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227話 レッツ、命懸けのランチタイム!


 昼休憩に入り、俺達は菜々美とアリエルさんと合流し、一カ所に集まる形になった。

 無論、めちゃくちゃ注目を集めている。


 それもしょうがないだろう。

 何せ、変装していると言っても、アリエルさんの美貌はそうそう隠せるものじゃない。

 初めてこの変装姿を見た時でも、彼女の顔立ちが整っていると分かったからだ。


 まぁ、アリエルさんだけじゃなくて、菜々美とクロエさんも居るからなんだけど……。


「あ、アリエルさん……? どうして日本に?」

「ごきげんようユズ様。ええ、ワタクシとクロエがこちらに来ているのは、ルシェアから体育祭があると聞いたからですわ」

「あぁ、そういうことか……」


 ルシェちゃんが体育祭でアリエルさん達に声を掛けたということなら、納得の行く話だった。

 実際に名前を挙げられたルシェちゃんは、恥ずかしそうに顔を伏せていた。


「ご、ごめんなさい……まさかあんな大騒ぎになるだなんて……」

「いいっていいって。あれは周りが悪いからな?」


 障害物競争を終えた後、俺はアリエルさんとの関係をクラスメイト達から執拗に尋ねられた。

 ルシェちゃん繋がりであることで何とか誤魔化したものの、やっぱりアリエルさんは人の注目を集めやすい。


「私は元々二人の案内をしてほしいって、ルシェアちゃんから頼まれていたから知ってたんだけれど……」

「ツカサ様達を驚かせたい一心で、ルシェアと菜々美様には秘密にして頂いたのですわ」

「ですよねー……」


 アリエルさんの悪戯好きな性格を知っていれば、大凡予想の付く秘密だった。

 

「翡翠は来てないんだな」

「うん。誘った時もなんだか乗り気じゃなかったし、無理に誘うのも悪いかなって……」

「こういうイベントには真っ先に乗っかりそうなもんだけど……そういう日もあるでしょ」


 鈴花の言うように高校の体育祭とはいえ、翡翠が好きそうなイベントに乗り気じゃないというのは珍しかった。

 翡翠の家族は、あの子が小さい頃に両親が離婚しただけに留まらず、母親も唖喰に喰い殺されている。

 もしかしたら、それ以来体育祭や授業参観といった家族参加の行事に、疎外感を抱いているのかもしれない。


 そうだとしたら、菜々美の言うように無理に誘う必要はないだろう。


「この人がるーしーの知り合いのお嬢様……めっちゃ美人過ぎて、なんか頭が自然と下がりそうになるっすね」


 由乃が低俗民丸出しの発言をする。

 なんで彼女がここにいるのかというと、ルシェちゃんが誘ったからだ。

 本人は『これ、わたしもせんぱいのハーレムの一員扱いにされません?』と、俺も返しに困る不安を口にしていたが……。


「これはこれは、ルシェアのご学友のマトウ様ですわね。ルシェアからはニホンで一番の友達だとお伺いしておりますわ」

「あ、無理……浄化されるぅ……」


 アリエルさんの満面の笑みに、由乃は目をキュッと閉じて仰け反った。

 笑顔一発で人をノックダウンさせやがった……。


「そういえば、どうして司君はアリエルさんだとすぐに分かったのですか?」

「え? いや、パーティーの準備中に初めて会った時、アリエルさんはこうやって変装してて──あ」


 不意に投げかけられたゆずの問いに、何の気なしに答えて、それが悪手だったことに気付いた。

 

 そう、あの時は知らずとはいえ、アリエルさんは今のようにメカクレの金髪を被り、その時はご丁寧にメイド服を着て、密かに俺に接近していたのだ。

 

 そして、ゆず達にはアリーという偽メイドに遭遇したと話してある。

 だが、そのアリーさんがアリエルさんだとは一言も言った事がなかった。


 だが、たった今口滑らせた言葉により……。


「──そういうことですか……あの時、司君の部屋に忍び込んだ巨乳メイドというのは、アリエルさんの事だったんですね」

「ふぅ~ん。あの時の面会も、アリエルさん本人がセッティングしたのなら、納得が行くね……」


 当然、察しの良いゆずと菜々美にあっさりと看破され、俺は肩身が狭くなる程のプレッシャーに挟まれた。

 

 出てる出てる……〝私、不機嫌です〟オーラが出てるよ……。

 ってあれ? 

 気のせいかな?

 

 なんでかルシェちゃんからも同じようなプレッシャーを感じる……。

 表情も、どこかムスッとしていて、可愛らしいはずなのに素直にそう言い辛い雰囲気を醸し出している。


「る、ルシェちゃん? なんでそんなに不機嫌なんだ?」

「……別に不機嫌じゃないです。ツカサ先輩の気のせいですよ」


 え、なんかルシェちゃんが素っ気ない……。

 初めての態度に、俺はちょっぴり心細い感覚を抱いた。


「そ、そうだ! 早く昼飯を食べようぜ!」


 かなり強引だが、そうやって話題を逸らす。

 実際に、他の人達は昼飯を食べているし、時間も限られているから、ゆず達は「後で覚悟しろ」と言わんばかりの視線を向けながら引き下がった。


「さてと、それじゃあどうぞ!」


 今日の昼飯を作ってくれた菜々美が、重箱を包みから取り出して蓋を開けると、中には均等に切り分けられた野菜や、唐揚げにハンバーグといった肉料理に、卵焼きとタコさんウィンナー、さらに白米もあるなど、人数が多いことを見越した大盤振る舞いとなっていた。


「「「「「「「おぉ~!!」」」」」」」


 その豪華な出来栄えに、俺達は感嘆の声を上げた。

 

「えへへ、たくさん食べて、午後も頑張ってね!」


 良妻賢母の鑑か?

 思わずそんな感想を抱いてしまう程に、気配り上手な菜々美の気遣いが空腹の体と心に沁みた。

 

 もう一つの包みから、プラスチックの箸と取り皿を出して、菜々美本人も含めた八人にそれぞれ行き渡るようになっている。

 予め人数を聞いているからこそ、準備が非常に良かった。

 日本に来て箸を使うようになったルシェちゃんはともかく、フランス育ちの……それも上流階級の二人に箸を使う習慣などないため、二人はフォークを渡されている。

 

 子供っぽいとかそういう雰囲気はなく、厳かなマナーを感じさせる堂々なものだった。

 これが育ちの差か……。


 そんな感想を抱きつつ、それぞれ料理を箸で取って口に運んでいく。


 うんうん。

 相変わらず菜々美の手料理は美味い。 

 女子力なら、ゆずやアリエルさんより上なだけある。


「料理はどうしても菜々美さんに敵いませんね……私ももっと精進しないと……」

「菜々美さんの料理なら、毎日食べても飽きないよ!」


 ゆずも自炊が出来るし、作ってもらった料理も美味しいのだが、どうにも菜々美に軍配が上がる。

 鈴花に至っては、毎日食べたいと希望する程だ。


「お肉がとっても美味しいです!!」

「すっげぇ……うちのオカンより美味いっすよ……」


 初めて彼女の手料理を食べるルシェちゃんと由乃からも、絶賛の声が上がった。

 ホント、菜々美なら料理人としても生計を立てられるんじゃないかと思う程に、一品一品洗練されている。

 

 とはいえ、流石に上流階級のアリエルさんやクロエさんの舌に合うかどうか……。

 大丈夫だとは思うが、舌の肥えている彼女達の評価がどうも気掛かりだ。


 そんな心配をする俺を他所に、アリエルさんとクロエさんは菜々美が作った卵焼きフォークで刺して頬張る。


「! これは……」

「わ、ワタシが作る料理より美味い……だと!?」


 なんと、二人共目を見開いて驚いていた。

 特にクロエさんの驚きようが凄まじく、自分の腕より上だと認めた程だった。


「アルヴァレス家に戻られるまでは、アリエル様のお食事はクロエ様が作られていたんです。なんでも『アリエル様に粗末な物は食べさせられない』と、一生懸命腕を磨いたそうです」

「それをも上回る菜々美の料理の腕って……」


 ルシェちゃんが教えてくれた補足に、改めて菜々美の料理の腕がどれだけ凄いのかを実感した。


 これでなんで自分に自信を持てなかったのだろうか……。

 いや、自分で食べている時だとあまり実感が湧かなかったのかもしれないな。


「素晴らしいですわ、ナナミ様! クロエと我が家の専属シェフにも劣らぬ腕前……いえ、使われている食材の差を思えば、上回っていると断言出来ます! ワタクシ、感激致しましたわ!」

「え、ええっ!? あ、あぁ、ありがとうございます……」


 アリエルさんの絶賛に、菜々美は恐縮しまくりだった。

 アルヴァレス家の専属シェフって、俺やゆず達もアリエルさんの誕生日の時にも食べたことがあったけれど、それ以上って言い過ぎな気がする……。


 だが、当のアリエルさんは嘘ではないと、琥珀の瞳を爛々と輝かせているため、一切の誇張がないと察せられた。


「あぁ、ワタシもアリエル様と同様の気持ちだ……上には上がいると、改めて実感させられたぞ、ナナミ殿」

「く、クロエさんまで……」

「これでは、ワタクシがツカサ様のために作って来た手料理の味も霞んでしまいますわね……」

「へ!? アリエルさんの手料理!?」


 残念そうな表情を浮かべるアリエルさんに対し、俺は期待半分、不安半分の調子で聞き返した。

 お嬢様育ちのアリエルさんが、手料理を作るなんて思いもしなかったからだ。

 俺と同じ心境なのか、ゆず達もギョッとした表情を浮かべている。


「あら、ご興味がおありですか? 何分、クロエに教わりながらも手料理は初めてですので、ツカサ様のお口に合うかどうか……」

「それでも、俺のために作ってきてくれたのなら、喜んで食べますよ」

「まぁ……!」


 不安げなアリエルさんに、是非食べさせてほしいと言うと、一転して明るい笑みを浮かべた。

 その美貌から発せられた笑顔に、遠くの方で『ぐふぅ』と悶えるような声が聞こえたが、それは無視する。

 

 それはともかく、俺が自分の手料理を食べてくれると分かったアリエルさんは、いそいそと手持ちのバッグから手料理の入った弁当を取り出した。



 ──箱の隙間から、名状しがたい黒いガスが漏れている弁当箱を。



 ……あれ?

 おかしいなぁ……なんで弁当箱から瘴気が発生してるんだ?


 いや、まさかそんな……そんな馬鹿なことがあるのか!?

 よりにもよって……いや、アリエルさんの出自を考えればある意味自然だろうけど、色々ハイスペックな面を見せてきたアリエルさんに、そんな要素があるっていうのか!?


 だが、彼女の手料理には本人が言ったように、クロエさんの指導と監修が入っているはず!

 実は焦げちゃってて、その煙が漏れてるだけとか……そんな一縷の望みを賭けて、俺はクロエさんにバッと視線を向けて無言で訴える。


 しかし、その視線を受けたクロエさんの顔色は……苦虫を嚙み潰したように歪んでいた。

 

「リンドウ・ツカサ……」

「な、なんですか?」


 腹痛を堪えるような苦し気な声で、俺の名前を呼ぶクロエさんに戸惑いながら返す。

 そしてクロエさんは光の無い目で俺と目を合わせ……。 


「貴様はアリエル様の婚約者なのだろう? ならば、未来の妻となるアリエル様の手料理を食べないわけにはいかないだろう? それに、貴様自身も食べたいと言っていたではないか。よもや、自分が口に出した言葉を守れない程、脆弱な覚悟をしている男ではないと、ワタシは信じているからな?」


 そう責任を押し付けて来た。


 コイツ……! 

 普段は『貴様がアリエル様の婚約者だとは認めない』だの言ってるくせに、こういう時に限ってその立場を利用してきやがった!?

 というかその言い方だと、アリエルさんがメシマズ属性だって、暗に肯定してんじゃねえか!!

 

 多分、味見役を買って出て食べたまでは良かったけど、思った以上に不味くて、アリエルさんを悲しませたくない一心で嘘をついたんだろうなぁ……。

 

 マジかぁ……アリエルさん、クロエさんの指導があっても料理スキルが壊滅的なのかよ……。

 そりゃ、お嬢様なんだから、自分で家事をする必要がなかったっていうのは判るよ?

 でも、この人フランス支部の騒動の後に、花嫁修業を始めたって言ってなかったっけ?

 

 その指導をしているのは、クロエさんを含むアルヴァレス家の使用人達や、第一夫人であるレティシアさんだということは予想出来る。


 ってことは何?

 アルヴァレス家の総力を尽くして尚、アリエルさんの料理の腕を上達させられなくて、結果匙を投げたってこと?


 どうしよう、安易に食べたいなんて言わなきゃよかった。 

 

 一応クロエさんがこうしてここに居るってことは、よくある体に異変を起こすような飯テロ(物理)じゃないことは確かだろう。


 それでもな、怖いもんは怖いんだよ。

 でもクロエさんに言われたように、期待の眼差しを浮かべるアリエルさんに『やっぱり食べられません』なんて言って裏切れないのも事実。


「ツカサ様? やはり、ワタクシの手料理はお気に召さないのでしょうか?」

「うっ……」

 

 俺の反応が悪いためか、アリエルさんは悲し気な表情を浮かべる。

 彼女の父親であるレナルドさんの前で、堂々と悲しませることはしませんと宣言したこと、アリエルさん自身からゆずと菜々美に追い付きたいと心情を告白されたこと、その二つが頭に過って、俺は罪悪感に苛まれた。


 ──やるしか、ない……竜胆司……腹を括ります。


 そう覚悟を決めて、俺はアリエルさんから弁当箱を受け取る。

  

「あ……!」


 その瞬間、アリエルさんはパアッと笑みを輝かせた。

 でも、俺の胸は笑みに対するドキドキじゃなくて、手に取った弁当箱が異様に重い恐怖にドキドキしていた。

 

 おかしくね?

 だってこれ、メガネケースと大差ない小さな弁当箱だぞ?

 なんでこんな、小銭をパンパンに入れた財布みたいに一瞬ズシッって重みが両手に乗っかるんだよ。

 

 アリエルさん、スプーンより重い物は持てませんみたいな細い腕してんのに、この重みで既におかしいと思わなかったのか?

 

 いや、戦闘になったら自分の背丈よりデカい槍をぶん回してたけどさ……。


 なんて現実逃避をしながらも、俺は弁当箱の蓋を開ける。

 妙に重たい感じがする蓋を開けて露わになった中身は……。



 ──黒ずんだ団子状の何かが、プスプスと黒い煙を吐き出していた。



「うっ……!」


 隣で様子を窺っていたゆず達が、思わずえづいた。

 俺はアリエルさんを悲しませたくない一心で、表情筋を一ミクロンも動かすことなく耐えたが、他の六人はそうはいかなかったようだ。

 

「ユズ様? どうかされましたか?」

「い、いえ……菜々美さんの料理が美味しくて、少し食べ過ぎてしまっただけです……」

「はぁ……?」


 アリエルさんの問いに、ゆずは見事にはぐらかした。

 こんなことで、そんな成長を知りたくなかった。

 

「あの、アリエルさん……これは、何の料理なの?」

「あら? ご覧になっても分かりませんか?」

「えっ!?」

「ええっと、ボクは分からないです……」


 ダークマターの正体を尋ねる菜々美の質問に、アリエルさんは見て分からないのかと無茶ぶりを返してきた。

 自分の知っている料理(?)だと言われても答えが出せない菜々美に代わり、ルシェちゃんがそうフォローする。


 すると、アリエルさんはニコリと微笑んで……。


「これは、ツカサ様が健康でいられるよう、滋養強壮に秀でた食材を盛り込んだハンバーグですわ!」


 アリエルさんはドヤ顔でこの物体Xをハンバーグだと言い張るが、こんな炭で作った兵糧丸みたいなハンバーグ見たことねぇよ。

 そう口に出さなかっただけ、自分を褒めたい気分になった。


 ちなみに兵糧丸というのは、戦国時代に使われていた携帯保存食で、戦などでロクに食べる量も時間もない時に食されていたものだ。


 現代だとお菓子の一種として作られているらしい。


 そんな明日に使える無駄知識を披露しつつ、俺はハンバーグ(?)を箸で摘まみ──って重っ!?

 待って待って!?

 プラスチック製の箸が、大物が掛かった釣り竿みたいにすごいしなってるんだけど!?

 本当に食べられる材料で出来てるの!?


 そんな恐怖がドッと心に重く圧し掛かって来る。

 だが、この物体の精製者であるアリエルさんは、俺の『美味しい』という感想を心待ちにするように、そわそわといじらしい様子を見せていた。


 その姿を視界の端で捉えた俺は、さっきの恐怖が霧散するのを感じた。


 ──あぁ、ほんっと、俺ってやつはお人好しが過ぎるなぁ……。


 食べると言ったんだから、男らしく食べてやる。 

 

「──っ!」


 意を決して重い黒団子を噛み千切り、咀嚼する。











「ゴフッ……」


 味が伝わると同時に、目の前が真っ暗になった。

 

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は3月24日に更新します。


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