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235話 お節介焼きの少女と狂笑する吸血鬼


 ~翡翠の拒否から一時間後、午後五時~


 開幕から不穏な気配が漂ったものの、まだ一月あるからと自分を励ました美沙は、翡翠をある場所に案内することにした。

 

 オリアム・マギ日本支部の地下地下二階には、美沙を始めとする何十人もの魔導士が居を構える、居住区となっている。


 部屋は二人部屋の大きさで、個人で使うも組織内で交友を持った人物と相部屋として使うのも自由である。

 構造としては、小型のキッチン、個人用の浴室、隣の脱衣所には洗濯機と洗面台もあり、十六畳程の居間にはテレビと着替えを収納するクローゼット、シングルサイズのベッドが常備されている。

 その他の家具や一部消耗品は個人購入となっているが、魔導士として戦う彼女達には給料が支払われるため、使い過ぎなければ衣食住に困る心配もない。


「──というわけで、今日から翡翠ちゃんは私と同室になりまーす!!」

「……」


 自分に割り振られた部屋に案内した美沙が、両手を広げてようこそと歓迎する。

 だが、当の翡翠の反応は無に等しく、無言であった。


「え、えっとね、翡翠ちゃんの着替えとかは、勝手にだけど組織の人がお家から持って来ているから、後でお母さんの物で残しておきたい物があったら、取って置いてね」

「……うん」


 一月の期間を美沙と過ごした後、彼女と共に過ごすにせよ、組織管轄の孤児院へ行くにせよ、翡翠は元の住みかにはいられない。

 酷な話だとは思うが、物の取捨選択をしてある程度持ち物を減らす必要があるのだ。

 美沙の手を借りながら、翡翠は一つ一つ選んでいく内に、いつの間にか夕食の時間となった。


「お腹空いちゃったね、ご飯にしようか」

「……うん」


 生きていれば、否応無しに空腹になる。

 未だ生気の色が失せたままの瞳には、どうして自分だけが生きてしまったのかという、複雑な心境が窺えた。


「本当は私が作りたいんだけど、遅くなっちゃうから食堂の方に行こうか」

「ん……」


 美沙に手を引かれながら、居住区のフロアに隣接している食堂へと赴く。

 組織が運営する食堂は、バイキング形式であり、料金は食事量で換算される仕組みとなっている。

 さらに飲み物はドリンクバーで利用でき、そちらは組織の人間であれば無料で使える。


 美沙はカレーライスとキャベツの千切りにドレッシングをかけたものを、翡翠はハンバーグにポテトフライとニンジンが備えられていたセットとなった。


「翡翠ちゃんはハンバーグが好きなの?」

「……うん」


 別に自分が何を選ぼうが、どうでもいいではないかと思いながらも、一応答える。

 二人は隣り合って席に着き、美沙は両手を合わせる。


「いただきます」

「……」

「ほら、翡翠ちゃんも」

「……いただきます」


 美沙に促され、翡翠も続く。

 実は全くと言って良いほどにお腹は減っておらず、食欲もない。


 だが、それでも食べなければせっかく拾った命を、むざむざ捨てることになるくらい、翡翠でも理解していた。


 フォークでハンバーグを一口サイズに切り分け、ふーっと冷ましてから口に運ぶ。


「……」


 味は……分からなかった。

 しなかったというより、翡翠自身が自分の味覚に何も感じなかったのだ。

 しかし、翡翠は咀嚼を止めることなく、モグモグと食べ進めていく。


 そうして食事を終えた次は、入浴の時間へと移る。

 居住区の個室にも個人用の入浴場はあるのだが、美沙はこれまたせっかくだからと、複数の人が利用する大浴場へと連れて行った。


 魔導士は女性にしかなれないため、必然的に女性専用となっている。

 脱衣場には、入浴前後に関わらず何人かの女性達の姿があった。


「それじゃ、服を脱ごうか!」

「……」


 美沙の声掛けに相槌も返さなかったものの、翡翠は服の裾を捲り上げて脱ぎ出した。

 少なくとも、一緒には入ってくれると解り、美沙は内心ホッと安堵する。


「あら、美沙ちゃん」

「あ、工藤さん、こんばんわ」

「……っ」


 そんな二人に、黒髪を肩甲骨付近まで伸ばした、大人びた雰囲気を漂わせる女性──工藤静が声を掛けた。


 静の挨拶に対し、美沙は朗らかに返すものの、翡翠はサッと美沙の背後に回り、静の視界から見えないように隠れた。

 

「あらら、嫌われちゃったかしら」

「あはは、多分びっくりしただけだと思うので……」

「大丈夫よ。それにしても、()()なのね」

「う……はい……」


 若干呆れるような視線に、美沙は気まずそうに苦笑を浮かべる。


 また、とはどういうことなのだろうか?

 二人の話の中で、翡翠少しだけ気になる言葉を反芻する。


「それじゃあね。これからお風呂なのに呼び止めてごめんなさいね」

「いえ、工藤さんもお疲れ様です」


 翡翠が静の言葉の意味に思考を向けている内に、二人はあらかた話終わったようで、彼女は会話を切り上げて立ち去って行った。


「……」


 翡翠は最後まで静と言葉を交わすことはなかったが、脱衣場を出ていく彼女の背中をじっと見つめていた。


「工藤さんはね、魔導士になってもうすぐ一年になる、大学生なんだよ」

「……別に聞いてない」

「え、そうなの? 工藤さんをじっと見てたから、気になってたのかと思ってた」

「あの人じゃな──っ、なんでもない!」

「あ、ちょ、翡翠ちゃん!?」


 思わず出た失言を誤魔化すように、翡翠はババッと大浴場へと服を脱いで大浴場へと駆けて行った。

 少女の突然の行動に、美沙は驚きつつも後を追う。


 ガラリと大浴場への扉を開けると、八月の暑さに加えて風呂場故の蒸された空間が広がっていた。

 大浴場というだけあって、中はテニスコートの広さがある大きな浴槽を中心に、ジェットバスや炭酸風呂、サウナも完備されていた。


「凄いでしょ? さ、体と髪を洗おうっか」

「ん……」


 追って来た美沙に再び手を引かれながら、シャワーが備え付けられている方へ移動する。


「翡翠ちゃんは一人で髪を洗ったり出来る?」

「……うん」


 そこまで子供じゃないと内心不満を浮かべながらも、翡翠は椅子に座ってシャワーで髪を濡らす。

 濡れた薄緑の長髪に塗り込むように、シャンプーやリンスー、コンディショナーで丁寧に洗っていく。 母親から教えてもらった手入れの方法を、毎日キチンと実践していことが窺えた。

 

 十分間しっかりと洗ったあと、美沙が持って来たタオルで器用に髪を束ねる。


 すると、隣で同じく髪を洗っていた美沙が立ち上がり、翡翠の後ろに回り込んで来た。


「ねぇ、翡翠ちゃんの背中を洗ってもいい?」

「え……」

「あ、勘違いしないで。子供扱いしてるわけじゃなくて、単に私が洗いたいなーってだけだから」

「……何も、言ってない」


 子供扱いしてないという言葉、そのものが子供扱いしているように聞こえたが、翡翠はそう返すだけだった。


「あ、あははー、ごめんねー?」

「……」


 そう謝罪する美沙に、翡翠は何も言わず鏡を見つめる。

 だが、十秒程で後ろに顔を向けて……。


「……洗わないの?」

「──っ! うん、するする!」


 許可を貰えるとは思っていなかった美沙は、満面の笑みを浮かべながら、翡翠の小さな背中を泡立てたタオルでゴシゴシと洗っていく。


 その動きに痛みはなく、むしろ絶妙な力加減で心地良かった。

 優しい手つきは、なんだか胸の奥からポカポカと温かさが込み上げて来た。


「ねぇ、翡翠ちゃん」

「?」


 感慨に耽っていると、美沙が鏡越しに神妙な面持ちを浮かべ、翡翠に声を掛ける。

 

「私が翡翠ちゃんの家族代わりになりたいっていうのは本気だよ。だから、一つだけいいかな?」

「……なに?」


 美沙の真剣な言葉に続いて出された提案に、翡翠は僅かながら興味を示した。

 とりあえず耳を傾けてくれると安堵しつつ、美沙はゆっくりと口を開く。



「──ひーちゃんって、呼んでいい?」

「…………なんで?」


 美沙が口にしたことは、翡翠をあだ名で呼んでいいかというものだった。

 わざわざ真面目な顔をして言うことなのかと、翡翠は生気のない瞳に怪訝な色を浮かべる。


 だが、美沙はキョトンとした表情を浮かべ出す。


「なんでって、翡翠ちゃんと仲良くなりたいからに決まってるでしょ?」

「……わたしは、そんなこと思ってない」


 当然のことのように語る美沙とは対照的に、翡翠はプイッと顔を逸らす。

 素っ気ない少女の態度に、突っぱねられた彼女はふぅと息を吐き……。



「──ていうか、ゴメンね? 私、もう我慢できないから、先に謝っておくね?」

「え?」


 何を?

 と、翡翠が尋ねる前に、美沙が動いた。


「──ぎゅううううぅぅぅぅっっ!!」

「え、えっ!?」


 ガバッと、美沙は翡翠を自身の胸元に抱き寄せたのだ。

 九歳にしては小さい少女の体は、すっぽりと美沙の腕の中に納まった。

 

 突然のことに、翡翠は組織に来てから一番の大声を出した。

 尤も、それは悲鳴と言ってもいいようなものだが。


 だが、美沙は翡翠の驚きなどお構いなしに、少女のうなじに顔を埋める。


「はぁぁぁぁ……いい匂い……小っちゃくて可愛いよぉ、ひーちゃん……」

「や、やあっ!?」


 何だか恐ろしい感覚に襲われた翡翠は、美沙の腕から逃れようとするものの、魔導士として鍛えられている彼女の腕は、鉄の枷のようにガッチリと固められているため、ピクリとも動くことが出来なかった。


 それに、一言も良いと言っていないのに、勝手に自分を〝ひーちゃん〟と呼んでくる始末だった。


「えっへへ、あったかぁい……ひーちゃんのお肌、モチモチのスベスベなんだねぇ~」

「むぅぅぅぅっ!!」


 追撃と言わんばかりに、美沙は翡翠に頬擦りをする。

 腕が動かせないことから、足をブンブン動かして抵抗するものの、美沙の両腕の力は欠片も緩まなかった。


 先程、彼女はゴメンねと言っていた。

 それはつまり、こうして自分を抱き締めることを我慢出来なかったということになる。


 ──なんなんだ、この人は。


 それが翡翠が美沙に抱いた現在の印象である。

 綺麗でお節介焼きという感じがしたが、実際の彼女は明るいを通り越して、こうして熱烈なスキンシップを図って来た。


「よしよし、私のことをお母さんだって思って甘えて良いからね?」

「んんっ! ママは、こんなに小さくない!!」

「ガァーンッ!?」


 あまりにしつこい美沙の言葉に、翡翠は無慈悲な現実を突きつける。

 彼女の十三歳という年齢を考えれば、むしろ美沙のサイズは平均値とも言える。


 それでも、人と比べられるのはやはりショックで、美沙の腕の拘束が緩まった。

 

 その隙に翡翠はシュポンっと抜け出し、桶に貯めていたお湯で体の泡を流してから脱衣場へ行く。


 襲うように自分を抱き締めるような人の傍にいるのは、身が持たないと直感したからだ。

 

 脱衣場に着いた翡翠は、バスタオルを体に巻くだけで服を着ず、髪も乾かさずにいそいそと動く。

 そうして居住区の廊下に出た瞬間……。



「──いっっっだぁっ!?」

「きゃうっ!?」


 誰かとぶつかってしまい、翡翠は思い切り尻餅を着いてしまった。

 居住区の廊下は大理石のように硬いため、バスタオルしか纏っていないお尻にかなり痛みが残った。


「ご、ごめんなさ──ぃあ゛っ!?」


 その痛みを堪えて、ぶつかった人に謝ろうと顔を上げた瞬間、翡翠は唐突に押し倒された。

 受け身を取ることもままならないまま、勢いよく後頭部をぶつけてしまい、思わず悲鳴を上げる。


「──テメェ……いきなり人にぶつかるなんて、マナーがなってねぇなぁ……」

「──っひぅっ!?」

 

 押し倒したのは、話し振りからしてぶつかった相手だったというのは判ったが、問題はその表情だった。


 相手は女性で、美沙と大差ない年齢であることが分かった。


 血のように赤いスカーレットのショートヘアは、耳が隠れる程の長さで整えられており、ピンと一本だけアンテナのように立っているのも見えた。

 普段なら綺麗に見えたであろうグレーの瞳は、瞳孔が開いているのもはっきりと分かる程に鋭く細められていた。


 今にも翡翠に噛み付きそうな八重歯は、ギラリと妖しい光を見せている。


 それは、少女が観た魔法少女アニメの敵として出て来た、吸血鬼を彷彿させる恐ろしさを感じた。


「ぇ、あ……くぅ……」


 この人は怒っている……そう思い、謝罪の言葉を口にしようとするが、全身がガクガクと震えて上手く声に出なかった。

 

「んぁ? ハハハ、ナニ泣いてんのッ!? 怒られてビビッてるってことッ!? あはハハはははッ! アハハッははハハッ!! ママに『助けてー』ってオネガイすんのッ!? いいよ、言ってみなよッ! あーははハはッ、ハハははッアハハは!」

「ゃ、ぅ……」


 だが、相手はそんな翡翠の反応を面白がるように煽りだして来た。

 それどころか、幼い彼女にも分かる程に、目の前の女性は何だかおかしいと感じた。


「あ、そーだ。オマエ、名前を教えてよ?」

「え──」

「御託はいいから早くハヤクッ! さーん、にー、いー──」

「あ、あま、さか……ひす、い……」


 有無を言わさないカウントダウンに、翡翠はつっかえながらも自身の名を告げる。

 それを聞いた女性は、二ィ……ッと、口端が吊り上がった。


「そうそう、レイギって、ダイジじゃん? 




 


 あたしは蔵木(くらぎ)美衣菜(みいな)……ハイッ! アイサツしゅーりょーッ! アハハハハハハハッ! あハハはははハははハハはハハハハッッ!!」


 彼女──美衣菜は、狂笑を浮かべながら、そう名乗った。

 

 今回登場した『蔵木美衣菜』というキャラは、K―sukelemonさんに書いて頂いた二次創作のキャラです。


↓URL↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885778770/episodes/1177354054887145087



ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は4月9日に更新します。


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