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26話 先輩魔導士からの忠告


 鈴花の初戦闘からもうすぐ一週間が経とうとし、もうすぐゴールデンウィークが近づいてきた四月末。


 この一週間で唖喰の侵攻はなんと十一回にも及んだ。

 唖喰の侵攻は一度に一回しかないものの、一回一回の間隔が非常に不安定だったのだ。


 一回ポータルを破壊して戦闘終了だって思ったらまた別の場所にポータルが出来たり、一回終わって次はいつ来るのか警戒していたら翌日になっていたといった感じだ。


 しかもそれが日本だけでなく、アメリカやフランスに中国といった外国でも同じだとか……。 


 その対処のためとはいえ、ゆずと鈴花は深夜にも関わらず叩き起こされ、戦闘に駆り出されたこともある。

 

 ゆずは慣れたもので普段と変わらない様子ではあるが、対する鈴花はそれはもう酷かった。

 

 次はいつ来るのかという不安と警戒から、睡眠不足から寝坊して遅刻になったり、授業中で居眠りしてしまったり……それでも戦闘には支障が出ていないのだからまだマシだ。

 

 なお、俺は魔導士じゃないからいつも通り寝ていたので、深夜の侵攻は鈴花の事後報告で知った。


 ちなみに初咲さん曰く、過去には二時間ごとに侵攻してきたこともあったそうだ。

 それを聞いた鈴花の反応は……。


『今夜も(死ぬまで)寝かさないゾ☆ってかぁああああっ!!?』


 冗談でも〝死んだら永久に寝れるな〟とは口に出ることはなかった。

 ガチでシャレにならない。


 それでも呼び出されればちゃんと戦闘に向かう鈴花に、俺は不安と感心を抱えていた。

 初戦闘後の鈴花の憔悴ぶりはそれはもう凄かった。


 戦闘後、報告のための初咲さんの元に訪れた鈴花に対し、初咲さんが今したいことを尋ねたところ……。


『お風呂入って寝たい』


 残業明けのサラリーマンとか夜勤明けの警備員にも感じられる哀愁を漂わせていた。

 けど散々嫌な思いをさせられた唖喰相手にそうなってまで積極的に戦おうとする鈴花の姿を見て、俺もいい加減腹を括ることにした。


 ――あいつは魔導少女として戦う覚悟がある、俺はそれを支えよう。  


 それまで鈴花が戦うことに反対だった俺が唖喰と必死に戦う鈴花にあれこれ口出しするのはお門違いといったものだ。


 もちろん今後鈴花が唖喰との戦闘で死ぬことになったら悲しいし、後悔すると確信している。

 でもそれとは別に戦って疲れる鈴花に何かしたいと思う。


 ゆずに日常を教える時と同じように、俺に出来る精一杯で鈴花の支えになろうと決めた。


 ちなみに石谷が企画しているゆずの歓迎会の準備もバッチリだ。

 明日の金曜日の放課後にクラスメイト達と教室ではしゃぐ予定だ。


 飲み物とお菓子はクラスメイト全員が一つずつ用意して持っていくことになっている。


 そのため俺は今歓迎会用のお菓子を買おうと商店街に来ている。

 羽根牧区の商店街は東西南北で四つの区画に分かれており、北は主に服飾関係の品を、東は家具や家電製品を、西は飲食店や食材関係を、南はゲームや本などの娯楽関係をそれぞれ扱っている。


 俺が今いるのが西方面だ。

 八百屋や果物屋などの店主が景気のいい売り込みの声を出している。

 

 とはいえ既に歓迎会用のお菓子と飲み物は買い終えたので、あとは自宅に帰るだけだったりする。

 自宅へは東方面の入り口から行くのが近いから、東方面に行くために中央十字路を歩いていると……。


「あら、竜胆君」

「お、工藤さん」


 腰まで伸びた黒髪の美人さん……工藤さんとばったり会った。

 こうして会うのは鈴花が訓練を始めた日だから……大体二週間ぶりくらいか。


「久しぶりですね」

「ええ、まぁ君も私も普段の日常というものがあるのだからいつでも組織にいるわけじゃないし、仕方ないものね」

「そうですね……」 


 この三~四日は私用と学校でゆずに日常指導するための計画を練ったりしてたから、オリアム・マギ日本支部にはしばらく行っていないのもあって、それだけの期間が開いてしまった。


「そういえば竜胆君、最近鈴花ちゃんの様子とか変わってないかしら?」

「鈴花の様子? 深夜だろうと戦いに勤しんでいるんで、寝不足で悩んでいるくらいしか知りませんが……」

「う~ん、そういう様子の変化じゃなくてね……あ、用事があるならそっちを優先してね。こっちはまた明日にでもいいから」


 聞かれたことに答えると、工藤さんは頬を指で掻きながら何やら不安げな表情を浮かべた。

 ここじゃ他の人もいることだし、落ち着いて話せるところに行った方がいいのかもしれない。


「……ここじゃなんですし、このまま東方面にある喫茶店に行きましょうか」

「いいの? 買い物帰りみたいだけれど……」

「個人的なやつなんで問題ありませんよ」


 俺がそう言うと、工藤さんも「じゃあお言葉に甘えるわね」と了承してくれた。

 目的の喫茶店は東方面で人気の少ない路地にある……工藤さん達に初めて会った時に連れられた組織の構成員同士が会話をするのに持って来いなあの店だ。


 入り口には隠蔽用の結界が張っていて、魔力のない人には閉店した空き店舗にしか見えないようになっている。


 さらにマスターと店員(マスターの娘)は組織の関係者なので、人前では話せない魔導や唖喰の話をしても問題ないというわけだ。


 そうして喫茶店のドアを開けて店内に入ると……。


「いらっしゃいませ」

「こんにちわ、友香さん」


 ココアブラウンの茶髪を頭頂部の高さで束ねてシニヨンにして、フレームレスの丸眼鏡をかけている女性……この喫茶店<魔法の憩い場>のマスターの娘である戸波(とば)友香(ともか)さんが出迎えてくれた。


「あら、竜胆さん。また来てくれたのね」

「ん? 友香ちゃんの言い分だと竜胆君はここに何度も来ているの?」

「大体の人は日本支部の食堂にあるドリンクバーで済ましちゃうけど、竜胆さんはここ二週間十回も来てくれているから、もうすっかりうちの常連さんなんですよ」


 友香さんの言う通り、俺は初めてここに来た時から、マスターの淹れるコーヒーが気に入って暇な時に足を運ぶようになった。


 その間に父親の手伝いをしている友香さんともすっかり仲良くなった。


「ふ~ん、菜々美に飽き足らず友香ちゃんも口説くつもりなのかしら?」

「口説いてませんって……常連だったら友香さんと話の一つや二つするじゃないですか」

「でも私お父さんからいつも竜胆さんとどんな話をしているんだって聞かれているけれど……」

「え……」


 友香さんの謎のカミングアウトに俺は思わず絶句した。

 マスターは渋い外見に違わず口数が少ない。


 五回目くらいのときに……。


『坊主、うちのコーヒーは好きか?』


 って聞かれてはいって答えたら……。


『そうか……』


 たったこれだけしか会話したことが無い。

 無口な人が家族の前では饒舌(じょうぜつ)に言葉を発するなんてのはよくある話だが、あのマスターが饒舌になる姿はまるで想像がつかなかった。


「じ、じゃあ昨日の話とかもですか?」

「ええ、竜胆さんが来た日の夜は必ずね」

「竜胆君……マスターに娘の相手にふさわしいのか見極められようとされてない?」

「奇遇ですね、俺もそう思います」


 工藤さんが〝またやらかしてんなコイツ〟みたいな視線を俺に向けてくるが、俺は友香さん相手に断じてジゴロ発言はしていない。


 なのにそんなに警戒されているとか……マスターって意外と子煩悩なのかもしれない。

 まぁ確かに友香さんも組織の一員らしく綺麗な人だから大事にしたいって思うのも無理はないけど……。


「一通り聞いたマスターはなんて言うの?」


 工藤さんが核心をついてきた。

 俺も気にはなっているんだけど、聞きたくないって気持ちもある。

 

 だって子煩悩の父親の言葉とか何を言われるのか怖いんだよ……。


「『そうか……』って言っていましたよ」

「……」


 怖。

 全く意図が読めないんですけど……。


 コーヒーに何か良くない物とか混ぜられないか不安になってきた……。


 底知れない恐怖に怯えつつ、友香さんの案内でテーブル席に座って、俺と工藤さんはコーヒーを注文した。


「それで工藤さん、鈴花に何かあったんですか?」


 喫茶店に来たのは鈴花の様子について工藤さんから話があると聞いたからだ。

 俺が尋ねると工藤さんは何やら答え辛そうな表情を浮かべながら教えてくれた。


「まずはちょっとおさらいしておくわ」


 そう言って工藤さんが話してくれた内容……それは昨日工藤さんと柏木さん、ゆずと鈴花の四人で唖喰討伐に出た時の話だった。


『よろしくお願いします』

『よろしくお願いしまーす、頼りにしてますね工藤さん、柏木さん』

『ええ、よろしく』

『よろしくね』


 場所は鈴花が初戦闘の時に行った山とは違って森林が多い山だ。

 そこにポータルの出現が確認され、その破壊と溢れ出た唖喰の討伐に四人が出ることになった。


 方針としては初戦闘時と同様鈴花の成長を促すために、極力彼女の自由にすることになっていた。

 連続して起きる唖喰の侵攻に鈴花は睡眠不足になっているわけだが、そこは若さ溢れる十代のエネルギーと魔力による活性で乗り越える。


 そんな日々が続いたことで、鈴花の魔導少女としての能力は飛躍的に上昇しているとゆずや鈴花本人から聞いた。


 そして戦闘開始から三十分後……。


『きゃあっ!?』

『菜々美!?』


 五分前、ポータルにも近づいて来たためゆずと鈴花はポータルの破壊、工藤さんと柏木さんは周囲の唖喰の掃討の二手に分かれて戦闘を続けていると、柏木さんがシザーピードの一撃で殴り飛ばされてしまった。


 殴り飛ばされた柏木さんは背中から木にぶつかったことで肺の酸素が押し出され、呼吸を整えるのに数秒掛かってしまった。


 しかも右腕が骨折したこともあり、すぐさま立て直せる状態ではなかった。


 そのまま柏木さんに追撃を加えようとしたイーターを工藤さんが光刃の術式で切り裂くことで、柏木さんがそれ以上に攻撃を受けることは回避できたが、柏木さんと彼女に駆け寄った工藤さんをシザーピードやローパー達が包囲したことで、二人は危機に陥った。


『こうなったら固有術式で……』

『でも先輩、今の魔力量で固有術式を使ったら……』

『それでも今やらなきゃこのまま唖喰達の餌になってしまうわ』


 唖喰と差し違える覚悟を持って工藤さんは固有術式を発動させようとした瞬間……。


『攻撃術式発動、光剣八連展開、発射!』


 鈴花が放った光の剣が工藤さん達を囲んでいた唖喰達を次々と塵に変えていった。

 

『鈴花ちゃん!? ポータルは!?』


 別行動を取ってから五分ほどで鈴花はゆずと共にポータルを破壊し、未だ戦闘を続けている工藤さん達の元へ駆けつけたという。


 その早さに工藤さんは驚いたが、鈴花は二人を囲んでいた唖喰を三分と掛からずに殲滅した。

 文字通り力で黙らせたというわけだ。


『ありがとう鈴花ちゃん、助かったわ』

『私からもありがとう』


 工藤さん達は鈴花にそうお礼を言ったのだが、工藤さんが鈴花の様子を気にし出したのは次の瞬間だった。


『大丈夫ですって、()()()()()の唖喰なんてアタシの敵じゃありませんから!』

『……あれくらい?』


 柏木さんが鈴花の物言いに何やら引っ掛かりを覚えたらしく、そう聞き返した。


『そうですよ、だってアタシみたいな新人に傷一つ付けられないようじゃ話にもなりませんって!』

『……鈴花ちゃんは凄いね、私なんて魔導士になってもう一年は経つのに全然ダメダメで……』

『いやいや、アタシなんて柏木さんに比べたらそんな!』

『――っ、ち、治癒術式発動。それじゃ、またね』

『あ、渚……』


 柏木さんはシザーピードから受けた怪我を治癒術式で治して、その場から立ち去って行った。 

 その時、工藤さんは柏木さんの表情を見て、彼女の心情を察したという。


 才能の差と劣等感と不甲斐無さに押しつぶされそうな柏木さんの表情を見て……。


『柏木さん、何か用事なのかな? じゃあアタシも帰りますね工藤さん!』

『え、ええ、お疲れ様……』


 立ち位置で柏木さんの表情が見えなかった鈴花は柏木さんの様子を気にかけつつ、そう言って戦場だった山の森林地帯から立ち去って行った。


 工藤さんが鈴花の言動と柏木さんの反応に頭を悩ませていると、鈴花から遅れてゆずがやって来た。


『お疲れ様です工藤さん、柏木さんと橘さんは?』

『ああ並木ちゃん……二人共もう帰ったわ』

『そうですか……唖喰の残党の確認は済んでいますので、私達も日本支部に戻って報告を済ませましょう』

『……その前に一つ尋ねたいことがあるのだけれどいいかしら?』

『なんでしょうか?』


 相も変わらず無表情でドライなゆずの受け答えにどこか安堵を抱きつつ、工藤さんはゆずにあることを尋ねた。


『鈴花ちゃんって最近の訓練の様子ってどうかしら?』


 学校生活でのことは後で俺に会った時にでも聞けると思ったため、訓練中に鈴花を指導しているゆずなら何か知っているのではと思い、工藤さんはそう聞いたのだが……。


 訓練中の鈴花の様子を問われたゆずは、いつもの無表情とは異なり、僅かに眉をしかめていた。

 まるで丁度そのことに悩んでいたと言わんばかりの反応と、彼女の僅かな表情の変化に驚いた。


『……これは橘さんの教導係である私がどうにかしないといけないことですので。失礼します』

『待って』

『……私から話すことは——』

()()竜胆君に相談はしたの?』

『……』


 工藤さんの問いに、ゆずは言葉に出さず首を横に振って相談はしていないと答えた。

 その答えに工藤さんは優しく微笑んで告げた。


『じゃあ私が彼に教えていいかしら?』

『っですが、これは橘さんの教導係である私が解決すべき問題で……』

『鈴花ちゃんのことなら私やあなたより彼の方が付き合いが長いでしょ? 彼なら何かいいアドバイスをくれるかもしれないわ』

『……わかりました』


 そう言ってゆずの方から折れた。


『訓練中の橘さんは、初戦闘から二日ほどはしっかりと訓練に取り組んでいました』

『二日ほどって言うと、ここ三日は違うってことね?』


 工藤さんの指摘にゆずは首肯した。


 

『橘さんはこの三日間、訓練に対する集中力の欠如が見られます』



 ゆずのその答えを工藤さん伝いに聞いた俺は、ゆずが鈴花の何に悩み、工藤さんが何に気付いたのか理解した。


 同時に頭を抱えたくなった。

 ゆずが俺に相談しなかったのは、こうやって鈴花の事で頭を悩ませることを察していたからだ。

 

 その不器用な優しさに感謝しつつ、俺は工藤さんに目を合わせた。


「……ふぅ、分かりました」

「さすが付き合いが長いだけあるわね」

「時間が俺達の仲を示す証なんで……工藤さん、わざわざ教えてくれてありがとうございます」

「いいえ、鈴花ちゃんがあのままだと危険だから当然よ」 


 全く、鈴花が魔導少女として戦う上で最悪のパターンが現実になったか……。


 それはいくつも浮かんでいたパターンの内の一つだった。


 魔導少女として戦う選択をした時……訓練の厳しさに根をあげるとか、初戦闘にトラウマになって辞めるとか色々浮かんだ中で死ぬ二歩くらい手前の最悪のパターン。



 鈴花はたった十一日間の戦闘で慢心を抱き始めた。


順調だった鈴花に暗雲が見えて来ました。


次回更新はゴールデンウィークで一章クライマックスなので、5月1日の朝……つまり明日を予定しています。


一章を終えるまで毎日更新をしていこうかと思ってます。


面白いと思っていただけたら感想をいつでもどうぞ。

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