228話 元カノを語る
「──はっ!?」
唐突に目が覚めて、体をバッと起こす。
どうやらベッドの上に寝かされていたようで、今いる場所が保健室だと分かった。
あれ?
俺、どうして寝てたんだっけ……?
確か、体育祭の昼休憩の時に、菜々美の手料理に舌鼓を打っていると、アリエルさんが手料理を作って来ていたって分かったんだっけ。
「そうだ、それでアリエルさんの作ったハンバーグ──みたいな黒団子を食べて……あれ?」
そこまで考えて、ピタリと思考が止まった。
何故なら、肝心のハンバーグ(?)の味が全く思い出せないからだ。
どういうこと?
意識と記憶がぶっ飛ぶ程の味だったってこと?
記憶処理術式が施されてたの?
見た目通り、得体の知れないダークマターの出来に戦慄していると、保健室の入り口の扉を開けて誰かが入って来た。
「あ、司くん。起きたんだね」
「菜々美? 看てくれてたのか?」
入って来たのは、菜々美だった。
その表情は、俺が起きていたことにホッと安堵を浮かべていた。
「うん。ゆずちゃん達は午後の競技もあるし、教育実習でお世話になったよしみで私が任されたの」
「あぁ、そんなこともあったな……」
彼女は大学で教育学部に進学していて、その課程で母校である羽根牧高校の、俺やゆず達が所属する2-2組へ教育実習に来ていた。
もちろん、彼女以外の大学生も教育実習に来ていたのだが、その中で菜々美は女性らしさに満ちた清純な外見と性格で、未だに学校内で人気を誇っている。
当然、先生達の信頼も厚いため、こうして俺の看病役を任せても問題ないと判断されたのだろう。
「その、今何時なんだ?」
「午後四時だよ」
「ってことは、もう体育祭も閉会式に入ってるのか……」
確かに、よく耳をすませば、校長先生の閉会の挨拶が聞こえる。
マジかぁ……俺、午前でリタイアする羽目になったのかよ……。
クラスやゆず達に申し訳ない気持ちを抱えていると、ふとあることが思い浮かんだ。
「なぁ、気絶くらいなら治癒術式で起こせたんじゃないのか?」
「え、あー……」
俺がそう尋ねると、菜々美は気まずそうに視線を逸らした。
え、なにその反応……怖い。
そうやって若干恐怖を感じていると、菜々美は困り顔でゆっくりと口を開き……。
「えっとね、アリエルさんのハンバーグ(?)を食べて気絶した司くんに、私が治癒術式を掛けたんだけどね?」
「あ、あぁ……」
「何故か全く起きる気配がなかったの」
「なんでっ!?」
治癒術式が効かない意識消失を起こすとか、それなんて兵器?
俺、よく無事に目覚めたな……。
「司くんに喜んで欲しくて作った手料理が、気絶する程不味いだなんて言ったら、流石にアリエルさんでも傷付くかなって思って、咄嗟に美味し過ぎて気絶したって言い訳をしたけど、司くんが倒れたことに変わりは無いから、結局アリエルさんとクロエさんはそのままフランスに帰ったんだよ」
好きな人に手料理を作る楽しさを、十分以上に理解している菜々美の言葉の説得力が凄い。
うん、確かに言えないわ。
お嬢様育ちのアリエルさんが、俺のために慣れない料理を一生懸命に練習する姿を思えば、アルヴァレス家の面々がどんな心境を抱いたのかなんて、察することは容易だ。
後で俺からもフォローしておこう。
「で、結局体育祭はどのクラスが優勝したんだ?」
「優勝は司くんのクラスで、ルシェアちゃんのクラスは準優勝だったよ」
「なんだろう、予想通り過ぎるし、そこまで達成感がない……」
気絶してて、午後は棄権していたからルシェちゃんのクラスに逆転されてるかもと思ったが……何とも複雑な心境だ。
「特に騎馬戦が凄くてねー。最終的にゆずちゃんとルシェアちゃんの一騎打ちになって、時間いっぱいまで接戦が繰り広げられて、とても盛り上がったんだよ」
「なにそのドラマ……」
そんな白熱した展開があったのに、自分は気を失っていたことにショックを隠せなかった。
見たかったなぁ、その一騎打ち。
「ちなみにどっちが勝ったんですか?」
「それがね、なんとルシェアちゃんなの! 凄いよね、ゆずちゃんに勝ったんだよ!」
「おぉー!」
教導係として指導している後輩が、魔導無しとはいえ〝天光の大魔導士〟であるゆずに勝利したというのは、かなり嬉しいのだろう。
俺自身も、ルシェちゃんの頑張りを褒めてあげたい気分になった。
負けてしまったゆずの方にも、健闘を称えるようにフォローしないとな。
あと、気絶してしまったあと、迷惑を掛けてしまったクラスメイト達にも謝らないと。
そんな考えを持ちつつ、菜々美にあることを尋ねてみた。
「菜々美、前に美沙の通っていた高校の卒業生の人に、彼女のことを聞きまわってくれたか?」
「うん、知り合いで同じ学校を卒業した子に聞いてみたよ」
そう、菜々美には大学で美沙のことを知ってる人がいないか、聞きまわってもらったのだ。
美沙が通う学校に行く前に、美沙の現状を知っておきたかった。
もし、今彼女に付き合ってる人がいたら、俺の存在が破局の原因になってしまうかもしれない。
そうならないように、予め把握しておきたかった。
「でもね、舞川さんは誰も知らないって……」
「そうですか……」
今の菜々美は大学二年生。
同じ高校の人と言っても、三年生と一年生……関わりが少なくても仕方ない。
元から情報があれば儲けものくらいの認識だ。
「ごめんね、私ももっと知り合いがいればよかったんだけど……」
「いいや、菜々美が悪いわけじゃなくて、中学の時にちゃんと謝らなかった俺のせいだよ」
美沙の情報を得られなかったことを、菜々美が申し訳なさそうにするが、俺がもっと早く行動していればとフォローする。
実際にその通りだ。
破局した後の彼女には、いくらでも話をする機会があったはずなのに、そうしなかったのは俺だ。
美沙に無視されようとも、きちんと謝るべきだったんだ。
本当に……今更虫が良すぎるのも解ってる。
「……ねぇ、司くん」
「ん?」
「美沙さんがどんな女の子だったのか、教えてもらってもいい?」
「え……?」
菜々美の問いに、俺はどう返したものか困ってしまった。
自分の好きな異性の過去の恋人のことなんて、普通は知りたがらないと思っていたからだ。
だが、菜々美の表情は至って真面目で、純粋に美沙という少女のことを知りたいと思わされた。
……うん、菜々美には大学で美沙のことを訊き回ってもらったし、彼女へのお返しになるというのなら、やぶさかでもないだろう。
「あくまで俺が知ってる限りのことで良いんなら……」
「良いよ。我が儘を言ってるのは私なんだし、教えてもらえるならそれでも」
全然、俺が助けられてばかりだから、我が儘なんてことはないんだけどな……。
そんな感想を抱きつつ、当時の美沙との思い出を振り返りながら、口を開く。
「修学旅行の時にも言ったけど、俺と美沙が話すようになったのは、中学二年のクラス替えの時に、彼女と隣の席になったからなんだ」
切っ掛けは……確か、美沙の方から声を掛けられたんだったっけ。
~~~~~
『……ねえ、キミの名前はなんていうの?』
『え、お、俺?』
『そう、キミの名前』
まだホームルームも始業式も始まる前の新しいクラスで、隣の席になった美沙から、そう話しかけられた。
その時の第一印象は〝可愛くてコミュ力の高い、リア充っぽい女の子〟だった。
魔法少女オタクの俺とは真逆の位置にいる人間……そんな彼女に声を掛けられて、嬉しくなかったと言えば嘘になるくらい、若干緊張した。
『──竜胆、司』
俺が自分の名前をぽつりと名乗ると、美沙は顎に手を当てながら、う~んと唸り……。
『ふんふん……つっつ、つっちー、つっ君……うん! つー君だ!』
『は、はぁ?』
『私、舞川美沙っていうの! よろしくね、つー君!』
顔を合わせて一分もしないうちにニックネームを付けるという、彼女が見せた独特の距離の測り方に困惑するしかなかった。
まぁ、俺みたいな魔法少女オタクなんて、すぐに飽きるだろうと、その時は思い込むことにした。
それから一週間、予想に反して美沙はことあるごとに、俺に構うようになった。
外見も性格も良い彼女の人気は高く、友情的にも恋愛的にも仲良くなろうとする人が後を絶たなかった。
が、そんな周囲との付き合いも程々に留め、俺と言葉を交わそうとする。
俺が教室に来たら真っ先に挨拶をしに来たり、鈴花が来るより先に昼飯を一緒に食べようと誘ってきたり、放課後に買い食いに誘われたり……。
それで本当に他愛の無い話の時もあれば、俺が魔法少女オタクだと分かると興味を持って尋ねて来たり、人を良く知ろうとする面があった。
なんで俺ばっかり……せっかく美少女と知り合えたのは悪い気はしなかったが、彼女には相応の相手がいるはずだと思っていた。
しかし、そんな付き合いをしていれば女子からはともかく、男子からは嫉妬の眼差しを受けることが多く、やっぱり同性の友達は出来なかった。
美沙自身は鈴花とも仲良くなったり、他のクラスの男子から告白されたりしていたが、俺との交流を止めようとは一切しなかった。
『なぁ、舞川さん』
『なぁに?』
『今朝、隣のクラスの中田っていう、イケメンにコクられてただろ? そっちに行かなくていいのか?』
『うん、だって断ったし』
『は?』
昼休みにそんな会話をしたこともあった。
そう、彼女はかなりモテるのに、未だに誰とも付き合っていなかった。
ここで俺の事が……なんて思い上がるほど、調子よくはなれない。
とにかく、彼女の行動を遠回しに諌めることにした。
『俺なんかと一緒にいたら、舞川さんの評判が落ちるだろ』
『……もしかして、私に素っ気ないのって、そんなことを気にしてたからなの?』
『俺、魔法少女オタクだぞ? 鈴花は小三のから一緒だからいいけど、舞川さんはもっと釣り合った相手がいるはずで……』
『いいじゃん、私がつー君と居たいだけなんだもん』
『え、えぇ……』
一体美沙が何を考えているのか、当時の俺には全然分からなかった。
そうして翌日、一人の男子が俺を名指しで呼び出して来た。
そいつは、美沙に告白をしてフラれた中田だった。
どうやら、自分がフラれた原因が俺にあると思われたらしい。
全くの見当違いだし、相手にするのも面倒だったが、俺の態度に彼は更に怒りを露わにし……。
『舞川! そいつはアニメが好きなキモオタなんだぞ!? なんで俺よりもそんな冴えない奴と仲良くするんだよ!』
今でもよく聞く、オタク批判を口にしたのだ。
俺自身はもう幼稚園の頃から染まり切っていたから『言われたところで何を解り切ったことを』と、一種の慣れを感じたのだが……。
──パァッン!
乾いた音が教室に響いたと思うと、中田の左頬に赤い紅葉が出来上がっていた。
その紅葉を作った人物を見て、その場に居た全員が驚きを隠せなかった。
『つー君は自分のことよりも相手の事を優先しちゃうような優しい人なの!! 彼がどんな人か知りもしないくせに、自分勝手な価値観で人を決めつけないでよ!! 』
『っ!!』
中田に平手打ちをしたのは、美沙だった。
そして、彼女のその言葉で俺はようやく理解した。
──美沙は、単純に俺と仲良くなりたかっただけだということだ。
理由なんて、たったそれだけだったんだ。
この時を皮切りに俺は美沙を避ける事を止めて、彼女と交流を持つようになった。
~~~~~
「──それで美沙と知り合って一か月が経った頃に、俺は彼女に告白されて恋人になったってことです。後は、修学旅行で話した通りだよ」
そう締め括って、俺と美沙が仲良くなる過程を掻い摘んで話終える。
話に耳を傾けていた菜々美は、何か考えるように首を傾げて、ゆっくりと口を開いた。
「……ねぇ、二つだけいいかな?」
「ん?」
「その、司くんの主観でだけど、美沙さんの言動で思ったんだけど……」
何故か言い辛そうな様子の菜々美が、言葉を絞り出そうとしていた。
一体何を言いたいのか分からず、彼女の言葉を待つ。
そうして、菜々美は俺と目を合わせて……。
「彼女、司くんの人柄を知り過ぎじゃないかなって……」
「え、どういうことだ?」
思ってもみなかった質問に、俺は思わず聞き返す。
美沙が俺のことを知り過ぎって、友達になろうとする人のことは、知っておきたいんじゃないのか?
「だって、司くんが美沙さんと関わり出した出来事が起きたのは、二人が知り合って一週間ぐらいなんでしょ? その短い期間に人一人の人柄を把握するなんて、大人でも難しいよ」
「それは……美沙が人のことをよく見てるからじゃないのか? アリエルさんなんて、初対面から俺に対しては好意的に接してくれてたし……」
「あ、アリエルさんは人柄を見る修道女の仕事をしてたんだから、あれは別……」
あぁ、確かにそうだった……。
じゃあ、菜々美は何を言いたいんだろうか?
「えっとね、私の勝手な予測なんだけど……司くんと美沙さんはクラス替えの前より、顔を合わせて話をしたことがあるんじゃないかな?」
「俺と美沙が、クラス替えより前に……?」
菜々美の指摘に、俺は美沙に会う前の中学一年時の記憶を探ってみる。
もちろん、当時の思い出は全部で無くとも、ある程度覚えてはいる。
だが、その中に美沙と出会った記憶はなかった。
彼女程の美少女の外見と社交的な性格なら、そのたった一回でも鮮明に残るはずなのに。
「う~ん、やっぱり思い出せないな……」
「それなら、司くん側の印象が薄いだけで、美沙さん側が強烈に覚えていたってことかもしれないね」
なるほど、確かにそれなら納得がいく。
出来事の印象には個人差があるものだし、もしかしたら美沙の顔も見ない程に慌ただしかったのかもしれない。
「……それとね、もう一つの方なんだけど」
「あ、あぁ。なんだ?」
そう切り出されて、慌てて思考を切り替える。
さっきもそうだが、菜々美の表情には……なんというか、不安の影が差しているようにも思えた。
……いや、どちらかといえば、今からする質問の方が重要な気がする。
なんとなくだが、今まで菜々美と過ごして来た時間が成せる、理解があるからだろう。
彼女は俺と目を逸らさずにまっすぐに合わせたまま、ゆっくりと口を開き……。
「もし、美沙さんがまだ司くんのことが好きだったら、どうするの?」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は3月26日に更新します。
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