245話 幸せは静かにひび割れていく
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司と付き合うことになった美沙の惚気っぷりは、付き合う前の状態より一層悪化していた。
いつものように三人で夕食を摂った後……。
「今日ね、つー君が私の作ったお弁当を美味しいって言ってくれたの!」
「へー……」
「それで、つー君ったらなんて言ったと思う?」
「なんですー……?」
「『美沙はいいお嫁さんになれるね』だって! 誰のって言ってなかったけど、これってもうそういうことだよね!?」
「そーだなー……」
「もう、みぃちゃん、ひーちゃん! ちゃんと聞いてる?」
「きいてるきいてるー……」
「その話帰ってから五回目ですー……」
毎日美沙はその日に交した彼氏との会話を逐一二人に報告しているのだが、その惚気話の主な被害者である翡翠と美衣菜はうんざりとした表情を浮かべていた。
特に恋愛感情に苦手意識のある美衣菜の顔色は真っ青であり、明らかに嫌悪感を露わにしていた。
流石に同じ話を五回もされると、翡翠でも嫌な顔一つもしたくなる。
「オマエがその男とどうしようが、あたしは微塵も興味ねえんだよ」
「え~、みぃちゃんったらつれないな~……。あ、ならひーちゃんはどう?」
「? どうって?」
「好きな人、いたりしないの?」
「え~……」
その上、これである。
自分の恋が叶ったことで余裕が生まれたのか、余計なお世話のありがた迷惑な恋バナをするようになったのだ。
翡翠は同年代の女子の中ではストレートに可愛らしい顔立ちであるため、実は狙っている男子は大勢いるのだが、彼女本人は恋愛に対して積極的ではない。
その理由は……。
「外面だけで人を好きになるような人は嫌です」
「いつも思うけど、ひーちゃんのそういう妙にドライなところが年下に見えないなー……」
妙に達観した価値観を持つ翡翠からすれば、同年代の男子は自分の見た目しか見ていないと認識していた。
「でもでも、誰か良いなぁって思う人がいたりしない? ほら、ひーちゃんも良く告白されるでしょ?」
「確かにされるです……でも、みんななんだか同じに見えるです」
美沙の様子を見ていれば、恋をするのも楽しいだろうとは思うが、異性に感心を持つような出来事はないため、男の子を好きになる感覚がよく分からないのだ。
いつか自分もああいう風に好きな人が出来るのだろうかと、漠然とした考えが浮かぶものの、イマイチ実感が湧かないというのが、翡翠の正直な気持ちであった。
「あー……」
晴れて彼氏持ちとなった美沙でさえ、未だに告白が絶えないため、翡翠の気持ちは大変よく分かった。
だが、その考えすらいとも簡単に塗り替えてしまうのが、恋と言う感情であることも理解している。
悩ましい面持ちで自分の将来に頭を悩ませる翡翠に、美沙はその小さな頭をゆっくりと優しい手つきで撫でる。
「おねーちゃん?」
「まだひーちゃんは十歳だもんね。それならゆっくりでいいんだよ」
「ゆっくりで?」
「うん。きっといつかひーちゃんを大事にしてくれる素敵な人と巡り会えるって、私は信じてるよ」
「う~ん……?」
大好きなおねーちゃんにまだ訪れていない初恋を信じると言われても、翡翠はどこか自信がないようであった。
そんな妹の様子を見て、美沙はニコリを笑みを浮かべ……。
「なんなら、将来私とつー君との間に産まれる男の子と付き合ってみてもいいんだよ?」
「流石にそんな何十年も待てないです」
何故そんな結論に至ったのかと、翡翠は美沙へジト目を向ける。
相変わらず結婚妄想が激しい姉の煩悩っぷりに、呆れるしかなかった。
「おねーちゃんの中で、つーくんさんとの未来が確定してるのが相変わらず気持ち悪いです」
「えー? 今まで唖喰を倒して稼いだお金で一軒家を買って、そこにつー君とひーちゃんと三人で暮らしたいなーって思うのはそんなに変?」
「わたしはまだつーくんさんがおねーちゃんのお婿さんになっていいって認めてないです」
「なんだその新手の小姑みたいなセリフは……」
翡翠も翡翠が美沙が大好きなのは変わらないが、司との結婚には反対だった。
やけに姑染みた言葉に、美衣菜が思わずツッコミを挟む。
交際している現状も正直に言えば不満以外なにものでもないのだが、ふと翡翠はあることを尋ねる。
「そういえば、もうすぐ付き合って一か月になるけど、おねーちゃんとつーくんさんはどこまでいったです?」
「ねえ、ひーちゃん? どうして小学生のひーちゃんからそんな言葉が出て来たの?」
「? キスをしたかどうかって聞いてるだけです」
「あ……そそそ、そうだよね! うん、そうに決まってるよね!!」
「ムッツリってこういうことをいうんだろうな……」
大変語弊のある尋ね方に、美沙は困惑しながらも深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
その間に美衣菜がなにやら呟くが、二人の耳には入らなかった。
「それで、結局はどうなのです?」
「ええっと、ひーちゃんはどうしてそれを知りたいの?」
「そんなの、おねーちゃんのファーストキスを奪ったかもしれないつーくんさんを闇討ちするかどうかを決めるためです」
「そんな危ない事考えてたの!?」
やたら自分の彼氏に対して当たりが強い翡翠の言動に、美沙は大いに驚かされる。
いくら攻撃術式が人に対して殺傷能力を持たないといえど、普通に別の道具を使えばどうとでもなるので、翡翠の言う様に闇討ちをしようと思えば出来なくもないのである。
「キスは……してないよ」
「ホントです? 嘘じゃないです?」
「ホントだよ。ひーちゃんに嘘はつきたくないもん」
「……それなら、いいです」
渋々といった感じではあるが、翡翠は大人しく引き下がる。
そもそも、美沙を疑いたくないという思いがあるため、彼女がそう言うなら真偽を明かそうとは思ってはいなかった。
「ただ、あんまり自慢されるのは本当に鬱陶しいので、今度やったら支部長に教えるです」
「そ、それは止めて!? あの人、自分が結婚出来てないからって恋人のいる人に容赦ないんだよ!?」
「ホント大人げねーよなー……」
割と洒落にならない脅しで釘を刺す翡翠の言葉に、美沙は思わず冷や汗を流す。
初咲支部長の前で恋愛の話は禁句であるというのは、日本支部に所属する魔導士や構成員達の暗黙の了解が存在する程である。
なお、当の初咲は保護者代わりを務めている少女がめちゃくちゃモテることに危機感を抱いていたりするのだが、それを三人が知る事は無かった。
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2015年、10月。
美沙が彼と付き合い始めて半年が近付いてきた頃、部屋で翡翠とデート服のコーデに勤しんでいた。
「ねえ、明日のデートの服はこれでいいかな?」
「う~ん、アクセサリーはこっちの方がいいです」
「あ、ホントだ。恋愛相談した時と言い、ひーちゃんのセンスって頼りになるよ」
「バッチリ決めたおねーちゃんをつーくんさんの前に出すのは嫌ですけど、我慢するです」
「あ、あははは……」
大好きな美沙に好かれている司をやたら敵視する翡翠の態度に、その彼女は苦笑いを浮かべる。
「う~ん、やっぱりひーちゃんはつー君に会いたくないの?」
「絶対に嫌です。仮に顔を合わせた場合はその瞬間にわたしの拳が火を吹くです」
「そういう言葉って一体どこで知ったの?」
「乙女の秘密です!」
「私の知ってる乙女は人の彼氏に殴り掛かったりしないんだけどなー……」
将来的には(あくまで美沙の中で)美沙は大好きな二人と一緒に過ごしたいと考えているが、当の翡翠が自分の彼氏を毛嫌いしているため、今のままでは難しいだろうと容易に予測出来る。
同居前に一度会えばとも思ったが、出会って一秒も満たない内に殴ると宣言されては、流石に美沙も反応に困ってしまう。
「つーくんさんがおねーちゃんに手を出してたら許さないです」
「……」
だが、不意に告げた美沙は急に黙ってしまった。
いつもであれば、彼女は嬉々として彼氏の話をしていたのだが、気まずいという風な顔をするだけであった。
もしかして彼と何かあったのだろうかと、翡翠は勘繰ろうとするが、それより先に美沙が口を開いた。
「──実はね、今までデートに誘ったのは全部私からで、つー君からは一度も誘われたことはないの」
「えっ!?」
その告白に、翡翠は驚きを隠せなかった。
一度や二度ではなく、一度もないというのだ。
一体それはどういうことだと訝しむ。
「キスをしようとしても変に遠慮するし、つー君からは好きだって一度も言ってもらえてない……友達からも付き合って半年になろうとしてるのに、そんなの変だって言われてて……」
「な、なんなんですかそれ!? おねーちゃんがいるのに浮気でもしてるです!?」
不安気な表情で語られた現状に、翡翠は憤慨する。
何せ、美沙があれだけ好きだと公言しているのにも関わらず、彼からの美沙の扱いがあまり良いものではなかったからである。
ヘタレにしても限度があるだろうと呆れる気持ちもあるが、そんな冗談で笑い飛ばせるほど簡単なことではないと、美沙の表情が物語っていた。
「浮気かどうかは分からないけど……でも、最近になって彼と距離があるんじゃないかって感じてたんだ。最初はね、勘違いかもって思ったんだけど……」
好きな人と上手く進展してない。
恋は未経験な翡翠の主観ではあるが、美沙が不安な気持ちになるのには十分だと悟る。
だからこそ、彼女をここまで不安にさせるつーくんに怒りを感じていた。
「つー君の女友達の……すずちゃんって人がいるって話したことあるでしょ?」
「は、はいです……え、まさか……!?」
美沙の確認に翡翠がハッとした表情を浮かべるが、それは違うと彼女は首を横に振る。
「さっきも言ったけど、浮気とかじゃないのはホント……でもね、たまに二人でいる時を見掛けたりすると、どうしてもそうなのかなって思う様になっちゃって、つー君の彼女は私なのに、このままじゃいけないっていうのも分かってるの……」
「おねーちゃん……」
彼氏とのことでここまで弱った姿を見せる美沙に、翡翠はどう言葉を掛けるべきなのか迷い出す。
美沙の幸せが自分の幸せと言えるほどに、彼女を大事に想っている。
だからこそ、何とかして大好きな姉を支えたいと望む。
「大丈夫です! おねーちゃんがつーくんさんを好きでいる限り、二人は絶対に上手くです!」
「ひーちゃん……うん、そうだと、いいね」
少女なりの精一杯の励ましに、美沙は弱さを押し殺すような笑みを浮かべて、翡翠を安心させようとする。
上辺だけの気安い励ましでは、やはりダメかと翡翠は肩を落とすが、美沙はそれで十分だと言うように少女の頭を撫でる。
その温かさに翡翠は思わず頬を綻ばせる。
──今思えばこの時が一番幸せだったと、翡翠は振り返る。
美沙の初恋も、自分との姉妹関係も、美衣菜との仲も。
この幸せが、ずっと続くものだと翡翠は思っていた……思い込んでいた。
かつての自分の幸せが、どのようにして壊れたのかを考えないように漠然と逸らしていた。
不幸の分だけ幸福が訪れるのなら、幸福の分だけ不幸が訪れるという運命の帳尻合わせは、着実に少女の日常を蝕んで行った。
その最初の切っ掛けは、美沙が彼氏と喧嘩別れをしたことから始まった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は4月29日、平成最後の更新となります。
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