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223話 ボクが安心出来る人

開幕胸くそ展開注意です。


 ボクにとってそれは、十六年間生きてきて最大の失敗だった。


「ぅ……ひく、ぐすっ、あぁ……」


 全身がズキズキと痛む……特に腹部から足先に掛けて力が入らない。

 お腹には未だに異物が入ったままに感じて、吐き気がどうにも治まらない。

 意識が朦朧とする中、視線を落とすとベッドのシーツに赤い血が着いていた。

 

 ──あぁ、そうだった。

 ──ボクは、望まない形で純潔を失って、その破瓜(はか)の血は自分の体から流れたものだ。 


「──っぁ、いっつ……」


 改めてそう認識すると、お腹がズキリと痛んだ。

 体が縦に真っ二つになるような痛みは、今まで唖喰から受けた傷よりずっとずっと痛くて、何より心の奥深くにまで突き刺さっていた。


 行為中の記憶は全く覚えてない。

 破瓜の痛みと体に異物が入ってくる不快感が強くて、そんな余裕はなかったからだ。

 学校の友達から破瓜の痛みは大したことが無かったって聞いたことがあったけれど、それは全くのでたらめだった。


 ううん、その子が嘘をついたっていうよりは、自分の心の問題と相手の問題だと思う。

  

「自分の夢と記憶のために自らの体を許すとは……キミはなんとも卑しい女だなぁ……」

「──ッヒィ!?」


 不意に聞こえた声に、ボクは引き攣った悲鳴を上げた。

 そう、ボクはこの人に……ダヴィド支部長に脅されて体を許した……許してしまった。


 首も胸を舐められて、痛いと訴えても手を止めるどころか愉悦に顔を歪ませるだけで、より一層相手を喜ばせるだけだった。


 そう思い出すと途端に全身がブルブルと震え出して、今すぐにでも体中を洗い流したい衝動に駆られた。

 涙がポロポロと溢れて止まらない。

 どうしてボクなんだろうって、どうしようもない現状に訴えることしか出来ない。


 ボクにだって、理想の恋愛象はある。

 ドラマやノベルで見るような素敵な恋をして、その人と結婚したりするのかな、なんてちょっと子供っぽい夢を見たりしていた。


 それをこんな形で……信頼していた人に壊されるだなんて誰に予想が出来たんだろうか?


 そうして思い出した。

 ダヴィド支部長が現アルヴァレス家当主である自分の兄への復讐のために、アリエル様に自分の子供を産ませるということを。


 最高序列に名を連ねるまでに至ったアリエル様の人生が、全てこの人の手の平の上だったということを。


 それはなんて恐ろしいことだろうか。

 アリエル様が知ったら、どれだけ傷付かれるのか全く想像出来ない。

 そして子供を産ませるということは、さっきまでボクにしていたようなことをアリエル様にもするということ。


 そんなこと、見過ごせるはずもなかった。 


「だ、ダヴィド支部長! このことは警察やアリエル様に全部話します!! あなたの恐ろしい復讐なんてさせません!」

「──ほほぅ」


 精一杯の勇気を振り絞ってボクがそう言うと、ダヴィドは余裕の表情を崩すことなく何かを取り出して操作をして、ボクの前に突き出してきた。


 それは、ビデオカメラで、そこには……。 


『い゛っあ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!? 痛い痛い痛い!! やだぁっ!! ツカサさん! アリエル様ぁ! 助けて……誰か助けてぇ!!』

『無駄だ無駄だ! 誰も助けには来ないさぁっ! ヒーローが助けてくれるのは架空の話だろう!!』

「──ッヒ、あ、あぁ……いやああああぁぁぁぁっ!?」


 悍ましさしか感じない映像に、ボクは恐怖のあまり悲鳴を上げた。

 

 ──どうしてどうしてどうしてどうしてっ!!?

 

 先の行為が映像として記録されてる事実に、ボクはただ胸しく現実逃避するしかなかった。

 あまりに凄惨な映像に、顔を逸らすけれど、ダヴィド支部長は余所見をするなと言うように、髪を掴んで無理矢理カメラの方に向かせて来た。


 映像の中のボクは、ただひたすら痛みと拒絶を訴え、助けを乞いて泣き叫ぶだけで、じわじわとダヴィド支部長に汚されていっていた。 


「私の復讐を止めるというのなら、キミのこの映像も公表されるということだが……いいのかね?」

「あ、あぁ……」


 汚されてしまった、汚れてしまった。

 その事実をまざまざと見せつけられ、ボクの心はズタズタに引き裂かれていった。 


 ~~~~~


「ルシェア・セニエさん、検査とカウンセリングの結果が出ました」


 フランス支部での騒動の後、ボクは病院で検査とカウンセリングを受けて、その結果が先生の口から明かされます。


「まず、検査の方では異常は見られませんでした。ひとまずは大丈夫ですよ」

「良かったぁ……」


 望まない妊娠は避けられたことにホッと安堵の息が出た。

 ボクがダヴィド元支部長からされたことを思えば、不幸中の幸いと思えた。


 でも、先生の表情はどこか思わしくないようにも見えて、カウンセリングの方で何か異常があったのかなと訝しむ。

 

「カウンセリングの方は……あなたは男性恐怖症を抱えていると判断しました」

「ぇ……」


 男性恐怖症……男性から受けた被害や免疫の無さから来る恐怖を心に抱える精神病の一種で、トラウマとも形容されるというのは、ボクでも知っていた。

 でも、まさか自分がなるとはこの時までは思っても見なかった。

 

 ダヴィド元支部長がボクに与えた傷は確かにまだ鮮明に覚えていて、不意に怖くなる時がある。

 特にあの日の晩は夢に現れて、まともに眠れなかった。 


「あなたの受けた被害は大まかですが把握しています。むしろなって当然とも言えるでしょう」


 当然……そう言われてボクは、これもアリエル様の誘拐を手伝ってしまった報いだと思った。

 ツカサさんやアリエル様は気にしてないって許してくれたけど、誰よりもボク自身がボクを許せないままなのは変わらなかった。


 ~~~~~


「そうですか、男性恐怖症に……」

「ダヴィドめ……今すぐ断首を──」

「叔父様は留置所ですよクロエ。あなたが手を下すまでもなく今も報いを受けていますわ」

「しかし……!」


 病院から戻って、フランス支部でアリエル様とクロエ様に検査結果をお伝えすると、二人共苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべました。

 特にクロエ様はダヴィド元支部長の元へ殴り込みに行こうとして、アリエル様に止められた程でした。


 それが嬉しいと思う反面、お手を煩わせてしまうことに罪悪感も覚えてしまう。

 ボクがもっとしっかりしていれば、こんなことには……。


「現状は男性に対してどのような症状が出るかは聞いているのですか?」

「はい……ある程度距離を置いての会話は出来ますけど、急に近付かれたり触ったり触られたりするのは怖いです……」


 アリエル様からの問いに、ボクは病院で試したことを話しました。

 男性恐怖症の症状がどれほどのものか実践すると、距離を置いた状態での会話は出来たけど、自分から近付いたり触れたり、向こうから近付いたり触れられたりすると思うと、ダヴィド元支部長に汚された時の光景がフラッシュバックして、全身の力が抜けてブルブルと震えてしまう状態だった。


 その発作が出てようやく自分が男性恐怖症になったんだって自覚すると、これからのことが沸々と浮かんで来た。


 男性恐怖症のままだと、この先絶対に苦労することが増える。

 今通っている学校は共学だから、嫌でも異性と過ごす必要がある。

 学校を卒業しても、社会に出たら学校以上に異性と関わる機会が増えることは明白だ。

 

 そして当然、まともに恋愛も出来ない。

 好きになった人に触れることも出来ない。


 そこまで考えて、ふとツカサさんのことが頭に浮かんだ。


 ツカサさんは優しいから、きっとボクの男性恐怖症のことを知ったら、ボクのために距離を取るかもしれない……。

 もうツカサさんに頭を撫でてもらえなくなる……『ルシェちゃん』って呼んでもらっても、まともに話が出来るかも怪しい……。

 

 そう思うと胸の奥からどうしようない寂しさが湧き上がって来て、思わず涙が出そうになった。

 

 こんなことじゃいけない。

 今日はツカサさん達が日本に帰る日なんだから、悲しい表情じゃなくて、ちゃんと笑顔で見送らないといけない。


 ボクはそう思ってアリエル様とクロエ様に、日本支部の皆さんにこのことは伏せて欲しいってお願いさせてもらった。

 アリエル様はボクがそう言うのならと、快く引き受けて下さった。

  

 そうしてツカサさん達と別れの挨拶をした時……ボクにとってとてもびっくりすることが起きた。


 ツカサさんがボクの体の事を気に病んで、ボクも早くツカサさんに相談すればよかったって言ったら……。


 ポンって、ツカサさんの手がボクの頭に乗せられた。


「──ぇ」


 驚き過ぎて掠れるような声しかでなかったけど、ツカサさんに……男性に触れられても発作が起きないどころか、胸の奥がポカポカと温かくなる気持ちになっていた。


 その後にアリエル様がツカサさんにキスをして告白をしたことで、大慌てになったことでそのことを深く考える余裕はなかった。


 でも……ツカサさんがアリエル様の婚約者候補として認められたって聞いた時、どうしてかボクの心は妙にざわついて落ち着かなかった。


 とにかく、ツカサさんに頭を撫でられても平気だったことをアリエル様に伝えると、アリエル様は口元に指を当てて思案されました。


「ん~、どうしてツカサ様相手だと平気な理由に心当たりはありますの?」

「え、ええっと……」


 そう言われて少し思い返します。

 今までツカサさんとの間にあった出来事を一つ一つ思いだしていって、それらをアリエル様にお話しました。


「──なるほど。ツカサ様は一度ルシェアを痴漢から助けておられますし、なにより彼はあなたが叔父様から受けた被害を一番に把握されていますわ。彼の人柄を良く知っているが故の信頼でしょう」

「信頼……」


 そう言われると納得出来る気がしたけど、なんとなくそれだけじゃない気がした。

 結局ツカサさんがいない時に答えが出るはずもなく、ボクはなんだか悶々とした日々を過ごすことになった。


 そしてアリエル様の誕生日の際、ツカサさん達と王様ゲームをすることになった。

 アリエル様からの命令でツカサさんに愛の言葉を伝えられた時は、嫌な気持ちは全くしなかった。

 自分がどういう表情をしていたのかあまり思い出せないくらいドキドキした。

 むしろあれが本当だったら……なんて変な妄想もしちゃったこともあるけど……。


 ボクが王様になった時に出した頭を撫でて欲しいって命令をすると、なんとツカサさんが指定した番号を引いていた。

 もちろん、ルールに則ってツカサさんはボクの命令に従ってくれた。


 そうして触れられた時にも、ボクはトラウマをフラッシュバックすることなく、とても安心した気持ちを抱けた。

 安心を通り越して嬉しくて堪らなくて、ついつい甘えたくなってしまう。

 不思議だなぁ……ツカサさんにこうして撫でられるなら、ボクはもっともっと頑張れる気持ちになる。


 それくらい、ツカサさんに撫でられるのが幸せだった。


 楽しかったアリエル様の誕生日会の二日後……アリエル様からボクに用事があると呼び出されて、あの方の元へ赴いた。

 一体何の用かと疑問に思っていると……。


「ルシェア、あなたは男性恐怖症を治したいと思っていますか?」

「治す……?」

「ええ、もし治す気概があるのでしたら……フランスを離れて日本に留学してみませんか?」

「ええっ!?」


 アリエル様から出された提案は、ボクが唯一男性恐怖症の発作症状が出ないツカサさんに、ボクのリハビリ係を依頼して、治療していくというものだった。

 唖喰と戦う魔導少女としての戦力を考えれば、ツカサさんがフランスに来るのが一番効率的だけれども、そうなるとユズさんやナナミさんも付いて来るかもしれない、ということなのでボクが日本に……それもツカサさん達が住んでいる所へと向かう方針にしたといいます。


 もちろん、ボク自身に男性恐怖症を治す気が無いのなら強制しない、あくまでボク自身の心情を優先してくれるそうです。

 

 そこまでボクのことを想ってくれたアリエル様に尽きない感謝の気持ちが湧き出ると同時に、ボク自身がどうしたいかを考える。


 真っ先に浮かんだのは、ツカサさんに頭を撫でてもらった時のこと。

 あの幸せな気持ちをもう一度……ううん、何度でもいつまでもああしていたい。

 ツカサさんとまたお出掛けしたい、お話したい、同じ日常を過ごしたい。 


 そのためには男性恐怖症を治さないといけない。

 すぐには治せないだろうし辛いこともあると思うけれど、ツカサさんが一緒なら頑張れる。

 そう自分を奮い立たせてボクは……。


「治します! ボク、日本に行きます!!」


 アリエル様の提案を受けることにした。

 その答えを聞いたアリエル様は、どこか満足そうな笑みを浮かべた。


「ええ、承りましたわ。それではルシェアのご両親への説明と諸々の準備を始めましょうか」

「はい!」

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は3月16日に更新します。


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