265話 嫌われても許されなくても
昼休みの後、クラスメイト達からルシェちゃんとの仲を勘繰る追究の嵐が起きたが、俺は断固として健全なこと以外はなかったと、主張をし続けた結果なんとか治まった。
結局学校ではゆずと鈴花の二人とは言葉を交わさないまま、放課後の時間が訪れる。
三度委員長に捕まっている内にゆず達は既に下校してしまい、
ルシェちゃんの方は大丈夫かと心配していたが、普通に2-2組の教室へやって来たため、取り越し苦労だったと胸を撫で下ろした。
そうして現在、俺とルシェちゃんは日本支部へと歩みを進めている。
丁度二人きりだから、彼女に男性恐怖症の現状を尋ねてみた。
結果的にではあるが行き着く所まで行き、元凶だったトラウマの克服にも多少にはなったようなので、何かしら進展があるだろうと踏んでの質問だったのだが……。
「う~ん……特に劇的に回復したって感じはしませんでした」
「そっか……まだまだ先は長いなぁ……」
どうやらあまり改善はされなかったようだ。
まぁ、そんなに早く回復したら、今までの努力はなんだったんだってことになる。
「ツカサ先輩には悪いんですけど、ボクは正直ほっとしました」
「え? なんで?」
「だって、男性恐怖症が早く治っちゃったら、その分ツカサ先輩といられる時間が無くなっちゃいますから」
「──っ!」
顔を赤らめながら告げられた真意に、俺は心臓がドクンっと大きく跳ねた。
なんていじらしいことを言うんだこの子は……。
でも確かに彼女の言う通り、早く治ればそれだけ一緒に過ごす時間が減ってしまう。
ルシェちゃんの男恐治療係として、何より独占欲を抱いている相手と離れるとあって、それは寂しいなと思った。
だからといって、男性恐怖症を治すのを辞めるつもりはもうない。
俺自身がルシェちゃんのために出来る、数少ないことの一つだからだ。
自棄から辞めると言ってしまったものの、それを撤回して今度こそ完遂させると決めた。
その気持ちを込めて、俺はルシェちゃんの頭を撫でる。
ふわりした青髪の感触が手に伝わり、彼女が顔を上げて目を合わせた。
「ツカサ先輩?」
「焦って治す必要は無いんだから、ゆっくりで行こう。それに男性恐怖症が治ってフランスに帰っても必ず君に会いに行く……約束するよ」
「……っ!」
約束をすると口にすると、ルシェちゃんは目を大きく見開いた後、頬を赤くしてジト目になり……。
「……そこは『俺の恋人になるから帰らなくてもいい』って言うんじゃないですか?」
「え、あー……その、そういう可能性も無きにしも非ずというか、はっきりと言うには色々と……」
まさかの返しにどぎまぎしながら抽象的な言葉を並べていると、彼女はクスリと笑みを浮かべ出す。
「ふふっ冗談ですよ。……本当にそうなれたら嬉しいですけれど」
「……わざと聞こえるように言ってないか?」
「はい、もちろん」
「っ、はぁー……これは敵わないなぁ……」
気持ちを伝えたことで隠す必要が無くなったルシェちゃんは、だいぶと積極的だ。
それで嬉しさが上回る時点で、独占欲を抱いていると自覚した効果は凄まじいなとも実感する。
~~~~~
そうして会話をしていると、廃ビル群の中にあるオリアム・マギ日本支部に到着した。
ルシェちゃんによると、アリエルさんは昨日の来訪の後も日本支部に留まっているという。
手間が省けたといってはアレだが、丁度いいことに変わりはない。
菜々美もある程度事情は把握しているそうなので、誠意を見せる相手は一人でも多い方がいいだろう。
結局、ゆず達にどんな風に謝るかは不鮮明なままだ。
それでも、謝ろうとしなければ彼女達の心を傷付けたままになる。
例え許されなかったとしても、それだけは見過ごせない。
思考することを止めないまま、エレベーターに乗って降りたのは地下二階……ゆず達がいるのは食堂の方だ。
食堂に着いてすぐに、ゆず達の姿を見つけた。
学校の時と同じく気落ちしたままのゆずと鈴花を、比較的いつも通りな菜々美とアリエルさん、クロエさんの三人が励ましている。
話している内容は距離があるから聞こえない。
だが、昨日の暴言で二人がどれだけ傷付いたのかということは痛いほど理解させられた。
謝ったところで許してもらえるだろうか……。
「大丈夫ですよ」
「え……?」
そんな俺の不安を察してか、ルシェちゃんが手を重ねて見つめてくる。
「ツカサ先輩が心から謝るなら、ユズさん達にはちゃんと伝わります。ボクが保証しますよ!」
「ルシェちゃん……」
ちょっと弱気になった心に、確かな支えを感じた。
勇気を分けてもらったかのように、後ろ向きな思考は一気に失せる。
「サンキュ」
一言、彼女にそう告げて俺はゆず達の元へ歩み寄る。
「あ……」
「っ……」
「司くん……」
「む……」
「クスッ……」
まず気付いたのはゆずだった。
その表情は罪悪感と悲しみが窺えるほど暗い。
そこから鈴花と菜々美とクロエさんが各々反応を示す中、アリエルさんだけは俺がこの場に来ることを予想していたのか、笑みを浮かべていた。
分かり切っていたが、ルシェちゃんに身体強化術式の裏技なんてものを教えて向かわせただけあって、こうして立ち直ることも含めて計算ずくらしい。
別に失望だとか呆れたとか、そういう気持ちは無い。
間接的にではあるが、俺を助けるために起こした行動であることに変わりないからだ。
最悪の場合、俺がルシェちゃんの告白を受け入れるかもしれないことや、自分が嫌われることも視野に入れるという、なんともハイリスクローリターンな策だが。
ともかく、五人に近付いた俺はバッと腰を曲げて頭を下げて……。
「ごめんっ!! 色々重なってヤケになったせいでゆず達を傷付けたよな? ちゃんと反省したから、日常指導係を辞めるなんてもう言わない!!」
「「「「──っ!」」」」
プライドも何もない、ありのままの謝罪の言葉を述べた。
それに驚いたのか、ゆず達が息を呑んだ音が聞こえる。
「この際、嫌われてもいい。許してもらえなくたって構わない。でも、今までの日常をなかったことにだけはしたくないんだ!」
自分でも情けない謝罪だなと思うが、これは紛れもない俺の本心だ。
許されたいとかそんなのは関係ない。
ただ、ゆず達との日常を失くしたくないと、自分の願いを口にするだけ。
頭を下げているから、彼女達がどんな表情と反応をしているかは分からない。
返事があるまで、顔を上げてはいけないと戒めながら返答を待っていると……。
「顔を上げて下さい、司君……」
「っ!」
ゆずに促され俺は顔を上げる。
そうして改めて見た彼女の表情は……不満気だった。
やっぱり許してもらえないよな……なんて思った途端に、ふわりと全身が柔らかい感覚に包まれる。
──数秒経ってから、ゆずが俺を抱擁したのだと察した。
「ゆ、ゆずっ!?」
「私の方こそ、ごめんなさい」
「え……?」
訳が分からず戸惑っていると、何故かゆずの方から謝られた。
どうして彼女が謝るんだと呆けている内に、俺の耳に続く言葉が囁かれる。
「司君が辛い思いをしていたのに我が儘を押し付けたり、思わず殴ってしまったり……自分のことしか考えていませんでした……」
「それを言うなら、俺だって……そうだったよ……」
抱き寄せられているため、ゆずの表情は窺えないが、涙混じり声音を聞けば彼女自身も俺に対して告げた言葉を後悔していると悟った。
だが、あの場で自分のことしか考えない発言をしたのは俺も同じだ。
ゆずだけが責められる理由なんてどこにもない。
「──でも……一つだけ許せないことがあります」
「……」
当然、いくらゆずでもそれくらいあるだろうと踏んでいた。
だからこそ、俺は何も言わずただ続きを待つ。
抱擁を解いて、ゆずは俺と目を合わせて……。
「私が司君を嫌うだなんてそんなこと……例えフラれたとしても、絶対にありえませんから」
「──っ」
その涙を浮かべて潤いを帯びた緑の瞳に、俺はルシェちゃんが見せた確かな愛情をゆずにも垣間見た。
思わず見惚れていると、彼女はふわりと笑みを向ける。
許してもらえた……そう実感すると、心の重荷が少し軽くなった気がした。
「あのさ、司」
「鈴花……」
ゆずの次は鈴花が歩み寄って来た。
俺と同じく美沙に対して後悔を抱えている彼女の表情は、どこか陰りが見える。
昨日の自分よりは冷静ではあるが、やはりアイツの死は相当ショックのようだ。
美沙もなっていた魔導士であり、一度死に掛けたことのある鈴花からすれば、当然と言えば当然か。
「美沙の分までさ、アタシ……頑張るから」
「──おう。でも無理はすんなよ?」
「溜め込み過ぎて潰れてたやつが何言ってんのよ」
「ははっ、ぐうの音も出ないな」
多くは語らない。
鈴花の気持ちはそれだけで十分伝わった。
きっと、魔導少女になっていなかったら美沙の死に、もっと打ちひしがれていたかもしれない。
鈴花と入れ替わって、今度は菜々美が前に出て来た。
彼女の表情も安堵が大きく出ている様子だ。
「司くんは前に『自分の嫌いな所を一つ言ったら、良い所を一つ言う』って言ってくれたでしょ? だから、私も君に同じようにするよ。そうしたいって思えるくらい好きなんだから」
「菜々美……」
ルシェちゃんと同じく、俺が彼女達に伝えた言葉がそっくりそのまま返って来た。
言葉に形容出来ない暖かさが胸を過って、思わず感嘆の息を吐く。
そうして話が一段落した所……。
「それにしても、ルシェアさんはどうやってあんなに荒れていた司君を、立ち直らせることが出来たんですか?」
「だね~……今朝は二人揃って遅刻してたみたいだし、気になるかも……」
「え、そんなことがあったの?」
「「うっ!?」」
──っと、ここに来てその話題が挙がるか……。
ゆずの素朴な疑問に鈴花が同調し、菜々美が真偽を尋ねて来た。
クロエさんは頭に〝?〟を浮かべているが、アリエルさんは全てを把握しているので、ニコニコと笑みを浮かべている。
果たして彼女は俺達を擁護してくれるのだろうか……。
そして、事が事であるため俺とルシェちゃんは揃って肩をビクッと揺らすしかない。
あの時は二人の世界に浸っていたが、よくよく考えるとこれはかなり不味いな……。
だってもしゆず達に俺とルシェちゃんがヤッたって知られたら、俺は一生陽の光を拝めなくなる。
刑務所に入るってことじゃなくて、監禁されるって意味で。
「でも、委員長に言っていた通り、本当に二人でゲームをしていただけなんですか?」
「それだけで立ち直ったんなら、アタシらの悩んだ時間返してほしいんだけど?」
「まさか……実は言えないようなことをしてたりとか?」
「なっ……リンドウ・ツカサ!! 貴様、アリエル様のお気持ちを無視してルシェアに何をしたのだ!?」
あーもう!
勝手に話が進んでどんどん拗れてった!!
ちゃっかり聞き耳立ててたゆずが訝しむように見て来るわ、鈴花が御尤もなこと言うわ、妙に鋭い菜々美の言葉に喉から心臓が飛び出そうになるわ、クロエさんからは一方的に俺が悪い事にされてるわで、アリエルさんのニヤつきが一層強くなってる。
俺が不貞腐れたせいではあるけど、ルシェちゃんをけしかけたのはアンタのせいだろうが。
言ったら墓穴掘るのが目に見えてるから、なおさら文句言えないけど。
「え、ええっと、ボクとツカサ先輩はその、疾しいことは何もないですよ?」
「どうして疑問形なの……怪しい……」
菜々美の言う通り、ルシェちゃんの返答は目が右往左往していて怪しさが漂うものだった。
性格的に嘘を付くのが苦手だもんなぁ、ルシェちゃん……。
「おいリンドウ・ツカサ……もしや、ダヴィドと同じようにルシェアを脅しているのか……?」
「はははっ、そんなことするくらいなら唖喰と戦う方が何万倍もマシですって」
「わーマジで言ってるし……」
またもやあらぬ疑い……それもよりによって一番最悪な比較相手を出して向けて来たクロエさんに、個人的に選んだ方がマシな選択肢を笑顔で提示する。
一切の冗談を含めない返事に、鈴花は呆れた様子だ。
ルシェちゃんからの信頼を信じられなくて、彼女に乱暴未遂を働いたことを思い出してしまい、自傷ダメージを受ける羽目になった。
ほんっとヤケになるとロクでもないことばっかするな、俺。
美沙の場合はまだ消化し切れていないけど、ルシェちゃんの場合は彼女自身も許してくれている。
「それで? 結局何があって立ち直ったの?」
告白されて流れでヤッた結果、文字通り一皮向けました────なんて言えるはずもなく……。
「思い切り甘えて泣かせてもらった……って、すっごい恥ずかしいけど、これでいいか?」
「え、うらやま──じゃなくてルシェアちゃん、本当なの?」
「は、はい……」
「「「「ふぅ~ん……」」」」
言い訳の常套手段〝嘘は言ってないけど、本当のことも言ってない〟で、突破を試みる。
菜々美が零した本音が気になるが今は無視だ。
察してくれたルシェちゃんと俺に、ゆず達が懐疑的な眼差しを向けるものの、彼女達には反対材料がないことから主張を切り崩すことが出来ないでいた。
「……解りました。二人の言い分を信じます」
「「ほっ……」」
ゆずが渋々といった様子ではあるが引き下がったことで、なんとか乗り切れたと安堵する。
そうして事の成り行きを見守っていたアリエルさんがパンパンっと手を叩いて注目を集めた。
「さて、無事に仲直りとなって何よりですわ。皆様」
「絶対楽しんでましたよね……?」
「何のことか解りかねます。当事者でないワタクシが余計な口を挟むべきでないと判断したまでですわ」
全部知ってるくせに、いけしゃあしゃあと言い切りやがった……。
まぁ、変に不和を煽らなかっただけマシかもしれないが……如何にも『ワタクシは信じていましたよ?』って感じの態度はどうなんだろうか?
そんな怪訝の眼差しを向けていると、アリエルさんと目が合ったかと思ったらスッと近付いて来て……。
「(後で二人きりでお話し致しましょうか、ツカサ様♡)」
「──っ」
俺にしか聞こえない声量で、そう約束を取り付けて来た。
どうやら自身の行動の真意を尋ねて来ることまで読んでいたようで、俺は驚きのあまり息を呑む。
ひとまずゆず達に一声掛けてから、アリエルさんと昨日のことで話しをすることになった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は6月8日に更新します。
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