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263話 明るい陽が射す朝


「ん……」


 眠りの底に沈んでいた意識が浮上したような感覚から、目が覚めたのだと察する。

 十月末の朝は冷え込みが目立って来る……にも関わらず、俺が真っ先に感じたのは柔らかさと温かさだった。


 布団……とは違うな。

 一口に柔らかいって言っても、布団にはない生き物感があるからだ。

 このまま瞼を閉じていても埒が明かないので、俺は潔く目を開けることにした。


 まず視界に映ったのは見慣れた天井……俺の自室だ。

 なるほど、場所はよく分かった……なら、この腕の中に感じる温かさはなんなんだろうか?

 そう思って、目線を下に向ける。


 そこには──。


「──すぅ……すぅ……」


 青いボブカットの髪、一目で外国人だと分かりかつ、整った可愛らしい顔立ちの美少女──学校でも組織でも後輩のルシェア・セニエが()()で俺の腕の中で寝息を立てて眠っていた。

 

 ちなみに俺も全裸だったりする。

 誰得だろうか?

 

 というかそれよりも、だ。

 今ルシェちゃんの顔を見て俺はようやく自分がどういう状態だったのか、いつ眠ったのかと色々思い出した。

 

 まぁ、美沙のこととどうしようもない現実に改めて直面した結果、絶望から心が折れて不貞腐れていたわけだ。

 いや、不貞腐れるだけならまだしも、ゆず達に八つ当たり同然の暴言を吐いていたため、罪悪感が半端ない。

 

 で、ゆず達の後に来たアリエルさんから懺悔の告白を提案されて、それによって俺がずっと心の奥底に秘めていた美沙への気持ちを暴かれて、また八つ当たりしたりしたんだが、問題がその後。


 そのー……今腕の中にいることから分かる通り、ルシェちゃんが来たんだよ。

 でだ、色々鬱憤を吐き出したあとにだな……ヤっちまった。


 いや、一応弁明すると、ルシェちゃんが身体強化術式の裏技とかいうのを俺に使って、発情状態にさせられたんだ。

 抵抗はしてたんだけど、最終的に、な……。


 えっと、取り敢えず一言に要約すると……。


 ──女の子は凄かったです。


 これ以外パッと出て来ない。

 誰に言い訳しているかもわからない妙な心境を抱いていると、腕の中でもぞもぞと動きがあった。

 あ、これはルシェちゃんが起きるやつだわ……。


「ん……あっ……おはようございます、ツカサ先輩……」

「お、おはよう……」


 まどろみつつも、ルシェちゃんは俺に挨拶をしてくれた。

 良かった……目が覚めた途端ビンタが飛んでくるようなことは、ひとまず回避出来てるようだ。

 一夜を共にしたためか、互いに全裸なのにも関わらず不思議と情欲は湧いてこないな。

 これが所謂賢者タイムというやつか……変に拗れなくてありがたい。


「今、何時ですか……?」

「えっ、あぁ……そういえば何時だ?」


 彼女に尋ねられてようやく俺は今の時間に気を向けた。

 それくらいルシェちゃんとの夜は凄まじかったわけだが……あぁもう、それはいいんだって……。

 頭に浮かんでくるアレやコレを振り払いつつ、時計へ視線を向ける。


 ええっと、なになに?


「──午前六時過ぎだな」

「そう、ですか……今から後片付けやゴハンの用意をしてたら、遅刻しちゃいますね」

「あー……そういえば今日は水曜日……まだ平日じゃねえか……」


 昨日の俺は翌日に気を向ける程余裕がなかったと自覚して、なんとも情けないばかりだ。

 それにルシェちゃんが言った通り、アレやコレの後片付けがあるから、どうしても時間が掛かってしまうので、遅刻は確定となる。


 これ、二人して揃って遅刻とか、耳聡いやつなら何があったかすぐにバレそうだな……。

 まぁ、今更考えても仕方がない。

 昨日の事が親に知られたら、確実に厄介極まりないことになる……それだけは絶対に避けるべきだ。


「ルシェちゃん、まずはシャワーを浴びて来な。階段を下りたら右手側に進んで突き当りにあるから」

「は、はい。それじゃお借りします」


 先にルシェちゃんをシャワーに向かわせる。

 俺はその間に部屋の消臭やシーツと服の洗濯をして、痕跡を消し去っていく。


 賢者タイムのおかげでルシェちゃんのパンツを洗っても何とも思わないが、後でちゃんと謝っておこう。

 

「お先でした~」


 そうして洗濯物を干し終えたタイミングで、ルシェちゃんがシャワーから出て来た。

 どうやら昨日家に来た時に持って来ていたボストンバッグの中に、学校の制服を入れていたようだ。

 シャワーだけで四十分以上も掛かっていたが、相手が女の子だと思えばまだ早い方だろう。


「俺が上がるまでリビングでゆっくり過ごしていてくれ。その後に朝飯を用意するからさ」


 俺の両親は共働きで昔から家を空けることが多いため、こういう時は自炊をするよう心掛けている。

 一昨日から五日くらいは出張で帰って来ないので、冷蔵庫にはそれなりの食材があったはずだ。


 お客様のルシェちゃんにゆっくりしてもらうためにそう言ったのだが、彼女は何か思いついたようにニコッと笑みを向けて来た。


「あ、それならボクが朝食を作りましょうか?」

「えっ!? でもルシェちゃんはお客様だし……」

「いえいえ、こういったところからツカサ先輩を支えていきたいんです。だからゴハンの用意をさせて下さい」


 そう言われると、俺としては反論が出て来なくなる。

 もう少し自分に甘くして、相手にも頼るということを教えた張本人であるルシェちゃんが言うなら、なおさらだ。


「……解った。それじゃ調味料の場所を教えるから、そっちはお願いしようかな」

「はい! 任せて下さい!」


 調味料と冷蔵庫の中身を見てもらうと、問題なく作れると心強い返事をもらった。

 取り敢えず朝食は彼女に任せて、今度は俺がシャワーを浴びる番だ。


 先にルシェちゃんが入っていたためまだ湿気が目立つ風呂場で、頭からシャワーを掛ける。

 眠気覚ましとしては抜群に効くな、と実感している内に、俺はふと思い返す。


 ルシェちゃんの献身のおかげで、鬱屈していた思考がすっきりとはいかなくとも、暗闇が晴れたように視野が広がったように思える。

 もちろん、美沙の死は本当にショックだし今でも自分を許せないと思っているが、ゆず達との日常を切り捨ててまで落ちぶれることはやめようと決めた。


 そんなわけで、まず俺がやるべきなのは心配してくれたゆず達に暴言をぶつけたことを謝る──の前に、ちゃんと向き合わないといけない人物がいる。


 それは、ルシェちゃんだ。

 ゆず達と同じように恋愛感情を向けてくれていた彼女の告白に、俺はまだ返事を出していない。

 これで四人目……なんでこんな俺にって思うが、こればかりはどうにもならないことだろう。

 

 大事なのはどうして好きになったのかってことじゃなくて、その気持ちにどう向き合うかだ。


 とはいえ、ルシェちゃんに関してはもう答えを決めている。


 ただ、その答えを彼女に伝えるならゆず達への気持ちに対しても、しっかりと考えないといけないけど。


 そっちも正直に言ってしまえば、時間の問題のような気もする。

 恋愛感情に対しての向き合い方を変えた今なら、そう遠くない内に彼女達に対する答えを出せるだろう。


 だから、その時は……。


「──っと、そろそろ出ないとな」


 気付けば二十分以上もシャワーを浴びたまま思考に耽っていた。

 体をタオルで拭いてすっきりとした気分で、俺も学校の制服に着替えてリビングに向かう。


「上がったぞ~」

「あ、丁度良かったです。今出来ましたよ」


 リビングでは、制服の上からピンクのエプロンを身に着けているルシェちゃんが、テーブルに手製の朝食を並べていた。

 これだけ見るとまるで彼女と同棲しているようで、自然と鼓動が早くなっている気がする。

  

 いかんいかん……ルシェちゃんに好かれていると告白された分、妙に意識してしまう。

 煩悩を振り払うように首を横に振った後、俺はテーブルに目を向ける。

 

「おぉ~……」


 思わず感嘆の声が出る。

 ルシェちゃんが竜胆家にある食材で作った朝食は、食パンの上にクレープに乗せるように薄長く切り分けられたバナナとキウイが乗っていて、付け合わせとしてバターとイチゴジャムが用意されており、飲み物にはコップ一杯の牛乳が置かれていた。


「これは『タルティーヌ』といって、フランスでは定番の朝食なんですよ。本来はバゲットパンを使うんですけど、それはなかったので焼いたトーストで代用しました。バターとジャムはお好みでどうぞ!」

「すごく簡単そうだな……」

「はい! フランスでは朝食は手早く済ませるのが常識なので、朝からあまり手の込んだ物は休日以外では食べないんです」

「なるほど……」


 今日は既に遅刻が確定しているが、こういったところで出身国の人間性の差が出るのは面白い。

 早速食べようと、俺達は席に着いて食べ始める。


 フルーツの乗ったトーストにバターを塗ってから一口齧ると、サクッとした音の後にバターの風味とフルーツの甘味と酸味が口の中に広がった。


「美味いよ! 手作りの菓子パンって感じだ」

「えへへ、そう言ってもらえてよかったです」


 正直な称賛を口に出すと、ルシェちゃんは頬を赤らめながらはにかんだ。

 その可愛らしい笑顔に、軽い胸の高鳴りを感じつつ、朝食を進めていく。


「「ごちそうさまでした」」


 十分と掛からずに、俺達は朝食を終える。

 二人で一緒に食器の後片付けをしていると、ふとルシェちゃんが呟きを零したのが聞こえた。


「……なんだかこうしていると、新婚さんみたいですね」

「──ぶっ!?」

「ふぇ? ──って、ああっ!?」


 ついさっき俺もそう思っていただけに、思わず吹き出してしまう。

 そんな俺の反応で自分の言葉に気付いたルシェちゃんが、ボンっと沸騰の勢いで顔を赤くしてあたふたと動揺する。


「ちちち、違うんです!! 今のはボクの一方的な願望と言いますか、未来図というか……そ、そう……なれたらいいなぁっていう、気持ち、です……」

「──っ!」


 告白する以前だったら誤魔化していたそれを、彼女は途切れ途切れになりながらも言い切った。

 そのいじらしさに、ドクンっと大きく心臓が跳ねたように感じる。

 顔に熱が灯る感覚がして、俺も顔が真っ赤なのだろうと察した。


 ヤバイ……可愛い過ぎて言葉が出ない……。


 さらにルシェちゃんの方も耳まで真っ赤にして黙ってしまったため、しばらくカチャカチャと洗った皿を食洗機に並べる音だけが木霊する。


 気まずいという感じは無く、何度か触れる肩から相手の存在感を大きく感じるだけだ。

 沈黙を楽しむというのはこういうことだろう。

 実際、ルシェちゃんの隣はとても居心地がいい……自然と張っていた肩肘が緩くなるように思える。


「あのさ」

「はい?」

「告白の返事なんだけど……」

「っ……はい」


 食洗機の乾燥機能をONにしたところで、俺はルシェちゃんに声を掛ける。

 彼女は静かに返して来てくれて、不思議と次の言葉に緊張は無かった。

   

「俺は君を他の男に渡したくない」

「え──?」


 俺だって人の子だ。

 あれだけ献身的に支えられれば、独占欲の一つは抱いてもおかしくない。


 そんな俺の言葉が予想外だったのだろう、彼女は目を見開いてこちらをジッと見つける。


「ゆず達のこともあるから、まだはっきりとルシェちゃんの気持ちに応えることは出来ないけど、それだけは言っておきたいんだ」

「ツカサ先輩……」

「期待させた割りに意地の悪い返事でごめんな?」


 呆けるルシェちゃんに、そう謝る。

 結局保留に変わりないからだ。

 それでも伝えたいことは伝えられたので、例え彼女に失望されたとしても悔いはない。


 そうして、ルシェちゃんは胸に手を添えて俺と目を合わせた。


「──嬉しい」


 彼女の表情は、幸せと喜びに満ちた笑みだった。

 その気持ちを伝えるように、ルシェちゃんは俺に抱き着いて来る。

 自然と、俺の手は彼女の背中に添えられていた。

 

 ルシェちゃんの体は、ちょっとでも力を籠めてしまえば簡単に割れてしまうガラス細工ように細くて、とても愛おしく思える。


「……いいのか?」

「何がダメなんですか? ツカサ先輩がボクをそう思ってくれているって言ってもらえて、嬉しいに決まってるじゃないですか」

「……あんなに支えてもらったのに、ごめんな」

「ツカサ先輩」

「ん?」


 煮え切らない返事でも良いと答えた彼女に謝ると、半ば咎めるような声音で呼ばれた。

 なんだろうかと目を合わせると、その表情からルシェちゃんはちょっぴり怒っているようだ。


「ボクがツカサ先輩を支えるのは、謝ってほしいからじゃないです」

「でも、悪いのは俺で──」

「誰が悪いとかそういうのは良いんです。こういう時は誰だって『ごめん』よりも『ありがとう』って言われた方が、嬉しいんですから」

「……」


 その真理を衝いた言葉に、俺は目から鱗が落ちるように感じた。

 

 告白された時の口ぶりから、ルシェちゃんは俺に告白するつもりはなかったらしい。

 そう思えば、俺が向き合ったことそのものが彼女にとって幸せなのだろう。


「ツカサ先輩がアリエル様とボクを助けてくれた後、アリエル様が仰っていたじゃないですか『自分が許せないなら、これから償えばいい』って。それはきっと、ボク達だけじゃなくてヒスイちゃんにも同じことだって思いませんか?」

「あ……」


 なんとなく、アリエルさんがルシェちゃんをけしかけたことの真意がわかったような気がする。

 それが合っているかは本人に聞かない限り分からないだろうけど、何故か確信出来た。


「過ぎたことを変えることは出来なくても、向き合い方を変えることは出来ます。それを忘れないでください」

「あぁ、わる──」


 また出そうになった謝罪の言葉を噤む。

 危ないなぁ……言われた傍からやらかすところだった……。


 ちゃんとこの場に相応しい言葉を伝えるために、深呼吸をしてから真っ直ぐ彼女と目を合わせて告げる。


「──ありがとう」

「はい、どういたしまして」


 感謝の言葉に、ルシェちゃんは屈託のない、満面の笑みを浮かべた。

 

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は6月4日に更新します。


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