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259話 懺悔の告白


「──はぁ……」


 これで何回目の溜息だろうか?

 ゆず達に八つ当たりと変わらない罵倒を浴びせた後、俺はソファに横になって何度も溜息をついていた。

 数えるのも億劫な回数をだ。


 あまりに多過ぎて、頭の中は何も考えられないまま、時間だけが過ぎて行く。


 これでいいと決めたはずなのに、やたらとゆず達の悲しげな表情が思い返される。

 明確に傷付けたことに、ドッと罪悪感が圧し掛かるが、きっとこの気持ちすら翡翠が抱えているそれに比べると軽いのだろう。


 美沙の死が俺や翡翠のせいじゃないってことくらい、唖喰が悪いんだってことくらい分かってる。

 魔導士や魔導少女の日常を守るって決めた後で、過去のことまで気にする必要もないんだって、分かってるんだ。


 だけど、知らなかったで済ませる程、俺は美沙に対して割り切れていない。

 もっと早く彼女への気持ちを決めていれば、告白を断っていれば……なんて後悔は挙げればキリが無い。


 だから、ゆず達を遠ざけた。

 俺と関わっていれば、美沙と同じように彼女達をさらに傷付けることになる。


 なら、傷が浅く済む内に早く見切りを付けられるようにした。


 ゆずはもう、だいぶ日常に馴染んできた。

 なら、俺がいなくても大丈夫なはずだ……すぐには立ち直れないかもしれないけど、鈴花や季奈達がいるんだ……問題は、ない……。


 いずれ、菜々美やアリエルさんの告白も断るつもりだ。

 俺なんかに時間を割いているよりも、もっと彼女達を大切にしてくれる人がきっといるはずだ。

 

 ルシェアは……どうだろうか?

 男恐矯正係を辞めたとはいえ、彼女はまだ男性恐怖症を抱えたままだ。


 下手をすれば一生好きな人と付き合えないかもしれないけれど……。


 ──って違う。

 もう、そこまで考える必要なんてないんだ。

 俺相手に、男性恐怖症が治せるわけがない。


 そうだ……きっと俺より上手くやれる人がいるはず……。


 翡翠だって、あの子のことを大事にしてくれる人がいるはずだ。

 嫌われていてもおかしくない俺に、あんなに懐いてくれた彼女の優しさに甘えるのはもう止めよう。


 これ以上、一緒にいても美沙を思い出させて翡翠を苦しめるだけだ。

 

「──はぁー……」


 また溜息が出た……。

 もう午後の九時になろうとしているが、空腹を感じても食欲が無い。

 何を食べても、吐き出してしまいそうで意味が無いように思えたからだ。


 食事も喉を通らない人の気持ちをこんなことで知ることに、余計に憂鬱を感じる。


 やけに時間の流れが遅く感じる中、ひたすらに自己嫌悪と後悔を募らせていると……。


 ──ピンポーン。


「……なんだ?」


 二度目の来訪者が、インターホンを鳴らしたようだった。

 悪徳セールスなら無視をするに限るのだが、カメラ機能のないインターホンであるため、必ず出て相手を確かめなければならない。


 そんな面倒な気持ちを押えつつ、重い体を動かして受話器を取る。


「……はい、竜胆です」

『こんばんわツカサ様。夜分遅くに失礼致しますわ』

「──っ、アリエルさん……!?」


 受話器からでも分かる類稀な声の持ち主──アリエルさんの来訪に、俺は大いに驚かされた。

 彼女は確かに家に来た事があるが、わざわざこんな時間に訪ねてくる程非常識な人じゃない。


 大方、ゆずやルシェアかた事情を聞いてから来たのだろうと察する。


 突然の来訪に驚かされながらも、俺は動揺を抑えて帰るよう告げるため、口を開く。


「……何の用ですか? ゆず達から事情を聞いているのなら、いくらアリエルさんでも俺が家に入れないってことは分かるんじゃないんですか?」

『ええ、事情は把握しておりますわ。それでも、ツカサ様が今のまま塞ぎ込むのは決して良くないと思ったのです』

「知ってるなら、なおさら放っておいて下さいよ……俺にそこまでする理由なんてないじゃないですか……」

『あら、お忘れですか? ワタクシはツカサ様をお慕いしていますのよ? 理由はそれで十分ですわ』

「……なら、ここでハッキリ言わせてもらいますけど、俺は……」


 俺への好意を理由に引き下がろうとしないアリエルさんに、告白は断ると告げようとして、息が詰まる。

 美沙の時や、あまり知らない相手じゃない時と違う好意の拒絶に、緊張している証拠だった。


 でもここで言わないと、いずれもっと深く傷付けてしまうと思い直し、俺は力を振り絞って続きを口にする。


「──俺は……アリエルさんの気持ちに応えられません……!」


 たった一言なのに、絞り出すのがとても辛い……。

 でも、一度口に出してしまえば、もう後には引けないんだ。


 そう思い、アリエルさんの返事を待つ。




「お断りをお断りさせて頂きますわ」

「──っへ?」


 やけにハッキリと彼女の声が聞こえた。

 しかも受話器からじゃなくて後ろからだ。


 どういうことだと思って、バッと勢いよく振り返る。


 ──ムニッ。


「──っ!?」


 振り返ったら、アリエルさんの指が俺の頬に突き立てられた。

 自分の頬より柔らかく感じる彼女の指により、否応無しに本人の存在を実感させられて、動揺を隠せないまま目を見開く。


「改めまして、こんばんわですわ」


 それがおかしいのか、アリエルさんはクスクスと笑みを浮かべている。

 ようやく平常心を取り戻した俺は、彼女の手を払って距離を取った。


「何するんですか!? というかどうやって入って来たんですか!?」


 俺はゆず達が帰った後、ちゃんと玄関の鍵を掛けていた。

 なのに、アリエルさんは最初からそこにいたような佇まいで、竜胆家のリビングに入っている。

 どうやって侵入したのか問いかけると、悪戯を成功させた無邪気な笑みを向けて答えた。


「以前ツカサ様のご自宅に泊まった際に、大方のイメージは掴めました。ですので、その時の記憶を頼りに転送術式でちょちょいと──」

「完全に不法侵入じゃないですか!?」


 前に塞ぎ込んだ菜々美と話をするために、ゆずに頼んで転送術式で彼女の部屋に入ったことがあったが、それと完全に手法が似ていた。

 あの時の自分がどれだけ無遠慮だったのか大変痛感する羽目になったが、ここまで来てしまった以上、もうアリエルさんを追い返すことは難しい。


 そのため、結局俺が折れることで、彼女の話を聞く事となった。 

 テーブルを挟んで対面に座り、アリエルさんの要件を尋ねる。


「──で、何の用なんですか?」

「先程申した通り、ツカサ様が塞ぎ込まれたことで、ユズ様やナナミ様達が大変悲しまれています。事情を窺い、見兼ねたためにこうして馳せ参じさせて頂いたのですわ」

「……結局のところ、俺が日常指導係を辞めない様に説得に来たってことか……」

「ええ、その認識で相違ありませんわ」


 隠すことなく自分の目的を語るアリエルさんに、俺はどう反論したものか頭を抱える。

 かつて自分を忌み嫌う祖父が強制した縁談を躱すため、この人はかなりの話術を持っている……なので、彼女相手に口論で勝てた試しがない。


 下手な反論ではすぐに揚げ足を取られるのが目に見えているため、答えに窮していると、アリエルさんからある提案が出された。


「ツカサ様」

「……なんですか?」

「今すぐこの場であなたの罪を告白して下さい」

「──は?」


 きっとこの時、俺はとても人前で見せられないような間抜けた顔をしていただろう。

 それくらい、彼女の提案は予想外だった。


 元という注釈が付くが、アリエルさんは聖女と謳われる修道女の経歴を持っている。

 その経験上、他者の相談に乗る事は多く、感情の機微に敏い。


 余程の相手でなければ、彼女の前に嘘を付き続けるのは難しいだろう。

 そんな人の前で、罪の告白──要は美沙と翡翠に抱えている思いを言えというのだ。


 当然、すぐに了承出来るわけがない。

 

「な、なんでそんなことを今更する必要があるんですか!?」

「夫を支えるのは妻として当然の役目だからですわ」

「いや、あの、俺さっき告白を断りましたよね? なのに、何を当たり前のことをって言い方してるんですか……?」

「ツカサ様の本心からのお言葉であれば一考致しましょう。ですが、先のお言葉は自棄になった気持ちから発せられたものです……そんなものでは、ワタクシの愛は揺るがせません」

「──っ」

 

 ──なんで、この人は放っておいてくれないんだ……。


 ハッキリと言い切るあまりに強い意思に、俺は言葉が出なかった。

 本心から断ってないっていうのも、事実だ。

 

 その指摘が決め手になったことで、俺は渋々ながらもアリエルさんに自分が抱える罪を明かしていった。


 美沙への気持ちを定めなかったこと、彼女との口論、彼女を取り巻く環境や死を知らずに過ごしていたこと、ゆず達と関わってこれ以上傷付けたくないと思ったこと、話せることの全部を話す。


 アリエルさんはその間、相槌を打ったり時に続きを促がしたりと、培った経験が垣間見える堂の入った態度で聞き手に徹していた。

 

 そうして話終えた時には時間は午後十時を過ぎており、一通り聞き終えた彼女は瞑目して逡巡した後、スッと琥珀の瞳を開いて返答を告げる。


「なるほど……ツカサ様の抱えているお気持ちの根幹……しかと聞かせて頂きました」

「……それで、今の話を聞いて一体何が分かったって言うんですか?」

「そうですわね……、













 ツカサ様が()()()()()()()()()()()()、といったところでしょうか」

「────っっ!!!!」


 その解に、俺は息が止まるかと錯覚する程に強い衝撃を受けた。

 さっきの話の中で一切語らなかった核心を、この人は事も無さ気に暴いて見せたのだ。


「な、なんで……」

「ツカサ様が現在の恋愛価値観を抱かれた要因を聞いた辺りからです。確かに一生の後悔に繋がる大きなことだったでしょう……ですが、ワタクシが言うのもなんですが、三年前に別れた相手にそこまで固執するのはどうなのかと思ったのですわ」


 そこで一度区切り、アリエルさんは続けた。


「余程後悔が強い……と、言えばそれまでですが、そうでなければユズ様に告白をされた時点で、ツカサ様は彼女の想いを受け入れていたのではないのでしょうか?」

「……」


 何も言い返せない俺を差し置き、彼女は更に語る。


「そうしなかったのは、恋愛観を抜きにしてもツカサ様がマイカワ様を恋慕している……と考えれば、彼女への未練故に答えを出す事が出来なかった、ということになりますわ」

「……ッハ」


 見解の述べ終えた感想は、自分への失笑だった。

 顔を俯かせ、頭を抱えながら俺は口を開く。


「──だからなんだ? 俺は確かにまだ美沙のことが好きだよ……でも、今更それでどうしろと!? もうアイツはいない……どう足掻いたって失恋で終わってる!! こんな気持ちのままでゆずと菜々美と、アリエルさんの気持ちにどう向き合えっていうんだよ!!」


 ずっと奥底に秘めていた美沙への想いを曝け出し、八つ当たり気味にアリエルさんにぶつけた。

 俺が自分の気持ちに気付いたのは、美沙と喧嘩別れたした後だ。


 それまで当たり前にいた彼女の存在が遠くなったことで、寂しさを覚えた俺は、その正体が美沙への初恋だと察した。


 あんな別れ方をしたんだから、謝ってすぐによりを戻すのは難しいだろうと思って、せめて謝ってから友達からやり直そうとしたけれど……。


 美沙には一向に避けられ続けた。

 今にして思えば、魔導少女だった彼女が俺を唖喰との戦いに巻き込まない様にしていたと分かるが、当時は嫌われたと思っていた。

 

 それでも謝りたいと、何度も声を掛けて見たものの卒業までずっと避けられる結果に終わる。

 

 その後……彼女は翡翠を庇って亡くなった。


 ゆず達に告白されても未練がましく抱き続けた想いは、絶対に叶わないものとなってしまうなんて、こんな酷い事があるだろうか?


 そんな遣る瀬無い気持ちがゆず達との間に起きるなんて、きっと耐えられない。


 その想いをあっさりと暴き出して見せたアリエルさんへ、未練タラタラの愚痴をぶつけても、彼女は顔色一つ変えずにソファから立ち上がった。


「こう告げるのは憚られますが、ツカサ様の意志を過去の人物にまで及ばせていては、貴方様の身が持ちませんわ」

「それでも、知らないからって過去の死を……美沙の死を気にすんなっていうのかよ!?」


 喉が渇いて張り付きそうになる程の想いを晒け出す。

 でも、アリエルさんは静かに瞑目して……。


「……申し訳ございませんが、ツカサ様の抱えるその想いに、ワタクシは答えを持ち合わせておりませんわ」

「は……?」


 此処に来て、そう自らの無力を呪うように告げられた。

 これじゃ、一体何のために俺は自分の気持ちを暴かれたんだ?

 呆ける俺を余所に、彼女はそのまま転送術式を発動させる。


「ワタクシ自身がツカサ様の御心を救う事が出来ないのは、非常に歯痒い思いです……ですが、これだけはお伝えしておきますわ」

「……なんですか?」


 自分ではダメだと語るアリエルさんの考えが分からず、俺は彼女の伝言に耳を傾ける。

 足元に展開された転送術式の魔方陣がいっそう輝きを強くするその時、アリエルさんは言った。


「ワタクシの後にこの家を尋ねて来た人物を、追い返さずに招き入れて下さいませ。そして()()の言葉にしっかりと耳を傾けて下さい……では、失礼致しましたわ」


 そう言って、光に包まれた彼女は姿を消し、三度俺一人となったリビングに静寂が訪れる。

 呆けつつも、俺は先程のアリエルさんの伝言の意味を考えた

 

 ──彼女の後にこの家に来た人物を招き入れて、その言葉に耳を傾ける。


 あの人の口振りからして、俺と面識のある人物──それも女性を差しているようだった。

 一体誰なのかと考える余裕は無い……あるのは、美沙への想いを消化できないでいるどうしようもない虚無感だけ。


「~~っ、はぁー……」


 モヤモヤとした気持ちで落ち着かない心が鬱陶しくて、大きなため息が出た。


 ──ピンポーン。


「……もう、来たのか?」


 アリエルさんが去って五分としない内に、件の人物が来たようだ。

 人違いの可能性も捨てきれないが、何故かこの時は確信していた。


 恐る恐る受話器を手に取り、俺は向こうにいる人物が誰なのかを尋ねる。


「……はい、竜胆です……どちら様ですか?」

『えっと、こんばんわ』


 聞こえてきた声は、女性の声だった。

 そして、その声の主は俺の良く知る人だと言う事もすぐに悟る。


 彼女は……。


『夜分遅くにすみません、














 ツカサ先輩』

「ルシェ……ちゃん……?」


 男性恐怖症を抱えている少女──ルシェア・セニエだった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は5月27日に更新します。


面白いと思って頂けたら、下記より感想&評価をどうぞ!

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