやって頭を悩ませていると、玄関のドアが開く音が聴こえた。
ドアを開けたのが誰なのか察したボクは、その人を出迎えるために玄関へ向かう。
「おかえりなさい、
ツカサさん」
「あぁ、ただいま。ルシェ」
跳ねっ毛な黒髪と眼鏡をしている男性──リンドウ・ツカサさんが、仕事疲れを感じさせない柔らかな笑顔を浮かべて挨拶を返してくれた。
「わ、んっ……」
そのまま彼はボクの体を抱き寄せて、唇を重ねて来る。
突然ではあるけど、びっくりはしない。
むしろ、今幸せなんだーって気持ちがたくさん溢れて来て堪らなく嬉しくなる。
五秒くらいキスをして、体は抱き合ったままで唇だけ離す。
「えへへ……」
さっきまで後ろ向きになっていた頭と心がたったそれだけで幸せで満たされて、思わず笑顔になっちゃう。
その度に、ボクはこの人が好きなんだって実感出来るんだもん。
いつまでもこうしていたいけれど、疲れているツカサさんに夕食を食べてもらわないと倒れちゃうよね。
「ツカサさん、ゴハンの用意は済んでますよ。あ、それともお風呂に入りますか?」
「そうだなぁ、ルシェアは先に頂いたし、ご飯にするよ」
「っ、り、リビングにどうぞ……」
心臓がドキッと大きく跳ねるくらいのことを何気なく言われたけど、指摘して余計にドキマギしていたら夕食が冷めるので、平静を装って食事の席に誘導していく。
こんな感じで、ボクとツカサさんは半年前から一緒に──名実共に新婚夫婦として暮らしている。
ユズさん達もいる中で、ボクを選んでくれた嬉しさは今でもはっきりと思いだせるくらい嬉しかったなぁ。
フランスから日本に国籍を移して、ボクの大学卒業の日に彼からプロポーズされた時も結婚式を挙げた時も、どれもこれも大事な思い出として心に残っている。
こうして新築の家に二人で暮らすだなんて、彼に出会ったばかりの自分に言っても信じられないと思えるくらい、ボク──竜胆ルシェアの日常は、色んな幸せに満ちたものになっていた。
~~~~~
「ふぅ、ごちそうさま。ルシェアの料理は本当に美味いよ」
「ふふっ、どういたしまして。ナナミさんに教わった甲斐があって良かったです。ボクは洗い物を片付けますので、ツカサさんは先にお風呂にどうぞ」
「あぁ、それじゃお言葉に甘えて行ってくる」
夕食を食べ終えたツカサさんがお風呂に入っている間、ボクは伝えた通り食器の片付けを始める。
ニホンに来る前は料理なんて簡単なものしか出来なかったけれど、教導係を務めてくれたナナミさんから教わって行く内にドンドン楽しくなっていった。
特に『好きな人のことを思い浮かべながら作っていくと良い』なんて言われた時は反応に困ったけれど、今こうしてちゃんと実感出来るくらいに大事なことだと分かる。
あと、結婚を機に魔導士として前線に立つことはなくなった。
別段戦いが嫌になったわけじゃなくて、ツカサさんが少しでもボクを危険に晒す可能性を避けたいと望んだからで、今ではツカサさんと二人で後方支援に当たることが今の組織におけるボク達の役割。
一応、いざという時のために最低限の鍛錬は欠かさずに続けているけれど、やっぱり前線にいた時よりブランクは出来ちゃっているかもしれない。
でも……。
あの話を受け入れれば、そうして鍛錬をすることも難しくなるんだろうと悟る。
そう考えると、ボクの心にはまた暗い気持ちが淀みだして来た。
唖喰と戦う時とは別の恐怖がどうしても拭えなくて、洗い物に集中しようとしても全く頭から離れないどころか、ますます重みを増していくばかりで余計に悩みが長引くだけで悶々としていく……。
──これじゃ、ツカサさんの奥さんとしてやっていけるかどうか……。
「ルシェ」
「え、あれ? ツカサさん?」
不意に声を掛けられて、慌てて顔を向けるとツカサさんが心配そうにボクの顔を覗き込んでいた。
「声掛けてもボーっとして返事が無いけど、どうした?」
「い、いえ……それよりもうお風呂から上がったんですね」
「いや、まだ入ってない」
「え!?」
あっけらかんとまだ入浴を済ませていないと口にするツカサさんに、ボクは驚きを隠せず声を上げてしまう。
洗い物の量的に、十分くらい掛かってるのに……。
「着替え取って声掛けてから入ろうと思ったら、なんだか思い詰めた表情してて呼び掛けても反応が無かったしな。そんな嫁を放って風呂になんて入れないさ」
「──っ」
ツカサさんの言葉に、ボクの胸が締め付けられるように痛んだ。
それだけ想われていることと、彼に心配させてしまったことの二つで。
「えっと、あの、その……」
そんなツカサさんに悩みを打ち明けようかまた悩んでしまって、それでも何か言おうとするけれど上手く口が回らない。
「ボクは、あ、えと──」
「ルシェ」
「──っ!」
それでさらにどうしたらいいのかパニックになりそうになると、ツカサさんがボクの手を取って優しく包み込んでくれた。
「つ、ツカサさん?」
「結婚して一緒に暮らす時、約束しただろ? 『隠し事はせずにちゃんと話し合う』って」
「っ、は、はい……」
彼の言う通り、結婚生活を円満に過ごすためにいくつか約束をした。
それを忘れたわけじゃなくて、この漠然とした現実感のない気持ちのまま相談していいかを迷っている。
けれども、やっぱりツカサさんには隠したくなくて、ボクは今の気持ちを正直に話すことにした。
「──実は、まだ自分の中で整理出来ていことで、どうしたらいいのか分からなくて……」
「……そっか、なら──」
こんな要領の得ない話を聞いたツカサさんは、いつも通り優しい様子のまま笑みを浮かべて……。
「──一緒に風呂に入ろうか」
「…………へ?」
あまりに突拍子な言葉に、ボクは呆けるしかなかった。
~~~~~~
立ち昇る湯気によって湿気ている浴室。
その湯気を発している湯船に、ボクとツカサさんは一緒に入ることになった。
……もちろん、水着を着てだけど。
結婚したからといって、お互い生まれたままの姿で入るなんて恥ずかしくて死んじゃうとそこだけは死守した。
何度もそんな姿になったことは棚に上げて──って思い返したら意味がないよ!!
「こうして二人で風呂に入るのは、新婚旅行以来だな~」
「は、はい……」
ボクの後ろでくつろいでいるツカサさんの言葉に、ボクはドキドキしてまともに返事が出来ない。
確かに新婚旅行で行った温泉旅館で、一緒に入ったけれどこんなに密着していなかったはず……。
やけに敏感になっている背中へ彼の息が掛かる度に、反射的に肩を揺らしてしまう。
そんな緊張と羞恥にお風呂の熱さも手伝って今にものぼせそうなボクを、ツカサさんが腕を回して抱き締めて来たことでさらに追い打ちを掛けられた。
「ん。同じシャンプーとリンス―なのに、やっぱ違う匂いがするな」
「~~~~っ!!?」
全身をツカサさんに包まれるだけに留まらず、髪のニオイまで嗅がれたボクの心は限界に達して、声にならない悲鳴を上げる。
「コラコラ、まだ湯船に浸かったばっかりだぞ~?」
「ひゃ……っ!?」
それでも彼はボクを逃がすことなく、むしろ逃がすまいと腕に力を籠めてより密着度を上げて来た。
「はぁ~。やっぱルシェにこうして甘えてる時が一番心休まるよ」
「う……お仕事で疲れているなら、もっと別の方法で甘えさせたのに……」
「悪い。でもそれだとルシェが俺に甘えられないだろうから、せめて一緒にと思ってな」
「……休まるどころかドキドキしっぱなしで、正直のぼせそうです」
「──……俺も」
「──っぷ、ふふふ……なんですか、それ」
ツカサさんの言葉通り、背中に触れている彼の胸から感じる鼓動が早いことに気付いて、ボクは思わず噴き出しちゃった。
でも、自然と張っていた肩の力も抜けて、気が楽になったと実感する。
──あぁ、大好きだなぁ……。
ボクの旦那様は、改めてズルい人だなって思う。
いつだって辛い時や不安な時にこうして寄り添ってくれるなんて……そんな人がボクを選んで結婚してくれるなんて……もっと一緒にいたいって思っちゃうくらい、欲張りにさせるズルい人だ。
──だから、打ち明けようと決意することが出来た。
このことは、ボクとツカサさんの夫婦生活において大事なことでもあるんだから。
「あの、ツカサさん」
「ん?」
「今から言うことを聞いたら、びっくりするかもしれないですけど、それでも聞いてくれますか?」
「内容が分からないと答えようがなくないか?」
「そ、そうですよね……でも、どうしても聞いておきたくて……」
「よっぽどのことなんだな……まぁ、そうでなくとも、俺はルシェのことを信じるよ」
「……ありがとうございます」
相変わらず優しい彼の言葉に背中を押されて、胸の高鳴りを抑えながらお礼を伝えた。
いざ言おうと決めると、心臓の鼓動が早く早くと急かすように囃し立てて来る。
それがさらに緊張を高めるけど、体に触れるツカサさんの腕の暖かさが妙に気持ちを落ち着かせていた。
そうして意を決して、ボクは口を開く。
「その、ですね……、
出来ちゃった、みたいなんです……」
「──は……?」
告げた言葉が予想外だったみたいで、ボクを抱き締める腕の力が弱まった。
それに驚いたボクは、慌てて事情を説明する。
「え、えっとですね! 最近体の調子がどこか思わしくなくて、アリエル様に相談したら何故か産婦人科を紹介されまして、一応念のために検査を受けてみたら先生から『おめでとうございます』って言われて、だから、その……」
「ルシェ」
「は、はいっ!?」
捲し立てて説明しているとツカサさんに名前を呼んで止められたボクは、思わず背筋をピンっと伸ばして返事を待つ。
姿勢を変えていないから彼の表情が分からないけど、声音は至って真剣そのもので浴室の空気が緊張感に包まれる。
すると、右耳にツカサさんの息遣いが聞こえて来て、彼が顔を近付けているんだって分かって反射的に息を止めてしまうくらい肩を強張らせた。
「──その、ちゃんと、さ……俺の子、だよ……な?」
「──っ、も、もちろんです! だって、ボクは……ツカサさんの、つ、妻です、から……」
ツカサさんの声は、夢でも見ているのかと現実を信じられないみたいに震えていた。
その声音で恐る恐る尋ねられたことに、実は夢を見ているのはボクの方なんじゃないかって気持ちを押し殺しながらもゆっくりと答えた。
妊娠したことは夢なのかもしれなくても、それだけは誓って嘘じゃないって言える。
ボクの返答に、ツカサさんは弱まっていた腕の力をさっきより強く……でもボクが痛くならないように優しく籠め直して……。
「──ありがとう、ルシェ……っ!」
「あ……」
ツカサさんは、泣きながらボクに感謝の言葉を述べた。
「っぁ、ぐっ……こういう時さ『よくやった』とか聞くけど、俺は……そんな上から目線な言葉は、言えそうにねぇよ……。一番大変な思いをするのは母親だってのにさ……大体、親に、なるんだぞ? 命を、授かったんだぞ? ペットを育てるのとはワケが違い過ぎるくらい、大事な大事な命をもらって、そんな他人事みたいなこと、言えるわけないだろ……」
「──っ、はい……」
嗚咽が混じる言葉を、その一言一言を耳から心に受け入れて噛み締める。
「ルシェが悩んでたのは、そういうことなんだよな……?」
「……うん」
そう、それがボクが妊娠していると聞いて一番悩んでいた理由。
脅されたからって尊敬する人を裏切る真似をしたボクが、子供の母親になっていいのかなって不安になったから。
「っ、ハハッ。ヤバイ……現実感無さ過ぎだろ……。無いのにさ、嬉しくて怖くて幸せで堪らないんだよ……、俺、変かなぁ……?」
多分、それはツカサさんも同じ気持ちなのかもしれない。
ミサさんやユズさん達の好意に応えなかった自分が、ちゃんと父親を出来るかどうかっていう不安。
「──変なんかじゃ、ないですよ。ボクも……同じですから」
似た者同士のボクと彼だから、妊娠の事実をこれだけ大きく受け止められていると思えた。
だからこそ、一杯一杯悩んだ。
それだけ悩んでも、一つだけ確かなことがある。
これだけは何があっても変わることのないこと……。
「妊娠したことは……びっくりで不安だらけですけど……」
「うん?」
「ボクは──この子を産みたいです」
「──」
その命が宿っている下腹部を撫でながら伝えた意志に、ツカサさんは何も答えない。
でも、彼は右手をボクのお腹へ伸ばして、その上にある手に重ねた。
「──俺も、手伝えることは少ないかもしれないけど、この子を産んでほしい。かけがえのない、俺とルシェが何より大事にしないといけない命だから」
「……うん。うんっ!」
溢れる涙が湯船に混ざることも気にならないくらい、ボクは力強く頷く。
不安なんて、微塵も残っていなかった。
そうだ、ボクは独りじゃない。
愛して止まないこの人と、夫婦で家族なんだから。
たくさんの困難があるだろうけれど、二人で──三人でなら越えられるって信じられる。
ふと、伝えておかなくちゃいけない言葉を思い出したボクは、後ろにいるツカサさんに顔を向けた。
「家族で、みんなでいっぱい幸せになりましょう──パパ!」
「──あぁ、俺達でこの子をちゃんと守ろうな──ママ」
ボクとツカサさんはそう愛の言葉を交わすと、自然に唇重ねる。
──この瞬間、ボク達は結婚から半年が経ってようやくなれたんだ────『家族』に。
そう確信出来る、一生の思い出に残る夜となった。




